第2話 物件探し
トライアに入ったライムたちは、まずは拠点とする家を探すことにした。
世界中から人が集まっているのだから、住む場所などない――と言うこともなく、幸か不幸か空き家は定期的に出る。
何故なら、魔塔で死亡する者がいるからだ。
現代となっては、頻繁にと言うほどではないが、珍しくもない。
それゆえにライムは、物件に関してはさほど心配していなかったが、思わぬところで厄介事が起こった。
小さく溜息をついて、背後を振り返る。
そこにいたのは、プンスカしているルビーと、静かに激怒しているマリン。
彼女たちに、何があったかと言うと――
「2人とも、いい加減に機嫌を直してくれないか? わたしは気にしていない」
「だって! あの門番たち、パパを荷物持ちって言ったんだよ!? 信じられない! そんなものまで付けさせて!」
「わたくしの大事な大事な大事なお父様を、まるで召使いのように……万死に値します」
「仕方ないだろう。 一般的にホムンクルスは、そう言う存在だ。 付け加えるなら、実際にわたしは荷物を持っている。 彼らが勘違いするのも、ある意味当然だ」
『納得出来ない(ません)!』
「はぁ……」
どうしても怒りが収まらない娘たちに、ライムは額に手を当てて大きく息をついた。
都市に入る際に簡単な身体検査を受けるのだが、その際に人間かホムンクルスかのチェックも行われ、ホムンクルスは首に黒いチョーカーの着用が義務付けられる。
便宜上はあくまでも区別する為だが、ルビーとマリンは不愉快極まりない。
そして、人間とホムンクルスの間には、明確な上下関係があるケースが大半。
ホムンクルスを作成出来る者は数少ないが、ほとんどが使役する目的で作られるのだから、自然な成り行き。
付け加えるなら、人間なら産まれたときから宿している魔力を持たないホムンクルスは、下等な生き物だとされている。
実際にはホムンクルスの方が身体能力が高かったり、一概に劣っているとは言えないのだが、長い歴史の中でそう位置付けられていた。
昨今は露骨な差別は少なくなっているものの、完全に払拭されてはいない。
だからこそライムが受け入れている一方で、ルビーとマリンは未だに憤懣やるかたない思いだ。
その気持ち自体は嬉しく思ったライムだが、いつまでも放置することは出来ない。
もう1度溜息をついた彼はツカツカと2人に歩み寄り、纏めて抱き寄せる。
腕の中でルビーたちが驚いているのを感じつつ、敢えてスルーして言い放った。
「わたしには、キミたちがいる。 それだけで充分だ。 2人が怒っていると悲しくなる。 だから、矛を収めて欲しい」
「パパがそう言うなら……」
「お父様の意志を、尊重します……」
「有難う。 さぁ、行こうか。 わたしたちの新しい家を、探さないとな」
「うん!」
「はい……!」
途端に機嫌を直して破願する、ルビーとマリン。
娘たちを愛しそうに眺め、頭を撫でるライム。
ついでに――
「おい! あの子たち、可愛過ぎねぇか!?」
「ホムンクルスだけど、男の子も超格好良いしね!」
「ちくしょう、これが顔面格差か! なんて不公平なんだ!」
「ぐぐぐ……! ホムンクルスのくせに……!」
「やめなよ、みっともない。 ホムンクルスだろうが何だろうが、格好良いと可愛いは正義なのよ」
「はぁ……なんかいろいろ馬鹿らしくなるぜ……。 世界、滅びねぇかな……」
「わかるぜ……。 こんな理不尽な世界、吹き飛んじまえば良いんだ……」
「馬鹿なこと言わないでよ! それにしても、本当に美男美女って感じよね。 どう言う関係か気になる~!」
それを遠目から窺う人々。
実態はともかく、1人の美少年が2人の美少女を侍らせているように見える為、興味を持つのも致し方ないかもしれない。
だが、ライムたちが頓着することはなく、案内板に従って物件を扱っている店に向かった。
都市の大雑把な説明をするなら、石畳が敷き詰められた大通りに、数多くの屋台が出ており、非常に活気付いている。
建物の造りはレンガや石、木材が多い。
多くの武装した者たちが、往来を行き来しているにも関わらず、さほど殺伐とした雰囲気はなかった。
ホムンクルスの姿も稀に見掛けるが、やはり扱いはあまり良くない。
「さっさとしろ。 次は食材を買いに行くぞ」
「カシコマリマシタ」
「力しか取り柄がないんだから、もっとしっかり働けよ。 お前には、かなりの金を使ったんだ」
「モウシワケアリマセン」
