婚約破棄の原因を、本人より先に分析しました
十八歳の春、私は王太子から婚約破棄を告げられた。
理由は「価値観の不一致」。
なるほど。
では、その価値観とやらを分析してみましょう。
私はエレノア・ヴァルモン伯爵令嬢。
王城の記録係を務めている。
婚約者であった王太子レオニード殿下の発言、決裁、会議内容、交友関係。
三年間、すべて記録してきた。
婚約者としてではない。
王城職員としてだ。
◇
「エレノア。君は正しすぎる」
執務室で、殿下はそう言った。
「感情よりも理屈を優先する。私はもっと柔軟でいたい」
「柔軟とは、どのような意味でしょう」
「人の気持ちを大切にするということだ」
なるほど。
私は頷きながら、机上の資料を閉じた。
その日、殿下が「気持ちを優先して」採用した政策案は、二週間後に財務部から差し戻されている。
理由は予算超過。
私はその事実も、当然記録している。
◇
婚約破棄の直接的な原因は、セシリア・マーレン子爵令嬢だった。
彼女は明るく、率直で、殿下を「レオ様」と呼ぶ。
会議でも遠慮なく発言し、殿下は彼女の意見をよく採用した。
問題は、採用基準だ。
・助言を聞かない
・都合の悪い報告を後回しにする
・セシリア嬢の意見だけ即決する
三か月分の議事録を並べると、傾向は明確だった。
「私は君のように批評されるのが疲れたんだ」
婚約破棄の場で、殿下はそう言った。
「君はいつも正しい。だが私は裁かれたいわけではない」
裁いたつもりはない。
私は記録しただけだ。
◇
私は婚約破棄を受け入れた。
泣きもしないし、怒りもしない。
王妃殿下から呼び出されたときも、冷静に資料を持参した。
「エレノア、何があったのか説明できますか」
「はい」
提出したのは、三年間の傾向分析。
政策採択率の推移、補佐官の進言無視回数、再検討案件の増加。
そして最近の意思決定の偏り。
王妃殿下は、静かに最後まで目を通した。
「……なるほど。これは感情の問題ではないわね」
「恐れながら、制度上の問題かと」
私は頭を下げた。
婚約者としてではなく、記録係として。
◇
一か月後。
王太子殿下は補佐官二名の増員と、再教育課程への参加を命じられた。
「殿下のご成長のため」と公式発表は出ている。
ざまぁ?
いいえ。
改善計画だ。
王は制度で支えられるべき存在であり、個人の好悪で揺らいではならない。
それだけの話。
◇
「……君、驚かないのか」
廊下で殿下に声をかけられた。
以前より少し疲れた顔をしている。
「何に、でございますか」
「私が再教育を受けることに」
「記録上、妥当かと存じます」
殿下は苦笑した。
「やはり君は厳しい」
「事実は常に中立です」
しばらく沈黙が落ちる。
「婚約を解消して後悔はないのか」
「ございません」
私は即答した。
「仕事が面白いので」
殿下は、初めて少しだけ吹き出した。
◇
婚約は終わった。
だが、私は今日も記録室にいる。
会議の発言を整理し、決裁の傾向をまとめ、補佐官の進言が適切に反映されているかを確認する。
以前より、殿下は助言を最後まで聞くようになった。
都合の悪い報告も、その場で検討する。
セシリア嬢も、以前より慎重に発言している。
人は変わる。
正しく支えられれば。
私は羽根ペンを走らせながら、静かに思う。
婚約は失った。
だが、やりがいは残った。
そしてそれで、十分だ。
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