10
7月に入ってから数日が過ぎた。
もう随分と経ってしまったからだろうか、合同実践演習の熱も冷め、今ではもう生徒たちはすっかり静かになっていた。
いや、合同実践演習が始まる前よりも、静かだろうか。
俺に思い当たるのは、全部で2つ。
1つ目は、リアナが現在魔法学校に来ていない、ということだ。
いつもなら、今の教養の授業中に、人がリアナの方に群れていくのだが、肝心のリアナが見当たらないのだ。
他の生徒や教師には、何も言わずにいなくなってしまったので、どうしたのか心配されているらしく、取り巻きと化していた生徒たちが、若干忙しないように見える。
さて、リアナは何故突然いなくなってしまったのか。
話は数日前に遡る――
合同実践演習最終日、いつものようにリアナと半強制的に帰宅を共にして、また一緒に夕食を食べていた時のことである。
「私、集会があるから魔法学校の方は少し休むことにした」
いきなり切り出してきたリアナに、俺も母も、目を大きく広げたまま、反応を返せずにいたところ、どうやら質問がないと判断した彼女は、何事もなかったかのように、食事を再開させた。
「いや、何の集会だよ?」
数秒後、ようやく頭の中で受け入れることができた俺は、早速質問をした。
「集会は、集会。それ以外何がある?」
手を動かしたまま、リアナは少し首をくいっ、と動かし、母の方へと注意を払わせる。
つられて母の方を見ると、母は納得した顔をして、
「教会か何かの集会でもあるのね!」
と明るい声で、頷いていた。
どうやら、母の意見が答え、というよりも母の前では言わない方がいいことらしい。
飯をかきこんで、早々に食事を終わらすと、リアナを表に誘うことにした。
「んで、集会ってのは本当なのか?」
「あぁ、勿論。集会といっても、側近が集まるだけで、名ばかりなものなんだけど」
手をひらひらとさせて、つまらなそうに彼女は説明する。
集会――これは彼女を含め魔王の側近がそこに集まるという。
とはいえ、話すこともなく、たまには顔を会わせるくらいはした方がいいだろう、ということで出来た集会らしい。
ほかにも、魔王に挨拶しに行ったりする際に、まとめて行った方が失礼でない、とか"集会"という大層な名前ながら、拍子抜けするような内容であった。
「だから何もないだろうけど、用事が済んだら戻るから」
「別に戻ってこなくてもいいけど?」
「寂しいくせに」
「お前さんがだろ?」
なんだかんだ言って寂しさがあったのか、少しだけ長い無駄話を繰り広げて、満足が言ったところでリアナと別れた。
――そしてそれから幾分と経ったが、リアナはまだ帰ってきていなかった。
まぁ、あのリアナのことだから死ぬってことはないだろうけれど、久しぶりに会った仲間と会話したり、興味深いことを聞いて探究心を唆されて、帰れるに帰れない、といったところだろう。
はぁ、とひとつ溜息をついたところで、リアナがよく座っている席の方から顔を前に戻した。
さて、もう1つの方の理由の方だが。
それも前よりも静かだ、というところにも繋がってくる。
なんと、生徒が最近休みがちなのだ。
合同実践演習が終わってから、随分と見かけない生徒が増えてきていた。
ナサニエルとか、俺の知っている生徒から、名前の知らない生徒まで。
正確な数はわからないが、空いている席が目立つ程度までには、いなくなっていた。
それについては、どうしてかはわからない。
色々な理由が推測され、噂となって流れているが、どれもこれも信憑性の低いものばかりで、俺はどうにも信用できなくなっていた。
前に一度、ある生徒が教師の方に、アスタールの宿の方に聞きこみに行ったらどうか、という意見が出たものの、そこまで世話を焼く必要を感じなかった教師たちは、そのままスルーしたとかで、わからずじまいになっている。
中には、生徒間で手紙などで連絡を取り合おうとした者もいたらしいが、それも返答がこなくて、よくわからないとか。
まぁ、俺みたいなもんは、そんな知り合いがいないから、興味は薄いけれど。
――そんな事態になってはいるけれど、授業は平常通りに運行していく。
「はぁ、全くいい御身分よね、ホント」
「俺に言われても困るんですけど……」
授業の合間にある休憩時間。本来ならば、移動などに使われるこの時間に、ルシルと話すことが多くなっていた。
あの合同実践演習の際の出来事が噂になっているためか、念入りに使われない廊下を割り出して、そこに呼び出すという、周到さで、である。
「まぁ、リアナがいなくて清々するけど、いないなら、いないで腹が立つ……!!」
「だからさ、俺には関係ないじゃないか」
呼び出された理由は、勿論のごとく愚痴を俺にこぼすためである。
最近特にひどくなっており、内容としてもリアナのことばかりだ。それがなぜかというと――
