表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

第17話 質問攻め

 ライムたちがパスタ屋に入った瞬間、それまで騒がしかった店内が静まり返った。

 理由の大部分は、『導きの乙女』のリーダーであるシャルロットと、幹部のアンとドゥー。

 東区画と南区画は、特に敵対関係と言う訳ではないが、やはり別区画の大物が来店した衝撃は大きいらしい。

 それに加えて、最近話題性が増して来た『宝石姫』。

 この組み合わせがどのような意味を持つのか、気になって仕方ないようだ。

 店員も固まっていたが、シャルロットにジッと見つめられて、時が動き出す。


「い、いらっしゃいませ! 6名様でよろしいですか!?」

「うん」

「か、かしこまりました! こちらのテーブルにどうぞ!」


 辛うじて笑みを浮かべながら、ギクシャクした動作でライムたちを案内する店員。

 昼食には若干早い時間の為、まだ空席は散見出来たが、その中でも最も奥に連れて行かれた。

 それが気を遣った結果なのか、単に厄介事を避けたかったからなのかは判然としないものの、彼らにとっては有難い。

 これで周囲の耳を気にする必要が減ったと考えながら、適当な席に着くライム。

 すると、それを待っていたルビーとマリンが、凄まじい速度で両隣の席に陣取った。

 シャルロットは無表情の中に微かな不満を滲ませていたが、大人しくライムの正面に座る。

 そんな少女たちに呆れたアンとドゥーは顔を見合わせ、溜息をついてから空いた席に腰を下ろした。

 そうして無事(?)に態勢を整えたところに、店員が怯えた様子で恐る恐る近寄って来る。


「こ、こちら、メニューになります! お決まりになりましたら、お呼び下さい!」


 半ばヤケクソ気味に言い放った店員が、逃げるように去って行く。

 しかし、ライムとシャルロットは気にしておらず、ルビーとマリンはそれどころではない。

 アンとドゥーは僅かに気の毒そうにしつつ、敢えてフォローすることはなかった。

 その後は、つつがなくそれぞれがメニューを選び、店員を呼び寄せて注文する。

 またしても店員は慌てて厨房に消えたが、やはり誰もそのことには触れない。

 そしてここからが、本番だった。


「ライムって何歳?」


 前置きのない、シャルロットの問い掛け。

 内容的には大したものではなかったので、ルビーとマリンは片眉を跳ね上げたものの、ひとまず様子を見ている。

 双子の反応にライムは内心で嘆息しながら、表面上は平然と答えた。


「17歳だ」

「それは、肉体的な年齢? それとも、実際に生きて来た期間?」

「どちらとも言える。 わたしは17歳相当のホムンクルスとして作られ、17年間生きて来た」

「ふむふむ。 じゃあ、わたしの方がお姉さん」

『え?』


 シャルロットの発言に、ルビーとマリンが素っ頓狂な声を上げた。

 対するシャルロットは、可愛らしく小首を傾げながら問い掛ける。


「何?」

「いや……あんた、何歳なの? 年下だと思ってたんだけど」

「わたくしもです。 てっきり、10代半ばくらいかと……」

「22歳」

『22歳!?』

「いちいち、うるさいわね。 シャルは確かにチンチクリンだけど、間違いなく22歳よ」

「アン……チンチクリンは酷いんじゃ……」

「ドゥー、別に気にしないから良い。 わたしの身長が低いのも、顔立ちが幼いのも事実だから。 ライムはどう思う?」

「シャルの自己評価は正しいと思う。 ただ、キミには不思議な雰囲気があったから、見た目通りではないかもしれないとは思っていた」

「そう。 洞察力も高いんだ」


 自身の外見などどうでも良く、ライムの反応にだけ意識を割いているシャルロット。

 瞳に鋭い光を宿し、真っ直ぐに彼を見つめている。

 一方のライムもシャルロットを観察し、手始めに質問した。


「先ほどの挑塔者が『千里眼』と呼んでいたが、キミの力が関係しているのか?」

「ちょっと! そんなの教える訳――」

「アン、わたしの能力なんて、今更隠すほどのものじゃない。 トライアでは有名なんだから」

「そうかもしれないけど……」

「嫌なら、アンたちのことは話さない。 2人も二つ名が付いてるんだし、調べたらすぐにわかると思うけど」

「そ、それはそうね……。 アン、ここはシャルに任せよう……?」

「……わかったわよ」


 不承不承と言った様子で、口を閉ざすアン。

 それを確認したシャルロットは、改めてライムの問に答えた。


「『千里眼』は、わたし……と言うよりは、この【至神の書】の力から名付けられた二つ名。 強制的に見せられる予知夢と、条件付きで任意の相手の居場所を知ることが出来る能力」

