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勇者に支配された世界―前編―

作者: ゆうさん


ある世界を創造した神がこう言った。


―――――10000年の時を迎えし時、魔王と勇者

          そのどちらかに永遠の支配権を与えよう――――――


魔王と勇者はお互いに争い合い9900年の時が流れた。



・・魔王歴9900年・・


何代にもわたり魔王によって支配されてきた世界を守り続ける魔王はついに19代目を迎えた。

19代目の魔王、その名はヴォルデニクス


「やったぞ。この力、とうとう俺様のものになったか」


先代魔王ジグニスは200歳という若さで病死したため

次期魔王となるヴォルデニクスが少し早くも魔法陣から誕生した。

魔王を守るために配属されたメイドたちは10名ほど、雇場所は不明。

謎多き長寿のメイドである。

魔王はメイドたちからいろいろなことを学ばなければならなかったのだが

ヴォルデニクスはその一切を拒否、初の実戦となる日を心から待ち望んでいた。


勇者一行が現れたのはそれから一週間のこと

戦士・武道家・白魔導師・踊り子の4人

昔から育成されてきたあらゆるモンスターを倒しついに魔王部屋へと辿り着いた。


「お前らが勇者か、フンッ、貧弱な……」


魔王ヴォルデニクスには戦略というものが皆無であり魔王特有の強大な魔力に頼った。


「はぁ……はぁ……。ルルナ、回復を頼む」


「はい! 戦士レイザに癒しの力を」


「この魔王、狂ったように魔法を使うな」


「ああ。サナからの強化は常に保っているが攻撃が当たらなければどうしようもない」


魔王の圧倒的な魔法攻撃はいつまでも続き、ついには勇者を倒すことに成功した。


「フハハハハハッ!! どうだ見たか、この力、素晴らしすぎる!」


それから数週間、魔王は勇者を倒し続けた。

しかし、1年が経ったある日に訪れた勇者はあるアイテムを揃えてきた。

魔王の魔力を封印する5つの珠「賢者の宝珠」


勇者の中ではこの宝珠は無意味だと言われ続けてきたが、

死にゆく勇者が残していった情報を集めていた者は絶対に成功すると確信を持った。


そもそも6代目魔王ギルザラードが滑稽な勇者を眺めてみたいと

宝珠を置く台座を作ったことが事の全ての始まりだった。


「魔王様、次に来る勇者は『賢者の宝珠』を持ってくるので注意してください」


「わかった、わかった。しつこいぞお前ら」


聞く耳を全く持たなかった魔王はいつものように勇者一行を待ち続けた。


「本当に成功するのでしょうか? 今までこの戦略は一度も通用しなかったじゃありませんか」


白魔導師のエナが心配そうにみんなに話す


「大丈夫だろ。相手は狂ったように魔法を使ってくるんだから」


宝珠を眺めながら適当に話す重騎士ガラム


「そうそう。気楽に行こうぜ?」


「一体どんな宝を持っているのか楽しみっスね」


魔法剣士ナフィド、盗賊ジャックと続き、とうとう魔王部屋に辿り着いた。


「よし、行くぞ!」


ナフィドの掛け声とともに扉を開け放った。


「魔王様、今回ばかりは気をつけてください」


「ちっ、うるせーよ! わかったって言ってんだろ!?」


「魔王ヴォルデニクス、今日がお前の命日だ! 覚悟しろ!!」


「お? きたきた。ようこそ魔王城へ。名乗る必要は、ないようだな」


先制の雷魔法をナフィドが放ち魔王の口がにやける。

メイドの1人がその魔法を防ぎ魔王にダメージを与えないようにした。

魔王はありったけの魔力を使い勇者たちに襲わせ様子見に入る。


「光の加護を、どうか私たちをお守りください」


魔法のみを無効化するシールドを張り魔王の攻撃を防いだ。

自分の魔法を防がれたことに憤慨した魔王は次々に城の軋む程の強大な魔法を唱える。

しかしそれをも防ぐシールド。一番不安そうにしていたエナは少しばかりにこやかな表情になった。


「た、確かに情報通りです!」


「だろ? さてと、俺らはのんびりと宝珠をセットしていきますかー」


「魔王様、あのシールドは強力な耐性が備わっているようです。私が攻撃を―――」


メイドの長とも見れる1人が勇者の行動を阻止しようと魔王に話しかけるが

雄叫びとともにその言葉はかき消された。


「うるさい、黙れ!! このくらいのシールド、俺様の強大な魔力で打ち破ってやる」


勇者の目の前に置かれた5つの台座に順番に置かれていく宝珠

目の色を変え、狂ったようにそのシールドに魔法をぶつけるその風貌は

死に際の魔王と呼ぶに相応しい姿だった。


「だ、大丈夫ですかね? 耐えてくれますよね? それに物理にはめっぽう弱いんですよ」


「普通のシールドと見せかけて魔王の耐性が付いてる強力なやつだ。安心しろ。てか情報で見たろ? 魔王は物理攻撃なんてしてこない。メイドも置物同然だって」


ナフィドの声に力強く頷くエナ。

ガラムとジャックが宝珠をそれぞれセットしてついに封印は完成した。

そしてナフィドの合図とともにエナはシールドを解く。


「自らシールドを解くとは馬鹿な奴め、一瞬にして消し去ってやる!!」


「あはは。どっちが馬鹿だっての、そのご自慢の魔法とやらを使ってみろよ」


「…なんだと。貴様、この私を本気で怒らせたな。もはやこの城もろとも吹き飛ばして――っ!?」


魔王の手が止まる。


「な、なぜだ! 魔法が使えないだと!? な、何が起こっている! 答えろエルセナ!!」


「魔王様の魔法はあの宝珠によって封じ込められました。この影響は次期魔王も受け継ぐことでしょう。まあ、勝てばの話ですが……」


「ふざけるな。くそっ! くそっ!! おいお前ら、俺を守れ!!」


「言われなくとも。あなたたち、行くわよ」


「とうとう動き出したな。でも、シールドを張っていた時にステータスを底上げしておいた俺らに怖いものなんてない! ついに魔王を倒す時が、勝利の時が来たぞ!!」


