蛇足 少女とおっさん魔導師
諸事情(受験とやら)で忙しくなるため、ストックのあったこれを本編の流れ無視して投稿したことを、始めに謝罪します。ごめんなさい。
注・一応、番外みたいなもんです。
が、これはあくまでも『蛇足』です。
蛇に足があるというのは無駄だ、というところから、この言葉が出来たんだとか。
俺としましては、蛇に足があったらトカゲにでもなるんじゃないかなぁ、と思うけれど。
……まぁ、ここを気にして読むのは、結構時間の無駄なんで、本編をどうぞ。
一か月前のこと、ソムディアにある貴族の学校を些細な失敗から厄介払いされた男がいた。
――まさかこんなことになるなんて。
彼には、とても信じられない出来事であったが、時間は無情にも流れ、彼が納得出来ないまま、貴族御用達の教育機関から、左遷という形でアスタールの魔法学校に移ることになってしまった。
男としては、せめて左遷先はフルデヒルドの近郊にある教育機関が望みであったが、その貴族の教育機関の根回しにより、田舎であろうアスタールに飛ばされてしまったのだ。
幸い、彼は護身用として魔法を習っていたから、アスタールの魔法学校の教師になれたものの、もし魔法を習っていなければ、と考えてしまうと怖いものがあった。
――貴族の反感を買ったのだ。最悪、乞食になっていた可能性もあり得たかもしれない。
「(あぁ、給料が少ない)」
気分の上がるはずの給料日、だったのだが、前の学校の給料と比べてしまうと天と地の差があって、彼はあまり喜べない。
こんな風に、彼は落ち込んだ際には決まって訪れる場所がある。
そこはというと、アスタールの街に近い森、ルルヌフの森である。
「ふぅ、ここはなんだか落ち着くな」
森林浴の効果というべきなのか、男は訪れているルルヌフの森に癒しを感じていた。
人があまりいないので、とても静かな場所であるし、なんといっても木々の茂らす大量の緑の葉を見ていると落ち着いた気分になってくるのだ。
その枝を彩る沢山の緑は緩やかに、風に揺れる。優しく太陽の光を遮りながら、しかし、ほんのりとした暖かさを地面へと与えてくれる。
その地面も触れてみると、ふんわりと柔らかく手触りもいい。
「(このまま、根を枕にして寝てしまおうか……)」
男が眠気に誘われて、あくびをしたところであった。
「きゃああああああああああああああああ!!!!!!」
恐怖で張り裂けそうな、悲痛な叫び。
その声のせいで、男のうとうととしていた眠気は吹き飛び、その代わりに焦りの感情が呼び起された。
「(この声は、子供か!?)」
目一杯、全速力で声の元に向かうが、日頃の運動不足のせいか、あまり思ったような速度が出ない。
一秒、また一秒と過ぎていくごとに、男の焦りは積もっていく。
そして、幾秒積み重なった頃だろう。彼の中で、ようやくといった時間でその現場にたどり着いた。
男の視界に飛び込んできたのは、二つの影。一つは小さく、そしてもう一つはその小さな影を易々と覆ってしまうほどに大きい。
影の正体としては、小さい方はまだ幼い少女。そして、大きい方はというと、人間の脅威とされているモンスターだ。
ブルツセクトという、なんというか黒いテントウムシを大きくしたような感じのD級のモンスターとして知られている。
が、魔導師のはしくれ程度である彼にとってはあまり怖いとは思えない存在であった。
しかし、一般人、特に小さい子供にとっては恐怖の対象でしかない。
先ほどの悲鳴を聞いてから、ここに駆けつけるまで、ブルツセクトは獲物を見定めていたのか、幸い少女は無傷のままであった。
しかし、少女は木に背中をとられ、逃げられない状態へと追い込まれている。
絶体絶命、という状況には変わりない。
そんな少女に、ブルツセクトはじわりじわりと近寄っていき――
「や、やめろ!」
ぜいぜいと息を切らせながら、男はモンスターに向かって叫ぶ。
膝に手を当てていながらなので、少し格好悪いかな、と彼は余計なことを考えながら。
「グギュルルルルゥウウウッ!!」
グルツセクトが言葉では表現しにくい鳴き声で、男を威嚇する。
注意は男の方に向いてはいたものの、彼の方には近寄ってこない。
「(これじゃあ、あの嬢ちゃんに逃げろとも言えないな)」
少女の方はというと、恐怖で震えあがり、その場から動けないようだった。
男は考えを変更し、少しずつ、グルツセクトを刺激しないようにして少女の方へと近づいていく。
まずは少女の安全を取りたかった。
しかし――グルツセクトはそう待ってくれるようなモンスターではなかった。
しびれを切らして、グルツセクトは少女の方へと勢いよく身体を突っ込ませる。
「くそっ」
彼はまだ疲れが残っている身体を必死に動かして、なんとか少女とグルツセクトの間に身体を割り込みさせる。