裕福そうな身なりの横柄な男性と、ボロボロの服を着た無表情のホムンクルス。
暴行を受けたりと言うことはないものの、雑に使われている者は他にも散見出来た。
だからと言って、ライムが何かを思うことはなく、大通りを歩み続け、目当ての店に入る。
中には木のカウンターと、男性の店員が1人。
ライムたちに気付いた店員は立ち上がり、にこやかな笑みで声を発した。
「いらっしゃいませ。 物件をお探しですか?」
「はい。 3人で住める、一軒家を希望します」
「かしこまりました。 どうぞ、お掛け下さい」
店員に勧められたライムたちは、並んで椅子に座った。
ルビーはワクワクしており、マリンはソワソワ。
娘たちの可愛らしい反応を、ライムが微笑ましく思っていると、店員が話を進める。
「わたしは店主のコルダ=ロシュと申します。 よろしくお願い致します」
「よろしくお願いします。 実は、トライアに着いたばかりでして。 正直なところ、右も左もわからないんです」
「左様ですか。 でしたら、軽く土地柄を説明しながらに致しましょうか?」
「えぇ、お願いします」
ライムがホムンクルスだと言うことはわかっているはずだが、あくまでも顧客として接するコルダ。
彼の対応をライムは意外に思い、ルビーとマリンは満足している。
そんな3人の心情を知ってか知らずか、コルダは人好きする笑みで口を開いた。
「かしこまりました。 まず、この都市は大きく分けて、東西南北の4区画あります。 勿論、その中でも細かく分かれていますが、取り敢えずは全体的な特徴を覚えて頂けたらと思います」
「わかりました」
「では、続けます。 先ほど4区画に分かれると申し上げましたが、それには理由があります。 簡単に言うと、それぞれの区画に4大ギルドが拠点を構えているのです」
「4大ギルド……ですか」
「はい。 東が『太陽の剣』、西が『絶黒』、南が『導きの乙女』、北が『野良猫の隠れ家』です。 この4つのギルドは、トライアの顔とも言えます。 覚えている方がよろしいかと」
「ご丁寧に、有難うございます」
「いえいえ。 それで本題ですが、今いる東区画は比較的治安が良く、安全性は高いです。 最も栄えている区画で、不便をすることはあまりないでしょう。 ただし、都市の中でも高価な物件が多いことは、ご了承下さい。 対する西区画も栄えていると言う意味では同じですが、無法地帯に近く、後ろ暗いことをしている者も少なくないようです。 唯一、コロシアムだけは別ですが、危険度は高いと思って下さい」
コロシアムと言うワードに、ライムは微かな興味を引かれたが、今は物件探しに集中することにした。
彼の反応を窺ったコルダも、ひとまずは説明を続ける。
「南区画も東区画と同等に安全ではありますが、ここは少々特殊な区画でして……。 ほとんどの住人が、『導きの乙女』に所属しています。 入っていない場合は、しつこく勧誘されることもあるようなので、その点はご注意を。 最後の北区画ですが、何らかの事情を抱えた方が選ぶ傾向にあります。 目立った施設などはありませんが、都市の中の町とでも言える集落があります。 開発が進んでいない代わりに緑が多く穏やかで、平和だと言う側面を持ちます」
ここまで聞いたライムは、ほとんど答えを出していた。
両隣のルビーとマリンに目を向けると、彼女たちも心を同じくしているのがわかる。
小さく頷いたライムはコルダに、真っ直ぐな声で告げた。
「北区画で探したいと思います」
「よろしいのですか? 治安は悪くありませんが、言葉を選ばなければ田舎で、何をするにも自分で動かなければなりませんよ?」
「構いません。 むしろ、その方が良いです」
「……かしこまりました。 少々お待ち下さい」
僅かに苦笑を浮かべたコルダが、手元の端末――魔道具を操作する。
魔道具とは、魔物を倒すことでドロップする魔石から作られる、様々な便利グッズのようなものだ。
北区画の利便性が悪いと言うのは、魔道具の恩恵があまり受けられないことも含んでいる。
その事実を承知の上でライムたちが待っていると、目の前の空間にいくつかの物件が表示された。
まさしく魔法のような現象だが、この世界では至極当然。
彼らも特に反応することなく、それぞれが真剣な顔で物件を吟味する。
外観や内装は言うまでもなく、細かい情報まで記載されていた。
その後、コルダから説明を受け、逐一質問を繰り返し――
「せーの!」
ルビーの掛け声とともに、ライムたちが一斉に1つの物件を指差す。