魔王のそばにいたメイドたちは1人残らず殺され

何もできずに恐怖に怯える魔王の心臓には剣が突き立てられた。


9901年 魔王歴は勇者歴に書き変わり魔王は消滅。

勇者側は10000年の節目を待ち続けた。



・・勇者歴9995年・・

魔王敗北から94年が経った。

9900年間、勇者からの攻撃を防いできた魔王側に神はチャンスを与えた。

残り5年の短い期間だけ新たな魔王を誕生させ、歴を書き変えることを許そう。と

それと理由はそれだけではなかった。

世界的に治安が悪くなってしまったのも、この結果を招いた1つだった。



・・勇者歴9996年・・

新たな魔王レウクスが誕生して1年が経った。


「フハハハハ! ついにこの世界は私の物となった。セーブポイントを作ったり回復魔法を使ったりいちいちムカつく行動をしてきた勇者を見事倒し、頂点に立った! もはや誰も私に逆らう者はいない」


ここ何日にも及ぶ攻防戦。

必死に育ててきた魔物には世話になった。

私も死力を尽くし、今にも深い眠りにつきそうだ。


「魔王様。そろそろお休みになられては?」


そう言ってテラスに来たのは、この城のメイド的存在の長であるセルエナ。

漆黒の長髪が月明かりに照らされ、いつになく美しい。

この城で私の次に頭が切れる、黒縁の眼鏡がいかにもそう思わせる。

魔族だからというのは全く関係ないが腹黒である。

こんなことを口に出したら魔王である私でさえこの世から消えざるを得ないだろう。

メイド的存在であれ怒らせ覚醒されればこの城が跡形も無くなってしまう。


「いや、勝利の余韻にもう少しだけ浸っていたい。しばらくしたら寝るが、まだ寝る気は無い」


さっきまでの戦いの疲れをこの夜の涼しさが癒してくれる。

すぐに寝るのも良いかもしれないが勝利の余韻は今しか味わえない。

明日からは各地に城を建築するために頭をつかわねばならないからな。


「何を言っているのです。ゲームの話はどうでもいいのですよ。さっさと寝ないとそこから下へと突き落とし、永遠に眠らせますよ?」


サラッと恐ろしい事を……

しかし私も今やこの世界の王。王たる私がそんなバカな話を聞けるわけがない!!


と言ったら激しい痛みとともに視界がブラックアウトした。

ゲームの画面にレウクスwinという文字を残して


「お目覚めですか魔王様?」


俺が目を覚ました時には、眩しい日差しが部屋に射しこんでいた。

昨日の夜は我ながらテンションが高かったな。知らぬ間に一人称まで変わっていた。

ゲームの勇者を一ヶ月かけてやっと倒したから

正直、あまりの喜びにおかしくなっていたんじゃないかと思う。

それにしてもあいつらはしつこかった。


窓の外を眺めているとさっきまで晴天だった空も束の間、

あっという間に曇ってしまい怪しい天気になってしまった。


「さてはあいつ、どういう理由かは知らないが不機嫌になったな?」


そして寝ている俺の顔を覗き込んでいるのはセルエナと同じメイドのルイア

金髪のロングツインテールであり18であるとは到底思えないほどの童顔っぷり

背の小ささもその顔と相俟って子供っぽいと言われるのを嫌い、

常に大人であろうとし、服装の露出度がいつも高い。

その姿で城を出ると狼が襲ってくるから外に出るな、と前に言ったのだが


『その時は魔法で全てを焼き尽くすので安心してください♪』


だそうだ。確かに魔法特化であるルイアが炎の魔法を使ったら恐ろしいことになる。

たとえばここから2km離れているヴィーシェという街で炎魔法を使ったとする。

(あ、ちなみにヴィーシュという街はゲームの話ではないので安心してくれ)

そうするとルイナの魔力から考えられる計算が間違っていなければこの城は一瞬で焼け落ちるだろう。

しかし、この俺がいる限りそうはならないが。


「魔王様、魔王様? 部屋の中がこの世と思えないほど悲惨な事になっていますが昨日何かあったのですか?」


体の傷はとくに無かったが昨日の出来事はあまりの恐怖に記憶が消し去ったのだろうか?

思い出すことは出来ない

あれほど怒ったセルエナなら一度俺の体は肉片と化していたのでは、と想像できる。

確かに何日も夜更かししては朝に迷惑を掛けていたから文句はいえないのだが……

掃除の時間の時に寝ていた時は焼却炉に捨てられそうになったしな。

しかしあれだけのことがあったのにゲームが無事とは、予めシールドを張っていた甲斐があった。

それから数分で部屋の惨事を元通りにした私は礼拝堂ならぬ霊廃堂に朝食を食べに行った。

ちなみに某RPGゲームでいうところの記録をする場所、ではない。


「相変わらず魂で奏でるパイプオルガンの音は気持ちの良いものだな」


1人食事を楽しむ俺の前に魔法で次々と運ばれてくる新たな料理。

この城のコックであるラタトゥーユは料理の腕が凄まじく良い。

ちなみに間違ってもラタトゥイユと呼んではいけない。

肌の色は雪のように白く、青色の透き通る目がチャームポイントらしい

俺からしてみれば床につくほどパーマのかかった長い髪も真っ白だし

存在自体をチャームポイントにできると思うんだがな。

そして料理をする時にはお気に入りだという水色のコック帽を必ずかぶる。

かぶるか、かぶらないかで料理の出来は雲泥の差だと言っていた。


「そうですね。私もこの音色には毎回癒されています」


キッチンで絶えず手を動かしているラタトゥーユの口がゆっくり開いた。

しかしこの音色、勇者が聴くたびに不気味だとかどうだとか言っているらしい(悪魔の賛美歌とも言われていると聞く)が耳がおかしいのではないだろうか。

魔界では有名なバハンが作曲した【目覚めよと勇者が叫ぶ声が聞こえ私は目覚める】は城の地下へと進み過ぎた勇者が見つけた石碑に向かって目覚めよと言った言葉で、目覚めたのは魔王よりも恐ろしい魔神王という奴で、勇者はあっけなく倒されたという内容。ゲームで例えるなら隠しボスという位置づけになるだろう。


