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第3話 過去のあなた、未来のわたし

「あれ?」

 気を取り直して別の魔法使いの下を訪れようと、東棟から西棟へ移動するために近道になるからと中庭を突っ切ろうとした二人の前に、寝息を立てる少年の姿が現れる。

「真白くんですね。どうやら眠っているようです」

「センセー、あの人さぼってます!」

「いや彼は、もう授業を受ける必要はありませんから、厳密にはさぼっているワケではないんですよ」

「え、そうなんですか?」

「彼はこの魔道都市で最も長いキャリアを有している魔法使いです。かの『唯一の魔女』の実子であり、生まれてからずっとこの施設で育ってきたのです。藍河さん達に行われる講義は、彼への教育がベースとなっているのですよ」

「へぇ……」

 つまり、彼女からすれば大先輩という扱いになる。年齢的には一つ違うだけだが、魔法使いとしてのレベルは段違いだ。彼女としても、あれだけ明確な幻術を見せられた以上、その実力を疑う気にはなれなかった。

「彼自身はまだ納得していないようですが、すでに魔法使いとしては成熟していると言っても良いでしょう。さぁ、起こさない内に――」

「あ、起きた」

 言っている傍から真白誠治が目を覚ます。

「ん……おふぁよー、藍河さん……と保紫先生」

 欠伸交じりの挨拶に、二人の肩から力が抜ける。

「相変わらず、中庭がお好きなようですね?」

「あぁいや、別に眠るつもりはなかったんですよ、ホント」

 保紫の質問に、腕と背筋を伸ばしている誠治が言い訳めいた言葉を返す。度々この場で眠っているところを目撃されているので、皮肉を言っているように感じられたのだろう。

「やはり、世界樹の周りは落ち着きますか?」

「えっと、まぁそうですね。不思議と好きなんですよ」

 重ねられる質問に、少しばかりの困惑を浮かべながらも素直に応じる。その表情は、多少の照れを有してはいたものの、少なくとも久里寿の目から見て幼児のような無邪気さを感じ取れた。彼女の知る、常に表裏の存在する人間の表情とは、どこか違っているように映る。ただそれが、狭い施設内で生まれ育ったせいなのか、それとも彼が持って生まれた資質なのかはわからなかったが。

「ところで、何かご用ですか?」

 バツの悪さもあって、大木の根元に座り直した彼は話を切り替える。

「いえ、近道をしようと中庭を通りかかったら見かけただけの話で、お昼寝の邪魔をするつもりはなかったのですよ。むしろ起こしてしまってすみませんでしたね」

「そう……なんですか」

 状況が噛み合わない時というのは、往々にして訪れるものである。そしてこういう時、さっさと切り上げれば肥大せずに済むところを、つい修正しようと粘ってしまうのが人間の悲しい性であるのかもしれない。

「あ、そうだ」

 ポンと手を叩いて、久里寿が何やら思い付く。

「私達、先輩達の魔法を見せてもらっている最中なんだけど、真白くんの魔法も、もう一度見せてもらって良いですか?」

 我ながらナイスな提案をしたと自負する久里寿だったが、男性二人の表情はどこか困惑した、まるで奢ってやると宣言した後になって財布を忘れたと気付いた時のような、あまりに悩ましい顔をしていた。

「……あれ、何か悪いこと言った?」

「いや、別に貴女が悪いワケじゃないんですよ」

「個人的には、使っても良いと思ってるんだけどね」

 擁護の言葉が、更に場の雰囲気を硬くする。

「ひょっとして、何かあるの?」

 さすがに気分や感情の問題ではないと気付いたのか、二人の顔を交互に眺めながら聞いてくる。特に隠す必要はないと判断した二人は、短い目配せを交わした後、保紫が口を開いた。

「この魔道都市にとって、世界樹という存在は特別なんですよ。君はこの場所の二十年前の姿を写真か何かで見たことがありますか?」

「いえ、ありませんけど」

「二十年前、この地は低木がまばらに生えて雑草が生い茂るだけの荒地でしかありませんでした。この研究施設はもちろん、世界樹は芽を出してすらいなかったのです」

「え、でもこの木の樹齢って……」

 どう見ても百年や二百年は下らないレベルの巨木である。

「この世界樹は、ある時を境に急速な成長を遂げています。それまでのこの木は、いずれは象徴になるようにという願いを込められてはいましたが、単なるセイヨウトネリコの低木に過ぎなかったと聞いています」

