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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
フルデヒルド
52/136

2

【クレヴ】

 休日が丸潰れとなると思うと、棒のように固まってしまった足を無理矢理動かし、南門に向かった俺たちだが。


「今日はアスタールに向かう馬車がないんですか!?」


「あ、あぁ」


 馬車の小屋を管理している30代くらいのおじさんの答えに、思わず小さなガッツポーズを作る。


「無いなら仕方ないよなぁ。んじゃ、今日は解散ということで」


「ちょっと待つんだ」


 颯爽と(きびす)を返し、騒がしい街並みへと戻ろうとしたところで、リアナから制止の声がかかる。


「なんだよ? アスタールに向かう馬車は無いって言ってたじゃねぇか。……もしかして、村まで徒歩で強行するとか言わないよな?」


「私とクレヴだけなら、それでもいいんだけどね」


「すみません、リアナ様、御使い様……」


 申し訳無さそうに、頭を下げるリーシャ。まぁ、見た目からして、体力無さそうだしな。

 あまり運動していなかったのか、腕や足に目立って筋肉が見られないし。


「つーかさ、何で俺までついて行かねばならん訳?」


「それはな、これだ」


 そう言ってリアナはローブの外側についているポケットから、手紙を取り出した。

 宛先には、『シスターちゃんへ』。差出人は『クレアンヌ』――母からだった。


「帰る暇があったら、顔を見せに来いとのお達しでね。息子としては、それに逆らうのはどうだろうね?」


「別に、何とも思わないけど?」


 あの母だからな。心配してはいるんだろうが、俺に対する愛情表現の方法がなぁ……。

 俺には手紙なんて送ってこないし、俺が顔を見せる必要はそこまで必要無いんじゃないかって思うくらいだ。

 あちらも厳しくするんだから、此方(こちら)も厳しい態度で。

 母に簡単に会いに行かない、というのも、また愛なのではなかろうか。

 ……まぁ、単に意趣返ししたかっただけなんだけど。

 こちらから望むものを碌にくれない親に、わざわざ此方(こちら)から与えてやる義理など無い。

 だから、宿舎に戻る。当然の選択のはずだ。


「照れなくてもいいんですよ?」


 だが、リアナだけでなく、リーシャまで俺を引き留めようと服を掴む。


「私には家族って何なのか分かりませんが、ある物は大事にするべきだと思いますよ?」


「ソウデスネ」


 そう言って若干寂しそうな顔をするリーシャを見た途端、自然と頷きを返していた。

 仕方ない、逃げるのは一旦諦めるか。

 それに、リアナに一度身体への接触を許しているからな。前みたいにマーキングされている可能性もあるために、逃げても無駄だろうし。

 

「で、馬車が駄目で他に方法があるっていうのか?」


「ま、それは私達の運次第、というところだね」


 そのまま、リアナに連れられて、門の外へ。


「おっ」


 すると、門番の人から見えにくいところに、随分と懐かしく思えるあの影は。

 すっかり失念していたが、彼女の目的は初めから"これ"だと決まっていたのかもしれない。 

 "これ"、というのは、少し離れた場所に止められた馬車のことだ。

 といっても、普通の馬車とは違い車輪が大きく造られており、そして何よりも。

 その馬車を引く生物が馬では無いのが、特に違った点であろうか。

 二匹の生物は、大きさは馬よりも一回り大きく、細いフォルムに見えるが、四本の足は馬よりも太く。

 全身を爬虫類みたいな鱗に包まれおり、顔は蛇みたいな感じで鋭い歯が生えた口から伸びる舌も長い。

 見た目でいうなら、完全にオオトカゲではあるが――こいつはモンスターである。

 名前は確か、ドブ・リザードだっけか。足の速さは、馬を軽く凌ぎ、力も強い。

 

 ルイゼンハルトでは、モンスターを中に入れるのは法に触れるために、外に停めるしかないわけで。

 わざわざ用意されている車庫やら馬小屋があるのだ。使わないのは損だと言える。

 また、こいつらの性格は少々荒っぽく、またモンスターということもあり、馬を手懐けるよりも相当な労力が必要となる。

 そんなこと、普通の商人なんかはしない。

 そう、これらの持ち主は、普通ではないのだ。

 

