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第4話 ギルド登録

 魔塔都市トライアは、東西南北の4区画に分かれている。

 しかし、厳密に言うと、そのどこにも属さない場所があった。

 それこそが、中央区画。

 都市の中央に位置する魔塔と、その周辺の極めて狭い範囲。

 住宅や店舗などは勿論、屋台すら出すことを許されていない。

 唯一存在するのは、魔塔の傍にある白い建築物。

 魔塔が馬鹿げた範囲と高さを誇るので、遠目からは小さく見えるが、実際にはかなり巨大だ。

 ここは魔塔管理局(ビューロー)と言って、ギルド関係のことや魔塔で得た魔石や素材の換金、クエストの発注などを行っている。

 更に、西区画に存在するコロシアムの運営も、魔塔管理局の仕事。

 また、ギルド同士の小競り合いは頻発するが、度を超すと魔塔管理局から処罰されるのだ。

 そして魔塔に入るには、ここでギルド登録する必要がある。

 最低1人からで、人数に上限はない。

 などと、事前知識を思い返しながら中に入ったライムたちは、凄まじい喧騒に出迎えられた。

 大勢が数あるカウンターに押し掛けて、従業員と忙しなくやり取りしている。

 奥では他の従業員が、書類やら何やらを抱えて、走り回っていた。

 想像を超える状況に、ルビーとマリンは呆然としていたが、ライムは冷静に行動に移る。


「あそこにしよう」


 彼の声を聞いて、我に返った娘たちが振り向いた先にいたのは、ギルド設立用のカウンターの1つを担当している受付嬢。

 歳は20代半ばくらいだろうか。

 薄い緑のサイドテールに、透き通るような青い瞳。

 魔塔管理局の制服を着こなしており、胸元はそこそこ。

 余裕たっぷりな微笑を浮かべ、迅速に書類を捌いていた。

 そのことから、ライムは彼女の有能さを見抜いていたのだが、ルビーたちの感想は違う。


「……結構、美人ね」

「……そうね。 まさか、お父様……」

「何を勘繰っているのか知らないが、わたしは早く手続きしたいだけだ」

「……そうですか」

「……行きましょ」


 完全に納得出来た訳ではなさそうだが、ひとまず様子を見ることにしたルビーとマリン。

 双子の態度に嘆息しつつ、ライムはカウンターに向かった。

 運良く今は、他の新規登録者はいない。

 ちなみに、美少年と美少女の集まりに、ここでも注目を集めていたが、今後は説明を割愛する。

 ライムたちが眼前に立ったとき、受付嬢は一瞬だけ驚いた顔になったが、すぐに営業スマイルに戻って告げた。


「ギルドの設立をご希望ですか?」

「はい、よろしくお願いします」

「かしこまりました。 どうぞ、お掛け下さい」


 カウンター席に促されたライムは腰掛け、彼を挟むようにルビーとマリンも座る。

 そんな3人に身分証を提示した受付嬢は、淀みなく言葉を紡いだ。


「今回担当させて頂く、リーナ=イクリーと申します。 よろしくお願い致します」

「よろしくお願いします。 わたしは、ライム=ハワードです」

「ルビー=ハワードよ!」

「マリン=ハワードと申します」

「ライムさんに、ルビーさんに、マリンさんですね。 ……失礼ですが、皆さんはどのようなご関係なのですか?」

「わたしが父親で、彼女たちは双子の娘です」

「パパよ!」

「お父様です」


 堂々と言い切る、ハワード一家。

 ライムがホムンクルスであることを踏まえれば、本来なら多少なりとも動揺しそうなものだが、リーナは何やら考える素振りは見せつつも、平然と受け入れていた。


「なるほど。 ホムンクルスであるライムさんが、ルビーさんとマリンさんを育てた……と言う解釈で合っていますか?」

「そうですが……良くわかりましたね」

「条件に当てはまる関係性が、それくらいだったので。 まぁ、よほど特殊な性癖をお持ちなら別ですが」

「そのような事実はありません」

「冗談です。 では、早速手続きに入りましょう」


 にっこりと笑うリーナに、ライムは少し憮然とした面持ちを返した。

 尚このとき、ルビーとマリンは――


「マリン、セイヘキって何?」

「知らないわ。 お父様が否定していらっしゃるのだから、気にする必要はないでしょう」

「まぁ、それもそっか」


 などと言った、やり取りをしていた。

 2人から視線を向けられたライムだが、黙殺している。

 彼らの様子にリーナは笑みを深めつつ、業務自体は滞りなく行っていた。

 用紙を取り出してライムに差し出し、説明を始める。


「ここにギルド名と、活動内容を記入して下さい。 その後、魔道具を用いてメンバー登録を行って頂きます」

「わかりました」


 筆記具を手に取ったライムは、先に活動内容の欄を埋めた。

 書いた文字は、魔塔攻略。

