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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
アスタール
16/136

12

 気がつけば、身体が勝手に動いていた。

 

 無作為に目立ちたくないと思った。

 あの化け物なんかに目をつけられたら、対処できるかどうかもわからない。

 わからないものには、近づかない。普通ならそうだ。

 仮に化け物がそんなに危なく無い存在だとしても、あの見た目では、戦闘意欲なんて吹き飛ぶに決まっている。

 

 けれど。

 だからといって、フィリーネさんを見捨てるのはどうだろうか。


 正直、彼女のことは何も知らない、といってもいい。

 言うなれば、他人に等しいだろう。

 助けたって、何の意味もないに決まっている。

 

 だけど、助けなくていい理由があってたまるか。

 正義感? いや、それは綺麗事過ぎる。

 率直に言えば、これを見て見ぬふりしたことの罪悪感、って言った方が正しいかもしれない。

 目覚めが悪くなるってもんだろ。


――と格好よく自分を(なだ)めているところなんだか、正直不味い。

 本当に、しでかしてしまった感が、満載といったところだ。

 もう自ら火の海にダイブしているような気分である。


「!!」


 が、それも焼け石に水だったのだろうか。

 化け物の方は、こちらに注意を向けていない。

 近くて仕留めやすい方に狙いを定めたままであった。


「やらせるかっ!!」


 もう一度、椅子を奴に向かって投擲(とうてき)

 動いていない(まと)なら、当てられる!


 今度も、椅子は奴の首にクリーンヒット。が、まだこちらに興味を示さない。


 ならば、ということで近くにある椅子を半ばヤケクソ気味に次々と投げていく。

 一発で駄目なら、二発。それでも駄目なら三発と、どんどん攻撃を重ねていく。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」


 流石にやり過ぎか、と思われた時、ようやくあちらからリアクションが返ってきた。


「フィリーネさん、今のうちに逃げてくれっ!!」


「……」


 思いっきり叫んだものの、フィリーネさんは顔を(うつむ)かせていて、反応を示さない。

 どうしたのだろうか。恐怖で、動けないのだろうか?