 馬車の戸が開けられて、一人の男が外に出てくる。

 頭にはバンダナを巻き、目元は赤っぽいサングラスで隠し。

 首元から口まで覆うスカーフを巻き、鼻以外は顔を露出しないこの男は。


「『走り屋』さん、お久しぶりです」


「おっ、シルヴァさんのとこの坊主に、シスターちゃんか。後は……」


「リーシャっていいます」


「そうか、お前もシスターちゃんのお仲間ってヤツか」


「ところでちょっと頼みがあるんだけど――」


 頷く彼に、さっそくリアナが馬車に乗せてもらえるように頼みこむ。


「別に構わないぜ。俺もそろそろ一旦帰ろうと思っていたところだしな」


 彼から許可を貰ったところで、後は自分たちの食糧を買いこみに行くことになった。

 出発は1時間後。焦ることもないが、ゆっくりもしていられない時間だ。

 買い物をリアナに任せると必要のないものまで買ってきそうなために、俺が行くことになったのだが、リーシャも物価を見て覚えたい、ということで一緒に回ることになった。


「ところで御使い様、一つ聞きたいことがあるのですが」


「んと、『走り屋』さんのこと?」


「そうです、あの人は一体?」


「同じ村出身の人だけど、聞きたいのはそういうのじゃないんだよな?」


 何度も首を縦に振るリーシャに、思わず苦笑いを浮かべると、彼について俺の知っている範囲で教えてあげることにした。


 『走り屋』。

 サラナ村の人たちは、大抵彼のことをそう呼んでいたから、俺は本名までは知らない。

 『走り屋』という二つ名は、その名の通り、彼が走ることを生きがいにしているところから来たんだという。

 初めは自分の足で駆けまわるだけだったが、次第に彼は速さを求め、今は馬では満足できなくなったためか、ドブ・リザートを従わせているといった変わり者だ。

 まぁ、それでもサラナ村の人たちに比べてば、まだ変人度が高い方ではない部類の人間だ。

 顔を隠している理由だって、顔をじっと見られるのが恥ずかしいから、という可愛らしい理由だし、どこぞのトラップ爺の、『どこにでも罠や武器を潜ませるためじゃよ』と、全身布で身を包んだ人に比べてば、マシだと感じられるだろう。


 その話をしながらも、リアナから貰った軍資金で買い物を済ませていく。

 俺は全財産が今回の報酬で貰った金額が9割強を占めているし、リーシャは金すら持ってないので論外。

 というわけで、『男のプライド』なんていうくだらないものを捨てて、頼み込むと意外なことにあっさりと金を渡してくれた。

 どういう心境の変化だ、と思ったら、その金は何でも母からの手紙と一緒に添付されていたものらしい。

 2人分×5日分の食糧を調達するには充分な額で、今回は馬車を使うよりも少ない日数で村に着けるために、3人分を買うには問題なかった。


「あとは……」


 大体の物は購入したし、後は荷物を宿舎の方に置いていきたかったのだが、どうやら貴族区まで行って戻ってくる時間はなさそうだった。

 リーシャを引き連れて、『走り屋』さんのところに戻ると、既にリアナは乗りこんでいるようだった。

 荷物を積み込み、『走り屋』さんに一言かけてから、俺たちも中へと乗りこむ。


「あー、リーシャ」


「なんでしょう、御使い様?」


「何というか、その、頑張れ」


「?」


 よくわからない、といった顔をするリーシャから目をそむけると、馬車が動き始める――それも、急加速で。

 後ろに押されるような感覚と共に、継続的にガタガタとした振動が馬車を大きく揺らす。

 窓から見える景色は、勢い良く流れていき、どんどんその姿を変えていく。


「ひゃああああああああああああ!!!!」


 案の定、リーシャは驚きのあまり高い声で叫ぶが、馬車は止まらない。

 なぜならそれが、『走り屋』さんの『目的地に着くまでは走り続ける』という信条があるからだ。

 例え女子供が喚こうが、モンスターに途中で襲われようが、強い便意に催されようが、彼はスピードを緩めない。

 足であるドブ・リザードの限界が来るまでは、夜が更けようが、天候が悪くなろうが走り続けさせるのだ。

 そして、そのドブ・リザードの限界とやらだが、俺はまだ見たことがない。

 というのも、遠くに行ったことがないというのもあるし、何よりドブ・リザードには並み外れた体力があるのだという。

 

