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スライムの召喚魔導師  作者: じぱんぐ
アスタール
15/136

11

再開して早々、今回R15っぽいのと残酷な表現があります。

一応、ご注意を。

 校長について聞きたいこと。

 それはもちろん、ルシルの友人含む、現在学校を欠席していることになっている人達について、だ。

 まぁ、考えてみなくても、少しおかしいのである。

 俺がルシルの友人を見たのは、合同実践演習の時。彼女は大して怪我をしてなかったはずだ。

 していたとしても、目立ったところは無かったはずである。

 少なくとも、小走りが出来るほどには。

 かといって、急に彼女が病気になって、休む羽目になったとも考えにくい。

 長期間となれば、尚更だろう。

 じゃあ、一体どうなのか。……まぁ、そうなると最後に彼女が会った人物が怪しい、はずだ。


 ……それに。

 何だか権力や地位のある人間というのは、怪しい経歴を持っている、というのがセオリーである。

 実際、力をつけた教会側で回復魔法の独占、なんていうことが横行されているという話もあるし。

 

「うーむ……」


 (あご)を手で(さす)りながら足を進める。

 まぁ、こんな考え事をしているのは、今朝に読んだ推理物の書物を読んで感化されたからだろう。

 少し高揚して探偵気分を味わいたかったから、こんな真似をしているのだが、いい歳して稚拙な行動をしているのでは、と思いもした。

 が、人間たまには童心に帰りたい気分になる時もあるのだ。


 普段なら、別に俺が首を突っ込むことではないし、邪推過ぎる。

 失礼だとわかっていても、人の興味は尽きないということで。

 先生の話は、先生から聞くのがベスト。というわけで、俺は実験棟の地下へと足を向かわせるのだった。







「こんにちわー」


 間延びした声が静かな部屋に響く。

 地下に作られたから、物音も地上より少ないため当然なんだけど。

 それにしても、ここは薄暗い。地面の下にあるのだから、太陽の光が届かない、ということもあるのだろう。

 が、そんな暗さは何だか人を、男を掻き立てる。若干不気味っぽい方が冒険心を(くすぐ)る、とでもいうのだろうか。

 俺には理解できない、何の面白みもない実験なんかも、こうした雰囲気の中でやると少し違ってくるのかもしれない。

 

 さて反応が返ってこないところから、どうやらレイオッド先生はいないようである。

 到着してすぐに図書館へと行くのも何なので、取りあえず部屋の中へ入ることにした。

 中はやはり静かだ。

 静か過ぎると、普段なら気にしない程度の足音が良く聞こえる。

 試しにすり足気味に足を運ぶと、その音が減るので、なんだか泥棒気分。

 さっきまで探偵気取りをしていたのにな、と思うと少しおかしい。

 