「……何をしていたんだろう」


 ポツリ、とフィリーネさんが小声で何かを呟く。


「『エア・ブロー』っ……!!」


 そして、彼女の呟きに続いて口から出たのは、喉の奥からひねり出される声。

 紡がれた詠唱と共に、フィリーネさんの前に圧縮された空気の塊が作り出される。

 作りだされてコンマ数秒も立たずに、空気の塊は射出される。

――ドスンッ、という鈍い音と共に。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛」」


 今度の化け物の叫びは、悶絶だった。

 その空気の塊は、易々と化け物の身体を浮かびあがらせ、そして吹き飛ばしたからだ。


「ありがとう、クレヴさん。目がようやく覚めた気分」


 そして、顔をあげたフィリーネさんの表情には、闘争心(あふ)れる眼差しが見ることが出来た。

 やはり、彼女はどんな時でも戦闘大好きッ子だったか。心配して損した気分である。


「それでも、まだ倒せてないみたいなんだけどぉっ……!」


 化け物が飛ばされた方向――棚辺りから、のそりと四本の足で立ち上がる姿が見えた。

 様子を見るからに骨、なのかは知らないけれど、腕の辺りが折れていた。どうやら、フィリーネさんの攻撃を咄嗟に腕で受けたようだった。

 立ち上がる動きにも支障は無さそうだし、何より痛がる顔を見せるどころか、二つの顔はケタケタと狂ったように笑っているのが不気味に感じる。


「とにかく逃げないと!!」


 フィリーネさんに呼び掛けるが、彼女は化け物から目を離さない。


「そういえば、クレヴさん。廊下には、"これ"みたいのはいませんでした?」


 化け物に指をさすフィリーネさん。

 物言いからにして、先ほどまで廊下に他に化け物がいたって感じだ。


「俺が来た時には、既にいなかったけど」


「それじゃあ、他の生徒は……」


「他にも"これ"みたいな化け物っているのかよっ!?」


 予想はしていたけれど、やっぱりいたのか。

 というより、さっきまで廊下にいたということは、他の生徒が逃げていったのを、化け物が追っていったってことなんだろう。

 なんだかんだいって、そういうところは運がよかったのかもしれない。――ちょっと不謹慎だけど。


「足が速いから、逃げようにも逃げられないの。だから――!!」


 フィリーネさんは、(てのひら)を化け物の方向に向ける。


「――"これ"を倒すのが、一番安全だと思うよ」


 彼女の言葉と共に、再び化け物はフィリーネさんに襲いかかった。







 戦闘は意外にも長引いた。

 というのも、この化け物が随分としぶとかったからである。


「『エア・ブロー』っ!!」


 フィリーネさんが、圧縮した空気を放つ。

 が、それを化け物は上に飛んでヒラリと(かわ)すと、空中から彼女に襲いかかる。

 魔法を使用した際にくる硬直状態のせいで彼女は一瞬動きが遅れる。


「せやっ!」


 そこに、俺のなけなしの援護。手当たり次第、椅子や机を化け物に投げつけて、奴の行動を阻害する。

 足場の無い空中にいた化け物は(かわ)せるはずもなく、攻撃は直撃するも、そこは腕でガードされてしまったために、そこまでダメージが通っていない様子。

 だが、目的はダメージを通すことじゃない。

 空中で攻撃を喰らった化け物はバランスを崩し、フィリーネさんの前に着地する。

 

 そう、相手の攻撃の邪魔さえできればそれでいいのだ。

 

「火系統の詠唱魔法が使えればいいんだけど……!!」


 フィリーネさんは唇を噛み締め、悔しげに愚痴を漏らす。

 

 ここは一応、魔法陣なんかの資料があるために、火気は厳禁だったりする。

 非常事態なんだから、別に構わないだろうとは思うのだけれども、火事に発展したらと思うと、易々とは使えない。

 

 決め手がない。

 どうするべきか、と考え始めたところで、今度は化け物が標的を俺へと変更してきた。

 ぎらぎらとした凶悪な目つきが、大変恐ろしい。


 とにかく、俺にとっての攻撃手段は、椅子や机を投げるといったことしか出来ない。

 奴に効果的な攻撃手段は見つからないし、ここは無理に対抗せずに逃げるのが一番いいかもしれない。


「フィリーネさん、一旦、俺は逃げます!」


 それだけ言って部屋から飛び出そうとしたところで、


「「『エア・ブロー』」」


 無機質な声で唱えられた、魔法が聞こえてきた。

 一体誰のものなのか、と確かめる暇もなく。

 気がつけば背中から圧迫感が襲ってきて。

 

――強制的に廊下へと吹っ飛ばされる。


 前傾姿勢になっていた俺は踏ん張る事も叶わず、背中に受けた衝撃に抗うことが出来ないでいた。


「んぐぅ……!!」


 勢いは止まることなく、俺の身体は廊下の窓を突き破った。

 地面に足がつかない状態。

 一瞬の浮遊状態。 

 そして、もがく暇さえ与えられずに、地面へと引き寄せられていく。


「が、あ゛ぁ゛……!!」


 息もろくに吸えずに、四点着地。ゴツゴツした地面が、掌に食い込む。

 そして衝撃を殺すように、身体を転がす。


「がは、えはぁ、はぁ……」


 そこでようやく呼吸を整えることができる。


 本当にヤバい。

 二階だったから良かったものの、それ以上の高さだったら、大怪我を負っていたかもしれない。

 もし身体が動かせなくなったら、奴の餌食となるのも時間も問題になっていただろう。

 心臓が驚いてしまったのか、鼓動する度に胸が痛く感じる。背中には嫌な汗をかいたせいか、服に張り付いた感触がした。


 息が落ち着いてきたところで、身体を動かしてみる。うん、背中がすごく痛いけれど、動く分には問題ないようだ。

 

 素早く身体を起こして、自分の落ちてきたところに目をやる。

 どうやら、化け物は追ってきてはいないらしい。


「ってことは、フィリーネさんが危ないってことだよなぁ……」


 少し呆然とする。

 ここからまた実験棟に入って階段を上っている間に、別の化け物に遭遇したらどうしようか。

 また、行けたとしてもフィリーネさんが無事かどうか。間に合うかどうかもあやしいかもしれない。


「ん……?」


 眺めていた階より、二つ上の階に。

 何だか、人影が移動しているところが、見えた。

 そして、その人影の後には……あの化け物らしき影が追いかけている。

 必死で逃げ惑っているであろう人影も、次第に化け物の足の数が多いせいだろうか。どんどん化け物との距離が狭まっていく。

 そして、咄嗟のことだったのだろう。

 人影の方から、何やら光が発せられた。その輝きは一瞬、その後には炎が生まれていた。

 たぶん、詠唱魔法を唱えたのだろう。

 

 炎はそのまま直進し、化け物へと直撃。反射した窓が、(だいだい)と赤に染まる。

 

