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【クレヴ】

「わざわざ魔王が君を呼び出したから、何か面白い話でもするのかと思ったけど、普通につまらない話ばかりだったね」


 不満気な様子のリアナに構ってやる余裕も無く、先程まで会話を交わしていた魔王が頭から離れなかった。あの存在は、明らかに異質である。

 存在自体がどこか曖昧で、有する力は人間とは比肩にならない。この世界についても何か色々と知っているようだし、底が知れない奴だ。

 いくら警戒しようとも明らかに魔王の方が格上。消そうと思えば、俺なんざ一瞬で消し飛ばせるだろう。

 今まで魔王に生かされているのだと、思い知らされた。リアナと初めて出会った時の重圧感みたいなものを感じ取った訳では無い。

 寧ろ、何も感じ取る事が出来なかった。視覚では確かに魔王の姿を捉えているのだが、気配がどうも薄いように思えた。

 果たして魔王は生きているのか――生物なのかどうかも怪しい。……でもまぁ、もう終わった事だ。


「んじゃ、目的も果たした事だし、そろそろあっちの城に戻らないか?」


「戻らないよ」


 軽快な口調であっさりと断られてしまう。だから思わず、自分の耳を疑った。


「冗談、だよな? だって、もうアルセルムとか魔王と話したじゃねぇか! 今からでも城の方に戻れば、もしかしたらお叱り程度で済むかもしれないんだぞ?」


「確かに彼らの目的は果たしたさ。でも、私はまだ君にして貰いたい事があるんだよ」


 ただの嫌がらせでは無く、まさかの後出し。終わったと思わせたところで、この不意打ちは結構効いた。


「いや、リアナの頼みは別にいつでも聞いてやれるだろうが。殆ど俺の家に入り浸り状態なんだからよ」


「ここでしか頼めない事もあるのさ。それに、頼み事の一つは君にメリットが無い訳じゃない」


 チラリと犬歯を見せるように笑うリアナを俺は優しい眼差しで見つめながら、口を開く。


「どんなメリット突き付けられようとも、家に帰りたい欲求には余裕で霞む」


 あれだな、俺は帰巣本能が強いらしい。自由になりたい等、何だかんだ言ってきたが、やっぱり外には危険がいっぱいだったのだ。

 子供の絵本にだって書かれている常識を改めて思い知らされた。

 勿論、俺の家には父だったり姉だったりと要注意人物が生息しているが、やっぱり家が一番落ち着くのである。

 王族が住まう城に、魔王が君臨する城とか、明らかに場違い過ぎるしな。


「それこそ家になら何時だって帰れるじゃないか」


「帰れないよ? 死んじゃったらな!」


 このまま此処の城に留まる事になれば、間違いなくアルセルムが作り出したゴーレムとの対戦が待ち構えている。

 その前にさっさと逃げ出してしまいたい。


「そう簡単に死なせないからね、安心してくれて構わないよ」


 どうしてだろう、リアナが俺を守る的な意味合いじゃなく、彼女が俺を甚振(いたぶ)るようにしか聞こえない。

 命を保障してくれるのは嬉しいが、痛いのも勘弁願いたいのだけど……。


「いい加減、気が付いて欲しかったんだよ」


 俺の数歩先で立ち止まったリアナが振り返り、じっと此方(こちら)を見つめてくる。何に、気付いて欲しかったのだろうか。

 好意……ではあるまい。訂正して欲しいところならば、家でも出来る事だし、一体何の事だろうか。


「私はあの時――君がザビウスとやらに向かう前にも言っただろう? まさか今の今まで気付かないとはね。流石に予想外だったよ」


 リアナに言われて、自身の記憶を掘り返してみる。確か、去年の12月頃だっただろうか。その時はスライムの様子を見ていたっけか。

 それでリアナが『気が付いていないのかい』と問いかけてきて、結局何の事か全く見当も付かなかったので、そのまま放置していたのだが。

 まさか今になって、その話が再び浮上してくる事になろうとは。でも、あの時は気にしなくても良いと彼女自身が言ってくれたような……?


