借り
「結局、『グリニスの補佐をしてくれ』としか言いませんでしたね、社長」
愛車のジープをご機嫌に走らせながら、ミーチャは助手席のウィルに言った。社長――ロバートのところを出て暫くは押し黙っていた二人だったが、直にそんな警戒は無意味だという結論に至る。何故なら社長の「目」となる能力者はミーチャですら把握しきれておらず、よって自分達の情報は、あらゆる手段によって筒抜けである筈なのだから。
「グリニスさんがインパイに居るっていうのも驚きですが、あんなに辺鄙な雪国で何をやっているんでしょう」
気にするだけ無駄と開き直って鼻歌を歌うミーチャに対し、ウィルの表情は固いままだった。
「そんなのどうでもいい。俺達はインパイに向かうだけだ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるウィル。その横顔に見えるのは微かな苛立ちだった。
「社長のとこを出てから、ずっと機嫌悪いですね。ウィル」
「今の俺の気がかりは、リリィの奴にどやされるだろうって事だけだよ」
「何故です?」
「テレサはリリィを旧友と言っていた。それを信用して良いなら、そっちは大丈夫の筈。だが、問題はロバートだ」
ミーチャは驚いてアクセルを踏み込みそうになった。平坦で真っ直ぐな一本道だったこともあり、気が緩んだせいもある。だがどちらかと言えば、あれだけやられた後で「ロバート」と呼び捨てにするウィルの神経を疑ったからだった。
「ちょっと、一応社長ですよ!? 呼び捨ては流石に……」
「盗み聞きが怖くて喋ってられるか」
「……まぁ、君が陰口を叩いた程度じゃ、社長は気にも留めないでしょうけど……」
ミーチャの額に汗がにじむ。ウィルがこれだけ口悪く言うって事は、社長とのいざこざが相当気にくわなかったという事だ。まぁ元々気が合うとは思えない二人なのだから、当然の結果かもしれない。
「ロバートに借りを作ったのはリリィにとって不本意な筈。リリィの性格を考慮しても、ロバートの奴と仲が良かったとは思えない」
「でも社長の……テレサさんの能力がなかったら、リリィの場所を突き止められなかったかもしれませんよ?」
頭上に広がるのは灰色の雲。フロントガラスに雨粒が当たる。ワイパーのスイッチを入れると、ワイパーはすいすい雨粒をかき分け始めた。
「結局フィンと同じ場所にいたなら、頼る必要はなかった。そうだろう?」
「それは結果論に過ぎませんよ。全然違う所にいて、他に何も手がかりが掴めないままフィンさんと合流していたら……君は僕に八つ当たりしていたでしょうね」
「馬鹿、流石にそんな理不尽な事はしないって」
「ともかく、難しい事は考えないで、今は素直に感謝しておきましょうよ。万に一つ、その恩が原因で君が窮地に立たされたとしたら、その時解決法を考えれば良い」
見通しの良い一本道はまだまだ続く。他に車の姿はない。道路脇の光景は、何かの畑から草原に変わっていた。
「簡単に言ってくれるな。ひとごとだと思って」
「何言ってるんですか」
ふうとひとつ、ため息を漏らす。そしてミーチャは、道路の真ん中で車を止めた。
「社長と君が対立したら、多分僕は君の側につきますよ。そしたら僕は晴れて裏切り者だ。ひとごとだなんてとんでもない」
ウィルの顔をまじまじと見つめ、ミーチャは言った。恐らく、ここ最近で一番真面目な言葉だった。
ウィルは目をぱちくりさせたが、すぐににやりと悪い笑みを浮かべた。
「あっそ。そんな事言って、後で泣きべそかいても俺は知らんぞ」
「……えーと、社長! 今のはなし! なしです! 僕は永遠の社畜です!」
ミーチャの叫びが雨雲からのぞく日差しに吸われていく。
「……この日和見チワワめ」
ウィルはようやく、目元を緩ませて笑った。