――が、それも一瞬のことだった。


 炎から、影が飛び出してきたのだ。あの炎を突破したようだ。

 そして、迫りくる影の速さには敵わずに……あの人影はその影に覆われてしまった。


「あああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 絶叫。たぶん、襲われた人のだろう。

 思わず、耳を塞いでしまう。

 聞くだけで、グロテスクな光景を想像してしまいそうだ……。


「くそっ……!!」


 手足が震えてきた。唇も、肩も、寒さに震えるかのようにぶるぶると振動する。


「くそっ……!!」


 手を太ももに打ち付ける。が、震えはまだおさまらない。

 今度は両頬をひっぱたく。……顔の震えは収まってきた。

 

 そして深呼吸を繰り返して、震える手で太ももをつねりあげて。

 ようやく、身体から震えがとれた。


「フィリーネさんをどうにかしないと……」


 とにかく、今は仲間が必要だ。一人だと、化け物に対処し切れないだろうし。

 まずは、自分が生き残ることを考えないと。


「フィリーネさーーーーーーん!!!」


 まずは、大声で呼びかけてみた。

 生きているなら、何かしら返ってきそうなものだけど。……まぁ、あの化け物に手間取っていたら無理かもしれないが。

 

 少し周りを気にしながら、もう一度叫んでみようとしたところで、


「クレヴさーーーーーん!!」


 彼女の方から、こちらに来た。

 

 それも窓から飛び降りるといった方法で、だ。


「えぇぇ……」


 少し呆れた声が出てしまったのは、安心の意味を含んだからだろうか。

 まぁ、逃げるとしたら随分とショートカットになるとは思うけれども。

 

 あのまま落下させるのも、どうにも落ち着かないので、落下地点に俺は走りこむ。

 そして、膝を曲げて受け止める体勢に移る。


 フィリーネさんを受け止めた瞬間、一気に重量が腕に襲いかかってきた。


「わっ……!!」


 彼女の驚いた声。

 受け止めたせいで、腕がしびれたのが、彼女にも伝わったのだろう。


「別に受け止めなくてもいいのに……。一応ありがとう」


 ぺこりと、俺の腕の中で頭を下げるフィリーネさん。

 腕がプルプルとしたところで、彼女を解放する。


「うわぁ……」


 腕の血管が少し千切れそうになったような痛み。それに、無理をした後だったからか、全身に鈍い痛みが走る。

 若干、腰もやってしまったようだ。


「っと、そんなことしている場合じゃなかった!」


 フィリーネさんは、地面に足をつけて早々に、飛び降りてきた窓を睨みつける。

 そこには、なんとあの化け物までもが、飛び降りようとしているではないか。


「アイツまで真似されても困っちゃうんだけどなぁ……」


「でも、好都合だったり」


 隣にいるフィリーネさんは、なんだか真剣そうな顔をして、上に腕を突き出した。

 その腕に、光が集約するのが見える。


「まさか――」


 俺が言葉を言いきる前に、化け物は窓から足を離した。

 

「『ブラスト』」


 大空に、地対空の、灼熱の炎が広域へと放たれる。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」」


 当然、翼などない化け物は、その炎へと上から突っ込んだ。

 

 狂わしいほどに、痛烈な声が炎の中で響く。

 が、声は次第に炎の音に飲み込まれていった。

 

