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第5話 魔塔初挑戦

 魔塔の規模は、尋常ではなく大きい。

 左右に視線を走らせても端が見えず、首が痛くなるほど上を向いても頂上は遥か先だ。

 入口は広く、大人数が行き交うことが出来る。

 改めてそのことを思い知ったルビーとマリンは、唖然とした様子で佇んでいた。

 娘たちの反応も無理はないと思いつつ、ライムは苦笑を浮かべて促す。


「さぁ、最初の1歩を踏み出してみよう。 今日は少し様子を見るだけだが」

「う、うん! 行くわよ、マリン!」

「命令しないで。 お父様、見ていて下さいね」


 気合いの入った表情で、魔塔に挑むルビーとマリン。

 緊張が見て取れたが、ライムは敢えて何も言わずに後ろを歩く。

 中に入って暫くは、暗い通路が続いていたが――


「どうなってんの、これ……?」

「わたくしに聞かないで……」


 またしても度肝を抜かれた、美少女たち。

 ライムは事前に知っていたが、実物を目の当たりにして衝撃を受けている。

 何せ、塔の中に大森林が広がっているのだから。

 とても建造物の中とは思えず、かなり異常な空間だと言える。

 太陽の光は届かないはずだが、どう言う仕組みか、外と遜色ないほど明るい。

 そこまで考えたライムは、手に2枚の紙を取り出した。

 それが何かわからず、可愛らしく小首を傾げる娘たち。

 思わず胸中で苦笑を漏らした彼は、表面上は淡々と問い掛ける。


「2種類の地図を用意した。 片方は、既に初層を網羅している地図。 もう片方は、今からマッピングする地図だ。 どちらが良い?」


 選択肢を提示したライムに対して、ルビーとマリンはチラリと目を見合わせ、息ピッタリに告げた。


『今からマッピングする方 (です)!』

「やはりそうか」

「だって、その方が冒険してる感じがするし、楽しそうなんだもん!」

「わたくしはそこまでお気楽ではないですが、攻略の過程も大事にしたいのです」

「良い心掛けだと思う。 では、早速――」


 ライムが言いかけた瞬間、魔塔が鳴動した。

 地震ではなく、魔塔そのものが揺れている。

 万が一に備えて、ライムは娘たちを抱き寄せていたが、10秒もすれば収まった。

 それでも彼は警戒を続けながら、ルビーたちを解放する。

 混乱状態だった彼女たちの頭をゆっくりと撫で、ライムは言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「問題なさそうだ。 もう怖がらなくて良い」

「こ、怖くないもん!」

「強がるな、ルビー。 恐怖を素直に受け入れるのも、強者の条件だ」

「パパ……。 うん……」

「良い子だ。 マリンも、心配いらない。 キミたちのことは、何があっても守ってみせる」

「お、お父様、有難うございます……。 ですが……わたくしも少しは、強くならなければいけません」

「その気持ちがあれば、大丈夫だ。 マリンなら強くなれる。 勿論、ルビーもな」

「パパ……」

「お父様……」

「イレギュラーがあったが、どうする? 今日は様子見の予定だったから、引き返しても構わないぞ?」

「ううん、大丈夫! マリン、怖かったらあんたは帰って良いわよ?」

「馬鹿を言わないで。 貴女こそ、尻尾を巻いて逃げたらどうかしら?」

「何よ! 人が折角、心配してあげたのに!」

「頼んでいないわ。 それより、大きな声を出さないで。 魔物が寄って来たら、どうするの?」

「そのときは、適当に相手してやるわよ!」

「はぁ……これだから、単細胞は。 そのようなことでは、先が思いやられるわ」

「何よ、文句あんの!?」

「文句しかないわね」

「む~! ホント、性格悪い! 可愛げない! 胸も小さい!」

「む、胸は関係ないでしょう!? それに、ほとんど一緒じゃない!」

「あたしの方が1センツ大きいもんね!」

「誤差でしょう!」

「小さいのは確かじゃ……」


 そこに来て、2人は気付いた。

 沈黙を保っていたライムの視線が、極めて冷たいことに。

 頭を撫でていた手もいつの間にか止めており、今は腕を組んで娘たちを見下ろしている。

 双子は冷や汗を流していたが、彼は構わず言い放った。


「帰るか?」

「ご、ごめんなさい、パパ! ちゃんとするから、そんな目で見ないで!」

「も、申し訳ありません! わたくしとしたことが、同じミスを繰り返すなんて……!」

「はぁ……これが最後だ。 今度喧嘩するようなら引き摺ってでも帰るから、そのつもりでいるように」

「わかった……」

「肝に銘じます……」


 明らかに落ち込んだ様子の、ルビーとマリン。

 そんな彼女たちを前に、もう1度溜息をついたライムは、荷物から小さな袋を取り出した。

 ルビーたちは不安そうにしていたが、彼は敢えて淡々と告げる。


「クッキーだ。 これでも食べて、少し落ち着け」

「え!? 良いの!?」

「お父様……流石に甘やかし過ぎでは……」

「気にするな。 その代わり、先ほどの言葉を守ってくれ。 この先は、何があるかわからない。 大事な娘たちが傷付くようなことがあれば、わたしは正気を保てる自信がないからな」

