番のせいで酷い目に遭った私の話、聞く?【2】
ローレンス・タチバナは、もうすぐ定年退職の時期を迎えていた。
『超人遺伝子検査は無料です。是非ご参加下さい』
今最も話題になっているニュースもどうでもいいことだった。
妻と一緒に行く旅行の計画、退職後の食事会には、息子は結婚予定の彼女を連れて来ると言っていたこと、そんなイベントで頭の中はいっぱいだった。
そんな時に最悪の事態は起こった。
「お前は超人だ」
入社当時から目の敵にしてきていた総務部の同期……オウキ・バンデットがローレンスの前に立ち、診断結果を告げる。仕事の話だと思っていた周囲も、その話に騒然となった。
ローレンスは目を見開いてオウキを見た。
「俺は認めない。決して認めない!呪い続けてやる!せいぜい終わりのない生を生きるがいい!」
そう言って狂ったように笑うオウキはその場で首に刃物を当て、絶命した。血しぶきの中、ローレンスは唖然としたままその様子を見ていた。
その後のことはよく覚えていない。ただ風呂に入れと言われて入った後、厳重に警備を固められ、見知らぬ場所に護送された。そこで待つように言われて、ホテルのスイートのような部屋で食事をとって眠った。浴室とトイレがあり、まるで豪華な牢獄に入れられているようだとローレンスは思った。
翌日、部屋に見知らぬ若者が入って来た。
「こんにちは」
若者が挨拶をするので、ローレンスは慌てて頭を下げる。
「あの……この前の事件で話をする役を頼まれました」
カーゴパンツにフライトジャケット、頭にスモークガラスのゴーグルを付けた若者が、そんな話をしに来ることに理解が追いつかないローレンスは思わず言う。
「君が?」
「とりあえず、分かるように話しますから座ってもいいですか?」
若者の言葉にローレンスは頷き、自分もソファーに腰かけた。
「初めまして。ローレンス・タチバナさん。僕はマイティって言います。苗字はありません。出身は空島の超人です」
ローレンスは絶句して若者を見る。
「まほ……超人ですか」
かつて魔法使いが住んでいるとローレンスが教えられた空を浮遊する島には、人類の能力を遥かに超えた超人が閉じ込められていた。解放された彼らによってキメラが討伐され、世界は平和になると同時に、ほんの数パーセント存在すると言う地上の超人探しへと話題が移っていた。
マイティはすっと指を振ると、二人の目の前にボトル飲料とパウチ菓子が現れた。
ローレンスは絶句してそれを見るしかない。
「あなたの身に起こったことについて、お話しします」
ローレンスは自分がオウキに超人だと言われたことを思い出して青ざめた。
「あなたの超人検査に使われた遺伝子サンプルは、オウキ・バンデットがあなたの頭髪を提出していました」
嫌っている癖にずっと絡んでくるオウキ。彼が何故そこまでのことをしたのか、ローレンスには分からなかった。
「あの男も超人で、あなたをうっかり番として見てしまったのがことの発端です」
「……は?」
番とは……生殖可能な伴侶を獣人が見分けて感じ取る者だったはずだ。理解の追い付かないローレンスにマイティは困ったように続ける。超人は番との間に子を作るが、相手は必ず一人で刷り込み式であること。一度決めると決して変わらないこと。
「そんなことが起こるのですか?」
「これは無自覚な超人同士が偶然側にいることで起こった事故です」
「事故……」
「超人の能力と言うのは、自覚しないまま発揮することは滅多にないのですが、本当に稀に起こるのです。風刃のエミリアのことはご存じですよね?」
風刃のエミリアは女子大生だった頃、獣人の男性に求婚され結婚することになった。
しかし式場に入った途端、彼女の従妹に心移りした新郎に捨てられた。その瞬間、彼女は能力を発現し、教会の祭壇の奥にあるステンドグラスと神のシンボルは真っ二つになった。それが風刃のエミリアが魔法使い認定された経緯だ。
そんなエミリアが超人でありながら、風を刃物のように飛ばす技しか使用できないことはよく知られている。
「オウキの場合、番認識の能力が不完全に発動しました。たまたま、あなたがそばにいたことから性別も相性も関係なく、番認識だけしてしまったのです」
ローレンスは絶句する。