「【至神の書】……魔塔武装か。 予知夢と居場所を知る能力は、直接的な攻撃力はなさそうだが、使い方によっては非常に強力だな。 条件に関しては、聞かないでおこう」

「良いの?」

「聞き過ぎると、こちらも多くを明かす必要が出て来る。 わたしにも話せないことはあるから、適度に聞くくらいがちょうど良い」

「むぅ、それはそれで厄介」

「すまないな。 さぁ、今度はそちらの番だ」


 ライムのガードが固いことを知ったシャルロットは、微妙に拗ねたように口を尖らせた。

 その容姿と相まって魅力的ではあるが、彼が翻意することはない。

 促されたシャルロットは少しばかり黙ってから、気を取り直して尋ねる。


「じゃあ、ライムを作った人って、どんな人?」

「お婆ちゃんは、天才よ!」

「お父様のような方を生み出されたのですから、お婆様は神にすら匹敵します」


 シャルロットの問に、ライムではなくルビーとマリンが声を上げた。

 心底尊敬しているようで、目をキラキラさせている。

 双子の様子に苦笑しつつ、ライムは自身の答えを返した。


「申し訳ないが、わたしも彼女のことは詳しく知らない。 わたしを作ってすぐに、若くして亡くなったからな。 様々な魔道具などを残して下さっていたが……身元がわかるようなものはなかった」