「パパ……。 うん! もう絶対、約束は破らないから!」

「何があっても、お父様のご期待に応えてみせます……!」


 目尻に涙を溜めて笑うルビーと、決然とした面持ちのマリン。

 まるで誓いを立てるかのように、3人がそれぞれクッキーを頬張った。

 そして、改めて大森林に向き直った双子が、横目で視線を交換してから足を踏み入れる。

 これが、彼女たちのスタート。

 それを見届けたライムも続き、娘たちを追い掛けた。

 彼が何も言わなくても2人は慎重に行動し、ゆっくりと、それでいて着実に踏破して行く。

 喧嘩することもなく、相談しながらマッピングを続け、少しずつ地図を埋めて行った。

 すると遂に、魔塔の脅威がルビーとマリンに牙を剥く。


「……! マリン!」

「わかっているわ。 2体ね」

「うん、すぐそこまで来てる!」

「迎え撃ちましょう。 準備は良いわね?」

「勿論ッ!」


 いち早く、魔物の気配を掴んだルビーたちが、戦闘態勢を取る。

 それと同時に、草木を掻き分けて、2体の魔物が姿を現した。

 濁った緑色の肌に、歪に尖った鼻と耳。

 身長は低く、手には木の棒を持っている。

 個体名、ゴブリン。

 外の世界にも生息する魔物で、言ってしまえば最下級。

 しかし、魔塔の魔物は強いと言う情報に偽りなく、通常のゴブリンとは一線を画した力を感じる。

 そのことを察したルビーとマリンは、僅かに硬い顔付きになったが、すぐに戦意を取り戻した。

 そして、その力を解き放つ。

 2人の腕輪が光を放ち――


「行くわよ、マリン!」

「任せなさい、ルビー」


 それぞれの手に、武器が握られる。

 ルビーの手には、燃えるような真紅の双剣。

 マリンの手には、透き通るような蒼い長槍。

 見る者が見れば、そこに途轍もない力が宿っていると、察せられるだろう。

 だが、ゴブリンにそれを理解する知能はなく、狂暴な気配を撒き散らして彼女たちに迫った。

 一方のルビーたちは足元を踏み締め、全力で駆け出す。


「やぁッ!」

『ギィィィ!?』


 一瞬にして間合いを潰したルビーが、左の剣を振り下ろした。

 それによってゴブリンの右腕を、反応する間もなく斬り飛ばす。

 ゴブリンは激痛に叫んでいたが、ルビーは容赦することなく次なる攻撃を繰り出した。


「たぁッ!」


 攻撃の手段を失ったゴブリンの首を、右の剣で断ち斬った。

 地面に頭がゴロンと転がり、すぐに塵となって魔石を落とす。

 油断なく1体を倒したルビーがホッと息をついていたとき、マリンも決着を付けようとしていた。


「ふッ……!」

『グ……!?』


 ゴブリンが振り下ろした木の棒を長槍で弾き、即座に引き絞って喉元に突き込んだ。

 呆気なく絶命したゴブリンは塵となって、同じように魔石を残す。

 無事に初戦を無傷の勝利で切り抜けた2人は、視線を交換して満足そうにしていたが――


『グギィィィ!!!』


 別の方向から跳び出て来たゴブリンが、双子に襲い掛かった。

 ハッとした彼女たちは咄嗟に振り向き、撃退しようとして――ゴブリンの頭が吹き飛ぶ。

 中途半端な体勢で止まったルビーたちは、次いで恐る恐る目を移した。

 そこに立っていたのは、無表情のライム。

 自分たちが失敗を犯したと思った娘たちは、しょんぼりとしていたが、ライムは何でもないように声を発した。


「初陣としては上出来だ。 次からは、最後まで気を抜かないように」

「う、うん、わかった……」

「申し訳ありません、お父様……」

「謝らなくて良い。 わたしが手を出さなくても、問題なかっただろうしな。 ただ、安全策を取ったに過ぎない。 今後も失敗を恐れず、自信を持って戦ってくれ。 勿論、反省するべきことは反省した上でだ」