 こうして、俺たちを乗せたドブ・リザード達の馬車は、馬に引かせる馬車での行程を大幅に短縮し、2日とかからずにアスタールどころか、サラナ村にまで到着してしまった。


 ……後、ここに来るまでに、リーシャに2回ほどリバースし、終始ぐったりとした体勢となり。 それを見て、何だか安心した顔をしたリアナが退屈凌ぎにと、こちらに話しかけてきた。

 まだ途中までしか話していないサラナ・プロジェクトシリーズなんかを聞きたがり、仕方なくいくつか話し終えた後、俺だけ話すのは辛いので、あちらにも何か話題を出して貰ったのだが、


「キス、のことなんだけどさ……」


 地雷を踏んでしまった。

 互いにある程度払拭出来ていた気まずさが、再び蘇り。

 俺の脳内で押さえ込んでいた姉とのトラウマまでもが蘇ったせいで、悶絶しそうになっていたが、リアナはこちらを気遣うことなく話を続けた。

 彼女の口から飛び出てきたのは、疑問。

 やはり俺が想像したように唇と唇を合わせるだけで、どうしてもやもやとした、よく分からない感情になるのか、と。


 俺の場合は、好意がないのにしてしまった後悔と、リアナの唇をいくらあんな状態とはいえ自分から奪った恥ずかしさと罪悪感。

 そして何より植え付けられたトラウマが恐怖を呼んだ。

 リアナも何やらごちゃごちゃとした感情に悩んでいるようだったが、生憎俺にはそれを解決する方法を知らない。

 人の感情は勿論のこと、恋愛感情なんて理解し難いものだ。

 好き、って何なのか。

 皆が感覚的に分かっていることでも、俺には分からない。

 リアナもリアナで、普通の暮らしをしてきたことがなさそうだったし。

 また何よりも、リアナが俺に恋愛感情を抱くことなんて、想像もつかない。

 研究対象としての興味はありそうだが、それ以外の好意は果たしてあるのかどうか。

 こちらから、積極的に好かれようと動いたこともないし、顔は母のおかげで少々整っている……と思いたいが、一目惚れする程ではない。

 俺よりも顔の良い人間は沢山いるだろうし。

 だから、恋ではないはずだ。


「数多く実証すれば解るものか……?」


 と、俺が考えている間に不穏な声が聞こえたのには、焦った。


 慌てて、『キスというのは恋仲でなければしてはならない、儀式的な意味合いがある』と教え込み、その場はなんとかしたのだ。

 これで、もし実証なんて起こされてみろ。

 一種のテロみたいになるぞ。

 たぶん、リアナのことだから、誰と問わずにキスを振りまき、大きな混乱が巻き起こされることが、容易に想像できた。

 あの顔立ちだからなぁ。男女構わず寝取られが多発、モテない男共が歓喜のあまり発狂し、モテない女共は新たな性癖を開拓させるだろう。

 まさに、地獄絵図と言えるだろう。ルイゼンハルトで起きたら、たぶん首都機能が停止するんじゃなかろうか。

 

 説得には、アスタールの時に経験しているであろう、取り巻きみたいのが更に酷いやつになるぞ、と警告したことで何とか阻止することに成功。

 その後は、チラッと俺の唇の方を見てきたので、手で隠しておいた。

 俺にだって、少しは貞操観念ぐらいはある。肉欲ごときに負ける精神ではない。


 キスをするなら、好きな人にしたい。といっても、あの時以来から、好きって感情が分からないのだが。







「うぅ……リアナ様、御使い様、馬車で多大な迷惑をかけてしまい、何と謝罪すれば…………」


 馬車を降りた後も、未だに顔が青いリーシャが、俺たちに頭を下げてくる。


「別に俺は気にしてないよ」


「迷惑をかけたと思うなら、その分頑張ればいいさ」


 意外なことに、リアナからも励ましの言葉が。

 どういう風の吹き回しだ、と訝しげな目を送ってみると、馬車にいた時の雰囲気は消え去っており、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。

 元気になられて、絡まれて困る、とは考えなかったのだろうか?

