第11話 職人
魔塔管理局を出て、西区画に入ったライムたち。
完全に日が落ちて夜が訪れているが、不穏な空気を感じるのは、そのせいではない。
他の区画とは明らかに様相が違っており、まるでスラム街のようだ。
あちらこちらで賭場が開かれており、歓喜と悲嘆の声が響いている。
路上に座り込んで酒をあおっている者も多く、ジロジロとライムたちを見ていた。
酒場や怪し気な店が多く開かれ、東区画とは全く違うベクトルで栄えている。
遠くに目をやると巨大な石造りの建築物があり、地鳴りのような怒号が聞こえて来ていた。
ほぼ間違いなく、そこがコロシアムだとライムは考えている。
ルビーとマリンは緊張していたが、ライムに軽く頭を撫でられて、余分な力を抜いた。
視線を交換した3人は、なるべく周囲を刺激しないように歩を進め、目当ての場所を目指す。
彼らの服装、特にルビーとマリンは相当目立っていたが、意外にもと言うべきか、あからさまに絡んで来る者はいない。
もっとも――
「へへ……スゲェ上玉じゃねぇか。 相手してくれねぇかな」
「ばーか、テメェなんか眼中にねぇよ。 見ろよ、あのドレス。 どう考えても、俺らとは住む世界が違うぜ」
「けッ! いけ好かねぇな。 ホムンクルスの野郎も、澄ました顔しやがってよ」
「確か『宝石姫』だったか? 金持ちアピールかってんだ」
「そんなに持ってるなら、少しくらい恵んでくれよな」
負の感情を、隠す気もなさそうだが。
友好的な視線はほとんどなく、大多数がライムたちを疎ましく感じているらしい。
ライムは右から左に聞き流していたが、ルビーとマリンは不愉快そうにしている。
しかし、言い返すのが下策だと言うことはわかっており、辛うじて我慢していた。
そんな娘たちに、ライムがこっそりと微笑んでいると、考えていなかった訳ではないが、出来れば避けたかった事態に直面する。
「よう、ライム。 まさか、テメェの方からこっちに来てくれるとは思わなかったぜ。 今度こそ逃がさねぇぞ?」
『絶黒』のリーダー、ヒサツグの襲来。
しかも、今日の彼は1人ではなかった。
背後に控えているのは、3人の美女。
歳の頃は全員20代半ばくらいで、振袖と言う着物の1種を身に纏っている。
1人は身長170センツほどで、女性にしては長身。
黒のボブカットに、同色の妖艶な瞳が特徴的だ。
胸元の果実は大きく実っており、紫の振袖には蛇の意匠が施されている。
もう1人は身長160センツくらいで、黒のポニーテールに冷徹な印象の同色の瞳。
胸元の発育はそれなりだがバランスが良く、着ているのは兎の意匠が入った黄色の振袖。
最後の1人は身長150センツ前後と小柄で、胸元も慎ましい。
両肩の上で黒髪を二つ括りにしており、楽しそうに笑っている。
振袖に刻まれているのは蝶の意匠で、色はピンクだ。
それぞれタイプは違うが、容姿が整っていることと、刀を装備していることは共通している。
何より、非常に高い実力が垣間見えた。
ルビーとマリンも警戒しており、いつでも戦端を開けるように心構えをしている。
だが、やはりライムは揺るがない。
「懲りない奴だな。 コロシアムに出入り禁止になっても良いのか?」
「ふん。 ここなら魔塔管理局の目は届かねぇし、目撃証言も握り潰せる。 何も問題はねぇよ」
そう言って、辺りに睨みを利かせるヒサツグ。
様子を窺っていた住人達は一斉に視線を逸らしたが、要するに逆らう意思はないと言うこと。
流石は4大ギルドの一角だと思ったライムだが、だからと言って受け入れるつもりはなかった。
「不用意な発言だったな」
「あ?」
「先ほどからの会話、録音させてもらった。 周りがどうだろうと、お前自身が悪行を告白している」
いつの間にかライムの右手に、小さな端末型の魔道具が握られていた。
機能はシンプルで、音声を録音するのみ。
しかし、今回に限っては絶大な効果を発揮している。
ライムの言葉が出任せではないと知ったヒサツグは、忌々しそうに舌打ちした。
しばしの間、両者の間に緊迫した空気が流れたが、前触れなくヒサツグが踵を返す。
「行くぞ」
「良いんですかぁ?」
「しょうがねぇだろ、アヤナ。 俺らにとってコロシアムは、稼ぎ場なんだからよ」
「あの魔道具を、破壊してしまえばよろしいのでは?」
「そいつは難しいな、リン。 あいつを相手に、そんな余裕はねぇだろうぜ」
「あはは! ヒサツグ様は、あの子を随分買ってるんですねー!」
「ヒナミだって感じてんだろ? あいつの底知れねぇ強さをよ。 まぁ、トライアにいる限り、いくらでもチャンスはあるだろ。 慌てる必要はねぇ」
肩越しに振り向いて、ニヤリとした笑みを見せるヒサツグ。
ちなみに、ボブカットがアヤナ、ポニーテールがリン、二つ括りがヒナミだ。