「パパ……。 わかった、次こそ頑張るね!」

「わたくしも、もう1度気を引き締め直します」

「その意気だ。 さぁ、先に進もう」


 立ち直ったルビーとマリンが、再び大森林を歩き出す。

 視界が悪く、木の根などのせいで歩き難いが、彼女たちが苦にすることはなく、突き進んで行った。

 何度もゴブリンと遭遇したものの、2回目以降は一切の気の緩みもなく、奇襲にも対応している。

 娘たちの成長に、ライムは嬉しそうに目を細めていた。

 そうして、暫くすると――


「あ! あった!」

「良かったわ……」


 喜びはしゃぐルビーと、安心したように微笑むマリン。

 前方には幅の広い階段があり、2階層へと続いている。

 そして、その傍には石板のようなものが設置されており、これに触れた者がその階層を踏破した証になるのだ。

 リーナから渡された資料に書かれていた通りで、ライムたちは順番に石板に手を当てる。

 まずは1階層をクリアしたことに、ルビーとマリンは軽く感動していた。

 彼女たちの様子にライムは苦笑しつつ、懐中時計を見ながら、考えていた案を提示する。


「今日はここまでだな。 別のルートをマッピングしながら、帰るとしよう」

「え? あたし、まだ元気だよ?」

「わたくしも、体力は充分に残っています」

「いや、魔塔では余裕があるうちに、撤退するのも大事だ。 中は明るいからわかり難いが、夜が近付いているしな。 それに、気付いていないかもしれないが、2人とも気疲れしている。 長旅を終えてから、手続きを始めとしていろいろあり、魔塔への初挑戦……緊張の連続だったのだから当然だ。 そのことを思えば、いきなり1階層を攻略出来たのは、充分な成果だろう」

「う~ん、ちょっと物足りないけど……パパがそう言うなら、そうするね!」

「お父様の言うことに、間違いなどありませんから。 当然わたくしも、指示に従います」

「わたしも間違うことはあると思うが……とにかく、有難う。 では、行こうか」


 素直に言うことを聞いてくれた娘たちに、苦笑を浮かべながら反転するライム。

 すると2人は彼を追い抜いて、先頭に立った。

 どうやら、最後まで自分たちで道を切り開くつもりらしい。

 彼女たちの気持ちを尊重したライムは、準備だけは怠らずに後方を歩く。

 やはりと言うべきか、ゴブリンとは頻繁に出会ったが、段々と慣れて来たルビーたちは、あっさりと処理出来るようになっていた。

 そもそも実力で言えば、彼女たちが苦戦するような相手ではない。

 当初は硬くなっていたせいで、十全に発揮出来なかった力を、今では思う存分に振るっている。

 そう言う意味でも、今回の様子見には大きな意義があった。

 娘たちの勇ましい姿にライムは微笑を漏らし、やがて入口が見えて来る。

 気を張っていたのは彼も同じで、内心で安堵していたが――


「わ!?」

「またなの……?」


 2度目の鳴動。

 驚く双子を抱き寄せながら、魔塔が震えるのを感じたライムは、反射的に全周囲を警戒した。

 しかし、これと言った異変はなく、揺れもすぐに止まる。

 ルビーたちから身を離したライムが、しばし黙考していると、入口付近にいた他の挑塔者の声が聞こえて来た。


「おいおい! 魔塔が揺れるなんて、どうなってんだ!?」

「まさか、崩れたりしないでしょうね……?」

「こ、怖いこと言わないでよ! でも、こんなこと初めてだし、不気味ではあるよね……」

「ちょっとの間、狩りを控えるか?」

「そうしたいけどよ、食って行くには稼がないと駄目だしなぁ……」


 それとなく耳を傾けていたライムは、この現象が普通ではないと知る。

 自分たちが入ってすぐに起こったのは、果たして偶然なのかどうか。

 考えたところで答えは出ないと結論付けた彼は、敢えて笑顔で娘たちに言い放つ。


「もう大丈夫そうだ。 魔塔管理局で換金してから、帰って夕飯にしよう」

「う、うん、そうだね!」

「かしこまりました、お父様」

「2人とも、良く頑張ったな。 良し、トライア引っ越しと1階層攻略記念を兼ねて、ちょっとしたパーティをしようか」

「本当!? やったー!」

「パーティ……楽しみです」

「じゃあ、行こう。 場所は『月夜の歌姫』で良いか?」

「え……。 あ! う、うん、大丈夫だよ!」

「わ、わたくしも……異論はありません」


 盛大に目を泳がせつつ、同意するルビーとマリン。

 本音を言えばライムをパメラに会わせたくないが、流石にわがまま過ぎると思い直したようだ。

 娘たちの心情を悟ったライムは、小さく嘆息しながら足を踏み出す。

 こうして、『宝石姫』の魔塔初挑戦は終わりを迎えた。

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