 あぁ、そうか。

 リアナの奴、どうせ自分はルイゼンハルトに戻ることだし、一時的な我慢、だと考えるか。

 

「それにしても……リアナ様と御使い様はよく平気でいらっしゃいますね……」


「まぁ、慣れてるから、としか言い様がないな」


 俺の場合は、既に幼児の頃からこれよりも酷い経験をしている故に、平気だった。

 あの父の腕力を使っての、『高い高い』とか……相当な速さで打ち上げられて、そして同じ速さで落下。

 そして、完全に落下の衝撃を父の手で止められるわけもなく、ダメージが全身に響くという、地獄。

 泣くと地獄を見せられる、といった経験から、余計に泣くことが出来なくなったり。

 また、父のあやし方もダイナミックなこともあり、父の腕にいた頃は常に遠心力と戦っていたといっても過言ではない。

 大変嫌なことに、そういうことに対しては経験豊富だったりするのだ。


「私には単純に耐性があるから問題ないだけさ」


 リアナに対しては、もはや言うまでもあるまい。

 

「そういえば、クレヴ。馬車の中でずっと『魔導』について調べてたけど、調子はどうだい?」


「……まぁ、順調とは言えないな」


 リーシャの足の速さに合わせて、村の中をゆったりと歩く。

 以前よりも建物の数が増えているものの、やはりそれらが乱立しているために歩きづらい。

 あのゴーレムの一件による傷跡も、もう完全に見えなくなっており、村人たちはそれぞれ自分の仕事に戻っていた。

 

「つーか、ばれてたんだな」


「あれだけ隠す気がなければ気付くもんさ」


 リーシャが村の様子に随分と驚いているのか、気持ち悪そうにしているにも関わらず、首を左右に(せわ)しなく動かしている。

 まぁ、建っている建造物も建造物だし。

 物見(やぐら)が建っているかと思ったら隣にはシェルターがあるし、かと思ったら家に匹敵する大きさがある焼却炉がその隣に。

 ポツンと畑の真ん中に樹齢何年かもわからない一つの大樹の上にツリーハウス、上へ上へと改築を続け塔みたいに高くそびえ立つ民家や、下にレールが敷かれている移動式の犬小屋。

 ごちゃごちゃとしている中、ある家とある家が一直線で行けるように、高い橋がかけてある、などなど。

 バカでかい置物なんかにも目をくれていたら、キリがないってくらいにハチャメチャなところなのだ。

 つーか、前より酷くなっていやがる。

 