情報として彼女たちの名前も覚えたライムは、『絶黒』の4人が立ち去るのを見送ってから、ルビーたちに声を掛ける。
「本当に退いたらしい。 行こう」
「うん! 流石はパパだね! カッコ良かった!」
「本当に、いつもながら素敵です……。 お父様の娘であることを、わたくしは誇らしく思います」
「大袈裟だな。 2人も軽率な行動を取らず、状況を正しく把握出来ていた。 立派だったぞ」
「えっへん! もっと褒めて~」
「調子に乗らないで、ルビー。 わたくしたちは、最低限のことしかしていないのだから。 この程度で、満足する訳には行かないわ」
「む、わかってるわよ。 パパ、今度はあたしが守ってあげる!」
「わたくしも、次はもっと役に立ってみせます」
「有難う、2人とも。 だが、無用な争いはない方が良い。 わたしたちは、人に会いに来ただけなんだからな」
「そ、そうだよね!」
「わ、わたくしも、無意味に戦うつもりはありません」
ライムに優しく宥められた双子は、気が急いていたと自覚して、盛大に目を泳がせる。
そんな娘たちに苦笑したライムは、2人の頭に手をポンポンと当てて、足を踏み出した。
気を取り直した彼女たちも、尊敬する父親に遅れないように付いて行く。
『絶黒』を仮にも撃退したことで、近辺の住民たちは彼らに手出しする気が失せており、自然と道を開けていた。
やがて見えて来たのは、武骨な建物。
中からは金属を打つ音が聞こえ、何やらひり付いた空気が漂って来ている。
そのことを察知したルビーとマリンは、思わず固唾を飲んでいたが、ライムは構わず扉をノックした。
だが返事はなく、変わらず音が鳴り響いている。
双子は顔を見合わせて、会ってもらえないのではないかと思っていたが、ライムにはまだ手が残されていた。
「こんばんは。 リーナ=イクリーさんの紹介で来ました。 よろしければ、話を聞いてもらえませんか?」
瞬間、音が止まる。
そして、少しの時間を置いてから、扉が開かれた。
顔を見せたのは、汗だくの女性。
歳は30歳に達していないだろう。
身長は『絶黒』のアヤナと同等に高く、胸部も大きく育っていた。
燃えるような紅髪を三つ編みにしており、黒い瞳を鋭く研ぎ澄ませている。
細身ではあるが鍛えられた肉体を誇っており、かなり力強い。
黒のタンクトップに、ゆったりとした白い作業服のズボン。
まさに職人と言った風貌ではあるものの、美人と称して差し支えないだろう。
ライムがそんな感想を抱いている間、女性も彼とルビーたちを観察していた。
彼女たちはなんとなく居住まいを正していたが、ライムは自然体で声を発する。
「エステル=ハリスさんですか?」
「……そうだが、貴様たちは誰だ?」
「戦闘系ギルド『宝石姫』の、ライム=ハワードです。 こちらは、娘のルビーとマリンです」
「ル、ルビー=ハワードよ!」
「マ、マリン=ハワードと申します」
エステルの迫力に押されたのか、ルビーとマリンは明らかに硬くなっている。
それも致し方ないと考えたライムは、胸中で苦笑しつつ、エステルに注意を向けていた。
すると彼女は、暫く黙ってから重々しく口を開く。
「リーナの紹介だと言っていたな? それを証明することは出来るか? わたしの仕事の邪魔をしたんだ、もし嘘だったら……ただでは済まさんぞ」
全身から、凄まじい殺気を醸し出すエステル。
戦闘系ギルドではないにもかかわらず、尋常ではない強さを秘めていた。
双子は反射的に武器を握ろうとしたが、ライムに視線で止められる。
娘たちがなんとか思い留まったのを確認した彼は、リーナから受け取ったメモをエステルに差し出した。
内容を確認した彼女は、沈黙を保っていたが――
「入れ」
端的に告げる。
殺気を霧散させており、ライムたちに背中を見せた。
そのことにルビーたちは安堵の息をついており、苦笑を漏らしたライムは2人の頭を撫でてから、率先して足を踏み出す。
中は暗いが、魔道具による最低限の明かりは確保されていた。
これぞ鍛冶場と言わんばかりで、道具や素材、装備などしか置いていない。
ライムが見たところ、装備はどれも一級品。
エステルがどれほど優れた職人か、雄弁に物語っている。
娘たちが興味深そうにキョロキョロしているのを、ライムは微笑ましく思いつつ、奥で腕を組んで立っているエステルと向き合った。
またしても静寂が落ちるかに思われたが、今回はさほど時間を空けずに彼女が言葉を紡ぐ。
「それで、何の用だ? 時間が勿体ないから、サッサと話せ」
「わかりました。 ミスリルを手に入れたんですが、扱い方をリーナさんに相談したところ、こちらを紹介されたんです。 あとのことは、直接話すように言われました」
「……! ミスリルだと……? 貴様たちは、到達者なのか?」
「いいえ。 ちょっとした縁がありまして、カイルさんから譲ってもらいました」
