表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

第14話 昇る聖女

 驚愕が、この中庭という戦場を支配する。

 その中心に、金色の輝きを放つ一人の女性が立っていた。そして彼女によって最も大きな衝撃を与えられているのは、槍を向けられ対峙している桃香だった。

「そんな……馬鹿な、話って……」

 人の姿というにはあまりにも神々しい姿ではあったものの、目の前に突如として現れた、より正確に言えば霧のような物体が集まって実体化した女性の姿は、間違いなく映像資料の中で見た魔女そのものだった。美しくも凛々しく勝気な顔立ち、張りのある同時にしなやかで華奢な体付き、そして何より頭の右側で結い上げた特徴的なサイドテール、そのいずれもが唯一の魔女であることを主張している。

 もちろん、それらが誠治の作り出した幻に過ぎないという主張も、彼女の中には依然として存在する。しかし少なくとも光の盾には実体があり、そして何より彼女を射抜く魔女の眼光は、とても幻影とは思えない存在感と生気を有していた。

「せっかくこうして姿を現しちゃったワケだし、ゆっくり話でもしたいところなんだけど――」

 穏やかな表情を一瞬だけ見せた魔女が、改めて正面を見据えて銃を構えたままの桃香を睨む。つい数分前までは、乏しい外灯に照らされた闇の世界だった中庭が、彼女の登場によって昼間のように明るくなっている。場の雰囲気さえ、彼女は変えてしまっていた。魔女の力というものを、改めてその場に居る全員が思い知る。

「残念ながらあまり時間が残されていないのよね。親子の対面なんだから、少しは気を遣ってくれてもいいだろうにさ」

「かあ……さん?」

「そ、実感ないだろうけどね。誠治、あなたには苦労をかけたし、母親として謝りたいことは山ほどあるけど――」

「嘘だっ。魔女なんていないっ。私は信じない!」

 半狂乱になって桃香の放つ銃弾も、更にもう一つ現れた光の盾によって阻まれる。魔女の鋭い眼光に変化はないものの、その表情には慌てる素振り一つ見られなかった。

「私はあなたを生んで、良かったと思ってる。こうして守ってあげられて、幸せだと思ってる。だから、これからも生きなさい。生きて、特別な人を守ってあげられる男になりなさい。ま、私に言えた義理じゃないけどね」

 小さく舌を出す彼女は子供のようで、どこまでも澄み渡った無邪気さが感じられた。それは、これまで唯一の魔女という側面しか知らなかった誠治に、真白天音を感じさせるには十分だった。

「かあさん、もう行っちゃうの?」

 そして、母という人間を納得した瞬間、それがこうして現れたという意味も感じ取る。この出会いが今生の別れに繋がることを、彼は理屈ではないところで理解していた。

「まぁね。そんな顔しないの。子供はいずれ巣立つもの、早いか遅いかの違いがあるだけよ。それとも誠治は、母さんが意地の悪い姑にでもなることを望んでいるの?」

「そんなこと……」

 それこそ意地の悪い質問である。

「心配しないで。これから『あなた達』は『何一つ』たりとも『失うことはない』のだから」

「え?」

「まぁ、後片付けくらいは手伝っていくつもりだけどね」

 明るく微笑んで、槍を構え直す。その先には、カチカチと虚しい音を鳴らしながらも尚、引き金を引き続けている女性の姿があった。その表情は引きつり、驚愕と恐怖が張り付いている。何が起きているのかはもちろん、自分が今何をしているのかすら、わかっていないという顔をしていた。

 真白天音は腰を落とし、槍を低く構える。

「貴女に直接恨みはないし、むしろあの男の被害者の一人だと思っているけど――」

 大地を蹴った一瞬で二十メートルはある間合いを一気に詰め、その勢いを維持したまま光の槍を薙ぎ払う。その穂先が直接桃香を傷付けることはなかったが、発生した衝撃波によって彼女の身体は宙を舞い、さながら濁流に翻弄される枯葉のように力無く押し流され、その身体は無造作に研究所の外壁へと激突する。持っていた拳銃は投げ出され、後頭部を打ち付けた瞬間に意識は完全に失われた。