「それって、普通気付けるもんなのか?」


「人によるけどね。多分君じゃ無理だと思うけどね」


「なんか基準でもあるのか?」


「ただの勘さ」


 根拠はない。ただ、何故かその言葉には不思議と説得力がある。

 それは、強者故か。

 それとも、人に知り得ない知識を持っているからか。


「今も、苦戦しているんだろう? 私が手伝ってあげようか?」


「いらん、断る」


 俺に伸びてきた手を、軽く払う。

 そもそも、だ。今もなお、俺がこの『魔導』について己の身を使って調べているのは、もう二度とあんな失態をしないためだ。


「誰かにやって貰った方が習得は早いのだけどね」


「お前さんだと途中で遊ぶだろ、絶対。それが嫌なんだよ」


 確かに、身体に馴染みのない感覚に悪戦苦闘している。

 身体にある魔力の流れとやらが明確になり、普段自分が魔法を使う際は身体の一部分――俺の場合は右腕だけだと判明した。

 まぁ、そもそもそこに集中させているのだし、当たり前だろう。

 が、問題なのは、あの時のリアナがやったのは全身なのだ。

 あの感覚を理解したのはいいが、自発的に動かせるのは右腕のみ。

 他は満足がいかないどころか、殆ど出来やしない。


 魔力は、自然と全身に流れてはいるのだ。

 しかし、流れているのは微弱で、あの時のように流し出す、という風に強いものではなかった。

 では、どうすれば強くなるのか? 流す量を増やせばいいか。

 と、短絡的に考えたのだが、出来ない。

 まるで利き手どころか、足で文字を書かされるような難しさ。

 限定的とはいえ、右腕でうまく出来る感覚を知っている分、煩わしく思ってしまう。

 自分の身体だというのに、思ったように魔力は流れない。

 出来ても、一瞬。しかも、ほんの少し増えた程度だ。


 今は右腕だけでも完全に出来るようにして、そこから徐々に出来る範囲を増やす予定だ。

 全身が出来るようになったら、後は放出する練習。

 こちらは右腕だけでやってみたところ、成功。

 というより、魔法を使おうとするようにすれば、容易に出来た。

 まぁ、これは右手だけだし、他のところだとまた難しいのだろう。

 実用的になるには、まだまだ先の話となるだろう。


「そもそもさ、お前さんが手伝おうとする意図がわからない」


「善意だとは考えないのかい?」


 ふらついているリーシャに肩を貸してやると、こちらに体重を預けてくる。

 よっぽど酔いが酷かったのだろう、少々意識が朦朧としているように見える。


「ないな、うん」


「まぁ、確かにないけどさ。君は面白いからね、贔屓(ひいき)したい気持ちもあるにはあるんだよ」


「はぁ……勘弁してくれ」


 贔屓するなら、金と安全が欲しいんだが、言っても無駄だろうな。


 そうこう会話しているうちに、ようやく目的地である俺の家に到着する。


「ここは……普通なんですね」


 ほっとしたようにリーシャが呟く。

 なまじあの村を見た後だ。安心も深いものだろう。

 この牧場は、母が設計に口出ししたおかげか、まともな造りになっているのだ。

 というのも、母がサラナ村の外から嫁いできたかららしい。

 つくづく感謝してもしきれない。


「ただいま、っと」


 玄関に入ったところで、トタトタと足音が近づいてくる。


「あら、帰ってきたの。おかえりなさい、シスターちゃん」


「俺も帰ってきたんだけど……」


「はいはい、おかえりおかえり」


 粗雑な母の対応に思わず苦笑い。

 母は別に俺のことが嫌いって訳じゃないことは分かっているのだが、もう少し優しくしてくれてもいいと思う。


「ところでクレヴ……その子は?」


 母がリーシャに目を向けたので、


「説明するから、中に上がらせて」


「いくらシスターちゃんに仲間を増やしたいからって、誘拐はダメよ?」


「ないから、2つの意味でないから……」


 息子を疑うのもあれだが、大して怒った様子がないのも、なぁ。

 可愛い子好きだし、嬉しいんだろうな、うん。


「これが親子のコミュニケーションですか」


 ふむふむ、と頷くリーシャだが、俺たちは参考にならないことを後で言っておくとする。







「よっと」


 相変わらず立付(たてつけ)の悪い鳥小屋の戸を閉めると、軽く肩を回す。

 母から押し付けられた掃除も粗方終わり、後は自由にしてもいいと許可を得てある。

 顔や身体にべったりとくっついている汗を落とすために井戸へと向かう。

 風呂でもいいのだが、湯を沸かすのは面倒だし、せっかく風呂掃除したばかりだ。

 また洗え、と言われるのも嫌だし、今は気温も高いから冷たい方が良さそうだし。


 着いて早々に、キコキコとポンプ式の可動部分を動かし、水を汲み上げる。

 勢い良く水が排出され、桶の水位がある程度までいったところで手を止める。


「ふぃー」


 服を脱ぎ捨て水を頭から被る。

 へばり付いた汗が流され、太陽の光で熱せられた肌が冷えて気持ちがいい。

 そのまま身体についた水滴を拭わず、これからのことを考える。


「まずは、っと」


 未だに背中に這うリキッドスライムに、桶を手にして背中に向かわす。

