第7話 予知
月明かりの差し込む、石造りの寝室。
清らかかつ静かで、非常に神聖な空気が満ちている。
ただし、様々な資料や魔道具が散乱しており、若干台無しになっていた。
そんな中、清潔に保たれている豪華なベッドの上で、1人の少女が眠っている。
暫くは、穏やかな寝息が聞こえて来ていたが――
「……ッ!」
突然、跳び起きた。
明らかに自然の覚醒ではなく、何か原因がある。
胸に手を当てて深呼吸した少女は、数秒で落ち着きを取り戻した。
ベッドから下りて窓に歩み寄り、月を見上げる。
歳は10代半ばくらいに見えるが、どことなくミステリアスな雰囲気。
薄紫のウェーブロングヘアーに、眠たげな銀の瞳。
これは、寝起きだからと言う訳ではなく、彼女の特徴。
身長は140センツ台半ば程度にもかかわらず、胸元は意外と育っていた。
今は寝間着姿で、紛れもなく美少女だが、何を考えているかはわからない。
するとそのとき、寝室のドアがやや乱暴に開かれる。
夜中に少女の部屋に入るにしては、控えめに言っても不作法に思えるが、当人はそれどころではなかった。
「シャル!? 何かあったの!?」
「も、物音がしたけど、大丈夫……?」
大慌てでシャル――本名シャルロット=ミニオに駆け寄ったのは、オレンジの髪をワンサイドアップにした少女。
歳はシャルロットより、若干上に見える。
身長は160センツほどで、胸元は平均的。
彼女も美少女だが、敵襲を警戒しているのか、赤い瞳を険しくしていた。
身に付けているのは、白いノースリーブの軽装。
名前はアンと言い、シャルロットが作ったホムンクルスだ。
かなり人間的で、ライムと同様に特殊な個体だと言える。
その後ろから、怯えたように歩み寄って来たのは、アンと良く似た美少女。
違う点を挙げるなら、ワンサイドアップの向きが彼女と逆なことと、目の色が青いこと。
物憂げに瞳が揺れており、大きな不安を感じていると察せられる。
名前はドゥーで、シャルロットに作られた2体目のホムンクルス。
2人から呼び掛けられたシャルロットだが、返事もせずに窓の外を眺め続けていた。
そのことを訝しく思いつつ、アンとドゥーはひとまず危険がないことに、ホッと息をついている。
すると、それまで沈黙を保っていたシャルロットが、唐突に口を開いた。
「トライアで何かが起きる」
「え?」
「な、何かって……何……?」
「それはまだわからない。 良いことか悪いことかも、はっきりしない」
「何よそれ? 【至神の書】で見える未来は、もっとはっきりわかるんじゃないの?」
そう言ってアンが目を向けたのは、シャルロットのベッドの枕元に置かれた、1冊の分厚い本。
色は白く、表紙に複雑な紋様が描かれている。
これは【至神の書】と呼ばれる、魔道具――ではなく、魔塔武装。
魔塔武装は名称のままで、魔塔で入手出来る特殊な武器などの装備だ。
途轍もなく貴重で、持っている者は数えるほどしかいない。
そして、【至神の書】の能力の1つは、受動的な未来予知。
自分から知ろうとするのではなく、強制的に予知夢と言う形で、所有者に伝えられる。
タイミングや条件は不明だが、的中率は脅威の100%。
自由自在と言う訳ではないとは言え、確実な未来が予見出来るのは、大きなアドバンテージ。
しかし今回、シャルロットが見た予知夢は、酷く曖昧なものだった。
それゆえに言葉を濁した彼女だが、黙り込むことはしない。
「何が起きるかはわからないけど、その中心になる人が誰かはわかってる」
「そ、そうなの……? じゃあ、その人に関わらないようにすれば……」
「ドゥー、そうじゃない。 わたしは、その人たちに接触しようと思う。 面白そうだから」
「でも、危なくないの? 『導きの乙女』は、リーダーであるあんたの予知があってこそなんだからね? 無茶はして欲しくないんだけど」
そう、シャルロットは『導きの乙女』のリーダー。
少し特殊なこのギルドのメンバーは、奇跡とも言える彼女の予知を崇拝している、信者が大部分を占めている。
その規模は南区画の住人、ほぼ全員。
アンとドゥーは違うが。
何より、本人にその気がない。
「そんなこと知らない。 わたしは、わたしの好奇心に従って行動する。 リーダーを引き受けてるのだって、研究資金をくれるって言うから、仕方なくだし」
「まぁ、あんたならそう言うと思ってたけど……。 ドゥーはどう思う?」
「わ、わたしは出来れば、やめて欲しいけど……。 シャルが言っても聞かないのは、わかってるし……」
「だよね。 はぁ……仕方ないから、あたしたちも付き合ってあげる。 それで? 中心になる人って誰なのよ?」
煩わしそうにしつつ、内心ではシャルを案じているアン。
そんな彼女に視線を移したシャルロットは、床に落ちていた水晶型の魔道具を拾って起動させる。
同時に、3人の人物が空中に映し出された。
それを見たアンとドゥーは、驚いたように声を発する。
「これ、『宝石姫』ってギルドじゃない? 確か、今日設立したばかりの。 ホムンクルスがリーダーだって、話題になってたから覚えてる」
「わ、わたしも知ってる……。 なんか、『影狼』さんと揉めたって聞いたけど……」
「揉めたと言うよりは、一方的に絡まれただけっぽいけどね。 それよりシャル、本当にこいつらが何かを起こすって言うの? 1階層の攻略速度は凄かったけど、今のところ正直そこまでとは思えないわね」
半信半疑なアンは、遠慮なく疑問をぶつけた。
ドゥーは黙っていたものの、気持ち的には彼女と大差ない。
だが、シャルロットは全くぶれることなく言い切る。
「この人たちが何かするとは限らないけど、関わって来るのは間違いない。 仮にそうじゃなくても、ギルドを設立したホムンクルスには興味がある」
「ふーん。 あたしたちだって、やろうと思えばそれくらい出来るわよ」
「アン、わたしはそう言うのはちょっと……」
「それは性格の問題でしょ? 機能的には、負けてないと思うわよ」
「別に、2人が彼に劣ってるなんて思ってない。 だから拗ねないで」
「拗ねてないし!」
「わかったから、静かにして。 近所迷惑」
「この辺りにいる奴らは、皆あんたを崇拝してるんだから大丈夫よ!」
「アン、そう言う問題じゃないと思う……」
「う、うるさいわよ、ドゥー! とにかく! あたしたちは、そんなぽっと出のホムンクルスなんかに負けないんだから!」
「喧嘩しに行く訳じゃない。 ちょっと会いに行くだけ。 すぐには動けないかもしれないけど」
「……良いわ。 あたしが直々に品定めしてあげるから、絶対連れて行きなさいよね!」
「わかった。 じゃあ、そろそろ寝る。 お休み」
「お、お休みなさい、シャル……。 アン、行こう……?」
「ふん! どんな奴か、会うのが楽しみね!」
マイペースにシャルロットはベッドに戻り、アンは鼻息荒く、ドゥーは静かに寝室を出て行く。
こうしてライムたちは、知らないところで大物から注目されるのだった。
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