「ぐっ……」
少女の方に被害が出ないように、足で踏ん張ったのが不味かったのか、衝撃を逃がせずに、もろにその体当たりをくらう。
「痛ぇな、ちくしょう」
確実に痣では済まないダメージ。鋭い痛みが熱を帯びて、全身へと広がっていく。
今まで彼には怖いとは思えなかったモンスターだが、守る人物がいるだけで、こうも窮地に立たされるとは、彼には思っても見ないことだった。
――安全を約束されたような貴族のところでやっていれば。
「(もう、この少女を見捨ててしまえば楽なんじゃないのか?)」
心の中で、そんな言葉が反芻する。そんな下種な考えと良心とで葛藤する彼だったが、グルツセクトは待ってはくれない。
再び、あの黒い巨体による突進が男へと迫る。
果たして、この身体でまた踏ん張りきれるのか。男は少し不安に思った。
少しだけ、ほんの少しだけ。ちらりと後ろを見る。
すると、そんな彼よりも、もっと深く、不安に飲み込まれそうな顔をしている少女の顔が彼の瞳に映った。
「(負けられねぇ)」
彼は両手を広げ、全身に力を込める。歯を食いしばり、眼前に迫る敵を強く睨みつける。
先程から呼吸を整える暇さえ無い苦しい気持ちを、その敵にぶつけるように。
「(やってやる!)」
彼の決意と共に、あの黒い巨体が彼の身体に衝撃を与える。
ギリギリと全身の筋肉がその負荷に悲鳴をあげるが、男は気にしないことにした。
――気にしたら、そこで終わりだ。
「ぬぉおおおおおおおおお!!」
広げていた両腕で、抱えるようにしてグルツセクトの勢いを止める。
――痛みだけに頭を捉われるな。集中しろ。集中だ。
「『ライズ・ウィンド』ッ!!」
彼の必死にひねり出した声に応えるようにして、彼の目の前で風が、渦巻く。
その風は回転数を増し、烈風となってあの黒い巨体に襲いかかる。
上昇する回転はグルツセクトを重力に逆らわせ、木の葉のごとく易々と宙へと舞いあげる。
「これで締めぇだっ! 『スピニング・スラッシャー』ッ!!」
風がやみ、落下を始めるグルツセクトに、また新しい風が吹き荒れる。
その風は、刃のごとく、鋭い。
幾重ものかまいたちが、その黒い身体を切り裂いた。
「おい、大丈夫か。嬢ちゃん」
「ぐすっ、ひぐっ……」
男がぶっきらぼうに尋ねるも、少女はあれから泣いているばかりで、彼の問いに答えない。
そうなるのも当然で、あの時、少女に危機が迫っていた状況では泣く暇さえなかったのだから。
その泣けなかった反動が、今ここにきているのだろう。
「ったく、泣いてても、何にもならないんだぞ?」
「……ぐすん」
ちょうど泣き疲れたタイミングを狙い、彼は気になっていた疑問を少女へと投げかける。
「何でこんなところにいるんだ?」
「……お母さんが」
「ん?」
「だって、お母さんが親戚の人とばかり話してて、私に返事してくれないんだもん」
いきなりの突飛な発言に、男は少し驚いた顔をするが、
「(要するに、親に構ってもらえなくて、いじけてここに来たってことか)」
と少し推測をたてておいた。
子供というのは、何時の時代も怖いもの知らずなものだな、と彼は苦笑いを浮かべる。
「だとしても、こんなところを一人でうろついて、危ねぇじゃねぇか」
男はあえて怖い顔を作り、その少女を脅すようにして言う。
でないと、また一人でうろついて怖い思いをさせると思ったからだ。
「(自分では適当な性格だと思っていたが、やはり教育者だからかねぇ……)」
あの時、咄嗟に身体が動いたことに自嘲する彼。だが、不思議と気分は悪く感じていなかった。
「……ごめんなさい」
少女が震えた声を発しながら、頭を下げる。
母に知らせず勝手に森へと行ってしまった割に、悪いことをしたら謝るようにと躾されていたらしい。
「それじゃ、お前のお母さんのところへ戻るとするか。場所はどっちの方から来た?」
「あっち」
少女が指し示した方向はアスタール。子供の足で行ける距離から考えれば、普通に分かることであった。
彼は自分の頭の悪さに少し辟易する。
「そうか、じゃあ行くか。ほら」
「?」
「手だよ、手。迷子になりそうで怖いからな」
「なんかゴツゴツしてる」
「うっせ。男の手なんてこんなもんだよ。我慢しろよ」
「でも、暖かい」
「……ほらいくぞ」
彼は照れた顔を少女から逸らし、少しだけ強く手を引いて歩き出した。
「ねぇ、おじさん」
「ん?」
子供というものは、気持ちの切り替えが早いからか、その少女はもう泣き顔をやめて、今は少し笑っているように、男には見えた。
子供特有の無邪気な笑顔をして、彼女は彼に問いかける。
「あれって、魔法だよね?」
聞かれたのは、あの時グルツセクトに使った『レイズ・ウィンド』なんかのことであろう、と彼は考えた。
「まぁな」