「気付かないまま、いなくなっていれば別に私は気にする事は無かったんだけどね。何故かは分からないけど、まだ君の傍にいるんだよ」


「何の話をしてるんだ?」


 リアナの視線は俺、では無くその頭上辺りにいっているように見える。何かあるのかと上を見上げても何かがある訳では無いし、頭頂部に何かが引っ掛かっている訳でも無さそうだ。

 

「君は、目に見えるものが全てだと思うかい?」


 そんなリアナの問いかけに我知らず背筋が冷えた。彼女は幻覚症状持ちの病人なのか、それとも獣人達が語っていた魂の存在が見えるとでもいうのか。

 確か不可視の存在と聞いていたのだが、本当に見る事の出来る人物が現実にいようとは思いもしなかった。


「その問答は既に魔王さんとしてるからな。風だったり、見えないものでも存在してる事だってあるんだろ? だから全てって訳じゃない。これで満足か?」


「いや、これは話の導入だよ。本題はこれからさ」


 リアナは俺の横に並ぶと、ゆっくりとした歩みで前に進みながら話を続ける。


「例えば風だけじゃなくて、何かに覆われていた場合でも見えなかったり気が付かなかったりする事があるだろう?

 見えないだけで、その隠されたものが無くなる訳じゃないというのにさ」


 適当に相槌を打って、リアナの話を促す。


「また見ていたとしても、見えてない事だってある。また例えだけど、君は書物を読む時に斜め読みする事があるけど、見落としている文章があったりするだろう?

 見ているようで見ていない。これは特に意識していない場合だけど、意識していたとしても見落とす事もあるんだよ」


「ややこしい話になってきたな、おい」


 不平を漏らすがリアナは気にした様子も無く……もとい寧ろ口元が(ほころ)んでいた。


「やっぱり主観による弊害ってヤツなんだろうね。案外、君達は無意識に見たいものしか視界に入れない事があるんだよ」


「ええと、つまりは見えるものが全てでは無い。されど俺は全てが見えている訳でも無い。俺がそもそもその問いかけに答える以前の問題、になるのか?」


「こういう時は意外と察しが良いもんだね、クレヴは。私の眼には映っているものをクレヴにもいい加減認識して欲しいんだよ。

 多分、それは君が連れてきたんだろうしね」


 リアナを欲求を満たす、となると何だかやる気が無くなっていくが、それでも彼女にだけ見える存在というのも気になってしまう。

 ここで駄々をこねてリアナにずっと絡まれるよりも、すぐに片付けてしまった方が楽かもしれない。


「そんで、俺はどうすれば良い訳?」


「まずはその意識を変えれば良いんだよ」


「……だが、さっきの話だと意識を変えても見えないものは見えないんじゃないのか?」


「けど、人間はいつも同じものばかりを見ている訳じゃないだろう? 時間と共に心は移ろい、見えるものだって変わっていく。

 意識の問題が無い訳じゃないさ」


 大変煩雑で思わず投げ出したくなるが、その気持ちをぐっと抑えて聞く態勢を保ち続ける。


「勿論、意識改革だけじゃなく、見方も重要になってくるね。君の村にもあるだろう?

