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再戦

興平2年(195年)3月


隴西(ろうせい)狄道(てきどう)の北の荒野に、再び軍鼓が鳴り響いた。

馬騰(ばとう)の軍と韓遂(かんすい)の軍とが正面から激突する。砂煙が立ちのぼり、騎馬の蹄が大地を震わせた。


馬超(ばちょう)は深い鞍に腰を沈め、鐙を踏みしめて愛馬を駆る。

かつては脚で馬の胴を締めて体勢を保っていたため突撃のたびに腰が浮き、矛を振るう度に体勢を崩していた。しかし今は違う。

腰も脚も安定し、馬の動きに合わせて自在に身体を操れる。


「突撃――っ!」


馬岱(ばたい)ら従騎が続き、馬超の部隊が矢のように敵陣へ突き刺さった。

その最前に立ちはだかったのは、またも閻行(えんこう)であった。 豪壮な鎧をまとい、矛を構えて馬上に仁王立つ。


「また貴様か、馬超!容赦はせんぞ!」

「今度はやられはせん!」


両軍の兵士が息を呑む中、二騎は激突した。

閻行の矛が風を裂いて襲いかかる。

従来の鞍であれば、受け止めた瞬間に体勢を崩して落馬していたかもしれない強烈な一撃だった。

だが、馬超は鐙を踏ん張って受け止め、払い流すと安定した姿勢で矛を突き出した。

金属と金属が激しく打ち合わされ、火花が散る。 閻行は驚きに目を見開いた。


「ぬう……これほどの力で受け止めるとは!この少しの間に腕を上げたか!?」


二合、三合と打ち合ううちに、馬超は反撃の隙を突き、矛の穂先で閻行の鎧を抉った。

馬体を制御しながら鐙を強く踏み、矛を捻じ込む―― 閻行は矛を弾かれ、馬上で体を傾がせた。


「はああああああああぁっっっ!」

「がはっ!?」


裂帛の気合とともに放った馬超の一撃がついに胴体を捉え、閻行は堪え切れず落馬する。

だが馬超は追い討ちをせず、矛を止める。


「……とどめは刺さん」


地に伏した閻行は荒い息を吐きつつ、頭を上げて目を細めた。


「なぜだ。勝機を逃す理由はないはずだ」

「お前があの時、俺を討たなかったからだ」


馬超の声は静かだが、戦場の喧騒の中でもはっきり響いた。


「俺を殺せば、親父と韓遂殿の争いはさらに深まる。……お前はそれを恐れたのだろう。だが俺にとっては十分な恩だ」


閻行は言葉を失い、やがて苦笑を浮かべた。


「……見抜いていたか。なるほど、ただの若造ではないな」


馬超は矛を収め、堂々と声を張った。


「この馬超、恩義には報いる。今日の戦はここまでとせよ!」


閻行は矛を支えにして立ち上がり深く頷く。


「これで貸し借りは無しだ!次こそは決着を付けるぞ!」


馬に跨りなおした閻行が馬首を返して戦場を離脱していく。

その敗走を受けて韓遂軍もまた撤退していった。


愛馬の背で鐙を踏み締めながら、馬超は確信する。


(これがあれば、戦も変えられる。武も、人も、歴史すらも――)


 戦の後、軍営に戻るや否や、兵たちの間で一つの噂が広がっていた。


「若様は馬上でびくともせなんだ」

「閻行の一撃を受け止め、逆に押し返したぞ」

「あの新しい鞍のおかげらしい」


兵士たちは馬具を指差し、我も我もと覗き込む。


「これを使えば、俺らももっと戦えるのではないか?」

「長槍を振るう時、踏ん張りが利きそうだ」

「これならば匈奴(きょうど)鮮卑(せんぴ)のごとく上手く弓を打てるかもしれん」


馬岱は得意げに笑い、馬超のそばで声を潜めた。


「従兄上、兵らの目が変わっておりますぞ。あれは畏敬の色です」


そこへ、馬騰(ばとう)が陣幕に姿を現した。

厳しい顔つきの父は、しばし無言で馬超の愛馬と、その新しい鞍を見据える。


「超……お前が工夫したのか?」

「はい。未熟ゆえ膂力ではまだ奴に及びません。ならば、馬を制する術で勝ちを掴もうと」


馬騰は目を細め、低く唸った。


「小細工にすぎぬと笑う者もあろう。だが実際に閻行を退けた。……それは紛れもない功である」


言葉こそ冷淡だったが、その眼差しの奥には微かな驚きと期待が宿っていた。


(これでいい。兵と戦場が応えれば親父も認めざるをえまい。必ずや流れを変えてみせる)

匈奴 モンゴル高原を中心に活躍した遊牧民族。民族系統はモンゴル系ともテュルク系ともウラル系ともそれらの連合体とも諸説あり。中華統一を成し遂げた劉邦を破り土下座外交を強いた漢初期の最大の強敵。最盛期には西域まで支配を拡げたが、武帝の時に衛青・霍去病を将帥とした大規模な討伐を受けて弱体化し、支配下の諸部族の離反を招いた。その後南北に分裂したり南は漢に服属したり北は討伐を受けてどこかへ消えたりしていった。ローマの滅亡を招いた民族大移動を引き起こしたフン族と同族説もあるが確たる証拠はない。


鮮卑 同じくモンゴル高原を中心に活躍した遊牧民族。東胡が匈奴に滅ぼされた際に鮮卑山と烏桓山に逃れた生き残りがそれぞれ鮮卑と烏桓になったとされている。しばらくは匈奴に服属していたが匈奴が衰えると徐々に勢力を増し、檀石槐の頃にモンゴル高原全土を支配下に収めるまでに至りたびたび漢の領土にも寇略した。檀石槐の死後は内紛を起こし衰えたが、五胡十六国時代には鮮卑の氏族の一つ拓跋部が北魏を立て華北を統一した。のちのモンゴルになったとも言われる。

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