「じゃあ魔導師さんってこと?」
「一応、先生ってことになってるけどな」
「なんだ、王子様じゃないのか」
「露骨に落ち込んでんじゃねぇよ。ピンチに助けてくれる王子様なんて御伽噺の中だけだろ」
「確かに、王子様っておじさんみたいに歳取ってないもんね」
「後な、嬢ちゃん。俺はそんなに老けちゃいねぇよ。まだ30代だ」
「でも、おじさんじゃん」
けらけらと少女が笑うので、少し男はむっとしたが、大人の意地で我慢しておく。
「ちょっと夢を壊すかもしれないが、もう一度言っておく。
ピンチになった時に助けてくれる王子様なんて、いないんだ。大体は自分の身は自分で守らなきゃいけないんだよ。
――いつまでも助けてくれる親がいるわけでもないんだしな」
「でも、おじさんは助けてくれたよ?」
「……あー、ところで聞き忘れていたが、怪我したところはないか?」
少女の返しに、少し声が詰まる彼。
「ごまかした」
「いいから答えろ」
「ごまかした!」
頬を膨らまし、むくれっ面でムキになる少女。
「あぁはいはい。そうですね。それで怪我したところはないか?」
「うん、ないよ。あっ――」
少女と話しているうちに、いつの間にかアスタールの街に着いており、少女は何か発見したのか、勢いよく駆けだす。
何だ、と不思議に思った男は、少女の走った方向に目を凝らす。
そこには、心配そうに顔をきょろきょろと動かす女性の姿が見える。
ゆっくりと男も、少女の後を追い、一応の確認をすることにした。
男の案の定、その心配していた女性はあの少女の母親らしく、少女が飛びついた途端に、涙をぼろぼろと零し始めた。
「もう、心配したんだから……」
「ごめんなさい。でも、お話はもういいの?」
「もう、この子ったら……」
少女の母親は、少し困ったような顔をして、少女のおでこをツンッと指で突っついた。
「あ、すいません。この子を連れてきてくれたのに、お礼もまだで」
少しして、男の存在に気がついた少女の母親は、思い出したかのように、お礼を言った。
「いや、別に大したことはしてませんよ。子供を正しい方向に導くのも、先生の仕事ですから」
男は自分で言っていて、なんだか恥ずかしくなってきたが、それは結構自分に正直な台詞なんだということにも気付いた。
給料の少なさという目先の欲望に捉われていて気がつかなかったが、面倒ながらも子供に教えるのが、案外好きなんだということに。
「まぁ、先生なんですか!」
「はい、まぁあんまりいい先生ではないですけど」
「そうですか? 私にはそうは見えませんけど。それからもし、よろしければ、お礼に何か……」
「いえ、一応仕事が残っているので」
男は嘘をついた。身体がぼろぼろなので、治療しに行きたかった。
が、それを正直に言うのも、なんだか恥ずかしかったのだ。
「そうですか。じゃあ、私たちはこれで」
「じゃあね、おじさん」
「こら、おじさんって言っちゃダメでしょ。――すいません、この子は困ったもので」
「いえ、子供はこうして元気なのが一番ですよ。うちにも問題児がいますけど、案外可愛いものです」
「じゃ、またね、おじさん!」
「"また迷子"だったり、"また勝手に飛び出したり"じゃ困るけどな」
去っていく親子を見て、男は思う。
「(子供を導くか……。自分で言っておいてなんだけど、俺に出来るのだろうか?)」
疑問を胸に抱えつつも、これが彼の教育者としての決意を固めた一歩である。
『ねぇお母さん』
『何、クラリッサ?』
『私ね、将来魔導師になる!』
『あらあら、前まで「お姫様になる!」って言い張ってたのに』
『ううん、それはもういいんだ。だって、私を助けてくれる王子様はいないんだから』
『そうなの?』
『自分のことは自分で守らないといけないんだって』
『そうなの、偉いわね』
『――それにね、魔導師になったら』
『――魔導師になったら、今度はあたしがおじさんを助けてあげるんだ!』
・補足
一応わかってはいるでしょうが、少し補足をば。
内容がテンプレチックなのは、ご容赦ください……。
これはまぁ、あの中年と少女とのファーストコンタクトってやつです。
男というのは、もちろんあの人です。面倒くさがりな面がありながら、子供に教えるのが好きという、所謂現代風のツンデレという奴なのかもしれません。
そして、まだ名前が与えられてませんが、今後も与えられるかどうかわかりません。
いい名前があれば、教えてください。
――本文を読めばわかりますが、とにかく自分には名前をつけるセンスがないんです(汗
クラリッサについても少しだけ。
彼女は元々、思いこみの激しい性格をしてます。
そして、男が「問題児が可愛い」なんていう発言をしたもんだから……って感じで今のようになったという風に解釈してくださればありがたいです。