第17話 質問攻め
ライムたちがパスタ屋に入った瞬間、それまで騒がしかった店内が静まり返った。
理由の大部分は、『導きの乙女』のリーダーであるシャルロットと、幹部のアンとドゥー。
東区画と南区画は、特に敵対関係と言う訳ではないが、やはり別区画の大物が来店した衝撃は大きいらしい。
それに加えて、最近話題性が増して来た『宝石姫』。
この組み合わせがどのような意味を持つのか、気になって仕方ないようだ。
店員も固まっていたが、シャルロットにジッと見つめられて、時が動き出す。
「い、いらっしゃいませ! 6名様でよろしいですか!?」
「うん」
「か、かしこまりました! こちらのテーブルにどうぞ!」
辛うじて笑みを浮かべながら、ギクシャクした動作でライムたちを案内する店員。
昼食には若干早い時間の為、まだ空席は散見出来たが、その中でも最も奥に連れて行かれた。
それが気を遣った結果なのか、単に厄介事を避けたかったからなのかは判然としないものの、彼らにとっては有難い。
これで周囲の耳を気にする必要が減ったと考えながら、適当な席に着くライム。
すると、それを待っていたルビーとマリンが、凄まじい速度で両隣の席に陣取った。
シャルロットは無表情の中に微かな不満を滲ませていたが、大人しくライムの正面に座る。
そんな少女たちに呆れたアンとドゥーは顔を見合わせ、溜息をついてから空いた席に腰を下ろした。
そうして無事(?)に態勢を整えたところに、店員が怯えた様子で恐る恐る近寄って来る。
「こ、こちら、メニューになります! お決まりになりましたら、お呼び下さい!」
半ばヤケクソ気味に言い放った店員が、逃げるように去って行く。
しかし、ライムとシャルロットは気にしておらず、ルビーとマリンはそれどころではない。
アンとドゥーは僅かに気の毒そうにしつつ、敢えてフォローすることはなかった。
その後は、つつがなくそれぞれがメニューを選び、店員を呼び寄せて注文する。
またしても店員は慌てて厨房に消えたが、やはり誰もそのことには触れない。
そしてここからが、本番だった。
「ライムって何歳?」
前置きのない、シャルロットの問い掛け。
内容的には大したものではなかったので、ルビーとマリンは片眉を跳ね上げたものの、ひとまず様子を見ている。
双子の反応にライムは内心で嘆息しながら、表面上は平然と答えた。
「17歳だ」
「それは、肉体的な年齢? それとも、実際に生きて来た期間?」
「どちらとも言える。 わたしは17歳相当のホムンクルスとして作られ、17年間生きて来た」
「ふむふむ。 じゃあ、わたしの方がお姉さん」
『え?』
シャルロットの発言に、ルビーとマリンが素っ頓狂な声を上げた。
対するシャルロットは、可愛らしく小首を傾げながら問い掛ける。
「何?」
「いや……あんた、何歳なの? 年下だと思ってたんだけど」
「わたくしもです。 てっきり、10代半ばくらいかと……」
「22歳」
『22歳!?』
「いちいち、うるさいわね。 シャルは確かにチンチクリンだけど、間違いなく22歳よ」
「アン……チンチクリンは酷いんじゃ……」
「ドゥー、別に気にしないから良い。 わたしの身長が低いのも、顔立ちが幼いのも事実だから。 ライムはどう思う?」
「シャルの自己評価は正しいと思う。 ただ、キミには不思議な雰囲気があったから、見た目通りではないかもしれないとは思っていた」
「そう。 洞察力も高いんだ」
自身の外見などどうでも良く、ライムの反応にだけ意識を割いているシャルロット。
瞳に鋭い光を宿し、真っ直ぐに彼を見つめている。
一方のライムもシャルロットを観察し、手始めに質問した。
「先ほどの挑塔者が『千里眼』と呼んでいたが、キミの力が関係しているのか?」
「ちょっと! そんなの教える訳――」
「アン、わたしの能力なんて、今更隠すほどのものじゃない。 トライアでは有名なんだから」
「そうかもしれないけど……」