俺がゲームで何度も何度も悩まされてきた勇者。

その勇者がやられることを曲にした者は素晴らしい。

曲調といい音色といい、聞き惚れて私はパイプオルガンでは飽き足らずCDまで買ってしまった。

自室で寝る前は必ずそのCDをかけながら寝ている。

ちなみにだが、パイプオルガンは俺の魔法によって今までに倒されてきた勇者の魂を操り自動演奏させている。ん? なぜ魔法が使えるかだと? そのことは後回しだ。


「今日も美味であった。また旨い料理を楽しみにしている」


そう言って席を立った時、大扉からセルエナがなにやら不機嫌そうな顔で近寄ってきた。

あの不機嫌そうな顔で何人の勇者がこの世の終わりという絶望を抱くだろうか……


「今、何を考えていたのですか?」


相変わらず恐ろしい。

心の内を読める能力を持っていたら命がいくつあっても足りないかもしれないな。

そして朝からせっかくの天気が怪しくなったのもこのせいだとわかる。

セルエナは感情によって天候を変わることができる。

ちなみに昨日、俺にまだ意識があった時は確か雷が鳴っていた。

もう少し冷静な思考を持っていたら気づいたかもしれないが

やっとクリア出来たという感動で全く気付いていなかった。


「別に何も考えてはいない。それで何の用だ?」


「昨日からメイドたちが見つけたものでみんなが夢中になり家事のミスが23%増えてしまいました。魔王様から一言いってもらえませんでしょうか?」


セルエナは少し厳し過ぎる気がするが、みんなのことを思ってのことだろう。

正直、セルエナが言った方が早い且つ説得力もあるだろうが、怒ってしまうと

雷+大豪雨になりかねない。街にいる人たちに溺死されては困る。

なぜ雨が降るのかという理由は、大切なメイドに怒ってしまった自分を悔やんで泣いてしまうからだ。

まぁそんな可愛いところもあるのだが、

それでもその一泣きで死者が出てしまうのはセルエナも望んではいないだろう。


「わかった。後で俺の方から直接伝えておこう」


「……後で? 今はなにか仕事があるのでしょうか」


特に無い…と言ったらマズイな……

これからひとまず、ゲームのデータの無事を確認しようと考えていたのに

そう訊かれてしまってはゲームとは答えられない、だからと言って特に無いは危険だ。

ハードが無事でもお気の毒ですが魔王の記録1は消えてしまいました。

などと表示されたら俺の命に関わる……ことはないが、そのくらい落ち込む。

一度気になってしまっては早く確認しなければ気になってしょうがない。

しかし後でと言ったからには何か言わなければ怪しまれてしまう。


「腹の調子が悪いのでな、用を足してからでいいか?」


「それは私としたことが、てっきりこのあとゲームでもやられるのかと考えていらっしゃるのではないかと思ってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです」


レウクスはいつになく可愛らしい笑顔を浮かべたセルエナに戦慄した。


「そ、そうか。それじゃ後でな」


「魔王様? そちらよりこちらから行かれたほうが早く着きますよ?」


くそ。自室側から行けばなんとかなったかもしれないが、どうにもならんな。


それから頼まれたことをするまでゲーム部屋に入れなくなってしまいしぶしぶメイドたちのもとに向かったレウクスはこの世界では見ることの無い物を見ることになる。


「これ、一体何でしょうか?」


疑問が飛び交う声を聞いたレウクスはメイドが持っているその物体を見せてもらった。


「なんだこれは? この部分は何かを映し出す部分だろうか?」


両手の大きさに収まるサイズの物体、両手にフィットするこの感じとボタンの配置からして予想するに……


「ゲームかっ!?」


「な、なんですか、そのげーむというのは!」


それぞれのメイドたちがその画面を見ようと押し寄せてくる。

期待に胸が高まる私は電源の起動ボタンを押した。


………………。


「返事がないただの屍……いや、どうやら電池切れのようだな」


「でんちぎれ?」


1人のメイドが首をかしげる。

そうか、これで伝わらないとなると、どう伝えるべきか……


「そうだな、魔力切れで魔法が使えないようなことと同じようだな」


「そうなんですか。それは残念です」


メイドたちは皆、心底残念そうにしていた。

というか電池切れかどうかなんて俺の勝手な判断だ。故障の可能性もある。

だが、この機械っぽいものもダンテローグに渡せばどうにかなるかもしれない

ダンテローグとはこの城一の技術者であり機械を分解することで知識を取り込む変わった奴だ

しかし、この機械にたいする知識が無かった場合には解体されてしまうというのはなんとも惜しい気がする


「あの…魔王様?」


もちろんこの機械を渡せばダンテローグは新しい知識を学ぶことが出来るだろう、

このあとに新しい機械の故障を発見した時にどうにかできるかもしれない。

だがしかし、完璧に分解し一度知識として取り込んだものは跡形もなく消えてしまうから渡すに渡せない。

なぜなら、それではゲームが出来ないからだ!!


「魔王様、セルエナ様が……」


ゲームを渡してしまえば俺は何をして暇をつぶせばいいのかわからなくなってしまう。

あの曲を聴いて暇をつぶすのも良いかもしれないがさすがに飽きそうだ。

いや、あの名曲を飽きることは無いか


「魔王様聞いて下さい!」


「おっ! なんだ、驚いたではないか……ん?」


おっと……第三形態だろうか?