 掬うようにして、桶の中にリキッドスライムを入れると、桶を地面に置く。

 すぐに出てこようとするリキッドスライムに、俺は手で遮ると、もう一度ポンプを動かし水をその中に。


 蒸発したのか知らないが、随分と身体が小さくなっていたので、補給してやることにしたのだ。

 体積が最初会った頃ぐらいに戻ったところで、俺はしゃがみこむ。

 のろのろとした動きで足に張り付くリキッドスライムに、思わず声をかける。


「本当に、俺についてきて良かったのか?」


 返事は返ってこない。当然だろう、話すような口もないのだから。

 リキッドスライムは身体を揺らすだけだ。


「これから、危ない事をいっぱいさせるかもしれないんだぞ?」


 弾力の少ない身体を撫でる。特に抵抗などもなく大人しくしているリキッドスライム。


「もし一緒にいたいなら、これは保険だ」


 独り言を続ける。


「逃げるのなら、今のうちだぞ?」


 一旦手を離すが、リキッドスライムは足から離れない。


 それを、俺は都合良く、強引に、自分の感情をリキッドスライムに押し付ける。


 召喚、という魔法を命綱をするためだ、と自分に言い聞かせ、


「『我、汝を求めん。故に汝、我に従え』」


 ゆっくりと唇を動かす。

 身体から、手のひらから空中に魔力が流れていき、リキッドスライムを包み込む。

 それをリキッドスライムは拒まず、静かにそれを受け入れる。


 これで、俺はまた罪を重ねたことになる。

 償うことが出来ない、人によっては羽よりも軽く。

 俺にとっては、何よりも重い命の責任。


 やはり俺には、新たな仲間が増えた喜びよりも、責任が重くなるのが嫌らしい。

 でも、まぁ。

 コイツにとっては、自分だけで生きるよりかはいいのかもな、とまた、自分勝手に思い込む。


――そうしないと駄目になりそうになる俺が、何よりも嫌いだった。


「さて、お前を奴らに紹介しなきゃいけないのか」


 やってしまったものは仕方ない。

 心を切り替えて、お次は新入りの顔合わせといこうかな。


 半裸のまま、俺は牧場の裏手に向かう。

 そこが、俺が勝手にスライムたちの住処にしているところだ。

 そこには、雨風の凌げるくらいしか出来ない、歪な形をした小屋と、ところどころに岩や木が生えている程度。

 後は小池を作ろうと、穴を掘ったくらいだろうか。


 ルルヌフの森と比べると住みにくいだろうけど、特にスライム達に不満はなさそうだ。

 というより、人とは違ってこだわりなんてないらしい。

 寝ないし、何でも食べられるし、逆に何も食べなくとも問題ない。

 手間のかからないモンスターではあるのだが、俺の方が何かと構いたくなるのだ。

 快適に暮らせるよう、色々とやってみたが、なかなかに難しいもので。

 一度娯楽も必要かな、とブランコを作ってみたが反応がなかったしなー。

 まぁ、それでもスライムについて知りたいから、試すのは止めようと思わないけど。


「集合!」


 俺が号令をかけると、スライム達が一斉に集まってくる。

 元新入り達も調教、もとい教育のおかげか、ちゃんと集まってくれる。

 数は15。それぞれ大きさが違い、体色である緑色も濃さも違う。

 俺の調べたデータでは、色が濃ければ濃い程、保有する魔力が多い。

 が、そんな魔力も魔法として使えない。宝の持ち腐れなところが、つくづく親近感が湧いてしまう。


「新しい仲間だが、イジメるんじゃないぞ?」


 そう言って、桶の中からリキッドスライムを出す。

 スライムとはいえ、新しい種との対面。

 何かしらいざこざがあるか、と思ったが、特にそういうことはない。

 仲良くぷるぷると震えるだけだった。


 懸念していたこともないようなので、俺は久々に訓練させることにした。

 時間なら、


「ちょっとこの2人とお話したいからクレヴは掃除でもしててくれない?」


 と母から言われたからな。


 夕食までは暇になるといっても良い。

 一通り終わったら、池を完成するなり、戯れるなりしようかな。


 この日は久々に、ゆっくりとした1日を過ごすことが出来たのだった。






 明くる朝。

 俺は朝食を食べた後、(やぐら)の上に登っていた。

 そうして、上から垂らされた鐘を備え付けの小槌で叩く。

 カーン、カーンと高い音を二回鳴らし、下に降りる。

 これは、合図だ。

 数人の村人が作業を止めて、同じ方へと向かっていく。

 当然、俺もそこに用があるのだ。


 向かう先は、レンガで出来た四角い家。窓の奥には黒のカーテンがあり、中には光が入らないようにされている。

 そんな家に、誰もがノックもせずに扉をくぐっていく。

 そうして、最後に入った俺が扉を閉め、蝋燭の光しかない薄暗い通路を歩く。

 中には、3つの扉がある。

 一つは家の持ち主の居住スペースに繋がっていり、それの向かいには、二階へと行く階段がある。

 わざわざ階段の前に扉を作らなくとも、と思うが、何かこだわりがあるらしいと聞いた覚えがある。


 さて、今回俺や他の人に用があるのは、正面の扉の向こうだ。

 ドアノブを回し、中に入ると、そこには中央に大きな円卓と、囲むようにして設置された椅子、壁に取り付けられたいくつかのランプのみ。