 まず始めに、レイオッド先生が普段研究を行っている机へと向かうことにした。

 そのスペースには、いくつかの本棚と、とても大きな机が二つ鎮座している。

 研究者にありがちな(書物などの知識で偏見だが)、資料や道具が散らかったこともなく、結構整頓されている。まぁ、俺もたまに整理とかしているから当たり前か。

 試しに机にいくつかある紙のうちの一つを、手に取ってみる。

 結構難しい言葉が使われているため、すぐさまリリース。頭に優しくない内容だった。

 まぁ、今更ながら、これ以上先生の私物を覗いているのも、デリカシーに欠けるので、机の上をイジるのは()めにしよう。


 今度は、本棚のところに移る。

 図書館ほどではないが、ここの本棚も結構大きい。まぁ俺の身長くらいは軽く超えていた。

 一番上の書物に背伸びしてようやく取れるくらい、といったところか。

 探偵気分がまだ抜けきれないのか、少し書物の方も物色することに。

 ここの本棚なんかは、資料以外の書物に、研究で疲れた時用のための、読み物としての書物も置かれているので、別に今回は俺が弄ってもデリカシーとかの問題はないだろう。

 適当に書物の背表紙なんかを眺めていると、レイオッド先生の趣味が丸わかりであった。モンスターに関係するものばかり置いてある。

 一番多いのは、モンスターの特徴について書かれた書物。

 これは主に研究者がモンスターを効率良く倒すためには、ということで書かれたものが多い、とレイオッド先生から聞いたことがある。

 とはいえ、結構研究されているからか、モンスターの身体的特徴がよく描写されているので、気に入っているとか何とか。

 主に載っているのは、DかC級とかのモンスターだ。まぁ、強いと調べるものも調べられないからだ。

 少しぺらぺらと(ページ)(めく)る。

 そして、良く見慣れたモンスターのところで手を止める。それはもちろん、スライムのことだ。

 

 スライム。

 『魔法に適応された存在』でありながら、魔法を顕在化させない、もしくはできないモンスター。

 流動性のある身体を持ち、大きさに特に決まりはない。

 基本、どこにでも存在できる。環境適応能力が高いながらも、戦闘能力は微弱。

 知能も低く、他のモンスターに比べると、危険性が低い。


――とまぁ、こんな感じのが書かれている。

 左上には、スライムが手描きで描写されており、色はあの透き通った緑色で描かれていた。

 補足説明で、環境によってはスライムの色が変わるんだとか。まぁ、知識としては知っているけれど、実際に他の色は見たことはない。

 良く緑色のスライムばかり目にするのは、草なんかに擬態するためだろうか。


 それより下の文章にも目を走らせるが、特に知らない内容はない。

 他の(ページ)も大して変わりなく、頁を抑える親指に勢いよく擦らせていく。

 何十頁かいったところで、どうやら良く開かれていたところなのか、一旦書物は見開かれる。

 そこには、あまり最近ではないが、見たことのある言葉。


 『グルタウロス』、そう書いてあった。

 やはり、強いこともあってか、特にめぼしいことは書かれていない。

 書かれているのは、奴の凶暴性と、デカイ図体だということ。

 外面は牛のような頭と、人間のような身体だということなのだという。奴の扱う魔法は――


「――っ、……ふっ」


 荒い息使い。かすかだが、確かに聞こえる。

 気休め程度に耳に手を当てて、音の発信源を探すと、どうやら本棚の中らしい。

 中に人が入れるスペースはないよな、と思い、本棚に耳を当てると、どうやら本棚の奥にスペースがあるようだ。

 レイオッド先生も、どうやら俺にも秘密にしたいことがあるらしい。

 探偵気分が抜け切れず、探究心を刺激される。どうも気になって仕方なくなってくる。

 閲覧していた書物を本棚に戻すと、本棚に手探りを開始。

 本が敷き詰められているため、普通に動かすとなれば重たくて大変だろうから、何かギミックがあるに違いない。

 そう思って、手を動かしていくが、表面には特に異常はなかった。

 次に本棚の本を動かしてみようか、と思ったところで手を止める。

 中にたぶんレイオッド先生がいるのだから、気付かれたら、実にマズイ。


 だったら、覗く程度になら構わないだろう、と思って、本棚と本棚の間を見てみる。

 隙間なく塞がっている、というわけでもなく、指が入らない程度のちょっとした隙間がある。

 本棚に顔を近づけて、そっと覗いてみる。

 

 上下と目を動かすと、上の方に明かりが見えた。が、微弱で、かろうじて照らしている程度の光である。

 下には、なんだか棺桶みたいな大きな箱がある。良く分からない。

 今度は左右に彷徨(さまよ)わせてみると、右には真っ黒い空間が広がっていた。

 たぶん、光で照らし切れていない部分なのだろう。

 だとすると、隠し部屋にしては意外と広いのかもしれない。

 そして、最後に左。

 そこには、お目当ての人物を発見する。レイオッド先生だ。

 

「はぁ、っ……、かはぁ……」

 

