懺悔(一)
――突然何を言いだすんだ?
頭に浮かんだ言葉を、フィンは唾液と共に飲み込んだ。
実際、こう思うって言えるほど、ウィルの事はよく知らないのだ。行き倒れの自分を助けてくれた謎の少年。その目的について、ウィルから何も聞いたことがない。
少なくとも、金だとか名誉だとかのためではないだろう。ひねくれた彼の性格からして、純粋な親切心だったとも考えにくい。冷静になってみれば、確かにおかしい。
ただ、不思議と、ウィルへの警戒心は浮かばなかった。彼なりの打算があったかもしれないが、彼は確かに自分を助け、そしてジークを助けたいと願ったのだ。そんな彼が、軽々しく人を騙したり裏切ったりするとは、どうにも思えなかった。
「うーん、子供らしくないよな。良くも悪くも」
期待されている答えではないだろうと思ったが、フィンはそう答えた。
アンネはキツい性格こそしているが、根っからの悪人間ではない。そんなアンネが何かしら思うところがあるというのは、少なくともアンネにとって事実なのだ。それを真っ向から否定するようなことは言いたくなかった。誤解にせよ何にせよ、とにかく話を聞いてみる必要がある。そんな気がした。
「そう、そうよね……そうなのよ」
空をさまよう視線。落ち着かない指先が、袖口のボタンをいじる。考えがまとまらないのか、アンネはまだ言いよどんでいる。
「何度も助けてくれたから、俺は感謝してるよ。もっとも、素直じゃない性格は損してるよなぁ。あいつ」
そう言いながら、できる限りゆるっと笑ってみせる。根掘り葉掘り聞き出すような空気にせず、自然な流れでアンネの真意を探りたい。自分らしくない裏工作。いつものアンネだったら、容易く見破ったことだろう。
「ええ……本当にね」
やはり、心ここにあらずといった答えしか返ってこない。これは長丁場になりそうだと、フィンは更に身構えた。
はちみつ水の香りが二人の間に漂う。絡みつくような甘ったるい香りは、密やかに張りつめた空気を更に浮き彫りにした。
フィンは話すのが得意ではない。だがこの場に必要なのは会話であり、重要なキーワードへ導くことだと、直感で理解していた。
やらねばならない時というのが、人間にはあるのだ。今がその時なのだから、何としてもやり遂げねばならない。
アンネとウィルは長い付き合いのはずだ。割とツーカーの関係だったように思える。嫌な一面が見えることもあっただろう。だがアンネが言いよどむのは、単に嫌な一面だと言い切れない事情があったんじゃないだろうか。
例えば――アンネに負の感情を生じさせ、かつ、そのことに後ろめたさを感じさせるような、ウィルの特徴。それも、無意識でやっているレベルで、誰が見ても仕方ないと思えるような。
「そうだなあ……強いて言うなら、たまに何を考えてるかわからない感じがするよな」
その一言に、アンネはぴくりと反応する。
そろそろと顔を上げ、こちらを潤んだ目で見つめる。
何かに怯えているような、頼りなげな目。
あの気が強いアンネが、こんな目をするとは誰も思うまい。
とにかく、これはきっと「当たり」だ。
ゆるい笑みを崩さぬように押し黙る。
もう、アンネは話してくれるだろう。
「……あいつとはそれなりの付き合いだけど、私も、そう思う」
やっとの思いで振り絞ったと言いたげな声。
影を落とした伏せがちな目。
その目ににじむ涙を、少しだけ、美しいと思った。
「最初はね、あいつの考え方が達観してるからかなって思った。だけど、違うの。根本的に違うのよ」
堰を切ったように話し始めるアンネの頬が、軽く赤らんでいく。
「他愛もない話をしていて、ふとした瞬間、表情が消えるのね。なんて言うか、本当に『虚無』の顔を見せる瞬間があるの。それはリリィの顔じゃない。ウィル自身の表情なのよ」
そこまで言いおえて一度、ぎゅっと目をつぶる。真珠のような涙が、彼女の頬を次々と転がり落ちていく。
脂汗の浮かぶ額をそっと拭って、アンネは神妙に告げる。
「それを私は、怖いと思う時があった」
震える懺悔の声。
部屋の空気は温くよどんでいる。
はちみつ水のカップから、もう湯気は上がらない。
その水面にそっと視線をおとし。
「そっか、怖いか」
フィンは曖昧に微笑んだ。
長らくお待たせしている方の更新です。
いささか唐突な展開になってしまいましたが、書きたかった場面の一つが動き始めました。
この作品は「書きたいように書く」を貫こうと決めましたので、合理的でない展開にもご容赦いただけると、より楽しめるのではないかと考えます。
皆さんの応援が作者の励みになっております。コアなファンの方々により楽しんで頂けるよう、精進していきたいと思います。
それでは、また数ヶ月後によろしくお願いします。