RPGで例えるならこう言うだろう。

なにか凄まじいオーラとともに誰だか分からない怪物が俺を睨んでいた。


これは向きを変えてゆっくりと歩き去るしか……


【しかし、回り込まれてしまった!】


その日、魔王城は半壊した。

予想以上に強力な魔法に対処が遅れたが魔法障壁の力で全壊は防がれた。

魔王軍のモンスターは約13000体が瓦礫の落下などにより軽傷、

2700体が魔法発生源の近くにいた為に重傷、620体が直撃で死亡した。

そしてあまりの衝撃に驚いたモンスターが350体突然変異を起こし、そのうち

230体が下位種に退化、15体が上位種に進化した。

メイドたちは魔王の防御魔法で全くの無傷

その他、ダンテローグやラタトゥーユも同様

この怒りで天候が変化していたら大規模な災害が各地で起きていたと考えられる。

なぜ変化しなかったかは謎である。


いやしかし、さすがに第三形態は桁違いの強さだった。

そしてあれが最終形態だと認めない自分もまた恐ろしい

あの怒り狂ったセルエナを見たときのメイドたちはこの世の終わりのような顔をしていた。

魔法障壁の展開がもう少し遅れていたら半壊どころじゃすまなかっただろう。

しかし、城の他に我が魔王軍にも甚大な被害を受けてしまった。

それから早朝から人を雇って城を修理させる羽目になり私はセルエナに半日にも及ぶ説教を受けることとなった。


「ゲームで徹夜した時より精神的に疲れるとはとんだ労力の無駄遣いだな」


この力をゲームに使えば街レベルをかなり上げられたはず

いや、うまくやれば建築レベルも……

いやはや、なんとも惜しいことをしたものだ。

俺にもっと俊敏力があれば。第三形態相手にそれは無理な話か


「魔王様、おはようございます。今日はお早いのですね」


目の前に見えるのは満面の笑みを浮かべるセルエナだった。

朝からテンションを下げられたような気がするのは気のせいか


「そうだな。魔王城の修復命令を下すのにいろいろなところにまわっていた」


その言葉に全く気に止むようすを見せずにただ流石ですというと歩き去ってしまった。

天候を確認するが晴天のままだ。本当に気にしていなかった。


城の中を再び歩き始めるとレウクスは霊園にいるルイナの姿を見つけた。


「おいルイナ。お前なんかがこんなところに用なんて珍しいな。誰かに頼まれたのか?」


「あ! 魔王様ではありませんか。これは私の母の墓でございます」


なに! これは迂闊だった。なんというべきか……


「私の母は先代魔王とともに死んだそうです。その時の私といえば生まれた時から施設に預けられていたので顔も覚えていませんけどね。ですがお参りぐらいはしたほうがいいのでは? と私なりに考えて行動してみたのですよ」


「それはいい心がけだな。……じゃまをした。私はそろそろ行くから食事の時にな」


忘れていたが今日は城の者たち全員と食を共にする日であった。

なかなか面倒なものなのだが悪くもない。


「はい! それではまた。今日は魔王様の隣で食べさせごっこができそうで楽しみですぅ」


傷心的態度だったルイナは気分を変えそんなことを言ってきた。

俺は笑って突っ込んでやったが、まだ少し戻りきってはいなかった。


しかし、俺が生まれてからというものの1年が経ったが勇者が来る気配が全くないな。

イレギュラーなことだとメイドたちは言っていたがどういうことなのだろうか……

攻撃魔法のみ封印されているのも不思議なことだ。

魔法すべてが封印されたわけではないという謎は一体


「おー兄貴じゃねーですか! あっしが開発したゲーム楽しんでますかい?」


いい加減その兄貴とかいう呼び方はやめてほしものだが、コイツこそがダンテローグ。

この城一の技術者である。

ワニのように厚く硬い皮でできた小麦色の肌はみるからに怪物である。

頭はツルツルだが体型は筋肉質でガタイが良く、力自慢であれば最強の部類に入るであろう。

また趣味の機械いじりは一度気になったものがあれば1週間は自室にこもるということだ。

部屋から出てきたこいつのからだには数分で虫がたかるというとか。恐ろしい話だ。


「レウクスで構わんといっているだろう。ちなみにゲームは最高だ」


「そうですか、それは良かった。レウクスの兄貴、城の修復は2日で終わりそうですぞ」


「兄貴はいらん。―――2日か、了解だ。」


「ん? 何か思うところがあるのですか兄貴?」


慣れた言葉の訂正は難しいか……

思うところといえば城の構造だが、さすがに2日で修復するのであれば

無理に言って長引かせるわけにもいかないな。


「いや問題ない、それと他の問題なんだがこんなものを――」


目の色が変わったな。とても輝いている。

左右上下に動かす昨日メイドから預かった機械から目を離さず追ってくる。


「それをどうするんです兄貴? できれば是非ともわたくしめに渡してくれればよりよい城へと変えるよう努力しますぞ」


努力か、変えるんじゃなくてその努力か。

まあ俺もこれだけは譲れない一言を言わなくてはならない


「分解しないで修復できるか?」


「なんとっ!? そのような魔法じみたことをあっしに要求するとはさすがは魔王の兄貴」


さすがに無理か、まあ無理だろうとは思ってはいたが

だから少しくらいは分解しても構わないと言っておいた。


「とりあえずできる限りのことはやってはみるんでお任せ下さい」


ダンテローグとはわかれ霊廃堂に向かっていた。

それにしてもダンテローグは完璧に分解したいという葛藤を強いられそうだな

簡単な作業を徹夜並みにしてしまいそうで申し訳ないことをしたと思うが後悔はしていない。

うまくいけば新たなゲームができるのだからな。


霊廃堂に入ると20名ほどのメイドと(……いや、趣味女装の変態執事もいるか、あいつには気づかれないようにしなければ)二足歩行のモンスターや知能レベルの高いモンスターがたくさんいた。モンスター同士でさえ話をしているようでなかなか賑やかだった。

はじめはモンスターなんかと共に食事なんてできるかと言ったが、あらかじめ知能の低いモンスターは違う場所で育てられているらしく清潔面では何も問題ないらしい。それに随分と紳士的だとか。


「魔王様。今日のオススメは肝臓スープ、眼玉と卵のソテー、○○の丸焼きですがどうされますか?」


相変わらず聞いているだけでもおぞましいメニューだな。

俺は人間界と同じものを頼むと毎回頼んでいるのに

さては反応を楽しんではいるのではないだろうか?