 長くてサラサラとした髪を揺らし、なんだか荒い息使いをしている。

 声の正体はやはりレイオッド先生のようだった。

 顔は暗くて良く見えないが、全体像としては、なんだか不思議な動きをしている。

 上半身を何かに身を預け、90度に曲がったまま立っており、腰を動かしているような。

 腰の動きはストロークしており、なんだか肉を打ち付けるような音もしていて。

 探偵気分が、軽く吹き飛ぶ。自然と視線はその方向へと導かれていく。

 左へ、もっと左へ。

 

 腰を打ちつけている相手は……誰なのかを。


「――!!」


 声にならない絶叫。あまりの衝撃に、言葉どころか声すら出てこない。

 手が震え、全身の毛が総立ちするような感覚に襲われる。


――考えたくない。


 ゆっくりと目を閉じて、あれは嘘だ、と念じながら、もう一度目を見開いた。

 (まばた)きは、しない。それを、ゆっくりと見つめる。

 

 だが、それは――やっぱり"人"の姿ではなかった。

 それが何か、と言えば獣と言った方が近いかもしれない。が、それはまるっきり獣というわけでもないだろう。

 

 俺の知っている言葉でいえば……モンスターということになるだろうか。

 

 拒否反応で、吐き気がこみあげてくる。口の中で酸味と苦みが混じった液体が唾液と混じり合わさっていく。

 思わず吐きそうになるが、そこは何とか抑えて、喉の奥へと押し込んだ。

 

 ここに、いたくない。

 慎重に、音を立てないようにして立ち上がると、早々にこの部屋から出ていくことにした。

 途中、立ち(くら)みのように、ふらついてしまい、足音が鳴ってしまったが、どうやらレイオッド先生はあちらの行為に夢中だったからなのか、俺を追ってきた様子も無い。


 知らぬ間に息を止めていたのか、地下の外に出たところで勢いよく息を吸い込んでいた。

 心臓も、全力で駆けた後みたいに、バクバクといっている。いや、もっと酷い。振動が痛いくらいだ。

 手の震えは、まだ止まらない。暑い気温からでない、嫌な汗が全身から吹き出ている。

 表情も強張(こわば)っていて、口が凝り固まっていたように、動かし難く感じた。

 

 それにしても、さっきの"アレ"はヤバかった。

 刺激が強すぎたってもんじゃない。あまりにインパクトが強すぎて、まだ頭がクラクラとする。

 尊敬していた先生だけに、余計にショックが大きい。

 混乱。

 脳内で、言葉がまとまらない。

 常識的ではない光景。俺にとってはあり得ない、としか思えない出来事。

 

 が、それはあった。あってしまった。俺の目で確かめてしまった。

 常識、なんて言葉を言い換えてしまえば、大多数による人間の偏見みたいなものだ。

 多くの人がそう感じているから正しい、ということはないだろう。

 実際、人の好みなんていうものは、ある人が好きでも、ある人は嫌いに感じることだってある。


 この際、経験でもいい。

 人には言葉にしても伝えきれない感情、もしくは信じられないような出来事が身に起きたとしよう。

 それを人に言ったところで、それは他人に理解されるだろうか。

 答えは、そうとも言い切れない。

 誰もが、そう感じているわけではないからだ。情熱だけでは、どうしても伝わらないものがある。

 その人がどう感じるかなんて、その人で無ければ分からないことだってあるのだ。

 

 そして、今回はたまたま先生の"常識"を見てしまっただけに過ぎない。

 

 でも、俺には理解できなかった。

 俺にはあの光景をどうやって処理していいか、わからない。

 

「取りあえず、ここにいても、しょうがないか……」


 頭の中で考えていても、全くまとまらない。

 独り言を呟きながら、無理やりにでも身体を動かす。

 目指す先は、勿論(もちろん)図書室。

 (しばら)くは、一人でいたいからだ。







 どれくらい時間が過ぎただろうか。

 たぶんレイオッド先生に「手伝ってくれ」、と言われた時刻はとっくに過ぎたかもしれない。

 何も考えたくない、と思いつつも、やはり先ほどのレイオッド先生の部屋での出来事が、脳裏に浮かんできては消え、を繰り返し、それに苦しまされいた。

 が、それに疲れたのか、いつの間にか本当に何も考えないまま、目を開けたまま意識を失っていたらしい。

 

