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ペクトラ  作者: KEN
アンネ•シーベルト 〜接触〜
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メルヘンな女

  列車を降りて間もなく、二人はトレッキングをする羽目になった。しかもその道はとても人が登れる山道とは言い難かった。ごつごつした岩肌と蛇のようにうねる木の根が足場を不安定にし、二人の体力を確実に削った。

 二人の進行速度は決して速くはなかったが、少なくともフィンにとってはきつい運動量だった。もう少しましな道はなかったのだろうかとフィンは肩で息をしながら思っていた。しかしただ黙々と登り、時折きょろきょろと辺りを見回すウィルの行動には何か意味があるようにも思えた。そう懸命に言い聞かせてフィンは黙ってついていく事にした。


 道なき道を登り抜けると視界が開け、二人は赤土の広がる丘の上へ出た。そしてその視界の先には鉄条網が横たわっていた。奇妙な事に鉄条網には一枚の石扉らしきものが取り付けられており、その両脇には大きなヒノキが生えていた。

 二人は石扉の前まで辿り着いた後一息ついた。石扉の向こう側は人工芝の区画が広がり、その中に別荘のような一軒家が建っていた。変わり者の言語学者とは聞いていたが、随分奇妙な場所に居を構えているものだとフィンは首を捻った。


『……これはまた色々とアンバランスな……』


  言いながら石扉に手をかけるフィンをウィルは慌てて止めた。


『待て待て待て! それを開けるなっ』


  ウィルの額には脂汗が浮かんでいた。扉を開けようとしただけなのに、何を怖がっているのだろうか。フィンは訝しんだ。


『でも、開けないと入れないだろ』

『作法があるんだよ、作法が。いいから耳塞いで』


  ウィルは息を吸い込み、ありったけの声で叫んだ。


「アンネ・シーベルトに用件があーーーる!開けてもらえないかぁー?」


  その時、二人の頭上から何かが音を立てて降ってきた。


――ザワザワザワッ、ダムッ‼︎


「いったぁーい!」


  ぎょっとする二人の眼前に落ちてきたのは、フリルのワンピースの上から白衣を羽織った一人の女性だった。


『なあウィル、まさか……』

『……ああ、こいつだ』


 顔をひきつらせウィルは答えた。


黒色火薬ブラックパウダー、アンネ・シーベルト』


 フィンは改めて眼前の女性をまじまじと見つめた。年は恐らく20歳前後。自分と同じくらいだろうか。 肌色は明るめで、栗色の瞳とセミロング。適度に肉付きの良い引き締まった体型。器量も悪くない。美しいドレスで舞踏会に出ていれば男達が放っておかないだろう。そんな容姿の女性が、だ。やや幼さの際立ったフリルのワンピースに長白衣を羽織り、髪や服を葉だらけにして頭上から落ちてきて、生足を晒し、あられもない姿で恨めしげにこちらを見ているのである。それはフィンにとっても奇異な光景だった。

 ウィルは溜息まじりに女性に歩み寄った。


「ったく、頼むから普通に迎えてくれないか」


ウィルが手を差し出すとアンネは仏頂面でその手を握り、軽やかに立ち上がった。


「足を滑らせちゃったの。貴方の到着、もっとかかると思ってたんだもの。木の上で仮眠中だったのに真下で大声出すから、ちょっと驚いちゃったわ」

「その格好で木登りして仮眠とる女なんて、お前くらいだよ」

「それよりもウィル、こういう時は……」


  服や髪についた葉を払うとアンネはウィルをギンと睨んだ。


「『お姫様抱っこでキャッチ』でしょうが‼︎」

「はあ⁉︎」

「お•ひ•め•さ•ま•だ•っ•こ•で……」

「いやいや、聞き取れてるって。何そのあり得ない発想⁉︎ 俺を殺す気か⁉︎」


 アンネはウィルに詰め寄った。


「何よ、失礼ね! 貴方が潰れちゃう程重くなんかないわよ!」

「いやそうではなく、物理的に無理がある。無理にキャッチしようとした方が、あんたにとっても危ないぜ? 俺も良くて両腕骨折だよ」


  余談ではあるが、ウィルの記憶では同様のケースの成功例は殆ど皆無だった。リリィのマニアック知識から引用しても、青い石を首から下げた少女となんとかタイガーとかいう名前のおじさんヒーロー位しか思いつかなかった。 いずれにせよ、自分の体格と筋肉量を鑑みればあまり試したくはなかった。


「……それにしたって、助けようとしてくれたって良いじゃない……」


 アンネはふくれっ面になった。嘘の涙目の演出付き。ウィルにしてみれば呆れてものも言えなかった。


「……あんたの運動能力(スペック)知ってる人間じゃ、まずそんな発想が思いつかないよ」


  現にアンネは、今の落下からランディング及びロールを何なく決めているのである。ひらひらのスカートと長白衣にも関わらず、だ。言語学ばかり研究しているのも確かだか、実のところ運動神経は悪くないのだ。気まぐれにではあるが筋トレもするらしい。きっと木の上どころか、崖の上から飛び降りたって平気に違いない。ウィルは本気でそう思っていた。


「……ところで、そろそろ本題に入りたいんだが、良いだろうか?」


 髪の先に絡んだ小枝を丁寧に外しアンネはウィルの問いかけに答えた。


「ああ、そうね。呼んでもいないのに来るってことは、余程困っているのでしょう?」

「そう、フィンの――あいつの事が知りたくてね」


 ウィルは、先程から爪弾きにされてまごまごしていた背後のフィンを親指で指した。

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