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籠の中の月

維月は、微睡んでいたが、回りのことが分かって来た。

時にはっきりと鮮明に回りの様子が分かって慌てるが、次の瞬間には何かの意識が自分を制してまた、微睡んだ。それを繰り返していて、今、目の前で起こっていることが分かり始めた…暗い部屋。ここは北の宮…。

覚えのある「気」がする。それは自分と肌を合わせていた。維心様…?私は気を失っていたのかしら…。でも、この「気」は…。

「…将維…?」

将維はまた我に返った。気が維月の常のように戻っている。そして、その声ははっきりとした声音で自分を呼んだ。

「維月…?」

将維が上から顔を見ると、維月がじっと将維を見た。その目は、いつもの色に戻っている。髪はいつもの色に戻りつつあった。

「我が分かるか?」

維月は頷いて、戸惑ったように身を退こうとした。

「将維…私、どうして北の宮であなたとこんなことになっているのかしら…。それに、あの…きっともうかなり長い間…。」

将維は身を離して、維月を見た。

「陰の月の意識が主を制して、力が欲しい、気が欲しいと大変だったのだ。それで…我がここでこうして。」

維月は己の中にある記憶をたぐい寄せた。微睡んではいたが、見えていた光景…私、炎嘉様ともこうしていた気がする。陰の月…あの意識…。

「ああ」維月は涙を流した。「そうなの。寂しかったのよ…将維…とても寂しかったの…。」

維月は将維の胸に体を寄せた。将維はそれを抱き締めて、どうしたものかと維月を見た。髪はまだ、元の色に戻らない。ここで気取られてもいけないが、しかし、常の状態も戻って来ているし…。

「どうしたのだ。何が寂しかった?」

維月は答えた。その目は色が赤くなったり茶色く戻ったりして揺れている。

「誰にも顧みられない。誰にも必要とされないって…ただ、人だった者の命を支えるものとして、月自体は必要とされないと。その自分であるはずの元、人でさえ、顧みることがないって…。」維月は将維に抱きついた。「必要とされたいのよ!私を見て欲しいの!誰も私を見てくれないわ…影に隠れた存在で…!将維!将維!あなたは私を必要としてくれる…?」

目が、また赤く戻って固定した。髪も金髪に戻った。しかし、維月から催淫の気は湧き上がらず、常の維月の気のままだった。

将維はそれでも、維月を抱き締めた。

「必要であるぞ。誰よりも。何よりもずっと。我の生きて来た間の全てを懸けて…!」

将維は維月に口付けたが、気が抜かれることはなかった。維月は将維に答えてしっかりと抱き締め、涙を流しながら、そして、ふと、眠るように意識を失った。


明け方を待たずに、籠は完成した。結局畳四畳ほどの大きさに落ち着いたその籠の中で、起き上がって襦袢姿の将維の腕に抱かれて、維月は眠っていた。十六夜はため息を付いた。

「なんだ、将維は陰の月に勝ったのか?疲れて寝てるみたいだな。」

将維は首を振った。

「そうではないのだ。母上は一度正気に戻られた。そして、陰の月の気持ちを話しているうちにまたその意識に飲まれ…」将維は下を向いた。「もう、気も取ることはなかった。ただ寂しいと言って…。そして、意識を失ったのだ。」

将維の様子に、十六夜も維心もただならぬ雰囲気を感じ取った。なんというのか、やり終えた安堵感でもない。

十六夜はとにかく、陰の月に話を聞かなければと将維に言った。

「ご苦労だったな、将維。もう出て来ていいぞ。」

将維は、まだ金髪のままの維月に視線を落として、首を振った。

「我はここに居る。」

維心が横から言う。

「…何があったのだ?それは母ではあるまい…意識は陰の月に乗っ取られておるのだぞ。」

将維は維心を見上げた。

「父上…それでもこれは母上なのです。母上は陰の月の意識を受け入れようとしておられる…それを感じるのです。」

維心は驚いた。受け入れる?これから先、維月はずっとこうだと言うのか。

維心が絶句していると、十六夜が頷いた。

「だろうな。最終的にはそうならなきゃ、陰の月は二人にはなりえねぇ。どっちか一人が消えちまうよ。命は一つなんだからな。碧黎が言ってたことなんだが。」

維心は十六夜を振り返った。

「では、生涯維月はこのままか?」

十六夜は険しい顔をした。

「わからねぇ。どっちがどうなるかによるな。陰の月は、誰を選んだ?将維、お前じゃないのか。」

将維は黙った。維心には訳が分からず、十六夜を見た。

「…何のことだ?」

十六夜はまだ険しい顔のままだ。

「だから、陰の月はお前やオレでなく将維を選んだ。だからそれから将維の気を抜き取らず、ああしておとなしく眠ってるのさ。それを分かってるから、将維はそこから出ないと言うんだ。」と、維心に視線を向けた。「もしも維月の中で陰の月の割合が大きくなって固定すれば、維月はもう、オレ達には見向きもしないだろうよ。将維だけのために生きるんだろうな。」