「つまり、何かしらの魔法が作用してるってこと、ですか?」

「可能性はありますね」

 神妙な面持ちで、しかししっかりと保紫は頷く。

「で、そのある時っていつなんです? 何かあったんですか?」

 その質問には即答せず、首を巡らせて未だ座ったままの少年へと視線を向ける。その意図を汲み取り、誠治は魔道都市の全域を隈なく覆っている緑色の傘を見上げつつ、口を開いた。

「僕の母さん――つまり『唯一の魔女』が死んでからだよ」

「あ、そう……なんだ」

 さすがに悪いことを聞いたと感じたのか、久里寿の口調が沈む。しかし当の本人は意に介していないのか、何一つ変わらない調子で言葉を続けた。

「僕は母さんのことは、正直言ってよく憶えていないんだ。まだ小さい頃に死んじゃったしね。でも、この木がどんどん大きくなっていくところはよく憶えている。日に何センチも伸びて、数年で都市の外からも見えるような大きさに成長したんだよ。さすがにあれは、普通じゃない何かがあると思うよね」

 彼の母親の残した功績と奇跡は、そのどれもがどこか浮世離れした逸話に満ちている。どこまでが本当でどこからが偽りなのか、その境界線を探すのは難しい。そもそも、彼女がどんな場所でどのように成長したのか、どこでいつ魔法を身に付けどこからやってきたのかなど、彼女の個人的なデータはことごとくが謎の一文字に覆われている。しかし実在すら危ぶまれる一方で、彼女の実在を示す現象や爪痕は、目前にある世界樹を初めとして日本のそこかしこに見られるという現実もある。

 もちろん、誠治という実子の存在もその一つだ。

「そういうワケでしてね、この世界樹は研究対象としても実に貴重な代物なのです。そのため危機管理的な意味合いから、中庭での魔法使用は禁じられています。おわかりいただけましたか?」

「はい」

 素直な返事に二人の男性が笑みを浮かべる。

 ただ、眩しそうに見上げる誠治とは少し違って、保紫の笑みはどこか、息苦しさを堪えているように見えなくもなかった。


 催眠術にまつわる、こんな逸話がある。

 深い催眠状態にある被験者の背中に棒を押し当て、これは真っ赤になるまで熱した鉄の棒だと教えたところ、その跡に水膨れが生じてあたかも『火傷』のような症状を見せたそうである。

 また先に挙げられた聖痕の発症者も、その大半が催眠術にかかりやすい人間であることが判明している。すなわち、脳から送られた命令が現実を作り変えた、と言えるのかもしれない。

 そしてこれこそが、魔道都市で研究されている魔法の基礎的な理論の骨子となっている。むろん、全ての人間が諸手を挙げて支持しているような考え方ではなく、脳神経学の学会では異端中の異端であることはもちろん、一般人的にも胡散臭いインチキ科学だという認識が広がっている。こうして専用の施設を抱えているのは日本だけのことであり、海外では数ある不思議現象の一つとして数えられることが標準的な反応だ。

 ただ、日本の場合『唯一の魔女』という明確な実例が比較的身近に存在していたこともあり、一定の支持が得られているだけである。

 とはいえ、脳で考え出された『魔法』という現象が具現化する過程に関しては、まだまだ明確になっていない部分が多く、理論として提唱するには不十分な要素が数多く残されていることも現実問題としてはある。実際この魔道都市で判明していることと言えば、誰もが魔法を使えるワケではないということと、どこでも使えるワケではないことの二点だけである。何もわかっていないに等しいのだ。

 このように一見、ただのインチキじゃないかと一笑に付されて然るべき状況であるにもかかわらず、それでも尚特権的に予算を組まれて研究が続けられているのは、実在した『唯一の魔女』があまりに鮮烈であったためと言える。また、後の研究により彼女が普通の人間であると判明したことも、この研究を後押しする大きな要素となっているだろう。もしも彼女が地球外の生命体であったりしたら、人間には無理という結論一つで片付いていたかもしれない。

