乗車
「遅くなってごめんね~。」
場違いに大きな声で叫ぶリーナにウィルは顔を顰めた。
「公共の場で大声出すなよ、恥ずかしい……」
「あら? そんなこと言っていいの?」
リーナは両手いっぱいの紙袋をひらつかせながら意地悪く言った。それらの行動の意味は大体予想できた。大方、口答えするような奴にお土産はあげません、的なことだろう。それにしても何なんだ、この大きな紙袋は。
「一体何を持ってきたんだよ……」
ウィルが紙袋の中身を覗き込もうとした時、ホームに列車の到着を告げるアナウンスが入った。周りの人間がぞろぞろ動き、地面の印に沿って列を作り始めた。
「オリーブの乗る列車だよ」
ホームの時計を見上げてウィルは言った。
「大変、オリーブの分を先に分けないと……」
徐にリーナは紙袋の一つを物色し始めた。間もなく列車が到着し、開いたドアから客が乗り込み始めた。ワーニャもトランクを持って立ち上がった。
「リーナ、まだなのか?」
そわそわしているワーニャに代わりウィルがリーナを急かした。それと同時に、リーナは目当てのものを見つけたらしかった。
「あった、これよこれ」
リーナが取り出したのは、小さな箱を包んだものらしい風呂敷包みと小さなペンダントがついたネックレスだった。ペンダントは翼を広げた鳥の形のように見えた。
リーナはネックレスの留め金を外すとワーニャの首からかけてやった。
「これね、私が小さいときに祖母から貰ったお守りなの。きっと貴女を悪いものから守ってくれるわ」
ワーニャはペンダントを掌にのせてしげしげと見ていたが、ひょいとリーナへ抱きついた。驚いたリーナはバランスを崩しかけたが、なんとかしゃがみの姿勢を維持した。
「……ありがとう」
ワーニャはリーナの耳元で囁いた。リーナはワーニャの頭を撫でて優しく微笑んだ。
「……ほら、列車が出ちゃうわ」
ワーニャが列車のドアをまたいだところで、リーナは風呂敷包みをワーニャに渡した。
「それはお弁当。列車の中で食べなさいね」
ワーニャは黙って頷いた。リーナはウインクすると言い足した。
「もう少し声を発してくれないとわかりづらいわよ。オリーブ。いえ、今はワーニャね?」
ワーニャは驚きに目を丸くした。今までリーナの前ではオリーブとして振る舞っていたため、いきなり自分と認識されて戸惑ったのだ。
列車の発車音がホームに鳴り響き、リーナは列車のドアから離れた。
「二人とも、元気でやるのよ!」
リーナが大声で叫んだと同時に列車のドアは緩やかに閉まった。ワーニャはドアの窓ガラスに目いっぱい背伸びしながら、ホームの三人が見えなくなるまで手を振り続けた。
オリーブの乗った列車を見送りながらリーナは寂しそうに笑った。
「あの子は、名前が難しいわね……しいて言うなら、オリーニャ?」
「だから……そのネーミングセンスは無しだよ」
リーナの中途半端なジョークにウィルが大げさにため息をついた時、再びホームにアナウンスが響いた。今度は二人の乗るべき列車の番だ。
「再会したらオリーブに言っておくよ。たまにはリーナのご飯を食いに行けって」
リュックを背負い直してリーナへそういうと、リーナは早くも瞳を潤ませた。ウィルはいつものようにリーナをからかおうと試みたが、到着した列車の音に邪魔されて、結局その機会を逸してしまった。乗客の最後尾がドアをくぐったのを見計らい、ウィルはフィンを押し込むように乗車すると振り返った。
「ウィルも元気にやるのよ。たまには戻ってきなね」
リーナは寂しげな笑顔で手を振った。
「……ああ」
ウィルの返事に呼応したかのようにドアが閉まり、二人を乗せた列車は緩やかに走り始めた。見送るリーナの眼から涙が一筋流れ落ちたのを、ウィルは見逃してはいなかった。
*
列車の中の乗客は疎らだった。隅の四人掛け席へ二人は座った。
「これ見ろよ、リーナの奴、こんなに沢山リンゴを詰め込みやがって……限度があるだろってのに」
不自然に明るい声で話すウィルにフィンはずっと気にしていたことを聞いた。
『なあ、オリーブはリーナの所にいちゃダメだったのか? リーナの所ならうまくやれそうだった気がするけれど』
ウィルは難しい顔になった。頬杖をつき、外を見つめながら訥々と話し始めた。
『リーナには、オリーブの両親のようになってほしくないんだ。オリーブの親代わりになって長く過ごしていたら、彼奴だってかわってしまう可能性が高いと思う。俺はそれが怖い。俺が敢えて客として一線を画しているのも、そういう懸念があるからだ』
フィンへ向かって振り返りウィルは苦笑いした。
『……だから今回は、オリーブのためが半分、俺のエゴが半分、ってとこだよ』
ウィルは実の親の話はしなかったが、オリーブの境遇を早めに察知していたところをみると、あまりいい思い出がないのだろうとフィンは想像した。だからこそ、リーナへの思いが時に恐怖となってウィルを縛り付けているようにフィンには思えた。
『そっか。』
窓の外へ目を移し、フィンは何気なく呟いた。
『……俺は、変わらないからな』
ウィルはフィンの顔を一瞬見つめたのち、眼を伏せた。
『……期待せずに覚えておく』
低い呟き声を車両の揺れる音がかき消した。