「嫌なら、アンたちのことは話さない。 2人も二つ名が付いてるんだし、調べたらすぐにわかると思うけど」
「そ、それはそうね……。 アン、ここはシャルに任せよう……?」
「……わかったわよ」
不承不承と言った様子で、口を閉ざすアン。
それを確認したシャルロットは、改めてライムの問に答えた。
「『千里眼』は、わたし……と言うよりは、この【至神の書】の力から名付けられた二つ名。 強制的に見せられる予知夢と、条件付きで任意の相手の居場所を知ることが出来る能力」
「【至神の書】……魔塔武装か。 予知夢と居場所を知る能力は、直接的な攻撃力はなさそうだが、使い方によっては非常に強力だな。 条件に関しては、聞かないでおこう」
「良いの?」
「聞き過ぎると、こちらも多くを明かす必要が出て来る。 わたしにも話せないことはあるから、適度に聞くくらいがちょうど良い」
「むぅ、それはそれで厄介」
「すまないな。 さぁ、今度はそちらの番だ」
ライムのガードが固いことを知ったシャルロットは、微妙に拗ねたように口を尖らせた。
その容姿と相まって魅力的ではあるが、彼が翻意することはない。
促されたシャルロットは少しばかり黙ってから、気を取り直して尋ねる。
「じゃあ、ライムを作った人って、どんな人?」
「お婆ちゃんは、天才よ!」
「お父様のような方を生み出されたのですから、お婆様は神にすら匹敵します」
シャルロットの問に、ライムではなくルビーとマリンが声を上げた。
心底尊敬しているようで、目をキラキラさせている。
双子の様子に苦笑しつつ、ライムは自身の答えを返した。
「申し訳ないが、わたしも彼女のことは詳しく知らない。 わたしを作ってすぐに、若くして亡くなったからな。 様々な魔道具などを残して下さっていたが……身元がわかるようなものはなかった」
「……そう。 会ってみたかった」
表情に変化はないが、本気でシャルロットは残念がっていた。
ルビーとマリンは、寂し気に表情を曇らせている。
この場に暗澹たる空気が蔓延し、アンとドゥーが居心地悪そうにしていた中、ライムは追加の情報を開示した。
「ただ、トライアに来たことがあるのは間違いない」
「トライアに?」
「あぁ。 ルビーとマリンが、魔塔武装を使っていることは知っているか?」
「うん、一応」
「そうか。 彼女たちの魔塔武装は、わたしの主が残したものだ。 つまり、最低でも上層までは進んだんだろう」
「上層に……。 そう言えば、名前は?」
「メジス様だ」
「……!」
「シャル? どうしたの?」
「な、何か気になることでもあるの……?」
ライムの言葉を聞いて、初めてシャルロットが明確な感情を表した。
目を大きく見開き、動揺を隠せていない。
彼女のこのような姿は珍しく、アンとドゥーは本気で心配している。
しかし、シャルロットはすぐに無表情に戻り、どこまでも真っ直ぐな声を発した。
「何でもない。 次はライムの番」
どう見ても何でもなくはないが、彼女は追及を拒んだ。
無言の圧力を感じて、アンとドゥーは口を引き結んでいる。
ルビーとマリンは不思議そうに、顔を見合わせていた。
対するライムも内心で気にはなりつつ、ひとまず横に置いておく。
「『導きの乙女』に関して聞きたい。 南区画の住人ほぼ全員がメンバーらしいが、何か理由があるのか?」
「ギルドの運営はラテルに任せてるから良く知らないけど、【至神の書】の予知夢のせいみたい」
「と言うと?」
「なんか、予知夢って形で未来を知るわたしを、崇めてるんだって。 1種の宗教みたいな感じ」
「ふむ……。 つまり、ギルドとメンバーと言うよりは、宗教と信者と言ったところか」
「たぶん」
「興味なさそうだな?」
「実際、興味ない。 ラテルは研究資金をくれるから、好きにさせてるだけ」
「なるほど。 そのラテルと言う人物が、実質的な宗教のトップのようだ」
そこでライムがアンとドゥーを見ると、2人は気まずそうに目を逸らした。
彼女たちの反応から、彼は自分の考えが的外れではないと悟る。
