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月の宮へ到着すると、十六夜も蒼も待っていた。月から状況を見ていた十六夜が、蒼に話して居たのだ。

そこには碧黎も居た。維月は維心に抱かれてじっと目を閉じている…己の中で何かと戦っているのは確かのようだった。

「維心」十六夜が駆け寄って来た。「どうだ?あれから話せたか?」

維心は首を振った。

「いいや。ずっとこのまま目を閉じてじっとしておる。意識は失っておらぬようだが、己を封じられると言っておったゆえ、戦っておるのであろうな。同じ陰の月の力を使っているのだろうが、月になって間もない維月とずっと月であった陰の月が、どこまで渡り合えるものか…。」

将維がじっと維月を見ていた。十六夜は維月の頭を撫で、将維を見た。

「陰の月はお前を愛してるようだ。なのでお前には抗えないんだよ。オレや維心はいくらでも欺けるが、お前にだけは駄目なんだろう。維月は誰をも欺けないがな。」

将維は険しい顔で十六夜を見た。

「どうすれば良いのだ。我に何か出来るのか。」

碧黎が言った。

「維月をそのまま留めたいのであれば、主が維月を選べば良いだけのこと。そして、陰の月の意識を消してしまわねばなるまいな。あれが納得するのであればそのまま留めも出来ようが、維月はそれを出来なんだのであろう。陰の月は闇寄りの力。人を欺くのなどお手の物よ。」

維心は、碧黎を見た。

「思えば、我ら月と言えば陽の月の十六夜だけを見ておった。陰の月の役割とは何であるのだ。」

碧黎は椅子を示した。話しが長くなるのだろう。維心は、傍の寝椅子に維月を降ろすと、その手を握り締めたまま、隣の椅子に座った。皆のそれに倣い、椅子に腰掛ける。

「陰の月は、陽の月がその力を保つために存在するもの。光がなければ影は存在せぬが、影がなければまた、光もないことになる。地上に闇が存在する間は、陽の月だけでも存在は出来た。だが、それが居なくなっても存在し続けようと思えば、闇となるものが必要であった。それが陰の月、維月であるのよ。」

十六夜は驚いた。そういう意味で陰の月は生まれたのか。碧黎は十六夜の表情を見て頷いた。

「そうだ。十六夜が地上を遍く守って行くためには、存在せねばなるまい。そのために陰の月は居たのだ。陰の月の役割は、陽の月を存在させることだったのだ。」

蒼は驚愕の表情で碧黎を見た。

「…それだけのために?」

碧黎は頷いた。

「そうだ。我らの考えは、十六夜が寂しくないようにとの親の子に対する感情であったのだがな。しかし若月が下に降り、結局十六夜は一人だったがの。陰の月として存在するだけでよかったので、我もあまりこだわっては居らなんだ。しかし…陰の月の力は、先ほども言うたように闇寄り。そして、やはり性質も闇寄りであったのよ。我が観察しておって知ったことであるが、陰の月は人や神の欲望を見抜き、それを増大させる力を持っておる。そして、それを利用して己の望みを叶えることも。つまりは相手の望みを体現し、それを与え、抗えないようにする。自分無しでは生きていけないような状況へ引きずり込んで、全てを思うままに動かすことも可能ぞ。そして月であるゆえ、大きな慈愛の情も持っておる…あれに抗える男などおらぬ。」

維心は、維月を見た。まだじっと目を閉じている。そんな命だとは知らず、自分は数十年前維月を黄泉がえりさせた…十六夜の求めに従って、与えた命がそんなものであったとは。

「知らなかった…まさか月の命がそのようなものであったなんて。維月は知らずにそのような命を身に黄泉から帰って参ったのか。」

十六夜も下を向いた。あの時は、維月に会いたいとそればかりで…月の命がそんな性質を持つなど考えもせず。しかし、思えば若月もそうだった。己の望みを叶えるため、闇を人に憑りつかせて旅館を破壊した…あんなことが出来るのは、陰の月であったからなのだ。