 席は殆ど埋まっており、残るは一つ。そこに座ると、


「これより、第5326回、サラナ会議を始める」


 と、この家の持ち主がこの会議の始まりを宣言した。


「今回の内容は、シルヴァのとこの息子が発案者だったな」


 司会進行は、発案者、今回は俺がこの会議を進めることとなる。


「シルヴァの代理となってから久しいんじゃないかのぅ?」


「魔法学校があるから、仕方ないのではありませんこと?」


「……今はルイゼンハルトに行ってるんだっけ?」


 ローブで全身を隠した老人に、無駄にボリュームのあるドレスを着た40代くらいの女性、そしてガリガリにやせ細った30代くらいの男性が反応する。

 まぁ、彼らは村への貢献があるため、発言力が一際ある人たちだ。

 老人は、例のトラップやら何やらを身体に仕込む人。

 ドレスを着たおばさんは、村の畑の30パーセント以上を管理している地主。

 そしてガリガリな男は、この村でも絶対数の少ない医者をしている。

 彼らをどういう風に導いていくかが、この会議の流れを決めていくのだが、我が強い人達だからなぁ。

 足掻いても、無駄だろう。

 あぁ、そうそう。ちなみにこの家の主だが、発言権は殆どない。

 というか、発言をしないのだ。

 ただ、場所を提供し、会議を眺めるのが好きなんだとか。

 円卓も彼の前の前くらいの代の人がわざわざ木工の出来る村人に頼んだものらしい。

 とはいえ、殆どの会議が雑談だったり、くだらない計画を練ったりするくらいで、まともに話しているところを目にしたことはない。


「えぇと、今回はこの村に教会を、ということなんですが……」


「ワタシ、神職の方が嫌いなんですわよねー」


「いつもワシらを小馬鹿にするからのぅ」


「……僕も好きじゃない」


 三人を含め、他の人達も否定的な意見が続く。

 このまま反対されてもいいのだが、後でリアナにスライム達が腹いせとして(いじ)めないとも限らないしな。

 仕方ない。


「あのー、これってリアナ――シスターちゃんとやらのお願いなのですが……」


「先ほどの発言、訂正しましょうかしら」


「あの子のためなら、作ってやる気になるわい」


「……僕も、そう思う」


 『シスターちゃん』という一言で、皆、手のひらをひっくり返しやがった。

 どんだけ人気なんだよ。


「ちゃんとした教会を作るとなると、金が必要になりますけれど、大丈夫なのかしら」


「一応、シスターちゃんとやらが出してくれるそうです」


「材料は炭坑で働く(せがれ)に頼むとするかのぅ」


「……じゃあ僕は建築関係が出来る人に話すから、会議の記録を取らせてもらう」


「ところで、教会の外装はまだ決まってないんですわよね?」


「まぁ、一応は」


「でしたら、ここは立派に神殿みたいのを作りましょう」


「防犯面として、罠を量産せんとのぅ。あのゴーレムに負けんようなものを作らんといかんのぅ」


 村が火の海にされた時の悔しさを思い出しているのだろう。

 爺さんが、ガサガサな唇を噛む。

 ここで、言っても良いのだろうか。

 彼が手を貸そうとしている人物が、(ことごと)くトラップを破壊しても止まらなかったゴーレムの持ち主だということを。


「……デザインはどうする?」


「あの腐れ神父達の真似は癪ですわね。ワタシたちで考えましょう」


 と、俺が口を挟む暇もなく、話が進んでいく。

 そして、教会を作ろうという議題から、結論はというと。


 神殿という名の要塞、しかも内部は神父殺しの、彼らにまつわる物全てにトラップが仕掛けられ、中央に噴水と毒性の高い花が植えられる、などなど。

 よくわからん建物を建てる計画が練られ、二時間濃密に話された会議の最後に、この件は最優先事項と決定を下された。


 話が決まると、村人達の行動は早い。

 手早く自分たちの仕事終えると、神殿を作る作業に取りかかる。

 場所は何故か俺の牧場の隣に建てられることに。


「これは……御使い様の故郷についてからですけど、私の理解を超えるものですね」


「いいね、面白いじゃないか」


「リアナ様がそうおっしゃらるのなら、私如きには気付かない素晴らしさなのですね!」


 外の作業を眺めつつ、俺が渡した設計図を手に目を輝かせる2人。


「あー、俺はそろそろルイゼンハルトに戻るが――」


「私はまだここに残ることにするよ」


「左様で」


 そうして、俺は1人でルイゼンハルトに戻ることとなった。

 途中、『走り屋』さんに今後に聞いておくと、どうやらもうしばらくはルイゼンハルトには寄らないんだという。


 仕方なく、アスタールから出る馬車に乗ることになった。


 狭い馬車の中、揺られながら、ふと嫌な予感がした。

 何の根拠もなく、突発的に。

 ただルイゼンハルトに戻ろうとしているだけなのに。


 だが、こういう嫌な予感とは、良く当たるものであり。


 今回もまた、それに漏れないんだろうな、と思うと悲しくなるのだった。

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