「カイル……『頂者』か。 見せてみろ」
「はい」
リュックサックからミスリルを取り出したライムは、エステルに手渡した。
対する彼女は、目を研ぎ澄ませて全体を観察したり、軽く叩いて感触を確かめ、何かを探り始める。
ルビーとマリンは、その様子を真剣な面持ちで眺めていた。
無言の空間が広がり、時計の秒針が5回転する頃になって、エステルが結論を下す。
「見事な純度だ。 流石は『頂者』だな」
「やった! じゃあ、高く買ってくれるの!? 相場では――」
「待ちなさい、ルビー。 それをこちらから言うのは、得策ではないわ」
「見くびるなよ、青娘。 ミスリルの相場くらい知っている。 そうでなくとも、卑劣な交渉をすると思われているのなら心外だ」
「……失礼しました」
青娘と言われたマリンは、不服そうな表情で謝罪した。
しかしエステルは、知ったことかとばかりに彼女から視線を切って、ライムに言い放つ。
「1,000万でどうだ?」
『1,000万!?』
「喧しい小娘たちだな。 何を驚いている?」
「だ、だって魔塔管理局では、相場は500万って言ってたから……」
「赤娘、それはあくまでも平均的な相場だ。 純度によって、当然価格は変わる。 そしてわたしは、このミスリルになら1,000万出しても良いと判断した。 それだけのことだ」
「なるほど……。 なんとなく理解出来ます。 お父様、いかがなされますか?」
マリンは問い掛けの形を取っていたが、答えはわかっているつもりだった。
ルビーもニコニコ笑っており、話が纏まると確信している。
ところが――
「いえ、タダで結構です」
『え!?』
「……何を考えている、ホムンクルス?」
「そう警戒しないで下さい。 ですが、確かにタダと言うのは語弊がありますね。 料金を頂かない代わりに、今後も何かあれば頼らせて欲しいんです」
「リーナを介さずとも、わたしにコンタクトを取れるようになりたい……そう言うことか?」
「その通りです。 貴女ほどの職人と関係を築けるなら、その方が良いです」
「ふん……。 わたしを、1,000万程度で買えると思っているのか?」
「では、いくら支払えば?」
「いや、金はいらない。 その代わり……」
そこで双子を見やったエステルは、再びライムに顔を戻して告げた。
「小娘どもの魔塔武装を、わたしに手入れさせろ。 あの腕輪は、そうなんだろう?」
「お気付きでしたか、流石ですね。 手入れに関しては、こちらから頼むつもりでしたが……良いんですか?」
「構わん。 魔塔武装は、極めて特殊な装備だ。 それを手入れするのは、わたしにとっても大きな経験だからな」
「わかりました。 ルビー、マリン、装備を出してくれ」
「あ……う、うん、わかった!」
「か、かしこまりました」
思わぬ展開に呆然としていた娘たちだが、なんとか反応して双剣と長槍を顕現した。
それを見たエステルは、スッと目を細めている。
そのことに気付かず、ルビーたちは躊躇いながら装備を差し出した。
渡されたエステルは丁寧に扱い、一旦作業台に載せる。
そして、棚に置かれていた完成品の中から双剣と長槍を選び、双子に押し付けた。
反射的に受け取った2人は、どうすれば良いかわからなかったようだが、エステルは構わず言い放つ。
「3日預かる。 その間は、それを使え。 両方ともミスリル製の武器だ、性能は保証する」
「う、うん、わかった。 でも! 変なことしないでよ!? すっごく大事なものなんだからね!?」
「わたくしもです。 貴女の腕を疑っている訳ではないですが、くれぐれもよろしくお願いします」
「言われるまでもない。 それにしても……」
腕を組んで繁々と、ルビーたちを眺めるエステル。
一方の双子は落ち着かない様子だったが、彼女は全く頓着せずに、自身の疑問を叩き付けた。
「貴様たち、あれをどこで手に入れた?」
「どこって……パパにもらったんだけど」
「同じくです。 あれは、お父様からの贈り物です」
「……ホムンクルス、本当か?」
「えぇ、そうですね。 念の為に言っておきますが、わたしが自分で手に入れた訳ではありません。 だからと言って、不正に入手した訳でもありません」
「ふむ……嘘ではなさそうだな。 それはそれで謎が残るが、取り敢えず不問にしよう。 話は以上だ。 3日後にまた来い」
「はい、有難うございます。 ルビー、マリン、帰ろう」
「はーい、パパ! エステル、頼んだわよ!」
「仕上がりを楽しみにさせてもらいます。 お父様、参りましょう」
作業場を出たライムたちは、家に帰って行く。
背後からは、すぐに金属を打つ音が聞こえ始めた。
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