「……そう。 会ってみたかった」


 表情に変化はないが、本気でシャルロットは残念がっていた。

 ルビーとマリンは、寂し気に表情を曇らせている。

 この場に暗澹たる空気が蔓延し、アンとドゥーが居心地悪そうにしていた中、ライムは追加の情報を開示した。


「ただ、トライアに来たことがあるのは間違いない」

「トライアに?」

「あぁ。 ルビーとマリンが、魔塔武装を使っていることは知っているか?」

「うん、一応」

「そうか。 彼女たちの魔塔武装は、わたしの主が残したものだ。 つまり、最低でも上層までは進んだんだろう」

「上層に……。 そう言えば、名前は?」

「メジス様だ」

「……!」

「シャル? どうしたの?」

「な、何か気になることでもあるの……?」


 ライムの言葉を聞いて、初めてシャルロットが明確な感情を表した。

 目を大きく見開き、動揺を隠せていない。

 彼女のこのような姿は珍しく、アンとドゥーは本気で心配している。

 しかし、シャルロットはすぐに無表情に戻り、どこまでも真っ直ぐな声を発した。


「何でもない。 次はライムの番」


 どう見ても何でもなくはないが、彼女は追及を拒んだ。

 無言の圧力を感じて、アンとドゥーは口を引き結んでいる。

 ルビーとマリンは不思議そうに、顔を見合わせていた。

 対するライムも内心で気にはなりつつ、ひとまず横に置いておく。


「『導きの乙女』に関して聞きたい。 南区画の住人ほぼ全員がメンバーらしいが、何か理由があるのか?」

「ギルドの運営はラテルに任せてるから良く知らないけど、【至神の書】の予知夢のせいみたい」

「と言うと?」

「なんか、予知夢って形で未来を知るわたしを、崇めてるんだって。 1種の宗教みたいな感じ」

「ふむ……。 つまり、ギルドとメンバーと言うよりは、宗教と信者と言ったところか」

「たぶん」

「興味なさそうだな?」

「実際、興味ない。 ラテルは研究資金をくれるから、好きにさせてるだけ」

「なるほど。 そのラテルと言う人物が、実質的な宗教のトップのようだ」


 そこでライムがアンとドゥーを見ると、2人は気まずそうに目を逸らした。

 彼女たちの反応から、彼は自分の考えが的外れではないと悟る。

 また、『導きの乙女』の運営に仄暗いものがあることにも気付いたが、そこには首を突っ込まないことにした。

 聞きたいことを聞き終えたライムは、シャルロットにバトンを渡そうとしたが、そのタイミングで、おっかなびっくり店員が料理を運んで来る。


「お、お待たせ致しました!」

「有難うございます。 シャル、続きは食べてからにしよう」

「まだまだ聞きたいことはあるけど、仕方ない」

「わたしの方は大体聞けたから、あとはそちらの質問に答える。 可能な限りで、だが」

「本当? すぐ食べる」

「ちゃんと噛まないと駄目だぞ?」

「うん」


 勢い良く食べ始めたシャルロットを前にして、ライムは釘を刺しておく。

 するとシャルロットは一生懸命に口を動かし続け、しっかり噛みつつも、なるべく早く食べようとしていた。

 22歳と言う年齢にしては、子どもっぽい仕草に、思わず苦笑するライム。

 彼らは初対面だが、思いのほか気が合うと感じていた。

 その一方で――


『……』

「ちょっと、あたしたちに当たらないでよ」

「わ、わたしたち、何もしてないわよ……?」


 不愉快そうなルビーとマリンが、無言でアンとドゥーを睨み付ける。

 今回ばかりはアンたちの方が正しいだろうが、ライムのことが絡んだ双子に、そのような理屈は通用しない。

 穏やかな雰囲気と不穏な空気が溢れ、その場が混沌とし始めた。

 そうしたものを全て無視したライムは、粛々と食事を進める。

 ルビーとマリン、アンとドゥーは、殺伐としたまま手を動かし続けた。

 ピリピリとした空間が広がり、店内を支配している。

 席を立つ客もチラホラ見受けられ、責任者らしき男性は涙目になっていた。

 最早、営業妨害とすら言えるほどだが、それでも彼らがペースを崩すことはない。

 やがて食事を終えたライムたちは、――店側からすれば迷惑にも――話を再開させる。


「ライム、続き」

「わかったから、慌てるな」

「うん。 ライムは、どうしてトライアに来たの?」

「ルビーとマリンが、来てみたいと言ったからだ」

「ふむふむ。 どこから来たの?」

「トライアの、ずっと東だ。 町や村ではなく、3人だけで暮らしていた」

「ふむふむ。 いつまでいるの?」

「決めていない。 目標は、魔塔攻略だ」

「ふむふむ。 どうして戦わないの?」

「ルビーとマリンの希望だ。 付け加えるなら、わたしも彼女たちの成長を望んでいる」

「ふむふむ。 実力が見たいって言ったら、見せてくれる?」

「無駄に戦うつもりはない」

「ふむふむ。 本気を出したら、上層まで行けると思う?」

「やってみなければわからないな」

「ふむふむ。 好き嫌いはある?」

「基本的にはない。 未知の食材の中に、苦手なものがある可能性はあるが」

「ふむふむ。 どの季節が好き?」

「取り立てて好きな季節はない」

「ふむふむ。 動物は好き?」

「それなりに」

「ふむふむ。 花は好き?」

「詳しくはないが、嫌いじゃない」