いや、そうに違いない。


「ラタトゥーユ。いい加減にしてくれ、食欲を無くす」


「申し訳ありません。ですが是非とも一度だけでいいので食べてもらいたいものです。騙されたと思ってどうです?」


どうです? ではない。騙された時に見るのは走馬灯か?

食事に命をかけたくはない。


「遠慮しておく。そういえばいつものところにグラスが無いのだが……場所を変えたのか?」


「ええ。古いグラスと入れ替えるのと同時に場所も移動しました。えっと……あちらの方に」


確かに前の場所から20mほど離れた場所にグラスが置かれていた。


「それにしても上手いこと話をそらされてしまいました。ですが私は諦めませんよ? ウフフ♪」


素直に諦めてくれ。


「魔王様、またこんな食事を……栄養バランスは大丈夫なんですか?」


席に着き、ステーキと赤色のワイン、葡萄酒なるものを飲んでいると既に食べ始めていたセルエナが目を細めて見てくる。どうやら栄養バランスが気になるようだ。

(ラタトゥーユにはいろいろと言ったがセルエナが食べているオススメも見た感じは悪くはないんだがな。といってもその見た目はなにかこう違うんだ。説明できないが何かが違う。しかも料理を口に入れると動くとセルエナが言っていた、原理不明で恐ろしい)

確かにみんなと違う食事をしていると偏っているかどうかなんてセルエナには分かるはず無いな。うるさく言われない点、食の感覚が違ったことを心から良かったと思っている。


「そういえば魔王様。近頃勇者側に動きが見られました。このあとお時間ありますか?」


「そうか……ついに来たか、わかった。場所は私の自室か?」


「はい。それではお先に失礼いたします。ちなみにこの資料に目を通しておいてください」


そう言ってセルエナは食器を片付けに行ってしまった。


「魔・王・様♪ 食べさせあいっこしーましょ?」


ルイナが元気良くこちらに走ってくる。

そういえばあいつのメニューは当然……


「よくよく考えてみれば、お前もあの気持ち悪いメニューだよな」


サクッ


なにかが刺さるような音が聞こえたので目を下に向けてみた。

資料にナイフが刺さっていた。

地獄耳もいいところだ。このテーブルの近くにあいつの耳でも生えているんじゃないかと思う。


「冗談だ。冗談だ」


「そう思うなら一度食べて見てくださいね」


胃を鍛えるにはどうすればいいものか……

命に関わるぶん、なるべくはやく解決しておかなければならない問題だな。


「ルルンルンルーン♪」


「お前は笑顔で食わせようとするな!」


あんな食べ物食べられるはずがない。

後で食べてみたら美味しかったなどという伏線にも絶対にしない。

早めに食堂を出てきてよかった。

ルイナの行動がエスカレートしていったらいろいろと迷惑だからな。


「っと、自室でセルエナが待っていたのだったな」


扉を開けるといつになく美しい女性が窓から吹き込む風に髪をなびかせていた。


「結構早く来たつもりだったんだが待たせたか」


「いえ、それほど待ってはいませんよ」


何か話があるというから部屋に戻ったものの肝心のセルエナが何も喋ってくれないではないか

さて、どう切り出したらいいものやら……


「「あの」」


最悪だ。タイミングが悪かった。たいして用もないくせにお先にどうぞとか言われるんだろ?

これほど困った状況はないぞ……。いや正直に言うべきか


「大した用ではない。先に話せ」


「やはりそうでしたか。では先に……勇者が動き始めたとさきほど言いましたが、我が魔王城の戦力では数人程度で魔王様の首が飛んでしまいます」


なんともまあ恐ろしいことを口にするもんだ。

だがそれも事実か。

というか、やはりそうでしたかはないだろう。

勇者に支配された世界

先代魔王のヴォルデニクスがやられてからというものの

街の治安は一気に悪くなったとセルエナは言った。

英雄として崇められていた勇者4人が早いうちに亡くなってから

酒と女に遊びにとどんどん落ちぶれていったそうな。


「そういえば先代魔王はどんな奴だったんだ?」


「私は城で1,2回程度しか会ったことがないでどうにも……ほとんどの時間を王室で過ごされたようなので」


セルエナは確実に100歳を超えているな。

とにかく先代魔王は言うことを聞かない横暴なやつだったとか。セルエナもあまり知らないらしい。

しかもその魔王が見え透いた罠にかかって魔法を封印されたらしい。バカにも程がある。

勇者に関しては再び魔王が現れたという情報を聞きつけて目立ちたいがために魔王を倒しに来るという。

まあ、向こうから来てくれるぶんこちらとしては楽だな。


「一年間の間気づかれなかったのはどういうことだ?」


「それは私にもわかりません。どうして気づかれなかったのか、神にでも助けられましたかね」


何が神だ。あんなの信じたところでどうにもならない空想の生き物だ。


「それに助けられたもなにも1年ぐらいじゃモンスターに戦わせるのも無理がある」


「たしかにそうですね。でも、その1年というのは魔王様だけであって私たちには関係ありません」


そうか。あくまでその1年は俺だけしか関わっていないのか

そうなるとこいつらは90年ものあいだ……いやもっと長い期間ここで生活し続けていたのか

息が詰まるな……と俺が言えたことじゃないか。生き続ければ時期に俺もその仲間入りだ。

勇者に倒されなければな。


「ですがやはりモンスターだけでは時間稼ぎが精一杯でしょう。それで魔王様、資料に目を通しましたか?」


これはヤバイ。全く見ていなかった。


「おや? これはナイフの刺さったあとですね。コック長にもナイフの誤りといったところでしょうか?」


「聞いたことがないがそれはことわざか?」


ナイフの扱いがうまいコック長でも時には投げ損なって違うものを射止めてしまうようにどんな名コックでも成功してばかりではないということらしいがラタトューユも成功させようと俺を狙ったわけじゃないだろ。……そうであってほしい。


「ちなみに私は常にナイフを常備していますし投げの技術もかなりのものですよ」


どうやらスカートの内側にナイフが張り巡らされてあるようで投げのストックの他に

剣での攻撃をどの方向から受けたとしても全く効かないらしい。

その重量級スカートを履いていられるのが凄いな。


「私のことはどうでもいいとして、まあ読んでないだろうという予想はしていました。とりあえず目を通してみてください」


今日のセルエナはやけに静かだな。

全く怒らないし、一体どういうことだ?