 空気の、ジュッと焦げる音が耳へと入ってくる。

 大気が白く染まり、そしてその中から黒い物が落ちてきたのを確認した。







「どうなったんだ?」


 焦げ付いた匂いのする例の化け物が、あれから動かないのが気になり、傍に寄ることにした。

 こんなに悠長なことをしている暇もないのだが、背中を向けた途端に襲われたら(たま)らない、一応確認の意味を込めて、だ。

 後、確認している間はフィリーネさんに、地対空の『ブラスト』をまた撃てるようにしてもらっている。

 また化け物が降ってきても、困るからだ。

 もう雨みたいに降られてきたもんなら、地獄絵図だろう。


 対象から5メートルほど離れたところで、地面に落ちていた石ころを拾う。

 そして、石ころを焦げた化け物に向かって、思いっきり投げつける。

 石は当たった瞬間、ガスッという音を鳴らして再び沈黙。化け物の方も動きは見られないようだ。

 念のために、いくつか石をぶつけてみるも、まったく反応は見られず。

 危険はない、と判断したところでフィリーネさんに、もう腕を下ろしてもいい、とジェスチャーを送っておいた。







「なぁ」


「……」


 戦闘が終わってみれば、またフィリーネさんは人見知りの状態に戻ってしまっていた。


「どこか怪我とかしてないか?」


 フィリーネさんからは、首を横にふるふるとする動作が返ってきた。


「そういえば、あの化け物がどこからやってきたとか知らないか?」


「……私は何も」


 戦闘中の彼女が嘘みたいだ。

 確かに、化け物のあの姿に戸惑いはしていたものの、恐怖を感じているようには見えなかった。

 が、今はどうだろう。何だか、俺を目の前にして委縮しているではないか。

 怯えた小動物のように、小さい身体を更に縮こまさせて……。

 なんだか彼女を(いじ)めているみたいで、罪悪感が胸を痛めつける。


「俺にも、さっぱりだ。あの化け物は一体何なんだろうな……」


 目に焼きつくあの不気味な化け物の姿を思い出し、もう一度奴について考えてみる。

 腕や足なんかは人に酷似しながらも、外見は全く別物の"それ"。

 俺の知っている言葉に"それ"をあてはめるとするならば――モンスターということになるだろうか。

 

 とはいえ、俺はあんなモンスターを見たことはない。実際にも、そして書物などでもだ。

 書物に載っているモンスターは、大体D~C級。有名どころでならB級やA級も載っていることはあるだろう。

 とすれば、だ。あの化け物はB級、またはA級だったり……いやそれはないか。

 そうだったなら、フィリーネさんに対処を出来はしなかっただろう。

 ここら辺に急に現れ始めた新種か。はたまた、何処(どこ)からか移り住んできたモンスターなのか。 

 たとえ何にしても、俺にとっては危険ということは変わりないだろう。


「フィリーネさん」


 出来るだけ真面目な声を出しておく。これから言う言葉は俺にとって、とても重要なことだからだ。


「……はい」


 あちらも何だか俺の雰囲気を察してか、さっきまで伏せていた顔をあげる。

 じっと濡れた視線で見つめてくる彼女。俺の2倍はあるんじゃないか、というくらいに長い睫毛(まつげ)が瞬きをするたびに滴りそうだ。

 身長差で自然と俺を見上げるようにしてくるからか、上目遣い気味になり、不安そうに垂れている眉がとてもマッチしている。頬も、緊張からか薄い赤に染まっていて、口はキュッ、と固く締められている。

 

 そして何より、この小動物を見ていると感じる庇護欲が普段の何倍にもそそられる。


 ……何だか心臓の動悸が急に速くなってきた。緊張で、唇が震える。

 言うのが、少し怖い。断られるかもしれないからだ。

 でも、言わなければならないだろう。これは、大事なことだからだ。


「フィリーネさん――」


 名前を繰り返し、そして次の言葉をゆっくりと紡いだ。


「――これから俺と一緒に行動してくれないか?」


「はい?」


 何だか、不思議そうに感じる返事が返ってきた。


「いや、だからこれから一緒に行動してくれないか、っていう誘いだよ。化け物が他にもいるかもしれないからさ、一人じゃ何かと危険だし」


 咄嗟に補足しておく。

 ま、まさか反応が芳しくないところから、断られてしまうのだろうか?


「……ふぅ」


 フィリーネさんが、一息呼吸を入れた。

 何だか、彼女の緊張感が抜けてしまったように思える。

 ……まぁ真面目な切り出しをしたので、少し重たかったかもしれない。それとも、他に考えることがあるのだろうか。


「……それなら別に構わないよ。急に思い詰まった顔をするからてっきり……」


「てっきり?」


「……」


 そこで黙ったきりになるフィリーネさん。少しの間彼女の方を見ていたが、どうやら答えるつもりはないらしい。

 それにしても本当に断られなくて、良かった。――正直、俺なんて一緒にいても足手まといになるだけだから。

 戦力にもならない奴と一緒なんて、普通なら考えにくい。

 まぁ、考えたとしても盾にするくらいだが、そんなことを考える子ではないと、信じたい。

 つーか考えるとしても、リアナかルシルくらいだ。


「……それで、これからどうするの? ――上にいる化け物を、やっつける?」


「それは無しの方向で。取りあえず、こういう状況に一緒にいると心強いルシルさんに会いに行こうかと。

 ここに来たのも、ルシルさんを探しに来たからなんだけど……」


「ルシルちゃんなら、今は演習所の方だと思うけど……」


「じゃあ、そこに行こう」


 ちょっと強引かもしれないけれど、ここは俺に仕切らせてもらうことにする。

 だって、彼女に任せると戦闘になりそうなんだもの。

 