時が経ったが、まだ鮮明に思い出せるあの光景。
フィリーネさんの、依頼ギルドの件についてどうやってごまかそうか必死に考えていた時である。
フィリーネさんから睨まれて気まずくなったので、視線をそらしたところ、自然と試合が行われている方へと目が向かっていた。
そこには、さっきまでドンパチと魔法合戦が行われていたにも関わらず、今ではそれが嘘のように静かになっていた。
緊張した面持ちで、対峙している二人の空気に飲まれたのか、観戦している生徒まで静かになっていた。
もうね、さっきから感じていたけど、俺とフィリーネさんの場違い感が凄くて、近くの人に睨まれまくった。
フィリーネさんは可愛らしい容姿で尚且つ、あのチャームポイントっぽいへの字眉毛のおかげで、ちっとも怖くなかったが、比べて周りの人はどうだろう。
ギラギラと血走った目で、こちらを睨みつけており、まるで親の仇に見られているように感じた。
場の空気を散々乱しているからだろう。
すぐにでも頭を下げたいところだが、こっちはこっちでフィリーネさんに追及されている立場だから、しようにもできない。
板挟みとも呼べる展開のせいで、俺にも嫌な緊張が走った。
そうしている間に、時間は無情にも過ぎていき、張り詰められた緊張が終わる瞬間が訪れる。
「――『エクスプロージョン』!!!」
どっちの言葉だっただろうか。その言葉が紡がれた次の瞬間に、二つの爆発が生まれた。
もの凄い熱量の塊が、弾ける姿。一瞬でしか視界では捉えきれない暴力的な輝き。
そこに副次的に生まれる、激しい爆風。
轟音が俺の鼓膜を痛いくらいに叩き、また爆風が身体を叩いた。さらに爆風に煽られて前の生徒が倒れてきて、体重がかかる。
それを必死に踏ん張り、地面と足とを離さないようにしながら、それをじっとこらえる。
継続的で刹那的な時間だっただろうか。
気がついて、目を開けた時には、そこにはあの時の大きくなった『ツイスター』よりも悲惨な光景を見ることになった。
中央部分の地面は爆風でえぐれ、高度の熱で焼かれた跡がところどころに広がっていた。
辺りの空気は、爆発の熱によって生まれた水蒸気が漂っており、そこで起きた爆発の熱量を表しているようだった。
周りにいる生徒は、爆風にまともに煽られたのか、ほとんど倒れていた。
肝心の闘っていた二人だが、果たしてどうだろう。
目を凝らしてみると、どうやら一人が立っており、もう一人は地面に倒れている姿が、煙の影から確認できる。
にしても、あの爆発は凄かった。
肌を叩いた爆風も痛かったが、なにより熱い。
咄嗟に足を踏ん張ったせいか、俺は低い姿勢で爆風をあまり身体に受けていなかったのに、である。
たぶん、周りの人の、魔法抵抗が低い人なんかは火傷をしているに違いない。
でもまぁ、これを"火傷"なんかで済んでしまう方が不思議でならないのが、俺の感想である。
魔法抵抗――よくよく考えてみれば、不思議なものだ。
例えば、物理法則で起こした火だったり、自然発火した火だったりした場合、手なんかで触れようとすれば、火傷することがある。
たぶん、それが熱量なんかが高ければ、もっとひどいことになるだろう。
次に"魔法で起きた炎"の場合はどうなるか。
熱いには熱いが、それだけだ。ある程度の、俺なんかでいえば、ルシルの『フレイム』くらいならギリギリ火傷せずに済む。
あのダバルなんかも、剣士の卵な割に魔法抵抗があるからか、ルシルの『フレイム』の流れ弾を喰らっても大した怪我にはなっていなかった。
そう考えたら、不思議でならない。
けど、実際に起きていることだ。研究者以外なんかは、納得していて気にしていないところ。
まぁ、考えてもわからないことなんだけど。
そうしている間にも、次々と倒れていた人たちが起き上がってきた。
周りを気にしているのはこれくらいにして、視線を中央の方に戻した。
そこには、地面に伏せている金髪の少女――ルシルと、少し息が上がっている亜麻色の髪の少女――リアナの姿が見えた。
露出している顔には火傷一つないところ辺り、やはり魔法抵抗が高いのだろう。
校長先生は……咄嗟に自分の前に地面を隆起させて、防いでいたらしい。ひょこっとその影から出てくる。
「ふむ、これで試合は終了とするっ!!!」
校長は一息を入れてから、何事もなかったかのように、あっさりとこの戦いの幕を閉じた――
――話は戻るが、つまりこのルシルの愚痴は、負けた鬱憤を俺にぶつけているというわけだ。
なんだかんだいって、ルシルも負けず嫌いだから、悔しいのだろう。
一応、ルシルの中では新入りに負けたという屈辱、ということにでもなっているに違いない。
「というより、こういうことは友人たちに言えばいいと思うんだが?」
「……イメージってもんがあんのよ。それに、フィリーネ以外、いつも魔法学校で一緒にいる友達全員休んでるし」