 正面から見ただけだと何なのかさっぱり分からないけど、高い所から俯瞰してみれば何の意味を為すか、って事が判明したりさ」


「……随分と回りくどいが、結局俺は何をすれば良いんだよ?」


「そう結論を急いだって深く理解出来なきゃ意味が無い……と言いたいところだったけどね。少し、魔王の影響を受けてしまったみたいだね」


 一旦、リアナはそこで言葉を区切り、再び言葉を紡ぐ。


「じゃあ初めに私が指し示すところを良く見てくれるかい?」


 白魚のような指が向けられた先には、俺の右肩辺りであろうか。取りあえずといった感じで視線をやるが、やはり何も見えやしない。

 肩に重さや何かが乗っかった感覚も無いし、今更ながら本当にリアナが心配になってくる。幻覚見える程、精神が参ってしまったのだろうか。

 仮に妄想だとしたら口にするのは見ていて痛々しい。それを個性として受け止めるべきか、厳しく矯正してやるべきか。


「変な事を考えてないで集中しなよ。そんなんじゃ見えるものも見えないよ」


 駄目出しを食らうが、そもそも見えないものを見ようとする考え自体がおかしい気がする。見えないのなら、見なくても良いじゃないか。

 時に人は、見えていても見えない振りをする事だってある。


「つってもなぁ……ただ見てるだけじゃリアナの言う"何か"は見えないんだろ? 見方とやらも一遍に教えてくれ」


「ものには順序があるんでね。焦ったところで上手くいきやしないさ。今やってる事だって、何も無駄な事じゃない。

 今やっているのは、ほんの確認に過ぎないけどね」


 リアナの声を耳にしながら、俺は眼に力を込める。この感覚は随分と久しく思える。確か、初めて魔法を使う際にも腕やら眼やらに無駄な力を入れていたっけか。

 余計に力が入っていると、上手くいくどころか(かえ)って全く出来ない事を思い出しつつ、見つめ続ける事、1分くらいだろう。

 そこでリアナの制止の声が掛かり、俺は自然に入っていたらしい肩の力を抜く。結局、何も目に入らなかった。


「この感じだと初歩の初歩から目を慣らしていくしかないね。クレヴ、今度は私の右手を見てくれるかい?」


 胸元の高さまで上げられたリアナの手は、人差し指だけ立てられる。どうやら、今度はそこに注目したら良いらしい。

 俺の視線が指の頂点に向かったのと同時に、彼女の指が発光し始めた。その(まばゆ)い光はまるで太陽光を直視したかのような光の強さで、俺の目に痛みが走る。

 とてもじゃないが直視し続ける事は出来ず、思わず手で目の前を遮った。

 

「悪いね、久々なもので少し調整を間違えちゃったよ」


 それから指から発せられる光は少しずつ穏やかになっていく。これは魔導を利用したものなのか、それとも別の光を生み出す魔法なのか。

 多分、見た感じだと前者な気がするが、リアナに確認を取らなかった。聞いたらまた集中しろ、と叱責されるかもしれない。

 それからその光は徐々に輝きを失っていき、静かに消えた。……こんなものを見せて、本当に見えない何かが見えるようになるのだろうか。

 そんな怪訝に思った俺の機微を察したのか、リアナが声を掛けてくる。


「ここでもう見えないのかい?」


「あぁ、そうだな」


 わざわざ聞いてくるということは、まだリアナは光を発しているというのか。しかし、俺の目では捉えられないのだが、本当に見えてくるのか(いささ)か疑問であった。

 が、それから少ししてリアナの指がぼんやりとした光を(まと)っているのが目視出来るようになる。

 これは彼女の調整によってなのだろう、そこからまた段々と光が薄くなっていく。つまり、これに慣れていけ、という事なのか。

 にしても、これでは随分と時間が掛かる気がするのだが、リアナの性分からして億劫に違いない。

 そう思い、彼女の顔を一瞥するものの、特に不満そうな表情は見られなかった。


「何、そう時間は掛からないさ。君は『視る』事に優れているようだしね」

 

「何だよそれ、魔法の類? というか、何故リアナがそれを知ってんだよ?」


 身体の持ち主である俺より詳しいとか、凄く怖いのだが。恥部の大きさまで把握されてた日には、リアナの顔を直視出来ないだろう。


「魔法じゃないさ。適性、というより才能って言った方が良いんだろうね。後、私からすれば君が自分自身の事に無自覚過ぎるだけだと思うよ」


 結局、何故知っているのか、という理由は話さずにリアナは光を灯した指を振り、此方(こちら)の視線を再びそれに引き寄せた。

 まぁ、聞いたところで素直に、そう易々と自分の手の内を全て明かす訳が無いか。


 見つめる作業を再開して、半信半疑とはいえ目について自覚させられたせいなのか、短時間で俺の目は急成長を遂げる事となった。

 これがリアナの言う、『意識したか、しないかの違い』なのかは分からない。無意識に見ないようにしていたのだろうか、という事も分からない。

 しかし、確かに自覚しただけでも変わる事もあるのだな、と認識させられた。

 初めはリアナの技術に繊細さを感じていたのだが、今となっては荒っぽさも捉える事も出来る。

 常に同量の魔力を放出せず、出し過ぎたら勢いを弱め、逆に弱まり過ぎたら強めるといった、バランスを取るような形で魔導を利用しているみたいだ。

 どうやら魔力が微量になればなる程、扱いが難しくなるらしい。リアナでこうなのだから、人の使う魔法には余程の無駄が存在するようである。

 