 続いてギルド名だが、これに関しては既に話し合っている。

 ルビーとマリンに目を向けると、僅かに頬を朱に染めつつ、嬉しそうに頷いた。

 それを確認したライムも微笑み、ペンを走らせる。

 綴られた文言を満足気に見やった彼は、用紙をリーナに返した。

 受け取った彼女は納得したように、笑みを湛えて感想を述べる。


「『宝石姫(ジュエル)』ですか……。 まさに、ルビーさんとマリンさんを表していますね」

「えぇ。 リーダーはわたしですが、主に活動するのは彼女たちなので」

「パパに宝石って言ってもらえるの、凄く嬉しい!」

「わ、わたくしもです……」

「いや、キミたちはわたしにとって、宝石などよりもよほど価値がある。 ただ、それらしい名前にするには、この辺りが妥当だと思ったんだ」

「パパ……。 大好き!」

「わたくしも、お父様が何より大切です!」

「有難う。 もう少し手続きがあるようだから、少し離れてくれるか?」

「はーい!」

「かしこまりました」


 ライムに抱き着いていたルビーとマリンが、すぐさま指示に従う。

 2人とも満面の笑みを浮かべており、流石のリーナも苦笑せざるを得ない。

 周りの男性連中は、嫉妬に塗れた目をライムに向けていたが。

 もっとも、そのようなものを気にするほど、彼の精神構造は可愛くない。

 泰然としたライムにリーナは苦笑を深くしたが、次いで真面目な顔になる。

 どうしたのかと思った3人が黙っていると、彼女はゆっくりと言葉を連ねた。


「改めてお聞きしますが、ライムさんがリーダーなんですね?」

「はい。 ……もしかして、ホムンクルスがリーダーでは問題がありますか?」

「いえ、規則上は禁止されていません。 ただ、ホムンクルスが自分の意思で、ギルドを設立したことなどなかったので、どうしても目立ってしまうと思います」

「なるほど……。 悪目立ちを避けるなら、ルビーかマリンにリーダーを任せた方が良いと言うことですね?」

「そうなります」

「だそうだが、どうする?」


 左右に座る双子に、問い掛けるライム。

 しかし、答えはわかっていた。


「そんなの嫌! 周りが何て言おうと、パパがリーダーなんだから!」

「わたくしも同意見です。 有象無象の声など、聞き流せばよろしいかと」


 眦を吊り上げて言い放つルビーと、静かに淡々と意見を述べるマリン。

 予想通りの展開に、内心で苦笑したライムは、リーナを真っ直ぐに見据えて宣言した。


「そのままで構いません。 もしものときは、わたしが2人を守ります」

「……かしこまりました。 では、そのように手続きさせて頂きます」


 微笑を浮かべてリーナが取り出したのは、物件購入の際にも見た魔道具。

 同じように手を翳すことで、ギルドとして登録されるらしい。

 説明を受けたライムたちは順に手を前に出し、正式に『宝石姫』が設立された。

 そのことにライムは安堵し、ルビーとマリンも笑みを漏らしている。

 とは言え、まだ全てが終わった訳ではない。


「これにてギルド登録は終わりですが、戦闘系ギルドの方には審査を受けて頂く必要があります」

「審査ですか?」

「はい、ライムさん。 最低でも5階層をクリア出来る実力がなければ、魔塔に入ることは許されないんです。 その場合は、魔塔管理局主導の訓練に取り組んで頂きます」

「なるほど、下手をすれば死人が増えるだけですからね」

「言ってしまえば、そう言うことです。 ただ……」


 言葉を切ったリーナが、3人をジッと見つめる。

 それを受けてもライムの表情はピクリともしなかったが、ルビーとマリンはやや戸惑っていた。

 そのまま、時計の秒針が1回転する頃になって、笑顔に戻ったリーナが言い放つ。


「皆さんは、審査を免除します」

「え、良いの?」

「はい、ルビーさん。 必要ありませんから」

「それは……わたくしたちの実力を、認めて下さったのですか?」

「えぇ、マリンさん。 『宝石姫』さんなら、5階層は問題ないでしょう」

「わかってんじゃない、受付嬢! 中々、見る目あるわね!」

「調子に乗らないで、ルビー。 5階層くらいで浮かれ過ぎよ」

「べ、別に浮かれてなんかないわよ! あんたこそ、ちょっとニヤけてんじゃないの!?」

「し、失礼なことを言わないで! わたくしが、このようなことで――」

「約束その1」

『……ッ!』

「よろしい」


 言い争いを始めそうだった双子を、一言で黙らせたライム。

 未だに視線をぶつけ合っているが、彼は放っておくことにした。

 その代わりに、リーナを真っ直ぐに見据える。

 容姿は別として、一見すると普通の受付嬢だ。

 それでもライムは、彼女から言い知れぬ何かを感じている。

 ただし、決して邪悪なものではなく、今回に限っては助かるので、敢えて踏み込むのはやめた。