同意見だったことに、ルビーとマリンは視線を合わせてから、プイっとそっぽを向いていた。
2人の態度にライムとコルダは、思わず苦笑を漏らしている。
彼らが選んだのは、北区画の森の中にある、レンガ造りの家。
かなり辺鄙な場所だが、自然が多く、頑張り次第でのんびり暮らせそうだ。
価格は決して安くないものの、ギリギリ出せる範囲。
そうして購入する物件を決めたライムたちは、各種手続きを始めた。
「お名前は、ライム=ハワード様、ルビー=ハワード様、マリン=ハワード様でお間違いないでしょうか?」
「はい、間違いありません」
「それではオーナー登録を行いますので、この水晶に手を翳して下さい」
「わかりました」
「有難うございます。 あ……そう言えば、ライム様はホムンクルスでしたね……」
「えぇ、見ての通りです」
「失礼致しました。 お客様ほど、人間と遜色ないホムンクルスは珍しいもので」
「そうなんですか。 それで、物件を購入するのに不都合はあるんですか?」
何やらしげしげと、ライムを観察するコルダ。
一方のライムは、ホムンクルスでは家を買えないのかと危惧しており、その場合に娘たちがどんな行動に出るか、更なる不安を抱えていた。
そして、その不安は半分現実になる。
「残念ながら、全くないと申し上げることは出来かねます。 実際に、ホムンクルス自身が物件を購入するのは、難しいケースが多いですから」
「何よそれ! またパパをイジメようって言うの!? そんなの、あたしが絶対に許さないから!」
「ホムンクルスだから、何だと言うのですか? お父様は、世界一素晴らしいお方なのですよ?」
椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がる、ルビーとマリン。
2人から厳しい目で睨み付けられたコルダは怯えていたが、そこにライムが割って入る。
「ルビー、マリン、落ち着いてくれ。 コルダさんは、あくまでも一般常識を教えてくれたに過ぎない。 そうですよね?」
「は、はい。 ですが、ご安心下さい。 お客様がご所望の物件に関しては、特にそう言った制約はございませんので」
「なーんだ。 紛らわしいこと言わないでよね」
「まったくです。 もう少しで、店を破壊するところでした」
大人しく座り直す娘たち。
物騒な物言いにコルダは頬を引きつらせていたが、咳払いすることで気を取り直したらしい。
「コホン……それでは、ルビー様とマリン様も、水晶に手を翳して頂けますか?」
「はいはい」
「これでよろしいですか?」
「はい、結構です。 有難うございました。 これにて手続きは完了です。 既にお客様たちの魔力を登録済みなので、今後は施錠と開錠を魔力で行えます。 ただ、ホムンクルスであるライム様は魔力を持たないので、こちらの鍵をご使用下さい」
「わかりました。 料金は一括でお願いします」
そう言ってライムは、大量のジェニム――世界通貨の名前――が詰まった革袋を、カウンターに置いた。
中身を確認したコルダは笑みを浮かべて立ち上がり、恭しく首を垂れながら言葉を紡ぐ。
「有難うございました。 また何かありましたら、お気軽にお尋ね下さい」
「こちらこそ、いろいろと勉強になりました。 有難うございます。 2人とも、行こう」
「はーい、パパ!」
「ふふ……楽しみです」
仲睦まじく出て行くライムたちを、コルダは笑顔で見送った。
すると、完全に姿が見えなくなった瞬間に苦笑し、しみじみと呟く。
「いやはや、随分と変わったお客様だったな。 ホムンクルスを父親と呼んでいるのもそうだが、ライム様は本当に人間にしか見えない。 これなら、大丈夫だろう」
笑みを深めたコルダは、席に座り直して3人の情報を眺める。
実のところ、本来ならライムたちの選んだ物件は、ホムンクルスには買えないはずだった。
ルビーやマリンが購入する形なら取れただろうが、それは彼らの望むところではない。
そのことを察したコルダは、特別に許可することにしたのだ。
確たる理由はないが、敢えて言うなら人情とでも言ったところ。
そして、もう1つ――
「なんとなく、彼らは大物になる気がする。 今のうちに、良い関係を築いておくのは悪いことじゃないだろう」
と言う、打算もある。
何はともあれ家を購入したライムは、楽しそうなルビーとマリンを引き連れて、北区画に向かっていた。
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