「彼は至って普通の性癖の持ち主でした。ただの同僚を恋い慕う己を理解できずに苦しみ、理性ではあなたを拒絶し続けました。しかし離れられない。考えたくなくても考えてしまう。それでも彼は晩年まで耐えました。半分狂っているような状態で」
ローレンスは背筋を冷たい汗が流れ落ちていくのを感じた。
「彼は自分の長年の苦しみの原因を超人検査に求めました。そして己が超人であることから答えを導き出したのです」
ローレンスもそこまで言われたら分かる。もしローレンスも超人であった場合には、死んで終わりにしようと決めていたのだ。
「超人を早く保護しようとした結果、予想外のことが起こってしまいました。空島の超人を代表して謝罪させて頂きます」
そう言って、マイティは深々と頭を下げた。頭をあげないマイティを呆然と見た沈黙の後、ローレンスは言った。
「あの、私はどうなるのでしょう」
マイティは少し目を伏せてからゆっくりと話し始めた。
「まず、あなたは誰も番とは認識していません」
「妻は?」
「残念ながら人間です。ご子息も人間で……あなたのお子さんではありませんでした」
「馬鹿な!」
「だから、ご家族に会わせることはできません。あなたの能力がそれで発現すれば大きな被害が出るかもしれませんから」
「あちらの事情を聞く権利も……ないのですか?」
「後で経緯は書類でお渡しします。今はまだ、あちらも落ち着いていませんので」
いつも通り送り出してくれた妻の姿を思い出す。もうすぐ結婚すると笑顔で連絡してきた息子の姿も。きっと平穏な未来は消え失せている。
「……分かりました」
泣きたいのか笑いたいのか、分からない気持ちのままローレンスは言った。
「もう一つ、お話があります」
マイティは少し緊張した表情で言った。
「超人は、自己認識か能力の頻回使用によって肉体の年齢を止めます」
マイティは一旦言葉を切った後、目の前のボトルを開けて飲んでから言った。
「モニタリングの結果、あなたは今老化が止まっています」
「え……」
「オウキは、あなたと同期なのに若々しくありませんでしたか?」
オウキはとても若く見えた。三十代後半のような若々しさだった。しかし高額医療で見た目の若返りは可能だ。利用者は多いため、ローレンスは気にしていなかった。
「彼はあなたを番認定したことで、緩やかに老化が止まっていたのです。医療による若返りではありません」
オウキが絶望して死ぬにはあまりある理由だった。
「ま、待ってください。では私は……」
ローレンスは言葉を続けられないまま、口を閉ざす。マイティの表情で分かってしまったからだ。
「不老プロセスを迎えれば老化は止まりますが、若返ることはありません」
ローレンス・タチバナは、59歳で不老となった。
どれだけ歳月が流れたのか分からない。
「校長先生さよ~なら~」
「はい。さようなら」
ローレンスに与えられた仕事とは、超人の子供たちが通う学校の校長という立場だった。
ローレンスの妻は、不倫をしていなかった。……彼女はすぐにでもローレンスの子供が欲しかった。だから結婚して一年子供ができなかったことから、遺伝子検査を行ったのだ。
結果、夫の遺伝子に致死因子があると伝えられた。これは超人因子と呼ばれるもので、当時はそのことが分からなかった。
ローレンスにそれを伝えれば、悲しむし離婚も考えるだろう。そして、互いに思い合いながら、二人とも一人になってしまう。妻は悩んだ末に、人工授精で授かった子を自分たちの子として育てることにしたのだ。
ローレンスはもう彼らに会えなかった。妻は、別れた時のまま不老になった夫に会うことを拒んだのだ。……これからも老いていく自分を見せたくないと。息子も同じだった。
妻も子も自分を裏切っていなかった。家族は家族のままだった。妻の優しい嘘に守られていたことを知ったローレンスは泣き崩れた。
このままでは生きる希望を失いかねないと、マイティは彼に、超人と人間、獣人の橋渡しをローレンスに頼んだ。超人たちは頭はいいが、人間や獣人の心理に疎い。超人の子供たちには、違う種族の心に寄り添える情操教育が必要だった。
エミリアは教師で、主に十代の情操教育のシステムを作っていたが、小さな子供たちの教育は管轄外だった。かつて子を育てた父親としての経験のあるローレンスはその部分を担うことになったのだ。