「さて、もういいだろう」


 リアナがそう口にした途端、彼女の手が開かれ急激に光の勢いが増した。弱い光に慣らされていたせいだろう、思わず両目を閉じる。

 が、リアナの前で無防備な姿を晒したのは、あまりに迂闊だった。(まぶた)蟀谷(こめかみ)鼻背(びはい)が彼女の(てのひら)に包まれる。

 そして、(まぶた)越しに眼球から痛みが走った。しかし、それは一瞬の事。振り払うべくして出した右手は空を切る。

 

「くぅぅぅ……いっつぅッ……! いきなり何しやがんだ、リアナ!!」


「何って刺激を与えただけだよ。抵抗されると面倒だったからね、つい不意を突いたに過ぎない話さ」


 刺激というには些か強過ぎる。痛みによって流れ出る涙を袖で乱暴に拭い、リアナを睨み付けようとするも――


「目がァァァァァッ!!」


 瞳に取り込む光が強烈過ぎて、再び俺は目を閉じる羽目となった。リアナの奴が何かをした、という気配は無い。

 目を開いた瞬間には、もう膨大な光があったのだ。……俺の視覚が過敏になった結果かもしれない。


「それじゃ、もう一度肩の辺りを見てごらんよ」


 (まばた)きを繰り返し、まだ白一色しか捉える事の出来ない視界を慣らしていく。

 もしかしたら失明したかもしれない、という不安に駆られたが、だんだんと視力が回復してきたのか、徐々に輪郭を捉える事が出来るようになる。

 まだ目に力を入れようとすれば眩しい感じがするが、普通にしている分には問題無いだろう。

 痛みが取れて、ようやく視界がまともに機能したところで、どことなくすっきりした感覚があった。特に視力が上がった訳でも無いのだが、これもリアナが狙った効果なのか。


「……ん?」


 何気なく右肩の方へ視線をやってみれば、何やら光の球体がふわふわと浮いているのが見えた。

 幻覚だろうか、と目を(こす)ってからもう一度見やるも、その光は消えていない。


「リアナさ、お前さんは何もしてないんだよな?」


「する訳ないだろう? というか、君はあの獣人を連れて帰ってきてからずっと引き連れていたんだよ?」


 肩に重さも感じず、特に無害そうだったが、見えると何だか鬱陶しく思えてきた。左手でそれを掴もうと試みるが――何故かその感触は得られない。

 そもそも光は掴めないし、ある意味当然の結果なのかもしれない。が、このまま放置していていいものか。


《いきなり何すんのよ!》


「うぇっ!?」


 悩んでいたところに、まさかの横槍が入ってきた。けど、それは耳で捉えた訳じゃない。まるで直接頭の中へ意思が伝わってきた感じだ。


《ようやくウチの存在に気がついたと思ったら、まさか掴もうとしてくるなんて! 普通は挨拶するものじゃないの?》


 その光の球体は肩を離れ、目の前を浮遊する。この鬱陶しさ、小蠅に匹敵し得るか、いや光っている分、それ以上かもしれない。

 しかも、物理的に振り払えないときたもんだから、余計に厄介である。


「さっきから頭の中に言葉が流れ込んでくんだけど、この蛍モドキの仕業なのか?」


《虫風情と一緒にしないで! ウチは水を司る精霊なんだから!》


 肉声であったらきっとキンキン声だったであろう意思に、俺は目を見開いた。精霊なんて、本当に存在するとは思っていなかったからである。

 しかしまぁ、盾を作ってくれた店主が話していた精霊の存在に真実味が帯びてきやがるな。


「気付いて欲しかったのなら、さっさと『意思伝達』すれば良かったのにね。わざわざクレヴが気付く待ってるとは、精霊っていうのも物好きなものだね」


《う、うっさいなぁ! 別に気付いて欲しかったんじゃないんだからっ!》


