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ペクトラ  作者: KEN
オリーブ・アンダルシア 〜苦悩〜
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現出の限界

 ワーニャが出ていくとリリィの声が頭に響いた。


〈『張りぼて』とは随分な言い方ね〉

「平和そのものは評価に値するさ。俺はわざとらしいのが気に入らな……」


ーーギイッ。


 ウィルの言葉を遮るように背後の戸が軋む音がした。ワーニャが戻ってきたにしては早すぎる気がすると思い、ウィルは座ったまま振り返った。

 視線の先には寝起きとおぼしきフィンがいた。フィンはウィルに気が付くと、二日酔い明けの人間のようなげんなりした顔を無理に笑顔に変えて言った。


『……ああ、お帰り……』

『ただいま……どうした?』


 唖然とするウィルの問いにフィンは髪をくしゃりとかきあげながらぼやいた。


『いや……夢の中でも、皿をテーブルから下げて、洗って、リーナのとこへもってって、の繰り返しだった……。洗っても洗っても片付かない皿の山……その中で必死に片づけていたら、うっかり手を滑らせて割っちまって、そこで目が覚めた……』


 ウィルは非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。今日の仕事が多すぎてフィンはノイローゼ気味になってしまったらしい。間違いなく、オリーブを連れて出て行ったことが原因になっている。そうウィルは思った。


『……いやほんと、いろいろ、すまん……』


深々と頭を下げるウィルの謝罪にフィンは軽くふらつきながらも頭を振り、微笑んだ。


『いや、気にしなくていいさ……でも、また同じ夢をみるのもしんどいから、少し起きてるわ……ここにいていいか?』

『構わないさ』


 フィンはウィルの斜向かいの椅子を選びだらりと腰かけた。ウィルの正面の席に可愛らしいカップが置かれているのを見て、自分が入ってくる前の状況を察したのだろう。思い出したようにフィンは尋ねた。


『そういえば、オリーブはやっぱり……?』


 ウィルは頷いた。


『ああ、ペクトラだった。エクストラは元軍人。事情はまだ聴いてないけど、この店へくるまでの経緯は何となく想像がついた』

『そうか……』


 フィンの同情のこもった相槌にウィルは手をひらつかせ事もなげに言った。


『心配なんかいらないさ。ペクトラはな、エクストラが年長者であればあるほど、オリジナルの大人びるのが早いもんだ。親元を出てきたのが何よりの証拠。普通の八歳児なら親に何かされた程度で家出なんかしないだろ』