「ふむふむ」

「シャル」

「何?」

「まだ続けるのか?」

「駄目?」

「駄目じゃないが、先ほどから無意味な質問が続いている。 他に聞きたいことがないなら、この辺りにしよう」


 これはライムの本心で、確かに中身のない会話のように感じている。

 ところが――


「そんなことない。 ライムのことなら、何でも知りたい」

「……そんなに、わたしのようなホムンクルスは珍しいか?」

「うん、興味しかない」

「そうか……」


 シャルロットが想像より遥かに強く、自分に関心があると思い知ったライム。

 答えられるか答えられないかで言えば、答えられるかもしれないが、そろそろ娘たちが限界だった。

 左右から凄まじいプレッシャーが伝わって来たライムは、小さく息をついて言い放つ。


「やはり、今日はここまでにしよう」

「やだ」

「良いから、今日のところは退いてくれ。 キミの友人たちも、困っているぞ?」


 そこでシャルロットが、ようやくライム以外に意識を向けた。

 両隣を見やると、溜息をついたアンと、眉を落としたドゥーが視界に入る。

 流石のシャルロットも、熱中し過ぎていたことを理解して、俯き気味に声を落とした。


「……わかった」

「良い子だ」

「わたしの方がお姉さん」

「そうだったな、失礼した」

「別に良い。 その代わり、また今度話そう」

「お手柔らかに頼む」

「約束は出来ない。 アン、ドゥー、帰ろう」

「はぁ……やっと解放されるのね……」

「アンは、自分から付いて行くって言ってたんじゃ……?」

「し、仕方ないじゃない! まさか、こんなに長引くなんて思ってなかったんだから!」

「2人とも、早くしないと置いて行く」

「ちょっと、シャル! どこまでマイペースなのよ、あんたは!?」

「も、もう良いから、行こう……?」


 賑やかに去っていく、『導きの乙女』のリーダーと幹部たち。

 彼女たちを見送ったライムも一息つき、何やら尋常ではない様子の双子に声を掛ける。


「ルビー、マリン、わたしたちも行こう」

「……うん」

「……かしこまりました」


 大人しく従ったものの、ルビーたちの顔には不機嫌そのものを体現した面持ちが浮かんでいた。

 そのことに胸中で苦笑したライムは、自分たちの会計を済ませて店を出る。

 尚、このとき店員は安堵から涙を流していたが、気にしないことにしたらしい。

 そうして暫く、並んで歩いていたハワード一家だが――


『……!』

「良く我慢したな、2人とも。 偉いぞ」


 ライムが娘たちを抱き寄せ、優しく頭を撫でた。

 それを受けた双子は、不機嫌と幸せが綯交ぜになったような声音で、感情を吐露する。


「ホントに我慢したんだよ? パパが他の女の子と仲良くするの、なんか嫌だもん……」

「わたくしもです……。 お父様にその気がないのは、重々承知していますが……」

「すまないな。 キミたちにそんな顔をさせるのは、わたしとしても本意じゃない。 ただ、無駄な時間にはならなかった」

「確かに、シャルロットさんと『導きの乙女』のことは、ある程度わかりましたしね」

「マリン、それだけじゃない。 シャルはわたしたちに対して、基本的には友好的だ。 4大ギルドのトップと交友関係を持てたのは、トライアで生活するにあたって心強い。 ただ、ラテルと言う人物のことは気になるが」

「う~ん……。 パパの言ってることはわかるんだけど、やっぱり他の女の子と仲良くしてるの見たくない~」

「万が一にも、お父様を奪われると考えると……恐ろしくてたまりません……」


 シャルロットを味方に付けられたことが、自分たちにとって有利だと理解しつつ、ルビーとマリンは大きな不安を抱えていた。

 そんな彼女たちを撫で続けながら、ライムは苦笑を浮かべて言い聞かせる。


「心配しなくても、わたしにとっては2人が最も大事な存在だ。 今後何があろうと、その前提が覆ることはない」

「パパ……」

「お父様……」

「これからもわたしは、多くの人と関わると思う。 だが、キミたちから離れることなどないと、約束しよう」

「わかったよ! あたしは、パパを信じるから!」

「わたくしは、最初から疑っていません。 お父様とわたくしの絆は、永遠ですから」

「もう! また、あたしを除け者にして! あたしとパパだって、強く強~く結ばれてるんだから!」

「わたくしの方が強いわ」

「あたしだってば!」

「わたくしよ!」

「あたし!」

「約束その1」

『……ッ!』

「わたしたちは、家族だ。 誰が欠けても成立しない。 違うか?」

「……違わない」

「……お父様の仰る通りです」

「良い子だ。 さぁ、そろそろ行こう。 折角なんだから、思う存分楽しまないとな」

「うん! 行こう、行こう!」

「お父様と一緒なら、わたくしはそれだけで幸せです」


 満面の笑みになったルビーと、淑やかに笑うマリン。

 娘たちに手を取られたライムは、微笑を湛えながら足を踏み出した。

 それ以降は大きなトラブルもなく、3人は東区画を練り歩く。

 最後は『月夜の歌声』で少し豪華な夕飯を食べて、この日は終わりを迎えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