 リアナに怒りを表しているのか、精霊の光がチカチカと点滅する。激しくウザい。確か店主の話だと、精霊は内気であった筈なのだが。

 まさか人と同じく、精霊にも性格があるとでもいうのだろうか。


「んで、精霊とやらが何故俺の肩にいたんだ? 『水を司る』なんて言ってんだから、水辺に住んでるんだろ? というか、水の中にいなくても大丈夫なのかよ?」


《ウチは自分の領域内でしか生きられない貧弱精霊とは違うんだから大丈夫なの! アナタについて来たのは……》


 前半は偉そうな事を抜かしやがるが、後半につれて言葉の勢いが失速していった。


「まぁ、水の無い場所で平気だとしても、周りに水が無ければ無力な存在だけどね」


《うっさい! 人間のくせに精霊を侮辱するんじゃない!》


 精霊に向けて小馬鹿にした笑みをしたリアナに精霊がきゃいきゃいと喚くも、彼女が精霊に手を伸ばしたところでピタリと止む。


「スライムを召喚するしか能が無いクレヴと違って私は精霊だろうと干渉出来るんだけど……このまま握り潰しても構わないかい?」


《待って! 悪かったから! 何が気に障ったのか分かんないけど、悪かったから!》


 リアナの手から逃れようと(もが)く精霊であったが、彼女の手は全く動かない。……そして、何故精霊の生殺与奪を俺に聞いてくるのだろうか。

 まさか、今さっきまで全く意識していなかった精霊の飼い主が俺だとでもいうのか。散々心無い謝罪を繰り返す精霊をリアナは全然解放しようとしない。

 

「あー、まぁ聞きたい事もあるし、まだ殺さないでくれ。んで、精霊さんや。お前さんはフルデヒルドから俺について来たのか?」


 一時的に解放された精霊は素早く俺の背後へと回り込み、リアナを警戒していた。握られている間、まともな抵抗出来なかったところを見るに、水が無ければ本当に無力なのかもしれない。

 

《フルデヒルドって場所がどこなのか分かんないけど、アナタの髪がもっとボサボサで毛むくじゃらと一緒に生活してた頃からだと思うの。

 っていうか、『まだ』って何!? 弱っちいスライムを優しくしてたんだから、友好的に接すればウチにはもっと優しく接してくれると思ってたのに!

 こんな事ならあの時、魔法の事を教えるんじゃなかった!》


 スライムを優しくしたから、見ず知らずの精霊を優しくする理屈とか、訳が分からない。奴は一体どんな価値観で育ってきたのだろうか。

 …………俺は精霊に魔法の事を教わっていた、だと?


「魔法って『リリース・リストリクション』の詠唱の事か? じゃあ、あの夢の内容はお前さんが?」


《まぁね! 伊達に長年生きてないから!》


「そっか。サンキュー、年増」


 意外と簡単に隷属魔法を解除出来たと思っていたが、この精霊の手助けを借りていようとは思ってもみなかった。

 極々軽い礼が思わず出てしまったが、心の奥底では深く感謝している。『リリース・リストリクション』が完成していなければ、獣人を助ける事は出来なかったのだから。

 しかし、精霊がもっと早く存在を知らせてくれれば、家に帰れていたかもしれないのに、と考えると、どうしても感謝より苛立ちが(まさ)ってしまう。

 

「取りあえずついて来た理由は分からんが、とにかく精霊との接触は完了した。もう家に帰っても問題は無いよな?」


「そんなに焦る事は無いだろう? 初めに言った筈だ、褒美くらい用意しているさ」


 随分と殊勝な態度だが、普段とリアナとかけ離れて過ぎていて、寧ろ怪しく思える。というか、一度たりとも褒美とかくれなかった人が一体何をほざいているのだろう。

 