天候に影響が出ていないところを見るととくに変わった様子はないようだが

それより資料か……


【第13代目魔王:最強武器を洞窟に隠す】


こんな題名が目に入った。

このあたりに洞窟と言ったらアルテマ洞窟しか思いつかないがそこのことか?

資料は洞窟の奥深くに魔王の血を受け継ぐ者にしか扱うことができない最強の武器があると書かれている。そしてその洞窟には様々な罠が仕掛けられているということも書かれていた。


「勝目はあるということだな」


「そうです。先代魔王が残した物は信用できます」


「そんな簡単に信用してもいいのか? その資料がウソだったなんてことは考えないのか?」


「魔王日記という魔王にしか書く事のできない特別な魔力が備わる物があるので信用できます。もちろん魔王様にも書いていただきますよ。今晩から」


これは無駄なことを口にしてしまったか……

なんだか面倒なことになってきた。


とにもかくにもアルテマ洞窟の目の前までやってきたわけだが入口から怪しげな魔法陣が数多く目に入った。

いかにも命に関わるような危険な空気が漂っている。


「では行きましょうか」


こいつには魔法陣が見えていないのかっ!?

という驚きの表情でセルエナをみていたら入口まで近づくだけですが、と言われた。

確かにそうだ。わかっていながら入っていくなら魔王の座を譲ろうかと思ったぐらいだ。


「さて、どうしますか魔王様?」


「この罠、当然俺も発動対象なんだろ?」


「試しにその魔法陣に触れてみてはどうでしょうか?」


やり残したゲームもあるのにそんな死に急ぐようなことはしたくない。


「一つ提案があるんだが」


俺はアルテマ洞窟に勇者をおびき寄せて魔法陣をむりやり発動させようと考えた。


「それは確かにいいかもしれませんが、どうおびき寄せるのです?」


「どんなものを餌にするかはその勇者の情報によるな」


「そうですか、なら全力で調べ上げますので1日時間をください」


あの目を見る限りかなり本気だった。

小声でやっと本気になってくれたとか言ってるし困ったもんだ。

だが、全てはこれをやる時間のため


「街レベルと建築レベルをともに4にして、キメラを進化レベルまであげて……」


自室に戻った俺はすぐさまゲームを起動した。


「魔王様! こんなものをやっている暇なんかありません」


切のボタンを押され画面は真っ黒になる。


「お前は女装をする暇があるなら力仕事を手伝え」


「そんなぁ~冷たいこと言わないでくださいよ~~」


女装癖を持つ紛れもない男である執事。名前はオーフェン、女装時はリーフィア。

こいつが男だと気付けなかった俺は昔に戻ってあの時の俺を殴ってやりたいと思う。

目を覚ませそいつは男だ! と。

金髪でありながらところどころ束になって銀色の髪が混ざっている変わった髪をしている。

誰に教わったのか化粧までこなしていて変じゃないのがなおさらムカつく奴だ。


「べたつくな気持ち悪い。んで、それでなんのようだ?」


「魔王様のお子がこのお腹の中に!!」


「……。 なあ。走馬灯ってみたことあるか?」


「いえありませんが? 走馬灯とはなんでしょう?」


「死に際に見る過去の記憶だ」


「魔王様に殺されるならそれも本望ですよ♪」


「いいかげんにしろ! お前とバカやってる暇があるくらいならゲームを」


「ですからゲームではなくって!」


「貴様、俺からコントローラーを奪ったな! っと待て、落ち着け」


「魔王様が一番落ち着いていませんが?」


この音は雷だ。天候が雷に変わった。

殺されたくなければ黙ってなければ……

この扉の向こうにあいつがいるかもしれない

いや待てよ、あいつは勇者の情報を調べに出かけている

落ち着け、俺は魔王だぞ。結果的に静かにする必要はなかったということか。


「では気を取り直して……実はこんなものを見つけたのです」


オーフェンの手に握られていたのは何かの欠片のようなものだった。


「これは何だ?」


この欠片が一体なんなのか、

オーフェンが言うにどうやら『賢者の宝珠』と呼ばれる物の一部らしいが

なぜ俺に見せる必要があるんだ?


「この宝珠とやらを俺に見せる意味があるのか?」


「このかけらには魔力の一部が封印されています。かなり微弱ですが」


そうか! セルエナに先代魔王の封印についてのことは聞いた。

つまり封印した時の欠片ということはそこには受け継がれてきた魔力が蓄えられているということだな!