 それに気付かされたのは、とある物音からだった。

 

 ガシャン、といった金属音が入り口の方が響いてきたのだ。

 普段なら、物音一つせず、むしろ管理人なんていないくらいに感じる、静かな図書室。

 あり得ない、と言ってもいい事態に、俺は意識を取り戻した。

 寝ていた感覚は、ない。意識も、目も冴えていた。

 が、そこに向かう気はしなかった。どうせ物を落とした程度だろう。

 そう思っていた。

 が、現実はそうではなかった。

 

――グシャ。今度はなんだか乾いた物が潰れたような音がした。


 これには、首を傾げるしかない。

 物を落とした程度では、鳴らない音である。

 少し、気になった。

 心が抜け落ちた状態で、椅子から立ち上がり入り口に向かう。

 とぼとぼと、ゆっくり。足を、前へと動かす。

 近付くたびに、嫌な予感がした。

 たぶん、さっきの光景のせいで、過敏になっているだけだ。

 そう妄想しちゃうだけなんだ。

 そうブツブツと呟き、恐怖を誤魔化しながら進む。


「あっ……」


 本当に、嫌な予感というのは良く当たる。

 そう思わされた。

 いや、そう思いたかった。

 だって、入り口には――信じられない光景が広がっていたからだ。。


 異形のモノと、図書館の管理人さんが戦っていた。

 まず、目につくのは異形のモノ。

 取りあえず、大きさは人の1.5倍くらい大きい程度。だが、人の形はしていない。

 足は四本、四足歩行する動物ように生えている。

 その足に繋がっている腰は、身体全体に対して小さく感じる。無理やり繋げたかのような、違和感。

 そして、胴体は異様に長い。また肩から伸びる腕も足と同じく左右にそれぞれ2本づつ生えていた。

 肩と腕との関節が不自然に繋がっているように思える。

 腕の先には、やはり人間と同じ手の形。だが、手首が回っていた――普通なら不可能な角度に。

 そして、首も二つあった。

 首の先には、これまた二つの頭。それもなんだか人に似ているようだった。

 

 身体のパーツは人のようで、フォルムは人でない。

 それはとてもグロテスクに、俺は感じてしまった。

  

 こちらに気がついたのか、二つの頭がこちらに向けられる。

 片方は痛みに歪んで、グシャグシャな顔。もう片方は狂気に満ちた笑みを浮かべている。

 それは両方とも、普通の人間には拝めそうにない表情だった。


 異形のモノが俺の方に顔を向けている間に、一気に管理人さんが距離を詰める。

 そして、あの大きな身体から、全体的に太い腕、腰、足、肩が連動して、重い一撃が放たれる。

 

 タックル。

 肩から突っ込んだそれは、破壊力のあるものだった。

 拳なんかより、接地面積は確かに広い。が、勢いを殺さず、かつ全体重が乗った攻撃だ。

 破壊力が、ないわけがない。

 当然、喰らった異形のモノは簡単に外へと吹っ飛ばされた。

 吹っ飛ばした本人は、異形のモノの姿を確認したところで、こちらに顔を向けてくる。


「今のうちに、さっさと出ろ」


 それは、やっぱり心の奥まで底冷えしそう声。もう、さっきまでいた不気味な生物よりも、よっぽど怖い。

 睨みつけられた目は、細く、鋭く。俺の心に突き刺さるかのようだ。


「聞こえなかったか? さっさと出ろ。お前がいると、本が守れない」


「は、はい!!」


 大声で返事を返し、駆け足で外へと飛び出す。

 言っている内容としては、管理人としての忠告なんだけど。

 でも、聞いているこちらからすれば、なんとも恐ろしい上官の兵士に命令されているような感じである。

 今日は、心臓が無駄に働く日なのかもしれないな。

 そう思いながら、俺は目的の場所もないままに足を動かした。




 