「私の大切な息子を危険に晒した罪は、償ってもらわないとね」

 構えを解いて立ち上がると、とりあえずの敵を排除したためか槍が溶けるように消えていく。

 そして唯一の魔女は、少しだけ首を巡らせて久里寿へ、盾からおずおずと彼女の姿を見詰めている少女へと視線を傾けてから、自分の息子と向き直った。

「誠治、頑張りなさい」

「あ、待っ――」

 彼の言葉が紡がれる間もなく、魔女の姿は空気に溶けるかのように薄れていく。しかしそれは、闇の訪れを意味するものではなかった。庭全体を照らすような輝きが、その中心から放たれる。世界樹がその幹を、枝を、葉を輝かせ、小さな光る粒子へと姿を変えながら空へと昇り始めていた。

 残された二人は、否騒ぎを聞き付けて集まってきた自衛官達ですら、この光景を前に身動きの出来る者は皆無だった。魔女が最後に見せる奇跡は、あまりにも壮大で、しかしどこか切ないイルミネーションだ。世界樹はその姿を失い、光となって空を目指す。幻想的などという言葉一つでは、あまりに物足りない光景だった。

「ようやく還るか……」

 開かれたドアから屋上へと歩み出していた保紫が、空の一点に吸い込まれつつある光の束を眺めながら、自らの役割が終わったことを実感している。やっとのことで訪れた安堵は、彼の表情を堅苦しい生真面目なものから解放する。

「お帰り、アマ姉」

 この日この時、何もかもを狂わせていた『魔法』という名の呪縛から、全てが解き放たれた。

 唯一の魔女、真白天音の消滅をもって。


 この一件により、魔法使い達は自衛隊の管理下に置かれた。独自の研究機関を立ち上げ、彼らの持っていた能力、特に電脳の技術に関しての解析と更なる実用化が進められた。あと十年もすれば、民間にも電脳化の技術は広がるだろうと予想されている。

 一方で、魔法という現象に対する追求や研究は、完全に潮が引いてしまったような状況になっていた。魔法などという現象は、やはり現実にはなかったという認識が一般には広がりつつある。その例外であった唯一の魔女の記憶も次第に人々の記憶から薄れ、過去に起きた超常現象の一つとして語られる程度の出来事になっている。

 幹部達が強く欲したオーバーテクノロジーも結局は手に入ることはなく、魔女に関する資料のほとんどはお蔵入りとなった。とはいえ、そこに拘る人間が消えてしまったのではない。

 ただ、魔法の使い手が失われてしまったのは、大き過ぎた。

 電脳手術を施された四人と共に、唯一の魔女の実子である真白誠治、そして未だ手術を受けていなかった候補生の藍河久里寿の二人も、自衛隊によって保護された。特に誠治は、オーバーテクノロジーを解明する鍵を握っていると思われていただけに、その扱いは極秘とされた。

 しかし結局、あの日――母親との別離を果たした日から、彼が魔法を使うことは一度としてなかった。その気がなかったから、ではない。使おうと思っても、使うことが出来なくなっていたからだ。

 彼は三年にも渡る慎重で執拗な、かつ徹底的な精密検査を受けた後、母親同様『普通の人間』であることが証明された。その結論は一部の幹部達を落胆させたものの、すでに電脳技術を実務レベルにまで上げつつあった自衛隊としては、それほどの損失ではなかった。

 結論として、彼は唯一の魔女という『特異な存在』の力を借りていたに過ぎないというのが、この現状を納得する理由として採用された。彼が特別だったのではなく、彼は特別な親の子供に過ぎなかったということだ。