「有難うございます、リーナさん。 助かります」

「いえ、お気になさらず。 これにて登録関係は終わりですが、続いて魔塔に関する説明をさせて頂きます。 後ほど資料をお渡ししますが、まずはしっかり聞いて下さい」

「わかりました。 ルビーとマリンも、命に係わることだから集中するように」

「任せて、パパ!」

「一言一句、聞き逃しません」


 ライムの一声もあり、真剣な面持ちで聞く態勢になる双子。

 そのことに満足したリーナは、ゆっくり丁寧に語り始めた。


「まず魔塔は、恐らく100階層から成り立っています。 恐らくと言うのは、未だに頂上まで上った人がいないからですね」

「ふん、だらしないわね! このあたしが、サクッと攻略してやるわよ!」

「意気込みは買いますが、魔塔を侮らないで下さい。 そう簡単に攻略出来るなら、誰も苦労しませんよ」

「まったく、恥ずかしいわね……。 少し考えれば、子どもでもわかることでしょう」

「む~、わかったわよ! ほら、話を続けなさい!」

「はい。 魔塔は100階層に分かれている訳ですが、20階層ごとに難易度が跳ね上がります。 1階層から20階層までを初層、21階層から40階層を下層、41階層から60階層を中層、61階層から80階層を上層、81階層から100階層を終層と呼びます。 また、魔塔に潜る人のことを総称して、挑塔者(バベラー)と呼んでいます。 そして、初層までの挑塔者は収集者、下層は開拓者、中層は探索者、上層は到達者、終層は超越者と区別されます。 現状、最高は到達者で超越者はいません。 ここまでは良いですか?」

「よ、余裕よ」

「も、問題ありません」


 専門用語のオンパレードを、ルビーとマリンは必死に覚えようとしていた。

 そんな健気な娘たちにライムが苦笑していると、リーナの視線を感じる。

 対する彼ははっきりと頷き、ニコリと笑ったリーナが説明を再開した。


「今日ギルド登録したばかりの皆さんは、収集者から始まります。 収集者は20階層までしか進めず、その先に進むには開拓者になる必要があります。 20階層にいる強力な魔物を倒し、その証を持ち帰ることで、開拓者になる資格が得られます」

「なるほど。 無条件で上れる訳じゃなく、段階を踏まなければならないんですね」

「その通りです、ライムさん。 これも、いたずらに犠牲者を出さない為の措置ですね。 ちなみに、現在は挑塔者の70%以上が収集者で、約15%が開拓者、約10%が探索者、到達者に至っては5%もいません」

「え!? ほとんど20階層以下ってこと!?」

「そんなに厳しいのですか……」

「これに関しては、挑塔者の多くが安定を求めている結果ですね。 危険を冒すより、確実に収入を得られる初層を狩場にしているのです。 昔は魔塔を制覇しようと言う人も多かったのですが、現代では少数派だと言えます」

「ふーん、臆病者ばかりなのね。 こうなったら、やっぱりあたしが――」

「ルビー」

「ご、ごめんなさい!? パパ、怒らないで!」

「わかってくれたら良いんだ。 すみません、リーナさん」

「ふふ、大丈夫ですよ。 説明は終わりですから。 補足しておくなら、魔塔で入手したものは、基本的に自由にして頂いて結構です。 勿論、魔塔管理局にお持ち頂けたら、適正価格で買い取らせて頂きます。 何でしたら……」


 そこでリーナの目が、ルビーとマリンの手首に向けられる。

 厳密に言うと、そこに装備された腕輪に。

 2人はビクリと震えていたが、リーナは遠慮なく言葉を重ねた。


「そちらの2品も対象ですが、いかがされますか?」

「絶対! 嫌!」

「断固拒否します」

「かしこまりました」


 双子はリーナを睨み付ける勢いだったが、彼女はどこ吹く風。

 柔らかく微笑む姿からは、悪意の欠片も感じない。

 ライムはそう判断していたものの、油断ならない相手だとも思っている。

 とは言え、この場でどうこう言っても詮無いこと。

 見切りを付けた彼は立ち上がり、リーナに向かって一礼してから声を発した。


「手続きと説明、有難うございました。 また何かあれば、頼らせてもらいます」

「はい、いつでもどうぞ。 こちらの資料に、他の細々したルールなどが記載されていますので、目を通しておいて下さい。 『宝石姫』さんに幸があることを、祈っています」


 同じく席を立ったリーナが、ライムに資料を手渡し、深く頭を下げた。

 その様子をしばし見つめていたライムだが、無言で視線を外して歩き出す。

 ルビーとマリンは慌ててあとを追い、魔塔管理局を出て行った。

 こうして彼らは『宝石姫』を結成し、収集者として魔塔に挑み始める。

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