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混乱

維月は毎日、陰の月と自分の感情の整理と、記憶の整理にいそしんでいた。

それでも、確かに生きて存在していた陰の月は、維月よりも当然のこと長生きで、そしてたくさんの記憶を持っていた。なので、維月は時にそれに飲まれるような気がした…感情に至っては、まだなかなかに整理が付かずにいた。

そんな毎日だったので、維月は維心と共に過ごすとは言っても、緊張の連続だった。

エネルギー体の自分なのに、心筋梗塞でも起こすのではないかと思うぐらい、胸がドキドキと高鳴って、苦しくて一度は気を失い掛けて維心を驚かせた。

それでも維心が好きで仕方がないのは確かで、維月としては幸せだった。しかし、維心からはまた倒れてはと気を使いっぱなしであるらしい。たまに、深いため息を付いていた。

何が一番困るかと言うと、将維だった。

将維を見かけると、尋常でないほど胸が高鳴る。冷静な自分も居るのに、それは激しい感情で、流されて自然と顔が赤くなった。その日も、庭で一人自分と戦っていると、会合の間に居る将維が、窓越しに見えた。途端に、見とれてぼーっとなった自分を必死に諌めて、維月はそちらに背を向けた。融合ってこんなに大変なことだったのだ。他の意識の感情まで引き受けることになるなんて。

一方将維は、会合を終えてふと窓の外に母を見つけた。

こちらに背を向けてじっと座っているように見える。思えば、あれから全く母と話していない…話そうとしても、居間へ行けばサッと奥の間へ消えてしまうし、回廊で会ったら必死に走り去ってしまうしで、その間がなかったのだ。

将維はそちらへ歩いて行って、声を掛けた。

「母上。」

維月はまるで弾かれたように立ち上がった。将維の方がびっくりして維月を見ていると、維月はそれこそ今にも気を失うのではないかというぐらい、頬を赤く染めた。

「しょ、将維…。」

維月は下を向いて将維の顔を見ない。将維は維月の顔を覗き込んだ。

「母上、まだ具合が良くありませぬか?お顔の色が…」

維月は将維に背を向けた。

「な、なんでもないの!もう大丈夫だから!」

「しかし…」将維が続けようとすると、維月はいきなり庭の奥へと駆け出した。将維は慌てた。「母上!そんなに走ったら…、」

転ぶ、と将維が思っていたら、やはり30メートルほど先で維月はひっくり返った。将維はため息を付いてすぐに維月に追い付いた。

「なぜに我をそのように避けるのだ。」将維は、二人きりになるといつも話す口調で言った。「今までのように過ごして良いであろうに。あのようなこと、我は気にせぬし。父上もあまりに主が我を避けるので、怪訝そうな顔をしていらした。」

将維が維月を立たせると、維月は将維を見上げた。

「それが…あなたは気にしないけれど、私は気になるの。」どうしようもないと言った口調だ。「今心の中が二つの感情でごちゃごちゃなの。それをまとめているのだけれど、まるで維心様に対するように、将維が好きで仕方がないの。陰の月はあなたをとても好きだったみたい。元々私もあなたを愛していたから、それと合わさってどうしても抑え切れないのよ。なんとかしようと思っているのだけど。このままじゃとてもややこしいことになってしまうし。だから、離れていよう?」

維月は懇願するような目で将維を見上げている。将維は驚いた…まだあのままだったのか。というか、おそらくこれが元に戻ることはないのだろうが…。

「そのような。ではどれほど離れておれば良いと申すのか。それでなくても我は、母として姿を見て話すだけでも良いと思うて我慢しておるものを。それすら許されぬと言うのか…ほんに我はどこまで我慢すれば良いのかの。」

将維が憮然として横を向くと、維月はおろおろした。前の母なら、自分が少し気を悪くしたぐらいでこんな風になったりしない。本当に、自分を想っているのだ。将維は維月を引き寄せた。