その結果が、超人だけが通う小学校の校長である。
超人の子供は出生率がとても低い。だから学校を作っても意味がないとされていたが、いざ生まれてしまえば専門の機関が必要で、空島と違って人間や獣人とも関わっていかなければならない。
ローレンスは校長ではあるが、自ら教鞭を執りつつ、時にはその親たちにも情操教育を根気強く施していくことになった。
彼のシステムによって、超人たちの情操教育は進み、人間や獣人に反感を持たれることは減っていった。
番の研究が進み『年齢差が十歳以内の超人同士』でしか番にならないことが判明し、ローレンスには同じ時期に生まれた女性の超人が、空島でも地上でもいないと判明していた。だからローレンスは生涯番を持つことはないのだろうと思っていた。
ところが……ある日エミリアがローレンスの前にいきなり現れて言ったのだ。
「ローレンス先生!あなたの番になれる可能性のある方が見つかりました」
エミリアが言うには、エミリアが超人……魔法使いと言われる存在として認定される三十年前、一人の魔法使いがキメラ討伐中に行方をくらませていた。この魔法使いは女性で、眠っている状態で発見されたというのだ。
「先生の同年代です」
年齢だけ聞くと少し年上だが若いままの容姿であることを考え、ローレンスは困ったように頭をかいた。
「相手が可哀想だよ」
エミリアは首を左右に振ってから言った。
「これを読んでください」
それは時代遅れな端末で、ローレンスも若い頃に使っていた。それを恐る恐る起動してみると、アプリは一つもインストールされておらず、一つのファイルのショートカットだけが画面に表示されていた。
『私を見つけた人へ』
そう書かれたファイルを開くと文章が出てきた。
『毎日キメラとの戦闘ばかりです。
私の働きで大勢が幸せになっていくのに、私は幸せではありません。先日数年ぶりに帰省したのですが、年をとらない私は目立つから戻って来ないで欲しいと頼まれました。もう私を気にかけてくれる人は誰もいません。それなのに自ら死を選ぶ勇気もありません。
もうキメラとは戦いません。どうか、起こさないで下さい。 リアネ・ハルミン』
超人として目覚めてしまったために傷ついた女性が眠っている。ローレンスはこれを断るということは、救える人から目を逸らすことなのだと悟った。
「そうか、彼女のために私とオウキは生まれたのか……」
研究で、超人の番のメカニズムは明らかになった。
女性の超人が生まれると同年代に一人ないし二人の男性超人が遅れて生まれる。男性が会いに行くことで番になるのだ。エミリアが生まれた後、空島でマイティが生まれて彼女に会いにいくことで番になったのもこれと同じ理屈だった。
二人の男性超人が生まれても、一人の女性超人を争うことはない。女性が無意識に選んで番認識能力を目覚めさせるからだ。番を探していたオウキは、側にいないリアネと誤認してローレンスを選んでしまった。一方で、同じ超人でありながらローレンスは人間と結婚していた。
リアネの選んだ番はオウキだったのだ。
ローレンスの心に、やるせない気持ちが重たく溜まっていく。
「罪深い話だ」
「先生……」
「最上でなくても救いがあるなら、私が彼女を起こすべきなのだろうね」
彼女を起こせば番になるだろう。そのとき、どうなってしまうのか分からない。既に老齢に近い年齢で、若い女性に何ができるのか。そもそも、オウキと幸せになる筈だった女性とローレンスが番う。そんなことが許されるのか……。
黙り込んだローレンスを心配そうに見つめるエミリアに、彼は笑って言った。
「家族にはなれるだろう」
リアネは瓦礫に埋もれた大昔の軍施設の廃墟の片隅で、ボロボロになったマットレスに横たわっていた。
シーツを被っていたということで、シーツから出ていた毛先だけが埃を被っている。自ら目を覚まさない限り、誰もその場から動かせないのは彼女の能力による抵抗だ。
(若い頃の妻にそっくりじゃないか……)
ローレンスは驚愕と同時に、泣きそうになる気持ちを奮い立たせ、彼女の側にしゃがみ込んで声をかけた。
「おはよう、もう起きようよ」
するりと口を突いて出たのは、かつて何気ない日常で、休日に二度寝をしようとしていた妻にかけたのと同じ言葉だった。