「取りあえず、私の後をついて来てくれるかい?」


 だが、有無を言わせずにリアナは俺に背を向けて歩き出した。……これで立ち止まってると魔法か何かされそうだったので、渋々俺も彼女の後を追う事にした。







「褒美ってやっぱりスライムの事だったか……」


 リアナにつれて来られたのは城の裏手。冬の季節だというのに、ここら一帯には草木は死滅してはいなかった。

 といっても、青々と茂っている訳でもなく、所々に葉の色が変化したものが自生しているだけだが。

 そんな場所に呑気にのそのそと動く緑の流動体――その姿はまさしくスライムであった。外敵に襲われる事が無かったからか、俺が近付いても物陰に隠れる気配は見られない。

 本当に野生のものなのか、と疑いたくなるレベルである。数はざっと見て、30体くらいだろうか。


「褒美とか言って、完全にこいつ等の世話を(てい)良く押し付ける気だったのかよ……」


「私としては自由にのさばらせても良いんだけどね。アルセルムの奴が君にゴーレムを倒されてからスライムを密かに目の敵にしていてね。

 別にスライムの管理をしなくても良いけど、その場合はアルセルムに消されるかもしれないのを考慮したのかい?」


 そう言われてしまえば、俺の選択肢に『No』は無くなる。それを分かっていて聞いてくるリアナが腹立たしい。

 だが……それでもスライムがまだこうして生きているのだ。

 カティアという鳥頭のオカマがスライムを擁護する台詞を吐くとは思えないし、きっとリアナがスライムを生かしてくれたのだろう。


《やっぱスライムって鈍間(のろま)。クレヴのスライムが異常なだけかぁ》


「……なぁ、もう気付いてやったんだから帰らないのか?」


《別にウチには決まった家なんて無いし、何時(いつ)アナタから離れてもウチの勝手でしょ?》


 何が気に入ったのか、自分の定位置と言わんばかりに俺の肩へ貼り付いたように動かない精霊。というか、この精霊はいつまで俺にくっついているのだろう。

 俺とは違って精霊は滅多に姿を現さないようだし、安全に家へと帰れる立場だというのに。切実に俺と立場を変わって欲しい。


「世話といっても、どうすっかなぁ……」


 出来るだけ契約魔法は使いたくないが、アルセルムに狙われているんだとすれば自衛するくらいの回避能力は身に付けさせるべきだ。

 今まではリアナが守っていてくれてたみたいだが、俺が此処(ここ)に来た事で取り止めるのは目に見えている。

 『アルセルムがスライムを襲う可能性がある』というのが虚言であるかもしれないが、それでも絶対襲わないという保証も無い。

 別に俺は全てのスライムを保護しようなんざ(はな)から思っていないのだ。助けられる限度だってあるし、俺が保護する事が必ずしも正しい訳でも無い。

 最近になって結構危ない目にあい、手を貸して貰うという名目で危険を晒している。そういった意味では、自由に生活させる方がスライムにとっては良いかもしれない。


《このスライムについて何か困ってんの? ウチだったら何とか出来るかもしれないけど……どうする?》


 悩んでいると、肩にいた精霊がしゃしゃり出でくる。今さっき話をしただけだというのに、やけに馴れ馴れしい。

 やはり人と生きる世界が違うからか、心に壁を作るなんて事はしないのかもしれない。


「あー、『意思伝達』ってヤツか! それってスライム達にも出来るのか?」


《まぁね!》


 威張る精霊を意に介さず、俺のテンションが上昇していく。スライムとのまともなコミュニケーションを取る手段が見つかろうとは思っていなかったからだ。

 それだけ分かっただけでも、精霊に対する態度も手の平返ししてしまうくらいである。


「早速やってみてくれ!」


《やってもいいけど……条件があるの》


 ひらりと円を描いて飛ぶ精霊は間をおいて、意見を述べた。


《ここにリキッドスライムを呼んでちょうだい》


「それだけか?」


 はっきり言って拍子抜けである。

 が、あまりにスライムとのコミュニケーションについて頭が花畑になっていたせいで、俺はこの時、あまりにも迂闊だった。

 少し考えれば分かる事もせず、素直に頷いてリキッドスライムを召喚する。

 もはや手慣れたもので、複雑な"三つ目"の魔法陣も今となっては一瞬にして同時に10や20くらい頭の中で描けるようになっていた。

 右の掌に灯った光は弾け、青く透き通った身体を持つリキッドスライムが出現。

 サラナ村から魔王の城まで結構な距離があるのだが、召喚魔法を使ったというのにそこまで魔力が減っていないように思える。

 どうやら魔導の修練によって知らぬ間に魔力量が増えていたらしい。


「召喚したけどそれから――」


 どうすんだ、と続く言葉は出る事は無く、突然の事で俺は絶句するしか無かった。


 何故なら、精霊がリキッドスライムの体内に侵入し、その姿を人と似たものへと変化させたからである。



……前回も説明回、今回も説明回になってすいません。

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