「良いではないか…我を想うておっても。それが月の意思なのだろう?主に己を託した陰の月のためにも、素直になってやれば良い。」

「…将維…。」

二人は口づけ合い、抱き合って、しばらくそこで佇んでいた。将維は愛されて口づけられるその感覚に酔い、維月を抱き締めて離せなかった。


《だーかーらー》と十六夜は言った。《オレにもどうしようもないって言ってるだろうが。維月も月なんだからよー。あいつの中でなんとかするしかないんだよ。》

維心は、海辺の自分の結界の端で、空を見上げてため息を付いた。

「だが、将維を見れば真っ赤になって隠れ、我が唇を寄せれば失神しそうになって、夜もそれは大変なのだぞ。どれほどに気を使うか。」

十六夜はため息をついた。

《オレだってあれから最初に夜一緒だった時は大変だったんでぇ。体まで真っ赤になって、熱があるのかと思ったぐらいだ。ま、オレ達は月同士だし、すぐに慣れたがな。》

維心は憮然として言った。

「我がこのように思っておることを知ったら維月が気を使うだろうと、こんな所にまできて主と話しておるのに。主はすぐに慣れたとはの。」

十六夜は少し黙った。

《…あまり側を離れない方がいいんじゃねぇか。》

維心は少し不安になって空を見上げた。

「なぜだ?何か見えたのか。」

十六夜はまたしばらく黙って、言った。

《将維がなんだかんだ言っても、やっぱり陰の月は将維を選んでた。そこまで言えば分かるか?》

維心は浮き上がって宮へ向かいながら言った。

「将維か!」

今までは維月が将維を息子として見ていた。だが、陰の月は違う。維月が将維を本気で思えば、将維に維月を拒む理由はない。

龍の宮上空にすぐに到着した維心は、維月の気を探って庭へ飛んだ。…思った通り、二人は抱き合って立っていた。

「維月!」

ハッとした維月は、慌てて将維から身を退いた。維心がそこへ舞い降り、維月を抱き寄せた。

「…将維、分かっておろう?維月は我が妃。今は混乱しておるのだ。しばらく近寄るでない!」

維心からは怒りより悲しみの感情の方が感じ取れた。将維は頭を下げた。

「はい。申し訳ございまぬ、父上。」

維月が悲しげに将維を見ている。将維はふと、維月に視線を向けると、その場を去って行った。

維心は維月を抱き締めた。

「維月…居間へ戻ろうぞ。」

維月は頷いて、維心と共に部屋へ戻った。

居間の定位置に落ち着くと、維心が維月を抱き締めて言った。

「維月…主が恋しい。」維心は絞り出すように言った。「どうしてしまったのだ。主はどこへ行った。陰の月ばかりが主を制しておるのではないのか…。主に会いたい。以前の主はどこへ行ったのだ。」

維月はハッとした。そうだ。私は陰の月に流されてしまっている…「私」として維心様や十六夜に愛されることを喜び、そして将維をも望む陰の月に。もしかして、私達は融合したのではなくて、まだ…。

維月は、自分の胸を押さえた。

維心はそれに気付き、維月を見た。

「…維月?」

維月は思い詰めたような顔をしている。維心は不安になって言った。

「維月、悪かった。もうこのようなことは言わぬゆえ…。」

維月は首を振った。

「いいえ」維月は維心を見上げた。「いいえ、維心様。私…それで気付いたことがございます。」

維心は維月の目を見返した。ここのところずっとこのようなことはなかった。いつも恥ずかしそうに下を向いたり、赤くなったりしてまともに話すことすら叶わなかった。それが、今はしっかりと自分を見ている。維心は言った。

「どうしたのだ?主…元に戻ったのか?」

維月は首を振った。

「いいえ。陰の月が、ここに。」維月は胸を押さえた。「まだ、ここに居りまする。融合したのではない…私は陰の月に浸食されつつあるのです。後にとって代わられるでしょう。それを気取られぬため、私と記憶を合わせ、万が一にも浸食が終わるまで維心様にも気取られぬよう、近付けぬように…」と身震いした。「近付けぬようにまともに維心様を見れない反応を。恐らく将維も、十六夜も…。」

維心は険しい顔をした。

「では、静かに怪しまれぬように主にとって代わろうとしておると言うのか。」維心は、グッと眉根を寄せた。「気取られぬためと言うのなら、阻止する方法があるはず。維月、十六夜と話そうぞ。」

維月は頷いて立ち上がったが、よろめいた。維心がそれを受け止めた。

「ああ!」維月は必死な目で維心を見た。「気取られたのを知ったから、私を封じようとしておりまする。維心様、覚えておいてくださいませ。将維は、本当に陰の月の想い人であるのです。なので気取られるかもと思いながら、将維の傍には留まった。」維月は胸を押さえた。「十六夜に!碧黎様に…お早く…!ああ維心様…!」

維月は維心に手を差し出した。維心は維月の手を握り締めてしっかりと抱き、維月を助けたいと必死に祈った。

維月はうずくまった。維心は維月を抱き上げて、叫んだ。

「月の宮へ行く!将維!共に来い!」


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