『そうは言ってもまだ八歳だろ……甘えたい年頃じゃないか』


 フィンはカップを見つめ、悲しそうに呟いた。


ーーバタンッ。


 再び開いたドアの音に二人ははっとして振り返った。


『あ、オリーブ。』

『ん、えっとだな、そいつは今……』


 エクストラのワーニャなんだ、と言いながら寝間着姿のワーニャの顔を見たウィルは口をつぐんだ。


 彼の顔は真っ赤になっていた。


「……大丈夫なのか? 湯あたりしたんじゃないか?」


 心配して顔を覗き込むウィルにワーニャは眼をそらした。


「……何でもない」

「何でもないって、お前、今はオリーブと交替中なんだぞ? 体調悪いなら早めにオリーブに戻らないと、エクストラには限界が……」


 ウィルが本気で説教しかけたその時だった。


 開きかけのドアの向こうから、バスタオル姿のリーナがひょこりと顔をだした。だんご髪を下ろしているリーナの姿はウィルにとっても新鮮だった。


「あらオリーブ、もう出ちゃったのね。背中流したげるって言ったのに」


 ワーニャは耳まで真っ赤にし、ぶんぶんと勢いよく頭を振った。それを見てウィルには全てがつながった。


「まあいいわ。ウィルには悪いけど、私先にお風呂すませちゃうね」

「ああ、そうしてくれ」


 ウィルが普通に返事し、リーナが去った後。


「……見たな、裸」


 ウィルはジト目で愉快そうにワーニャを見た。


「み、見てないっ! 断じて見てないっ!」


 真っ赤になって弁解するワーニャを無視し、ウィルはしれっとフィンへと紹介した。


『……で、こっちが今オリーブと交替中の、エクストラのワーニャ。元軍人で、分かってはいたが……やはり男だったわけだな』


 にやつくウィルの言葉と腹立たしげに顔を真っ赤にしているワーニャの様子から、フィンも二人の会話の概要を察することができた。


『か、からかうのはやめてやれよ……』


 おろおろするフィンを横目に、ウィルは真面目な顔へ戻った。


『からかうなんてとんでもないさ。さあ、ワーニャへの説明の続きをしないと。悪いけど、話し終えてから全部通訳するから』

『俺のことは気にしなくていい。たまたま起きてただけだから』


 フィンは顔の前で手を振った。ウィルは黙って頷き、ワーニャへ話を向けた。


「ワーニャは何時間くらいが限界だ? 現出……つまり、オリーブとして過ごせるかってことなんだが」


 漸く三個目に齧りつくとウィルは尋ねた。顔の赤みもすっかり引いたワーニャは元の席に再度座り、髪をタオルで拭きながら答えた。


「限界まで出ていたことは、多分ない。最長は……三時間くらいだったか」


 ウィルは時計を見上げ、ワーニャの現出時間を逆算した。現時点ですでに五時間を超えているはずだった。


「よし、いい機会だからそのまま出続けていようか。自分の制限時間を知ることはとても重要だ。ちなみに今まではどうやって交替してた?」

「俺が出る必要があるって思えば、大体出ることができたよ。あとは寝て起きたら自然と戻っていた」

「ああ……それならそれでいいけど、すぐ交替できなきゃめんどくさいときもあるからな」


 ウィルはポケットから小さい円盤状のものを取り出し、テーブル上を滑らせてワーニャへ投げやった。


「それやる」


 ワーニャは手元に来たそれを手に取り、しげしげと観察した。蝶番のような付属物に気付き、ワーニャはその逆側へ両の親指を押し当てた。彼の思った通り、円盤はぱかりと左右へ開いた。内側は鏡になっていた。


「コンパクト……?」

「そう、携帯用の鏡だ。それで自分の瞳をみれば簡単に交替できる。どっちからどっちにもな。俺はよくそうやって交替してるよ」

「そうなのか……ありがたく頂くとする」


 ワーニャは寝巻きの胸ポケットに鏡をしまった。そしてカップのお茶に手を伸ばした。


「……限界が来ると、どうなるんだ?」


 ワーニャの問いにウィルはリンゴを頬張りながら話し始めた。


「だいたいのペクトラは頭痛や眩暈、吐気等の症状を訴える。それでも無理して出続けていると交替できないまま倒れる。いわゆる気を失う、というやつだ。そうなってしまうとオリジナルでも現出することはできない。それがどんなに危険なことか、説明するまでもないだろう?」


 ウィルの言葉にワーニャは頷いた。


「俺は時間制限付きなんだな。」

「そうそう、お前はさしずめ、光の国から現れて怪獣を光線でやっつけるヒーローって事」


 ワーニャはきょとんとした。それはリリィ達エクストラの「元の世界」の知識の一部だったが、ワーニャには通じてはいないようだった。リリィは頭の中で驚愕に震えた。


〈こんな有名どころがわからないとは……!〉


 リリィの驚きぶりは、「ろけっとぺんしる」が通じないことに衝撃を受けたヘビースモーカーの魔術師にもひけをとらなかった。


(いや、単に生きてた場所とか時代が違うだけでしょ……)


 リリィへ冷静なツッコミを入れ、ウィルは芯だけになったリンゴを皿の上へおいた。


「ま、まあ、それはともかく、オリーブのためにも、そこは気を付けてくれよ」

「……まあ、俺に不利になることだからな。気を付けるのは当然だ」


 不機嫌そうな表情をわざとらしく浮かべ、ワーニャは言った。

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