 

 新しいショックのおかげか、ようやく頭が回るようになったのか。

 取りあえず実験棟の影となっている所まで来たところで、今の事態を把握するために、一旦レイオッド先生の私的スペースの件は頭の片隅に追いやっておくことにする。


 さて、あの異形のモノだったが。

 人間とそっくりのパーツを持ってはいたが、構成は全く違う化け物。

 少なくとも、今まで見たことはない。モンスターか、と言われても、否定はできない。

 が、そんなモンスターがいるとは、聞いてもいないし、知らない。

 消去法でいうと、D級、C級のモンスターの線は消えるだろうか。

 危険性は、存在する。たぶん、物音から考えるに、管理人さんとは、戦闘があった。

 それが何にせよ、対峙していたことから、一方的な展開ではなかったんだと思う。

 ということは、異形のモノの脅威としては結構ヤバいかもしれない。魔法の有無は、不明。

 数としては、あそこにいたのは1体。他にもいるのだろうか。

 

 さて、異形のモノについての情報はこれくらい。

 少ないが、まぁ整理しておいて損はない。俺にとっては、パニック状態に陥っている頭を冷静にする行為にもなるからだ。

 ふぅ、と溜息をついてから。


「さて、動くべきか、動かないべきか」


 あまり迷っている暇もない、と思う。もし、他にもいたら、見つかるとマズイ。

 取りあえず、俺の最善としては。

 味方との合流。

 取りあえず、今俺が知っている最高戦力としてはリアナだが、生憎この場にはいない。

 次点としては、ルシルか、何気にルシルとリアナの対戦に立ち会いながら無傷だった校長といったところか。

 が、校長の方だが、あまり信用出来ない。生徒が消えたことに何か関わっているとしたら、そちらも危険かもしれない。

 だとすれば、後はルシルだけだが――


「ルシルは一体どこにいるんだろうか?」






 

 "それ"が実験棟2階、基礎魔法陣用教室-1に姿を現したのは、唐突なことだった。

 強烈な違和感。日常には、存在しない何か。

 誰もがそう感じながら、誰一人として"それ"には関与しようとはしなかった。

 関われば、日常が壊されてしまう。そう考えていたからだ。何より非常識であるし、信じられない光景であったからかもしれない。

 見て見ぬ振りでもしていれば、何事もない日常が戻ってくる、そう思っていたのだろう。

 しかし、彼らがそう思っていたとしても、"それ"は自ら近づくことを選んだ。


「「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!!!!!」」


 二つある口から、漏れ出す声。いや、もう声とすら呼んでいいか、わからない音。

 それは聞いているだけで不快にさせるような、苦しげな音。

 声、という言葉で表すなら、鳴き声や叫び声というのがしっくりくるかもしれない。

 その音で、びりびりと空気が振動し、壁を、床を、そしてそこにいる人間を震わせる。


「う、うぁあああああああああああああああ!!!!」


 その音を聞いて、ようやく生徒たちは反応を示し始める。

 が、しかしここは二階。しかも机や椅子だけでなく、実験道具やそれに関連する資料が敷き詰められた棚が並んでいるのだ。

――逃げるには、狭い空間だった。


 それに、ほとんどの生徒たちは、混乱して判断能力が鈍くなっている。

 「早く外に逃げないと」、とそれぐらいしか考えられないぐらいに。

 