「それで俺の魔力も戻るのか。それの本体はどこにある! 今すぐにでも力を」


「待ってください。魔王様、これは庭掃除をしていたメイド投票1位獲得者のチュミナが見つけたもので掃除中に見つけたのがこれだけとのことです。他はないかと……というか」


メイド投票3冠も達成したんですよと悔しそうな表情で俺を見る。お前は男だ1位は諦めろ。

それにしても、掃除好きで探し物上手なチュミナがそういうのなら諦めるしかないか


「そうか、ならしょうがないな」


「ちなみにもう一つ」


「なんだ? なんでもいってみろ」


今のこいつは有力な情報を持っていると期待できる。

一体他にどんな情報があるというのだ。


「勇者側ではこの欠片は恋愛成就として人気があるそうです。ですから、どうせその欠片だけだと魔力がほんとに微力程度しか回復しませんし~」


期待した俺が馬鹿だった。


「言っておくがお前にはこの欠片はやらないぞ?」


わざとらしくため息をつき肩を落としながら部屋から出ていくオーフェンを見送ったあと

部屋に鍵をかけベッドに横になった。


全く、いろんな意味で疲れた。

だがしかし、勇者を倒していけば結構な確率で欠片が手に入ることがわかった。

今日はとにかく寝て明日考えよう。

天井を見上げ手を広げるが何か違和感に気づく。


「なんだこのやわらかい感触は……」


「んふふ、魔王様ったらぁ~」


この感触はルイナの胸ということか、思ったより成長しているのか

全く、こんなところを誰かに見られでもしたらって自分でフラグ立てて俺も馬鹿だな。

さてと、ルイナを起こさせて部屋に送り届けないとな……ん?


「ごっほん。……ま、魔王様?」


は? ……え?

…………いや、俺は何も見ていない。何も聞こえていない。幻覚だ、幻聴だ。

まさか、まさかセルエナがここにいるはずがない。あいつは勇者を調べに出かけたはずだからな。

確実に1日はかかるといっていたのだから。こんなのありえない。

まったく心臓に悪い夢を見るもんだ。


「さてルイナ? 起きろー。 もうかくれんぼはおしまいだぞー?」


「お部屋の中でかくれんぼですか? 鍵まで閉めてかくれんぼですか」


こんな天候今までにみたことがあっただろうか、夜なのに空が真っ赤に染まっていた。

あー綺麗だなー。


「お願いだから起きてくれ! ルイナーーーーー!!」


次の日、俺が目覚めた時はすでに夕飯時だった。

昨日の夜、あれから廊下に正座をさせられ永遠と説教を聞かされた。

俺が何か言うたびに体をかすめるように壁に突き刺さるナイフ。

気づけばナイフで人型が出来上がっていた。まるで殺人現場のようだった。

さすがのセルエナもかなり疲れたようでまだ寝ているようだったが、なにもかもが不可抗力。

俺は何も悪くない。こういうことがあるから俺は神なんてものは信じたくないんだ。

全く、少しはいうことを聞いてくれてもいいではないか。

しかも肝心なルイナには記憶がないという、迷惑極まりない。


「それはお気の毒に……あ、これ焼きたてのパンと濃厚牛乳です」


俺は霊廃堂でラタトゥーユに愚痴をこぼしていた。

人の悩みを聞いてくれる姉的存在でも有名なラタトゥーユはいわば心のオアシスとでも言おうか。


「セットメニューに脳味噌ジャムとかいかがです? 気分が安らぎますよ?」


こういうところは直してもらいたいところだがな。

というかそんなもの食べたら安らぐどころか、引きこもりになる。


「そういえば、勇者がついにこの城に来るそうですね。鳥肌ものです」


「城に来るかどうかはわからないな。最初の勇者にはアルテマ洞窟に行ってもらう予定だ」


「まあ! アルテマ洞窟に? それは随分むごいことを」


にこやかに言われては本心かどうかなんてわからんな。

仮に本心なら意外とこいつも腹黒かもしれない。


「とにかくセルエナが起きるまでは俺も行動ができないというわけだ」


これは部屋に戻ってゲームだな。


「おはようございます、魔王様」


「おーセルエナか。もう起きていたか」


チッ。ってか気配消して真後ろにいるとか心臓が止まるぞ。


「私はとっくの前に起きていましたが?」


「自室にこもりっきりだとか聞いたから寝ているかと思ったがそうじゃなかったのか?」


「私は魔王様ではありません。今日も7時には起きました。とにかく勇者の件についてはこちらをご覧ください」


あの短い睡眠でちゃんと調べていたとはなんと律儀な。

渡された資料には勇者による情報が書かれていた。…


勇者情報NO.1 Lv30

称号:最速の勇者

名前:ショータ

性別:男

年齢:少年

武器:銅のつるぎ

必殺技:走り回る

勇者概要:お小遣いで貯めたお金で銅のつるぎを買い魔王城に向かう決意を固める。

私からの一言:アルテマ洞窟にたどり着く前に死ぬかもしれません


「……アルテマ洞窟とかそれ以前の問題だな」


こいつは馬鹿か? 魔王にスピードボーナスとか無いぞ

しかも必殺技とか絶対なめてるな。敵から逃げることにしか使ってなさそうだ。


「あらあら、これは困りましたね」


「魔王様。どうお考えになりますか?」


どうお考えにと言われてもこれは……

いやまて。


「やつは二週目かもしれない。強くてニューゲームとかいうものもあってだな」


なんかすごい顔でセルエナに見られている。


「すまない。冗談だ。ではひとつの賭けだが、最速というのならば罠にもかからず、洞窟を走り抜けることができるのではないだろうか」


「魔王様。それはあまりにも無謀なことかと……」


長い時間話し合った結果、俺の考えた案になった。

というか案が少なすぎてまともなのが俺のだけだった。

途中からこの会話に混ざってきたルイナが違う方向に話を持っていこうとするのを阻止しながら、目をキラキラさせながら近づいてくるオーフェンの妄想などに7割程度時間を使ってしまったのも少なすぎる案の理由かもしれないが……。


「まさか最初の勇者でこんなことになろうとはな」


「いいんじゃないですか。腕ならし程度に考えれば、あっしはそう思いますぞ」


腕ならしとかそういう問題じゃないんだがな。直接戦わないし。

俺はあれから昨日渡したものが直せたかどうかを聞くために鍛冶場まで来ていた。


「いろいろ試してみたものの駄目でした。直せる程度まで分解もしてみたんですが、どうにもなりません。しかし、ここになにか入れるようなところがあるので何かしらエネルギー的な何かをセットすれば起動するとあっしは思いますぞ」