 そして、その演習所に向かってみれば。


「うわー」


「うわー!」


 二人の声が重なる。が、テンションの差がひどく激しかっただろう。

 こっちは嫌そうに対して、フィリーネさんの方は何だか驚きに、少し嬉しさが混じっていたように思える。

 さて、そんなリアクションを取ってしまった光景は、といいますと。


 予想もできる通り、化け物が演習所にいました。それも5体も。

 幸い、区画で分けられたところに入ってなかったからまだしも、もし入っていたらと思うと、震えるだけじゃ済まないだろう。

 だって、閉じ込められた空間だし。


 区画の中を確かめる前に、化け物と遭遇してしまったのだから、演習所の区画に行くようにも行けない。

 少し人の叫び声が聞こえてくるところから、どうやら俺達の他にも人はいるみたいだった。

 ルシルはいるのだろうか。

 皆が傍にいればいいが、もし一人なら少し不味いかもしれない。

 ルシルは急に起きた出来事に弱いから。

 サラナ村――俺とルシルが住む村が襲われていた時も、ショックで動けなくなっていたことは、最近のことなのでよく覚えている。

 あの状態に陥っていたとしたら、いくら強いルシルでも危険な状態になっているかもしれないのだから。


「……早速、交戦といく?」


「嬉しそうに言わんでください」


 こっちはこっちで、なんだか戦うことに喜んでいるようだし。

 あの実験棟の時の、攻撃を躊躇する姿は一体どこに行ってしまったのだろうか。

 俺なんて、さっきは必死だったからまだしも、今じゃ不気味でグロテスクに感じる化け物と戦いたいなんて思いもしない。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」」


 なんだか、あちらもやる気なようで、どうにも俺だけが場違いのように思えてしまう。

――だが、そんな嫌な気分を更に倍増させるかの如く、奴らは行動に移した。


「「「「「「「「「「『フレイム』」」」」」」」」」」


 つい先ほど聞いた、無機質な声。低い声と高い声が入り混じっていたような、と思った時には、既に炎が俺の目の前へと迫っていた。


「うわっ!!」


 咄嗟にローブで身体を隠すが、その熱量は防ぎきれない。

 熱が身体を激しく刺激する。


「「「「「「「「「「『フレイム』」」」」」」」」」」


 そして、魔法を喰らっている最中に、続けて第二波が向かってくる。

 今度は、さっきとは違った声に聞こえたような?

 が、そんなこと考えている暇はない。また喰らってたまるか。

 今度は身体を転がし、何とか避ける。

 フィリーネさんの方は、というと、どうやら一撃目も二撃目も、避けていた様子。

 俺とは違って、相手に集中していた結果なんだろう。

 

 にしても、化け物の奴らには個体差があるってことに気がついた。

 先ほど実験棟にいた化け物は、主に肉弾戦を仕掛けてきたが、今度は魔法を主に使ってくるようだ。


「「「「『エア・ブロー』」」」」


 今度は、フィリーネさんが実験棟で見せた風系統の魔法。

 伏せた頭上に、何か威圧的なものが通り過ぎる。

 視線を奴らに戻すと、2体は動いていない。が、残りの3体が周りを囲もうとしている。

 そうはさせまい、とフィリーネさんとは逆方向に走りだし、包囲される前に阻止。


「これはキツイな……!! フィリーネさん!!」


「……わかってる。無謀と勇気をはき違えないよ」


 攻撃の回避で詠唱魔法を唱えている暇もなかったフィリーネさんと共に、逃走を図る。


「「「「「「「「「「『フレイム』」」」」」」」」」」


 そこに、無慈悲な攻撃。背後からの、集中砲火。


「あっつ……!!」


 が、熱さでうずくまっている余裕は、ない。そのまま止まっている方が危険なのだ。

 足は止めない。

 フィリーネさんの方も、熱さで顔は歪んではいたが、俺の横を走っているのが見えた。

 燃焼が終わり、後ろが気になったが、振り向かない。

 もう、逃げるしかないのだから、気にしても、仕方ない。

 というより逃げられるのだろうか?