 いち早く決断した生徒たちは、"それ"が入ってきた手前の扉とは逆の、もう一つある奥側の扉から飛び出していく。

 釣られて、他の生徒もそこへと流れていくが、一人の女生徒――フィリーネだけはその場から動かなかった。

 いや、動けなかった。

 ショックは、あった。が、恐怖は他の生徒が感じているほど、ということでもなかった。

 それに、彼女が好戦的な性格だから、というだけではない。というよりも、彼女はそもそも弓使いの家系の者だ。

 それゆえに、戦闘には自前の弓を用いるのだが、今は魔法学校に通っている途中なため、必要に感じていなかったのである。

 弓がないフィリーネは、戦力としては普通の生徒より少し優秀といった程度。

 弓と魔法を組み合わせてこそ真価を発揮する彼女にとっては、戦い慣れていない。不利な状況であった。

 相手の戦力は不明。フィリーネに、近接戦闘の心得はないので、接近されたら、勝ち目は無い。

 さらに、ここには障害物が多くて、距離が取りづらいことも、彼女を苦しめていた。


「(とりあえず、今使える魔法で一番強いの、いっておこうかな……)」


 そう心に決めた、そんな時である。


「――ぁぁぁぁああああああああ!!!」


 断絶魔。そう言葉に表現するしかないような、声。


「いやぁああああああ!!」


「まだ、いたのかっ!!」


「こっちにもいる……!!」


「……何なんだよ、これは。何なんだよおおおおおおおおおおお!!!!」


 絶叫。誰もが皆、"それ"におびえている。

 普段ならば、戦えていたかもしれない。魔法を用いて、なんとか撃退でも何でもしていたかもしれない。

 しかし、相手が悪かった。

 相手は、どう見ても人間であり……人間でなかったからだ。


 その姿は、彼らに躊躇をもたらし。

 その姿は、恐怖を植え付ける。

 まさにホラーとでも呼べる光景に、誰もが震えた。

 

 フィリーネは、そんな外の様子に気を取られていたせいか、


「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!!!!!」」


 "それ"の接近を許してしまった。


「……!!」


 "それ"は四本の足で躍動し、彼女との距離を一瞬で詰める。

 そんな姿に、驚き。

 彼女の口からは、言葉が出なかった。

  

 身動きできずにいた彼女に、"それ"は笑顔を見せた。

 狂気的で、とても歪んだ笑顔を。


 フィリーネは、歯を食いしばる。

 この一撃に備えるために。そして――なんとか反撃の手を打つために。


 "それ"は、フィリーネの姿を見定めると、一気に二本の右腕を振りかぶった。

 そこには、人としての躊躇いはない。

 

 拳が、彼女の肩を捉えた。

 

 インパクトした瞬間に、彼女の身体は宙に浮いた。


「(お、重い……!!)」


 ガードした彼女の腕が悲鳴をあげる。

 そして浮いた身体は、そのまま背中から着地。

 ズササッ、と勢いが死なないまま、フィリーネは地面と背中が擦れ、滑っていく。

 

 そんな、反撃など出来そうにない彼女に、"それ"は追撃に出る。

 右側についた二本の足を振り上げる。

 踏みつけ。

 言葉にすれば、なんだかチンケに見えるかもしれない。

 が、相手の体格が大きいと、それは違った見え方をする。

 言葉通りの、体重を乗せた一撃。

 それが、もし小柄な彼女が喰らったとするならば、余計に、だ。

 

「っ!!」


 フィリーネは思わず、目を閉じる。

 絶望的な光景から、目を逸らしたくなったのだ。けれど、そんなことをしても、状況は変わらない。

 そう分かっていても、このままじゃ、反撃も出来ずに踏みつけを繰り返されるのがオチだ。

 

 目を閉じて、待つ。

 重い一撃と……ほんのちょっとの希望を。

 

――今回は……そんな希望が勝ったのかもしれない。


 足が振り上げられ、彼女へと落ちると思った瞬間、何か木のようなものが砕けた音がした。

 何だろう、そう思って彼女は目を開ける。

 そこには。

 先ほどまで、優勢に立っていた"それ"が首をかしげていた。

 いや、正確には首を傾けさせられていたのだ――椅子を頭にぶつけられた衝撃によって。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 入り口には、その椅子を投げた少年がいた。

 少年の名を、フィリーネは知っていた。

 まだあの時の約束を反故にしている、長髪の少年――クレヴ。

 いつもの無個性な顔が鳴りを潜め、今ではワイルドさがにじみ出るような、鋭い顔付きをしていた。

 

 

  

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