「エネルギー的な何かをセットすれば……わかった。わざわざご苦労だった」


「いえいえ。また何か見つけたらこのあっしにお任せ下さい」


今はまだこれを使うことはできそうもないな。

大事に保管しておくべきか。

とりあえず自室に保管しに戻ったところでチュミナに出会った。


「これは魔王様ではありませんか! って、うわっ!?」


目の前にいるのは掃除や探し物が趣味という変わったメイドのチュミナ

栗色のセミロングの髪とたれ目で優しそうな表情に人気が高いと聞く。

いつも地面すれすれの長いスカートを履いているため転ぶことが多いのだが…って、今も転んだな。

ちなみに少しでも短いスカートは恥ずかしくて死んでしまうらしい。

全く、この城には変わった奴が多いな。


「おい、大丈夫か?」


「ありがとうございます。本当に私ってばドジですいません」


こういうところもまた人気なんだとか

俺にはよくわからんがな。


「あの、その手に持たれているものはなんですか?」


「これはおそらくはゲームというものだ。エネルギー源が無くて今は動かない」


「最近になって変わったものを見かけるようになりました。そのゲームというものを見つけたら魔王様に届けましょうか?」


気の利くやつだ。毎年開かれるというメイド投票で1位になるのも当然か


「よろしく頼む」


自室の鍵付きの引き出しにゲームを仕舞った俺は周りを見渡す。


「扉の鍵はかけた。窓も閉めた。ベッドには誰もいない。よし!」


ゲームのスイッチを押した。


「さてと邪魔者はいない……ん?」


いつになっても電源がつかないではないか

ってコードが繋がっていない。

これではゲームが出来るはずが……


「コードがないっ!」


まさか……そのまさかか?


「セルエナ、用があるんだが入っても大丈夫か?」


光の速さでセルエナの部屋の前まで来た俺は返事を待った。

部屋の中から返事が聞こえたので部屋の中に入ると机の上にコードが置かれていた。

あれは間違いなくゲームのコードだ!

あいかわらず書斎のような部屋の中を歩きセルエナの目の前まで来るとコードに手を伸ばした。


「明日、勇者が来るようです。ちなみにそのコードに触れると取り押さえたあとに私の説教とラタトゥーユのフルコースが待っています」


自室に戻って明日のことを考えろということか

説教はまだしもフルコースは生命の危機か、そういえばまだ胃をどう鍛えるか考えていなかった。


「わかった。とりあえずいろいろ考えておく」


「話が早いわね。理解が早いのはいいことよ」


「と、そこで提案がある」


いい考えを出すにはゲームをしなければならないとか言ったら

マジな目で取り押さえられそうになったため自室に逃げてきた。


「危険を感じたらあの勇者にシールドを張ってやればどうにかなるか」


一番マシな考えにたどり着いたため寝ることにした。


「おはようございます魔王さまぁ~」


「貴様どこから入ってきた!」


「部屋の鍵が開いていたのでこれみよがしに」


昨日の夜、部屋に戻った後締め忘れたのか。なんという屈辱。


「あ~何もしてませんよぉ。やはりそういうのはお互いの了承があってこそだと私は思うのです」


それが聞けて心底安心した。

そしてオーフェン。お前にその時は一生来ない。


既に魔王城の外には数名のメイドが勇者を偵察しているらしい。

見つけたらすぐにでも知らせるとセルエナが言った。


「ついに勇者に会われるのですね。私は腕を奮ってスタミナがつく料理を用意しました」


霊廃堂に入ったとたんラタトゥーユにそう言われた。

こいつはどれだけあの不気味な料理を食わせようとするんだ。いい加減諦めて欲しい。


「と思っていたら案外普通の料理だな」


至って普通の料理だった。

あいつらが食べているようなのとはまた違うやつだ。

今までここで見てきた料理にこんなものはなかった。

そしてこの料理は……


「当たり前ではないですか。魔王様に頑張って欲しいという気持ちを込めて作りました」


聞いたことがある。ゲームの中でもこういうのは見たことがある。

これが和食というものか……

魚と味噌汁と白飯。質素ではあるが、なにかこう元気が出てきそうな料理だ。


「では魔王様、召し上がれ♪」


しかし、やけににこやかだな。

いやラタトゥーユはいつもこんな感じか……

あの口に入れると蠢くという気味の悪い料理には見えないし何も問題はないはず。


「いただきます」


箸というものを持ち……いや持てないからフォークだ。

魚を口に運ぼうとする。

だが何かが俺を止める。このまま食べて本当にいいのか?

今日のラタトゥーユは何か、ほんの少し変ではないか?

口に入れるギリギリのところで一旦さらに戻す。


「そうだ。食べる前にこれの名称を教えて欲しい」


「はい。それは焼き魚というものです」


ラタトゥーユは絶対に嘘はつかない。

嘘をつくことが嫌いなあいつは嘘はつかない。

だが


「そういえばいつも夕食に食べるステーキというものは勇者側から仕入れているらしいな」


「もちろんそうですよ。さあ、早くお食べになってください」


「ではこの魚はどこから仕入れた?」


「そういうのは後でまとめて、耳にタコができるくらい教えてさしあげますので、さあ魔王様、まずは一口食べてください」


「いや、教えてもらわなければ食べることはできない」


「おっしゃっている意味が理解できません♪ あ! それでは一度食べてみて当ててみてください」


ラタトゥーユの流れに乗ってはダメだ。

ここまでくると既に怪しさ満点だというのもわかった。


「これはつまり、ここら辺の地域で獲ってきたという――」


「魔界魚でございます」


とうとう自分からばらしたか。


「あーあ。食べてもらえるチャンスだと思ったんですけど上手くいきませんねー」


「まったく困った奴だ。……いつものやつを頼む」


朝食も無事に済ませたところでセルエナからの連絡が来た。


「勇者を発見いたしました。魔王様、準備をお願いします」


ついに来たか……


「いってらっしゃいませ、魔王様」


ラタトゥーユに見送られ霊廃堂から城の外へと向かう。


「さて、始めるとするか」




後編完成しました。

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