また、『導きの乙女』の運営に仄暗いものがあることにも気付いたが、そこには首を突っ込まないことにした。
聞きたいことを聞き終えたライムは、シャルロットにバトンを渡そうとしたが、そのタイミングで、おっかなびっくり店員が料理を運んで来る。
「お、お待たせ致しました!」
「有難うございます。 シャル、続きは食べてからにしよう」
「まだまだ聞きたいことはあるけど、仕方ない」
「わたしの方は大体聞けたから、あとはそちらの質問に答える。 可能な限りで、だが」
「本当? すぐ食べる」
「ちゃんと噛まないと駄目だぞ?」
「うん」
勢い良く食べ始めたシャルロットを前にして、ライムは釘を刺しておく。
するとシャルロットは一生懸命に口を動かし続け、しっかり噛みつつも、なるべく早く食べようとしていた。
22歳と言う年齢にしては、子どもっぽい仕草に、思わず苦笑するライム。
彼らは初対面だが、思いのほか気が合うと感じていた。
その一方で――
『……』
「ちょっと、あたしたちに当たらないでよ」
「わ、わたしたち、何もしてないわよ……?」
不愉快そうなルビーとマリンが、無言でアンとドゥーを睨み付ける。
今回ばかりはアンたちの方が正しいだろうが、ライムのことが絡んだ双子に、そのような理屈は通用しない。
穏やかな雰囲気と不穏な空気が溢れ、その場が混沌とし始めた。
そうしたものを全て無視したライムは、粛々と食事を進める。
ルビーとマリン、アンとドゥーは、殺伐としたまま手を動かし続けた。
ピリピリとした空間が広がり、店内を支配している。
席を立つ客もチラホラ見受けられ、責任者らしき男性は涙目になっていた。
最早、営業妨害とすら言えるほどだが、それでも彼らがペースを崩すことはない。
やがて食事を終えたライムたちは、――店側からすれば迷惑にも――話を再開させる。
「ライム、続き」
「わかったから、慌てるな」
「うん。 ライムは、どうしてトライアに来たの?」
「ルビーとマリンが、来てみたいと言ったからだ」
「ふむふむ。 どこから来たの?」
「トライアの、ずっと東だ。 町や村ではなく、3人だけで暮らしていた」
「ふむふむ。 いつまでいるの?」
「決めていない。 目標は、魔塔攻略だ」
「ふむふむ。 どうして戦わないの?」
「ルビーとマリンの希望だ。 付け加えるなら、わたしも彼女たちの成長を望んでいる」
「ふむふむ。 実力が見たいって言ったら、見せてくれる?」
「無駄に戦うつもりはない」
「ふむふむ。 本気を出したら、上層まで行けると思う?」
「やってみなければわからないな」
「ふむふむ。 好き嫌いはある?」
「基本的にはない。 未知の食材の中に、苦手なものがある可能性はあるが」
「ふむふむ。 どの季節が好き?」
「取り立てて好きな季節はない」
「ふむふむ。 動物は好き?」
「それなりに」
「ふむふむ。 花は好き?」
「詳しくはないが、嫌いじゃない」
「ふむふむ」
「シャル」
「何?」
「まだ続けるのか?」
「駄目?」
「駄目じゃないが、先ほどから無意味な質問が続いている。 他に聞きたいことがないなら、この辺りにしよう」
これはライムの本心で、確かに中身のない会話のように感じている。
ところが――
「そんなことない。 ライムのことなら、何でも知りたい」
「……そんなに、わたしのようなホムンクルスは珍しいか?」
「うん、興味しかない」
「そうか……」
シャルロットが想像より遥かに強く、自分に関心があると思い知ったライム。
答えられるか答えられないかで言えば、答えられるかもしれないが、そろそろ娘たちが限界だった。
左右から凄まじいプレッシャーが伝わって来たライムは、小さく息をついて言い放つ。
「やはり、今日はここまでにしよう」
「やだ」
「良いから、今日のところは退いてくれ。 キミの友人たちも、困っているぞ?」
そこでシャルロットが、ようやくライム以外に意識を向けた。
両隣を見やると、溜息をついたアンと、眉を落としたドゥーが視界に入る。