 相手の足は――4本あるのに。

 自然と思い浮かぶのは、あの時の実験棟の、化け物に追われていた人影。

 最後の姿が、俺たちと重なる。


「……そんなことになってたまるかよ」


 絶対に足は止めない。

 逃げ切ってみせる、何が何でも。


 がむしゃらに走っていると、前方に校門が見えてきた。

 化け物は、まだ迫ってきていない。

 いや……敢えて追ってきていないのか。それとも――


「このまま外に行こうか?」


「……そう、だね。――武器があれば戦える……!!」


 賛成はしてくれたけど、なんだか俺とは思っていることが逆みたいだった。

 逃げ腰の俺に対して、フィリーネさんの何と勇ましき姿。

 男としては見習いたいところだけど、非力な俺では、立ち向かっても死ぬのがオチしか見えない。

 ……相手は俺とは違って、詠唱魔法使えるし。

 

 いよいよあの大きな校門が目前に。

 外と中を区切る校門を(くぐ)れば大丈夫――なんていう根拠のない安心感が心の奥底にあったからだろうか。

 前だけを見つめ、さっさと化け物のいるここから抜け出したい。

 

――だが、そんな逃げ腰を、アイツら(化け物)には見破られていたのかもしれない。


「なっ!?」


 思わず喉から飛び出てくる、驚きの声。

 目の前に、突然現れる大きな影。それも、異形な姿。


 それは、先ほどまで俺たちを追っていた、化け物の姿だった。

 先回りされていたのだ。


「なかなか頭を使うね……。人に似ているからかな……?」


 フィリーネさんが独り言を漏らすが、意外とそれは的を得ている。

 人に似たモンスターというのは、どういうわけか知能が高い部類が多いとされているのだ。

 知識が浅い俺では、書物でエルフのことしか見たことがないけれど、エルフなんかは人よりも賢い存在なんだとか。

 こいつらも、頭部や脚部、胴体や腕なんかのパーツ自体は人間と酷似しているから、知能が高いのかもしれない。

 

「これはまずいなぁ……」


 先回りされた、ということは、相手の方が足が速いということになるだろう。

 足の速さが負けている。単純に逃げただけでは、逃げ切れない。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛」」


 俺の真っ青になった顔を見たからなのか、一体の化け物が口の端を吊り上げる。

 その口から垣間見えるのは、浅黒い赤。歯らしきものも、その色に染まっている。

 怖い。

 もう何度も心の中で押しやってきた感情が、ここで再び浮かび上がってくる。

 そして。

 それを、もう一度抑え込んだ。

 今は、俺一人じゃないんだ。隣には、フィリーネさんがいる。


「『ブラス――こほっ、こほっ……」


 緊張状態で全力疾走した後だからだろう。むせてしまい、彼女は詠唱することが出来ていなかった。

 

 こういう、いざという時に、おびえた顔を見せるのは、男じゃない。

 男は、こういう時にこそ、強がるものだろう!! 

 ――せめて、顔だけでも。


 それから、俺たちと化け物たちの睨み合いは続く。

 あちらは、優位に立った余裕で。そしてこちらは進むにも退くことも出来ない状態で。

 

 フィリーネさんが襲われていた時もそうだが、この化け物は不思議とこういうところは人間に似ているんじゃないかと思う。

 弱者に対して、じわじわと(なぶ)っていき、追い詰めていく姿は本当に人間らしく、陰湿だ。


 なんとか逃げられないものか。

 相手に目くらまし――俺に可能な手としては砂利を相手の顔に投げつけるくらいだ。

 が、可能なのは1体。対して相手は5体だ。1体に構っている間に、やられてしまう。

 

 なら、どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。…………どうするべきか。


 今ここで、俺たちが逃げられる(すべ)が、思いつかない。

 冷や汗が、全身から吹き出てくる。

 気持ち悪い。

 汗ごと、今の風景を拭ってしまいたい。


 逃げられない。なら、どうする?

 わかっているはずだ。でも、わかりたくない。

 

 戦えばいい。でも、戦いたくない。

 何故戦えない?

 それは俺自身が弱いからだ。

 

「ちくしょう……」


 拳に力が入って、爪が掌に食い込む。

 痛い、けれどもその力はもっと、もっと加えられていく。

 悔しい。


 何もできない、弱い自分が悔しい。

 

「「あ゛あ゛あ゛」」


 一体の鳴き声。

 ただ、たまたま鳴いただけかもしれない。

 

 それが、俺には、死の宣告のように聞こえる。

 

 5体の化け物が一斉に、口角を上げた二つの口を縦へと開く。


 無慈悲な言葉が、紡がれる――その前に。


「あ」


 あっけにとられた。


 視界に新しく生まれた、鈍い銀色の閃光が、


 一体の化け物の頭上から、振り下ろされたからだ。  

 

  

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