 この結果に至ってから、周囲の人々から魔法、あるいは魔女や魔女の息子に対する興味や関心は急速に失われていった。研究するための設備や人員も削減され、一年後には自衛隊から開放される。機密を知る人間ということで、完全な自由を得たとは言い難い状況ではあったものの、誠治と久里寿は手を取り合って新しい人生を始めることにした。

 二人は知り合いの紹介を経て住み込みの働き口を探し、金を溜めた。そしてそれが一定の額に達すると、地方都市の郊外に一軒の小さな家を建てる。立派なトネリコの木が生えていること以外、目を引くものなど何一つないこの場所には、かつて巨大な建造物が周囲を拒絶するように建っていた。ここは、このトネリコの木が立っている場所は、その中心である。

 しかし、天を覆う世界樹は、もうない。

「良かったね、あの三人が元気そうで」

「そうだな」

 完成間近の我が家を眺めながら、誠治は大きく頷く。

「でも、桃城さんには会えなかったね」

「……仕方ないさ」

 桃城桃香は、あの一件で病院送りとなった。壁に打ち付けられた時に出来た傷が直接的な原因だが、現在も転院した挙句退院に至っていない。身体の傷はとうに癒えたが、精神を激しく病んでしまっていたのだ。彼女は、あれから十年経つ今も何かに怯え、時折ヒステリックに泣き叫んでは暴れている。その目は現実へ向いておらず、代わりに見えている別の何かと戦っているかのように映った。そんな彼女を、二人は時折見舞っていたのだ。だが今回、引越し前の挨拶回りをする中で、とうとう桃城には会えなかった。

「もう少ししたら、また行ってみる?」

「いや、今のお前に何かあっても困るしな」

 新居から外された視線は、そのまま妻へ――その中に眠っている新しい命へと注がれる。年が明ける頃には、二人共人の親となっているハズだ。

「……ねぇ」

「ん?」

「初めて会った時のこと、憶えてる?」

「当然だろ」

 魔法が使えたことを、彼は今でも誇りに思っている。それこそが母親との、唯一の魔女との繋がりでもあったからだ。

「私が野犬に襲われてて、そこにアナタが駆けつけてきて、魔法で助けてくれたよね」

「あぁ」

「あの時さ、私はこれが運命の出会いだって思ったの。そう素直に信じることが出来た」

「初めて魔法を見たんだし、よっぽとインパクト強かったんだな」

「またそういう言い方するぅ」

 腕を絡ませ、元気付けるように嗜める。自分を低く見ようとするのは、誠治の悪い癖だった。

「でも確かに、その時は何の根拠もなかったし、叔父さんに似てるっていう以外、そんなに魅力的だとも思ってなかったんだ」

「ひでぇ」

 結構傷付いたのか、肩が落ちる。

「だけどあの時、アナタのお母さんに『息子をヨロシクね』って言われた時、身勝手な思い込みだと思っていた予感は、確信に変わったの。ううん、ホントの運命に変えることが出来るって、わかったの」

「息子をヨロシクって……一体いつそんな話を?」

「世界樹と一緒に昇っていく間際にね、光の盾の裏側から、声が聞こえたの」

 抜け目のない姑である。

「アナタにもう魔法は使えない。でもね、アナタのお母さんにとっても私にとっても、やっぱり真白誠治っていう人は特別なんだよ。それに――」

 眩しい笑顔で夫を見上げる。

「少なくとも私にとっては魔法使いだよ。何もないところから、幸せを出してくれるんだもん」

「恥ずいからヤメロ」

 視線を逸らす先には、雲一つない青い空が広がっている。それはまるで、二人の行く末を祝福するかのように、空が微笑んでいるように見えた。


 ここは羽咋、かつてはUFOの飛来で賑わった町、少し前までは魔女の聖地として名を馳せた町だ。

 これからどのような町になるのか、それは彼らと彼らの子供達が決めることである。


基本的な物語としては、これで完結となります。

次回はエピローグ、別の言い方をすると後片付けです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