少女の決断
オリーブはしばらく泣き続けた。やがて泣き声は小さくなり、ウィルに抱きしめられたままオリーブは眠ってしまった。
オリーブをそのまま抱き上げて寝室へ連れて行こうとするウィルをリーナは呼び止めた。
「ウィル、一体どうしたっていうの? 今日は二人とも変よ、ずっと」
ウィルはすっとリーナの顔を見上げた。悲しそうに歪んだ顔で、一瞬躊躇うように開きかけた口をきゅっと引締めるとウィルは言った。
「明日オリーブに直接聞いてほしい。……そのほうがいい」
その声はか細く、だがはっきりとしていた。
*
翌朝。
昨日のことをリーナに尋ねられたオリーブはあっさりすべてを話した。自分がウィルと同じペクトラだということ、周囲の環境になじめず孤立していたこと、エクストラのワーニャに守られてばかりだったこと……。
テーブルに並べられた朝食にも手をつけず、オリーブは一生懸命話した。自然、オリーブの話を聞いていた三人――言葉のわからないフィンも含め――も食事をとらなかったため、話が終わる頃には朝食はすっかり冷めてしまっていた。
オリーブの話を一通り聞き終えたところで、ウィルはマグカップのスープを一気に口へ流し込み尋ねた。
「これからオリーブはどうしたい? 色々説明を聞いた今なら、元の家でやり直せるかもしれない。両親、生きてるんだろ?」
しかし、ウィルの提案にオリーブは同意しなかった。
「生きてます……でも、私が無理。ワーニャもまた辛い思いをする」
――しばらくここにいてもいいのよ?
言葉を発しかけたリーナをウィルはすかさず鋭い視線で威圧した。オリーブの決めることに口を挟まないでほしい――それは、あらかじめウィルが頼んでいた事だった。リーナは微かに眼を見開き、結局口を噤んだ。
オリーブは一瞬迷ったように視線を泳がせたが、すぐにウィルをまっすぐ見つめ言った。
「私、ワーニャを認めてくれる仲間がほしいです」
「……わかった」
ウィルは一度頷いて紙とペンを取り、住所と電車の乗継表を書くとオリーブへ手渡した。
「ここへ行けば俺の知り合いと合流できる。そいつも俺達と同類だから、お前達の境遇を理解してくれると思う。悪いようにはしない筈だから、会うだけ会ってみてくれ」
「一緒に行ってあげなさいよ。女の子の一人旅は物騒でしょう。」
横槍をいれるリーナにウィルは頭をかきながら申し訳なさそうに答えた。
「本当はそうしたいとこなんだが、俺達の行き先と逆だし、フィンと一緒にそっち方面の列車にのると、ちょいと面倒なんだよなあ……」
オリーブへ教えた行先へ行くためには列車で国境を跨ぐ必要があった。その際、国境に造られている駅で列車は一時停車し、全ての乗客は身体検査及び荷物検査を受ける決まりだった。と言っても、検査官側が省エネ主義であることは珍しくなく、明らかに危険物とわかるものを身に着けている場合、或いは不自然に大容量の荷物を運搬している場合を除けばほとんどスルー同然で出入国できるのが実情だった。そんな状況でも問題など起きる筈がないというのが人々の共通認識だった。
しかし、この世界では海外渡航用のパスポートこそ存在しないものの、自分の所属する国から発行される身分証明書は持っていて当たり前になっていた。なまじ真面目な検査官にあたって身分証の提示を求められた場合、身分証を持っていないフィンは間違いなく身柄を拘束されてしまう。それをウィルは懸念した。
ウィルの視線から自分のせいで問題になっていると察したのか、フィンは情けない顔で項垂れた。それを気にしたウィルは面倒だと思いながらも小声でフォローを入れた。
『お前が悪いんじゃないから、一々気にすんな。』
フィンは黙って頷いたが、眼つきは暗いままだった。彼の女々しさに若干イラッとしたものの、ウィルはすぐに気にするのをやめることにした。
フィンの表情に気を遣ったオリーブもリーナに向かって明るく言った。
「私なら大丈夫だよ。ワーニャだっているし、身分証もちゃんと持ってるし」
そのワーニャ自身が懸念材料だと思わなくもなかったが、ウィルはそれを敢えて言いはしなかった。代わりにウィルはオリーブへ耳打ちした。
「刃物類はトランクへ詰めろ。あと、無闇に暴れないこと」
「うん、ワーニャにもちゃんと言うよ。私が安全に旅をしていれば、きっと大丈夫」
オリーブはにっこり微笑んだ。