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ベンチと娘

 その日はあまりにも空が高く風がやけに強かった。

 公園への道すがら一匹の猫が目の前を横切った。毛並みの悪い茶色の痩せ細った猫だ。


「あんた死相が出てるよ。不景気な顔を向けないでくれるかな」


 猫がしかめっ面をしたように感じたが、すぐに民家の庭へ入り込んでしまったため確認することはできない。思い過ごしなのは重々分っていても、最近の私にはそう見えてしまう。疲れているのだろうか。

 向かいから犬を連れた老人がやってくる。柴犬が私を見るとひと鳴きした。


「こら、鳴くんじゃない」


 老人が犬をしかりつけながら私を一瞥した。幽鬼を見たかのような怯えが瞳に浮かんだのを見逃さなかった。


 あの人は疲れている。


 そう思われたのかもしれない。こんな風に、私とすれ違う人は腫物にでも触るような態度をとる。そうとう酷い顔をしているのだろう。仕事に没頭してるツケがまわってきたのだろうか。顔に手をやると肌がかさついているのが分かった。

 だからこそ、休日の公園でゆったりとした時間を過ごそうと思った。家に閉じこもっていると気がふさいでしまい精神衛生によくない。

 今日は秋風が心地よい。何時間でも公園にいることができそうだ。



 広い公園だ。外周を回るのに三十分はかかる緑の多い市民の憩いの場。休日で人も多い。

 私はベンチのひとつに腰掛けて遠くで遊ぶ子供達を眺めた。小学生くらいの男女がドッジボールをしている。

 あれほどの元気を持っていた時代が私にもあっただろうか。三十歳を超えてから気力が渇水するように減り続け、何もかもが面倒に思えるようになってきた。

 遊歩道を赤ん坊を連れた若い夫婦が歩いている。見るからに幸せそうで、父親はベビーカーに乗せた我が子に向かってしきりカメラを向けている。母親の微笑みは温かい。

 近くのベンチで老婆が本を読んでいる。難しい本のようで、顔の表情が硬い。大学生風の男がぼんやりタバコを吸っている。視線の先にはキャッチボールをする親子がいる。

 私だけがそこの空間に似つかわしくないようだ。無気力で頽廃してただ時間を浪費するモノみたいにベンチに座り続ける。


「そんな事はない。君にも目的があって公園にきているじゃないか」


 木にとまった小さな鳥が私を見下ろしながら言った。私は上を見た。


「どうしてそう思うの」


「分るさ。君はよく公園に来てはそうやってベンチに座っている。皆も知っていることだ」


 鳥が促し、私が視線を戻すと公園の人々が皆私を見ている。


「僕知ってます。あなたがよく公園に来ていることを」


「私たちもです。ね、そうだよね皆?」


 ドッジボールをしていた子供たちが一斉に頷く。


「私も知っているよ。まったくマメなことだね」


 老婆は吐き捨てるように言って、また本に視線を戻した。


「そこにいても構いませんが、僕たち家族には近寄らないでくださいね。子供にも悪影響ですから」


 若い夫婦は悪いモノから自分たちの赤ん坊をかばうように、ベビーカーの前に立ちふさがって言った。


「俺には関係ないことだけど面倒事はごめんだね。タバコが不味くなる」


 大学生風の男が大量の煙を吐き出しながら顔をしかめて言った。


「お父さん。あまり強くボールを投げないでよ。手が痛い」


「気分が悪いんだ。イラつくと手に力が入ってしまってね」


 親子がキャッチボールをしながら言った。


「どうだい。皆君に目的があることを知っている。君は君の目的を果たせばいい。誰も君を邪魔したりしない」


 小さな鳥はそういうと飛び立つ。その瞬間世界がぐらつき元の平常な世界がそこに現れた。誰も私を見ていない。私は大きく息をして空を見上げた。


「ねえねえオバサン」


 一人の少女が声をかけてきた。


「赤ちゃんが苦しそうだよ。おんぶしたままベンチに座っちゃだめだよ」


 少女はそう言って駆けて行った。

 私は振り返った。そこには赤ちゃんの姿は無い。赤ちゃんは私のベンチの下にいる。はずである。人一倍元気でとてつもなく純粋な娘は、ベンチの下で寝ているはずだ。誰にも見つかってはいけない。だから私は誰も地面を掘り返さにように、このベンチに座って見張るのだ。

 秋風が吹く。冬になる前にもっと人気のない所に移した方がいいかもしれない。それと除霊に行ったほうがいいかもしれない。

 あの少女が言っていた背中の赤ちゃんは、もしかして殺した娘かもしれない。


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