うっすらと目を開けた瞬間、ローレンスは彼女の目に自分が映っていることに歓喜した。
しかし……経験からその強い衝動に蓋をして微笑んで言った。
「私が見えるかい?」
リアネは小さく頷いた。
「話したいことがいっぱいあるけれど、まずは一つ約束をしよう」
ローレンスははっきりと言った。
「私は、君を一人にしない」
リアネの目に涙が浮かび上がり、寝たままの目尻を伝っていく。
「嘘つき」
そこで『おじさん、先に死ぬじゃない』という心の声が聞こえてローレンスは苦笑する。
「死なないよ。私はこのまま年を取らないんだ」
ローレンスはそう言うと驚くリアネを抱き上げて、外で待つ超人たちの元に戻ったのだった。リアネは真っ赤になったけれど抵抗しない。外で待っている超人たちの歓声に出迎えられ、リアネはびっくりしていてローレンスの首に腕を回して抱きついた。
(番だと思ってくれているのだ……)
ローレンスは今はそれだけで十分だと思った。
それからさらに長い年月が経った。
「先生さよ~なら~」
「はい、さようなら」
「気を付けて帰るのよ」
見送りを終えると、明るい笑顔でリアネが言う。
「ローレンスさん、この前おいしいって言っていたお菓子、また買って来ました」
「いいね。お茶をいれよう」
オウキのことも知り、リアネとの関係はただの同居人という状態が続いている。
さらなる研究で、女性の超人の乳幼児期の環境が悪いと、候補が増えるということが分かった。
リアネの両親は不仲で、喧嘩が絶えなかった。
とうとう母親が出て行き、それがリアネの番に捨てられるという恐怖に繋がって、ローレンスとオウキが同時期に生まれてしまったのだ。
元々人に意見することが少なく、対立することを好まないリアネはこの問題に打ちのめされ、酷く落ち込んだ。ローレンスはそんな彼女にただ寄り添い続けた。決して一人にしない。それだけが二人をつないでいた。
そして、子供たちを世話しながら静かで穏やかな時間を過ごすうちに、リアネはゆっくりと回復していった。波のように打ち寄せる後悔に眠れない夜も、ローレンスは側にいた。
助けを求められなかったリアネがローレンスに辛いときには打ち明けるようになっていく。その数が少しづつ減っていった。ちょっとしたことで小さく笑うようになった。その笑顔が増えていく。今までなら言わなかった自分の意見を言うようになった。最初は親娘に近い関係だったが、対等になっていく。
「ねえ、ローレンスさん」
「ん?」
「子供たちにね、校長先生とはどういう関係なのか聞かれました」
ローレンスは首を傾げる。いつもは同じ職場の先生だと言っていたはずだ。
「大好きな番だって……言っちゃいました」
頬を染めて、消え入りそうな声で言うリアネに見惚れる。
「……いいのかい?」
「はい」
リアネは顔を上げると、真剣な表情で言う。その声は少し震えている。
「オウキさんのことは、きっとこれから先もあなたが覚えています。そして私も。オウキさんは私たちが生きている限り、ずっと一緒にいるのだと思うことにしました」
リアネはそれから一瞬不安そうに言った。
「それよりも、ローレンスさんの気持ちが私に向かないのが辛くなってしまいました」
ローレンスの気持ちは番と認識してからリアネに向いているのに、なぜそう思うのか……。
「奥さんの代わりは嫌です」
(こんなおじさんにやきもちを焼くなんて……君と彼女は違うのに)
ローレンスは笑って身を乗り出すと、リアネの頬に顔を寄せる。そして年がいもなく弾む心臓の音を心地よく感じながら言った。
「これからはもっと私たちの話をしよう。不安に思わないくらい」
微かに頷いたリアネの頭をローレンスはそっと抱きしめた。
ローレンスは、日系人で白髪交じりの細身なイケオジです。温厚。
オウキは、ラテン系のチョイ悪オヤジな見た目。本来は愛嬌のある面倒見のいい人です。
ローレンスの元妻とリアネは、北欧系美女な見た目。妻は元気なしっかり系で、リアネは大人しい真面目系です。
二人はよく似ていますが、血縁ではありません。偶然容姿が遺伝的に似通っていただけです。
マイティはエミリアと知識を共有しているので、人間や獣人に詳しいことからローレンスに話をする役目になりました。