いつもというと、ルシルとフィリーネさんの他に、名前の知らない人が三人。
確かツインテールの美形と、確か校長先生に呼び出された人もいたっけ。残りの一人は、まぁセミロングの髪の人ってくらいしか特徴を覚えていないや。
「そうか。それよりもさ、ルイゼンハルトへの推薦は出ているんだろう? よかったじゃないか!」
少し露骨だが、話を切り替える。
まぁ、あの試合内容だ。確実に二人とも、推薦が出ているに違いない。名誉なこった。
そう思って励ましたのだが、反応は鈍い。
「別に私は前回と前々回、更に前にも貰ってるから、関係ないって」
不貞腐れて言うルシルだが、これは凄いことだ。
「じゃあ、推薦は蹴ってるってことか?」
「当たり前じゃない。ルイゼンハルトに行ったら、レイオッド先生に会えないでしょ」
自分の恋愛を優先して、名誉を蹴る。スケールが違うのか、ルシルが恋愛馬鹿なのか。
取りあえず、なんにしても俺としては苦笑いしかできなかった。
『ん、また今日も人が少ないな』
『合同実践演習で怪我した人も戻ってきてますし、どうしたんでしょうかね?』
『さぁ、わからんが、今日も相も変わらず普通に授業だ』
『私も相も変わらず、先生のことが大好きです、付き合ってください』
『文脈が相変わらずひどいな、クラリッサ……』
『あ……先生、さっきの言葉訂正してもいいですか?』
『なんだ? ついに自分のおかしさにでも気がついたのか?』
『いえ、先生のこと相も変わらず、って言ったんですけど、日が経つにつれて益々好きになってるんです。お嫁にもらってください!』
『……さっきよりもひどくなってるけどな。さて、それとはあまり関係ないかもしれないが、今日は「共通語」について話をしようと思う』
『「共通語」って言うと、今私たちが喋っている言葉ですよね?』
『そうだな。「共通語」は今や当然のように使われている言葉だな。一部の辺境な地域や、風習が堅苦しくて、他に排他的な地域なんかでは、ローカルな言葉が使われていたりするけどな』
『今こうして、先生に愛を語ってられるのは、昔の人のおかげなんですね』
『そこまで歴史に詳しくないからあまり語れないが、残された伝説なんかによると、「共通語」は神のお告げが各地に降り立ち、それがどこも同じ時間、同じ内容だったもんで、強引にでも言語をそれに統制させていったとされているらしい』
『そのおかげで、私たちは他の国から来た人でも話が通じるんですもんね。文化や風習が違っているのに、言語まで違ったら、交易関係なんかを結びにくいですもんね』
『まぁな、他の共通語の使い道なんかでは、昔に書かれた書物の翻訳なんかがそうだな』
『昔の書物なんかに載ってる、「お前のためなら、死ねる!」、とかカッコイイですよね~』
『それより、その言葉を言った恥ずかしさで死ねるかもな』
『じゃあ、先生はどんな言葉ならいいんですか? 告白限定で』
『そんな羞恥を晒すようなことはしたくないし、付き合う通りもないから授業に戻ろうな』
『言ってくれたら、今日は真面目に授業受けますからぁ』
『自分で不真面目なことを理解していたんだな、クラリッサ……。というより、言ったらお前が本気で受け取りそうだから嫌だ』
『大丈夫ですよ、言ったら墓に入るまで一緒にいるってくらいなだけですよ~』
『大丈夫なのはお前だけだな、それ』
『さぁ、かもんです、先生!』
『好きじゃないです、付き合わないでください』
『天邪鬼も結構いいですね……。ツンデレってやつでしたっけ……』
『あ、なんかクラリッサの目つきが尋常じゃなくヤバい。身の危険を感じたという一身上の都合で、今日の授業はここまでな……!』
『これは、「ぼくをつかまえてごらん」、ってことですね……!! ならば私は地の果てまで追いかけましょう……!!』
なんだか、カオスチックな展開により教養の授業が時間より相当早く終わってしまったようだ。
周りの生徒たちは、そのままここで駄弁ったり、外に行くっていう人もいるようで、もうすでに気分は休み時間である。
さて、俺はどうしようか。
このままここでぼーっとしていてもいいのだが、ルシルに捕まるのは厄介だ。
となると、行き先は二つ。
管理人のせいであまり人が寄り付かない図書館か、実験棟の地下にあるレイオッド先生の私的スペースか、といったところ。
……そういえば、今日はレイオッド先生の手伝いを頼まれていたんだっけ。
それも、「今日はたくさん作業するので、是非」と念押しされていたような。
ちょうど早いけど、実験棟の地下に行くとしよう。確か今日は召喚魔法の授業はないから、レイオッド先生はたぶん一日中いるだろうし。
いなければ、図書館に行けばいい話だ。
それに。
校長について何か知っていることがあれば、聞いてみたいと思っていたから、ちょうどいいしな。