「うわわっ!」

 触れそうになった指先を慌てて戻す。

 自分の指先を見詰め、目の前に突っ立っているぽっちゃり系の逆立った天然パーマをしげしげと眺めた後、久里寿は改めて指先をたぷついた腹の贅肉へ伸ばしてみる。

「ふわっ!」

 触れるか触れないかという距離でビリッと痺れるような刺激を喰らい、反射的に肘を折り曲げて指先を引き戻す。冬場の化学繊維みたいに静電気を発する彼の身体は、さしずめ太った嫌がらせマシーンである。

「ビリッときたっ。ビリッときたよ!」

「こ、このくらいなら、いつでもお安いご用なんだな」

 魔法体験ツアー二人目は、電気人間こと黄島雷人きじまらいとである。彼は電気ウナギのように発電を行い、それを外部に向けて放電する力を有している。今は軽くということで静電気程度の電圧に止めているが、その気になればピカ○ュウにも迫ることが可能である。

「やはり実体験をすると印象が違いますか?」

 傷みと痺れを直に感じた指先を眺める久里寿に、振舞われた紅茶を飲みながらの保紫が笑顔で問う。ここは実習室というより個人経営の喫茶店のような様相だ。部屋の主である桃城桃香ももしろとうかの趣味である。施設の敷地面積の割に研究員や作業員の数は圧倒的に少なく、そのため彼ら候補生も寝室の他に個室の様な空間を二つ三つは有している。その上生活が保障されているのだから、自由が束縛されていることを考慮に入れても贅沢な住環境にあると言えるだろう。こういった実態に対する反感や反発も少なくはなかったが、魔法使いのような異質な存在と積極的に関わりを持とうという輩は世間で思われている以上に多くはなく、結果としては快適な生活を営んでいた。

「はい、見た目があまり変わらなかったから凄くビックリしました。でもあんなに強い電気が身体の中にあって、自分は痺れたりしないんですか?」

「え? あぁ、うん、あんまり高圧だと変な感じするけど、あ、あのくらいなら平気だよ」

 部屋の片隅から愛用の椅子に戻った雷人は、いつもと変わらない様子でドーナツを頬張っている。見た目通り、食い意地は張っているようだ。

「さぁさぁ、とりあえず久里寿ちゃんも座ってお茶にしませんか? 魔法なんて、これから幾らでも見る機会があるんだもの。今目の前にあるドーナツと紅茶は、今しか口にできませんよ」

「あ、はい」

 少し痺れが残っているのか、右手をぷらぷらと振りながら久里寿が保紫の隣の席に腰を落ち着ける。講師という立場の保紫も遠慮なく紅茶を嗜んでいるところを見ると、この魔道都市における授業や実習の現状が窺い知れるというものだ。

「はい、どうぞ」

 淹れられたばかりの紅茶が、絹衣のような湯気をたなびかせながら久里寿の前へと運ばれてくる。ティーパックの紅茶しか飲んだことのない彼女にとってそれは、新鮮というより未知の香りにすら感じられた。

「あ、どーも」

 両手で捧げるようにカップを持ち上げ、漂う湯気を吹き飛ばして啜ってみるが、猫舌の彼女には味がわかるレベルにない。仕方なく諦めてカップを下ろすと、彼女と同じ、しかし明らかに違って見える同じデザインの白いワンピースに身を包んだ女性へと視線を向けた。

 まず何より、頭の上にとぐろを巻いている大きな物体が目に付く。オシャレなのだろうと辛うじてわかるが、彼女にはヘビかう○こにしか見えない。ちなみに最初に廊下ですれ違った時には綺麗なロングストレートだったし、歓迎会の時には三つくらい団子が乱舞していた。基本的に統一感がないことが特徴なのかもしれない。

 ただ、見た目に異様な印象を受けるのは頭だけで、それ以外のパーツは比較的まとまっているように見える。いつも笑顔という印象もあり、おっとりとしたお姉さんという雰囲気だ。

「それであの、桃城さんはどんな魔法が使えるんですか?」

 この部屋――桃香の実習室へ足を運んだのは、もちろん紅茶をご馳走になるためではない。実習を行っている二人に、その能力を見せてもらうためだ。ちなみに雷人がここに居るのは、訪問する手間を省くというよりも、単純にお茶目当てのダシに使われた可能性が高い。

