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ペクトラ  作者: KEN
断章 本部へ 〜迂回〜
120/131

知る必要

「待ってくださいテレサさん」


 ミーチャはティーカップを脇に置き、テレサの話を遮った。テレサは話題を流そうとしていたが、今のミーチャにとって情報は時間より重要だった。それに、聞かれて困る内容ならば、匂わせる話し方はそもそもするまい。昂ぶる気持ちを抑えようと、ミーチャは軽く息を吸った。


「折角の機会なので、ペクトラについて知っている事、色々と教えて欲しいです」


 ミーチャの言葉にこもった緊張は、部屋の中をさざ波のように伝わっていった。テレサは特に何か言い返すでもなく、しかしその眼睛は、横目でも確かにミーチャの目を捉えていた。

――それを知って、お前は何をする? 何が出来る? お前の存在は、あまりにちっぽけなんだ。それをわかった上での言葉か?――

 頭の中で声が聞こえた気がした。もちろんテレサの能力ではない。自ら生み出してしまった硬い空気にのまれてはいけない。ミーチャは冷や汗の滲む手を数回握り直し、軽く咳払いした。


「僕は何も知らなさすぎました。正直、興味もそれほどなかったです。ぼくら(ペクトラ)は結局、ただの人間だって思ってましたから」


 ミーチャの言葉に嘘はなかった。彼にとって、自らの能力は人間が実現可能な範囲を逸脱しないという認識だった。他のペクトラの凄い能力にだって(分析は一応するが)興味は湧かなかったし、ジークの研究結果にも大した意味はないと考えていた。

 だが、ジークが襲われた時のアイザック達エクストラの行動には不可解な点が多々あり、それについてアイザックは何一つ自分に語ろうとはしなかった。話せない理由は何かあるのだろうと理性では理解していたが、その事実はミーチャの感情的な部分に大きなしこりを残していた。

 わからないのは何となく気持ち悪い。ならば自力で情報を集めるべし。ミーチャの妙な前向き思考が、今の彼を発奮させていた。


「でも、それは多分違うんですよね。僕らにはエクストラという二つ目の人格があって、ちょっとした得意分野を持っている。たったそれだけですら、僕らは普通の人間にとって比較対象になってしまうんでしょう。でも、本当にそれだけですか? 他に、僕らを異質たらしめる何かがあるんじゃないでしょうか?」

「その意見には全面的に同意するね」


と、ウィルが唐突に割り込んだ。寝てるだろうと思っていたミーチャは思わず彼の方を向いた。ウィルは相変わらずソファで顔を鷲掴みにされ寝かされていたが、先程よりは緊張が解けたのだろう、いつのまにか靴を脱いで床に放り出しており、彼のつま先は落ち着きなくもぞもぞ動いていた。


「ペクトラと人間との間にある、曖昧で決定的な違い。その違いをはっきり知ることは、今の俺達に必要な事なんだろう。休憩ついでに、俺もその話を聞きたい」


 そう言うなり、ウィルは強引に跳ね起きた。彼の顔に置かれていたテレサの手は、勢いに任せて弧を描いた。


「こら、作業の途中で勝手に起きるんじゃない。それに、ミーチャはともかく、あんたはソファに寝てただけだろう? 疲れてる訳がないだろう」

「そうだな、あんたの相方の挑発に乗せられて、逆さ吊りされた挙句にソファへ放り投げられたんだったな。ついでに言うと、寝返りを打てない状況は背中と尻に負担をかけるぞ。割と痛くなってきてたんだ」


 ソファから立ち上がり靴を履き直すと、肩を回しながら、皮肉げにウィルは言った。その姿は、リリィがいなくなってからの危うい雰囲気をほとんど感じさせなかった。少なくとも、元気なふりをするのには慣れてきたに違いない。彼の苦痛に歪んだ顔を見続けてきたミーチャには、それが少しだけ嬉しかった。


「はーわかったわかった。ま、ここから長丁場になるのは明白だし、少し腹に入れながら休憩ついでに話すのもいいか」


 観念したらしく、テレサはゆっくり床から立ち上がった。そして自分の机までつかつか歩み寄ると、その上に置かれた銀色の電話二台のうち、子機の方を手に取った。


「もしもし、軽食を適当に作って部屋まで持ってきてくれ、三人前ね」


 割といつものオーダーなのだろう、電話はあっさり終わった。

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