「…だが、維月は人だった」碧黎は続けた。「維月の意識は陰の月として生まれて育った訳ではない。なので、維月の良識が陰の月を抑え、この独特の気を作り出しておったのよ。そして愛した維心の望むようになりたいと願った維月の想いの通り、どんどんと変化し増大し、今の状態に落ち着いた。維心は最初から維月を望んでおったようだが、それでも段々にますます離れられなくなったであろうが。維月の維心を離すまいとする心がそうしておったのだ。無意識であっても、愛すれば愛するほどそうせざるを得なかったのであろうの。我も、愛情云々はよくわからぬ分野であるから、そこは想像でしかないが。」

維心は維月の手を握る手に力を入れた。維月は我のためにこうなった。我を離すまいと…。

維心は、こんな時なのに心に歓喜の情が湧きあがって来るのを感じた。我だってどれほどに維月を離したくなかったことか。こんなにまでならずとも、人の主でも充分に愛しておったものを。

維心が維月の手に頬を摺り寄せるのを見た十六夜は、苦笑した。だから、オレだって維心に維月を許さずにはいられなかったのに。維月は頑固だから…。

「それで、維月を助けるにどうしたらいい?」十六夜は言った。「このままじゃ、その維月の意識がきえちまう。」

碧黎は難しい顔をした。

「出来るとしたら、将維しかおるまいの。」将維がハッと顔を上げた。碧黎はため息を付いた。「だが、主は若い。陰の月の誘いに抗えるのか疑問ぞ。維心や十六夜ならば迷いなく維月を選らぶであろうが、そもそも陰の月が話を聞くまい。意識の中にこやつら入って来たと見れば、出て来ぬであろう。それでは消すことは出来まいの。」

蒼が言った。

「意識の中に入って、話を付けるのですか?」

碧黎は蒼を振り返って頷いた。

「そうよ。維月の中で起こっておることであるからの。蒼、主でも恐らく相手は油断して出て来るであろうが、主はなあ…絶対に抗えぬと言い切れるゆえ。無理ぞ。」

蒼は少し不機嫌に言った。

「確かにオレは他の神より心はまだ人であるので、弱いとは思いますが。」

そんなにはっきり言わなくてもさあ。蒼は思った。碧黎は笑った。

「そら、そこであるのよ。」と蒼をじっと見た。「そのように素直であってはならぬな。陰の月を侮るでない。維月はその力の100分の1も使っておらなんだ。それでも心を見透かされたりしたであろうが。主の心は未だ育っておる最中ぞ。」

蒼は赤くなった。やっぱり神の世では、まだ子ども扱いになってしまうのか。もう80歳近いのに。

碧黎が将維に向き直った。

「どうする?主次第ぞ。主が維月と心を繋ぎ、維月の中へ入る。その後、話を付けねばならぬ。陰の月は主を取り込みに掛かるであろう。維心なら見抜けるのにのう…主はどうか。」

将維は険しい顔で維月を見つめた。

「我にも出来ようぞ。」

碧黎は厳しく言った。

「甘く見るでない。主を望む維月と、望まぬ維月。そのうちの望まぬ維月を選ばねばならぬのだぞ?主を乞うて受け入れたのは陰の月。それを主は消すことが出来るのか?」

将維は碧黎の目をじっと睨んだ。

「しつこいぞ。出来ると申した。」

蒼はびっくりした。将維は滅多に怒りを表すことはない。まして口に出す事などない。しかし、今の将維は明らかに怒っていた。怒るとさらに維心にそっくりだった。

碧黎は頷いた。

「では、参るが良い。消す方法は簡単ぞ。ここに十六夜が待機しておるゆえ、主の陰の月の力で十六夜の力を呼べ。主の求めに応じて十六夜に力を送らせる。陰の月を消せるのは、唯一陽の月の力。龍の力では無理ぞ。」

将維は頷いて、維月を抱き上げて広い方の寝椅子へ移った。そしてそこへ寝かせると、自分も横に並び、心を繋ぐべく維月に口付けた。

蒼は思わず赤くなった…昔、維心と維月が心を繋いでいるのも見たが、毎回それは、まるで恋人同士のように見える。そもそも龍は、そんなに心を繋いだりしないのだとは聞いていたが。

将維は、維月の隣に倒れ込むように目を閉じて意識を失った。そしてそのまま、維月を抱くようにして横たわり動かない将維の横で、4人はひたすら、待った。



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