 ドーナツを一心不乱に頬張る彼を見れば、説明は不要であろう。

「私の能力はそうね……予知能力と言うべきなのかしら」

「予知、ですか?」

「未来視だけでなく過去視とか、占いのようなものも含まれるけどね。降って湧いたように浮かび上がるビジョンから、現在と違う状況を見付け出し、それを予測すること。少し難しいわね」

 小さく笑って、説明の至らなさに苦笑する。

「えと、よくわからないんですけど、好きな時に好きなことがわかるワケじゃないんですね?」

「そのくらい便利なら、私としてももう少し説明しやすかったんだけどね。ごめんなさい。いつでも何でもわかるような魔法ではないのよ、私のは」

「モモの予知はよく当たるよ。ボ、ボクは凄いと思うけどな」

 申し訳なさそうな桃香を擁護するように、雷人が助け舟を出す。

「へぇ」

「当たると言っても、抽象的な予測がほとんどですからね。大したことはありません。でもそうですね。せっかくですから久里寿ちゃんのことを予知してみましょうか」

「え、できるんですか?」

「試してみるだけですから、あまり期待しないでくださいね」

「いえいえ、楽しみですっ」

 男の子にとって漫画や格闘が年齢を問わないように、女の子にとっての占いも飽きのこない娯楽の一つであるようだ。久里寿はワクワクと踊る内心を宿した眼差しを隠すことなく桃香へと向け、その言葉に耳を澄ませた。

 しばし見詰め合い、その後しばらく目蓋を閉じた桃香は、眉根を寄せて溜め息を吐く。

「やはり、こういう限定された状況では思うような予知は得られませんね」

「そ、そうですよね」

 溢れる期待を隠して、愛想笑いを浮かべる久里寿。

「ただ――」

 対する桃香からは、一瞬だけ笑みが消える。

「人生を左右するほどの苦難と選択が、この先にありそうよ」

「え?」

「まぁ、これから長い人生を歩むんだから、そういうのがあるのは当たり前と言えば当たり前でしょうけどね」

 元の笑顔に戻し、柔らかな口調に戻る。

「でも久里寿ちゃんはゆい――」

「桃城さん」

 飲みかけの紅茶をテーブルに戻した保紫が、妙に鋭い口ぶりで会話に割って入る。それは少しばかり不自然で、久里寿の目には桃城の言葉を遮っているようにすら感じられた。

「どうしました、保紫先生?」

 しかし、桃城の態度には微塵も動揺が見られない。

「申し訳ありませんが、砂糖をいただけませんか?」

「あぁ、そうですね。今お持ちします」

 立ち上がり、綺麗なティーセットが複数並んでいる戸棚へと足を向ける。再度挑戦してまたも熱さに撤退を余儀なくされた久里寿が何気なく視線を動かすと、保紫のティーカップには半分ほどしか紅茶が残っていなかった。

「はいどうぞ。保紫先生はお一つでよろしいんですよね?」

「えぇ、どうも」

 保紫の頷きと同時に、小さなスプーン山盛りの砂糖が放り込まれる。

「久里寿ちゃんはおいくつ?」

「いえ、私は砂糖いらない派なんで。もう子供じゃありませんから」

 キリッと視線を整えての発言が、いかにも中二病である。

「じゃあお一つどうぞ」

 桃香は人の話は聞かないタイプのようである。

「ええええっ」

 お断りしている目の前でダバダバと砂糖が放り込まれ、手早くスプーンでかき回される。甘さはともかく、不純物が入ったことにより温度が確実に下がったことは彼女にとってありがたかった。

 とりあえず入ってしまったものは仕方ない。ようやく飲めるようになった紅茶を口にいれようとカップを持ち上げ、まずは一口温度を確かめながら含む。

「んぶぉー!」

 吹いた。盛大に吹いた。

「何コレ、しょっぱ!」

「……あら、ごめんなさい。これお塩だったみたい」

 これが人生を左右するような苦難であったのかどうかはわからないし、桃香の予知が当たったのかどうかもわからない。ただ、桃香という女性が見た目ほど洗練された存在でないことだけは、疑いようがなかった。

 とはいえ、それは当然といえば当然の話だ。

 ここは魔道都市ハクイ、社会不適応者の再利用施設である。


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