維心は呆然と将維と維月を見た。今、維月の中で何が起こっている?維月と陰の月は、何を決めようとしている…手の届かぬ場所で…。

「気に入らぬ」黙って聞いていた炎嘉が言った。「勝手に決めよって。この役割が我であったなら、我が選ばれたやもしれぬのに。」

十六夜も維心も黙っている。将維はふと、腕の中を見た。維月が目を開けようとしていた。

十六夜も維心もにわかに緊張してそれを見守った。

開かれた目は、赤みがかった茶色だった。

「将維…」維月は将維を見、そして、回りを見た。「…捕らえられたのね。陽の月に。」

将維は頷いた。

「心配は要らぬ。ただ話を聞きたいだけなのだ。」

維月は起き上がって、少し怯えたように将維に身を寄せた。将維はその肩を抱いた。十六夜が口を開いた。

「まず、維月はどうした?」

陰の月は答えた。

「私が維月よ。私達は二人で一人。なので記憶も共有しているわ、十六夜。」

十六夜は険しい顔のまま言った。

「何だってこんなことをした?オレを飲み込んで自分だけになるつもりだったのか。」

維月は少しためらったが、首を振った。

「そんなつもりはなかったわ。ただ、私を見て欲しかった。」維月は、責めるような目で十六夜を見た。「あなたはいつもそうじゃない!私が後ろにいるのに気付きもしないで、下ばかり見て。ずっと呼んでいたのに…愛しても気付いてくれなくて。地上に降りた後、若月と呼ばれて、もう月を顧みなくなった。そこから気持ちが二つに分かれたの…この私と、若月と。若月は居なくなり、あなたのずっと見ていた人が命を継いだ。やっと私を見てくれると思ったら、やっぱりあなたは地上ばかり。元は人の維月も、こちらを見ない。それでもあなたが居ない時は地上を守っていたのよ…あなた達が死にそうな時には、全てを捨てて留めようと力を送った。それでも気付いてくれないの。私は裏側だから…!」

十六夜は息を飲んだ。

「…お前だったのか。」

十六夜は、涙を流しながら話す維月を見た。炎託の持ち込んだあの仙術の剣に刺された時、月は自分達を助けようと地上の気の調整すら放り出して必死に引っ張ってくれていた。月自体に意思があるのかと思っていたが、あれは陰の月から分化した、この意識が送っていた力だったのだ。

「私は維月を完全な月にしようと、そして同化しようと上から力を注いだわ。維月の愛する維心様という龍に愛されるように、維心様が望むよう、維月が望むように身を変え気を成長させ、そして私もそのかたを愛して愛されようと…」維月は泣きながら維心を見た。「でも、私には気付いてくれないの。維月も私を呼んでくれない。私は一人ぼっちで、どうしたらいいのかわからなかった…!」

維月は将維の胸に顔をうずめた。将維はソッと維月を抱き寄せる。維月は将維を見上げて、涙を拭いた。

「将維は私が陰の月の意識だと分かっても、受け入れてくれたわ。私も維月なのよ。二人で一人なのよ。力を持てば、誰かが顧みてくれると思って力を集めていたわ。最初はどうしようもなくて隣の十六夜から。でも、それで維月が私に気付いてくれて…」と、維月は胸に手を当てた。「維月が私を呼んでくれた。私達は同化して、そして私は自分を知ってもらうために、力を集め続けたの。その力で、皆を確かに助けられれば、きっと私も月だと知ってもらえるのだと思って…!」

維心は、ただ言葉が見つからずに維月を見た。月は、維月を見ていた。維月に力を貸して、確かに月として成長するように手助けしていた。維月が我を望んだから、我の望む通りになるようにと陰の月の力でこうして育て、そして、それでも顧みられない自分を憂いて、こんな行動を起こした。

そして将維は…僅かの間にその悲しみを察して、これも維月なのだと受け入れたというのか。だから、将維を選んだと。

「維月…。」

維心は、つぶやくように言った。これも維月。陰の月。だが、常我の傍にいたあの維月はどうなるのだ。これではほとんどが、陰の月の意識ではないか…。

維月が、維心の声に反応してこちらを向いた。

「維心様…。」瞳の色が一瞬、茶色く戻った。「愛しておりますわ。それは変わりませぬ。」

維心が慌てて維月を見た。だが、維月はまた赤い瞳に戻っていた。

十六夜がその様子を見て、言った。

「…お前、維月と話しがついてないな?」その維月は、ビクッとして十六夜を見た。「勝手に割り込んでるんだろう。維月はまだ納得してない。だが、維月の性格だとお前を押しのけて表に出て来ることが出来ないんだ、お前に同情してるだろうからな。そいつはそういうやつだ。」

将維は驚いて維月を見た。維月は言い訳がましく言った。

「だって、将維は息子だと言うの!」維月は必死に言った。「維心様を愛したから出来た、息子だと言うの…私が維月に完全に同化したら、私の意識はほとんど維月になってしまう。維月が基本で、私の意識はなくなるわ。それは望んでいたことだけれど…でも、私は将維がいいのだもの!」

将維はためらった。これは、母だ。だが、やはりそうではない…愛した母は、意識の中に居る。二人で一人なのは分かる。だが、押さえ付けてまで出て来た韻の月は、やはり母ではない。

将維は、維月から身を離した。

「二人で一人であるのだろう。」将維は言った。「主は維月と融合せねばならぬ。そうであって初めて二人で一人であるのだ。我の愛した維月は、そのように独り善がりではない。主を押しのけず、ただじっと見ているその維月こそ、我の愛して来た維月であるのだ。ただ記憶を持っただけでは、そうではない。」

維月は、ショックを受けたかのように将維を見た。そして涙を流し、うなだれた。

「…あなたも私を見てくれないの…」維月は言った。「やっと見つけたと思ったのに!」

陰の月の力が、十六夜の籠の中で大きく弾けた。

「将維!」

十六夜が叫ぶ。十六夜の力で籠の外へは漏れなかったが、中では力が大きく爆発するかのように放たれている。

「…十六夜!将維を守れぬのか!」

維心が叫んだ。十六夜は必死に力を飛ばそうとした。

「駄目だ!籠の中は駄目なんだ!」

光りが収まって来る。皆は固唾を飲んでその様をただ見守った。

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