流石のシャルロットも、熱中し過ぎていたことを理解して、俯き気味に声を落とした。
「……わかった」
「良い子だ」
「わたしの方がお姉さん」
「そうだったな、失礼した」
「別に良い。 その代わり、また今度話そう」
「お手柔らかに頼む」
「約束は出来ない。 アン、ドゥー、帰ろう」
「はぁ……やっと解放されるのね……」
「アンは、自分から付いて行くって言ってたんじゃ……?」
「し、仕方ないじゃない! まさか、こんなに長引くなんて思ってなかったんだから!」
「2人とも、早くしないと置いて行く」
「ちょっと、シャル! どこまでマイペースなのよ、あんたは!?」
「も、もう良いから、行こう……?」
賑やかに去っていく、『導きの乙女』のリーダーと幹部たち。
彼女たちを見送ったライムも一息つき、何やら尋常ではない様子の双子に声を掛ける。
「ルビー、マリン、わたしたちも行こう」
「……うん」
「……かしこまりました」
大人しく従ったものの、ルビーたちの顔には不機嫌そのものを体現した面持ちが浮かんでいた。
そのことに胸中で苦笑したライムは、自分たちの会計を済ませて店を出る。
尚、このとき店員は安堵から涙を流していたが、気にしないことにしたらしい。
そうして暫く、並んで歩いていたハワード一家だが――
『……!』
「良く我慢したな、2人とも。 偉いぞ」
ライムが娘たちを抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
それを受けた双子は、不機嫌と幸せが綯交ぜになったような声音で、感情を吐露する。
「ホントに我慢したんだよ? パパが他の女の子と仲良くするの、なんか嫌だもん……」
「わたくしもです……。 お父様にその気がないのは、重々承知していますが……」
「すまないな。 キミたちにそんな顔をさせるのは、わたしとしても本意じゃない。 ただ、無駄な時間にはならなかった」
「確かに、シャルロットさんと『導きの乙女』のことは、ある程度わかりましたしね」
「マリン、それだけじゃない。 シャルはわたしたちに対して、基本的には友好的だ。 4大ギルドのトップと交友関係を持てたのは、トライアで生活するにあたって心強い。 ただ、ラテルと言う人物のことは気になるが」
「う~ん……。 パパの言ってることはわかるんだけど、やっぱり他の女の子と仲良くしてるの見たくない~」
「万が一にも、お父様を奪われると考えると……恐ろしくてたまりません……」
シャルロットを味方に付けられたことが、自分たちにとって有利だと理解しつつ、ルビーとマリンは大きな不安を抱えていた。
そんな彼女たちを撫で続けながら、ライムは苦笑を浮かべて言い聞かせる。
「心配しなくても、わたしにとっては2人が最も大事な存在だ。 今後何があろうと、その前提が覆ることはない」
「パパ……」
「お父様……」
「これからもわたしは、多くの人と関わると思う。 だが、キミたちから離れることなどないと、約束しよう」
「わかったよ! あたしは、パパを信じるから!」
「わたくしは、最初から疑っていません。 お父様とわたくしの絆は、永遠ですから」
「もう! また、あたしを除け者にして! あたしとパパだって、強く強~く結ばれてるんだから!」
「わたくしの方が強いわ」
「あたしだってば!」
「わたくしよ!」
「あたし!」
「約束その1」
『……ッ!』
「わたしたちは、家族だ。 誰が欠けても成立しない。 違うか?」
「……違わない」
「……お父様の仰る通りです」
「良い子だ。 さぁ、そろそろ行こう。 折角なんだから、思う存分楽しまないとな」
「うん! 行こう、行こう!」
「お父様と一緒なら、わたくしはそれだけで幸せです」
満面の笑みになったルビーと、淑やかに笑うマリン。
娘たちに手を取られたライムは、微笑を湛えながら足を踏み出した。
それ以降は大きなトラブルもなく、3人は東区画を練り歩く。
最後は『月夜の歌声』で少し豪華な夕飯を食べて、この日は終わりを迎えた。