遠景の桜
二人の乗った電車は田園風景の中を緩やかに走り続けていた。変わり映えもせず流れ行く緑の景色を見ながら、二人とも心地よい列車の揺れに身を任せうつらうつらと船をこいでいた。そんな長閑な風景の中、一瞬緑以外の色を見た気がしたフィンはその違和感に瞬きし二度見した。
『何だ、あれ?』
『……んん? 何?』
フィンの呟きにウィルも目を覚ました。眼をこすり尋ねるウィルに、フィンはさわさわとざわめく若葉の絨毯の向こうにある小さな桃色の点を指さした。それはかなり遠方にあるらしく、視力はいい方のウィルですら眼を細めなければ見えない程小さくぼんやりしていた。しかしウィルは比較的早くその正体に気づくことができた。
「サクラだな、あれは。暖かくなった頃に薄い桃色の花をつける木だ。甘い香りの実をつけるんだが、食べると意外と酸味が強い。でもまぁ美味いよ、うん……」
窓枠に頬杖をついて説明しながら、ウィルはサクラの微かな香りと一人の女性のことを思い出していた。それは無意識のうちに思い出さないようにしていた記憶であり、忘れようもない大切な思い出でもあった。
空はすがすがしく晴れわたり、開け放たれた窓からは爽やかな風が吹き込んでいた。にも関わらず、遠い目で外を見つめるウィルの表情は暗かった。その理由を言及するのは何となく憚られる空気のように思えて、フィンはウィルの言葉を待った。しばらくの間、二人の間には列車がごとごとと揺れる音だけが響いていた。
『……なあフィン、聞いてもいいか?』
ウィルの囁くような低い声へ、フィンはおそるおそる尋ね返した。
『何を?』
『……神様って、いると思うか?』