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ペクトラ  作者: KEN
メアリー・シーベルト 〜婀娜〜
105/131

限りなく白に近いグレー

『でも、まだまだ練習が必要ね。早速特訓を始めましょ。犬を外へ追い出してくれる?』


 アンネの最後の言葉にフィンは項垂れた。


『リ、リリィは部屋の中に居たいって言ってるんだけど……外は寒いし、可哀想じゃないか』

『その犬がリリィであろうがなかろうが、私にとって犬は天敵中の天敵なのよ。そもそも、私はその犬の事を信用してないし』


 取りつく島もないアンネの返答に、フィンは縮こまりながらも視線を背後の犬へと向けた。


『えーと、リリィが言うにはだな……俺への語学指導を自分が行えば、自分がリリィである事、および俺がリリィの言葉を理解しているという事の状況証拠になるんじゃないか? だって』


 必死に食い下がるフィンを意外に思いながらも、アンネはやはりその言葉を信じる事が出来なかった。無理もない。リリィが犬になって現れた、なんて、彼女がペクトラである事を考慮しても現実離れし過ぎた話だった。


『屁理屈にこじつけて勉強をさぼろうとしてるんでしょ? と言いたいところだけど……』


 胡散臭いと言いたげに、アンネはカーテン――の向こう側で座っているであろう犬――の方へ視線を向けた。


『その変に小難しい言い回しは、確かにリリィらしいっちゃリリィらしいのよね。貴方がそれ程凝った嘘をつくとも思えないし』

『信じてくれるのか⁉︎』


 だが目を輝かせるフィンへ向けられたアンネの顔は固かった。


『でもね、こっちもきついのよ。なにせ三日で共用語を話せるようになって貰わなきゃならないんだから。リリィの事は信じてあげなくもないけど、私にも他に調べたい事があるし、時間的余裕がないの。わかるでしょう?』


 頑ななアンネの態度に肩を落とし、フィンはリリィの返答を待った。


『……なら、その調べたい事ってやつを私が調べて来れば良いんじゃない? だそうだが』

『ふむ……それなら、まあ……ありかな。文字は読めるの?』

『大丈夫だって言ってる』

『わかったわ』


 アンネはノートに何か書きつけると、ページを一枚破りとりフィンへと渡した。


『その紙に書いた事を調べて欲しいんだけど、出来るかしら?』


 フィンから差し出された紙へリリィは素早く目を走らせた。そして小さく頷いた。


『大丈夫みたいだ』

『じゃ、交渉成立ね』


 アンネはふうと息を吐き出し、緊張を解いた。状況を総合的に考えて、フィンの言葉を信じざるを得なかった。共用語を理解する犬を探してくるなんて芸当をフィンがやれるのなら話は別だが、そんな事はほぼあり得ない。それはアンネが一番よく理解していた。限りなく白に近いグレー。それがリリィについてアンネが出した答えだった。


   *


『因みに、私が絶対に信じないって言ったら、どうするつもりだったの?』


 カーテンの向こう側でリリィを撫でているフィンに、アンネは疑問を投げかけた。


『何々、えっと……アンネにとって知られたくなさそうな情報を片っ端からあげていくつもりだった……って、それ、俺がアンネに怒られるパターンじゃないか?』


 フィンが自己ツッコミしている中、アンネは首を捻り思案した。だがリリィに握られていそうな極秘情報の心当たりが、アンネには思い当たらなかった。


『私、言われて困る情報なんか持ってないわよ?』

『……リリィ、頼むから俺にそれを言わせないでくれ』


 カーテン越しのフィンの返答が余計不可解で、アンネはますます訳が分からなくなった。


『何よ? 言いなさいよ』

『えー……俺が嫌なんだけど……』

『だから何よ?』


 アンネのしつこさに負けたらしく、フィンは神妙な顔でカーテンの向こう側から現れた。そして目を逸らしつつ一言。


『……82、58、84』

『何その数字? 暗証番号か何かの……つも……』


 そう言いながら、アンネも数字が意味するものに気がついた。アンネは耳まで真っ赤にして枕を振りかぶった。


『それ私のスリーサイズじゃないの‼︎ 何で知ってるのよ⁉︎』

『だから言ったじゃないかぁ! 俺は言いたくないって!』


 直球で飛んできた枕をフィンは咄嗟にカーテンで防いだ。

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