第10話 ミスリル
夕日が沈みかけている時間帯。
ライムたちは、魔塔管理局に帰って来た。
まだ体力や魔力にゆとりはあるが、現時点では夜までに帰還する方針。
日を跨ぐとなれば、野営の準備などが必要だからだ。
高い階層に挑む場合、食料の問題が特に深刻になりそうだが、その為に用意したのがリュックサックの魔道具。
この魔道具には、見た目以上に多くの物を収納出来るだけではなく、食材を新鮮に保つ効果まで備わっているのだ。
1度踏破した階層は、次回以降最短距離で突破出来るとは言え、ライムの見立てでは、日帰り出来るのは10階層まで。
その先は、恐らく魔塔で夜を明かすことになる。
近いうちに備えを始めようと考えつつ、ライムは娘たちとともに換金所に向かった。
魔石や収集した果物などの素材、そしてカイルに譲られたインゴットを、ジェニムに換えるのが目的。
ルビーとマリンはインゴットがいくらで売れるか、ワクワクしている様子だったが、ライムはふと別のことを思い付いた。
「2人とも、少し待ってもらえるか?」
「ん? どうしたの、パパ?」
「まさか、具合でも悪いのですか……?」
「いや、体調は問題ない。 ただ、そのインゴットに関して、もう少し詳しく知りたいと思ってな」
「そう言えば、どんな素材か聞いてなかったね……」
「そうね、ルビー……。 不覚だわ……」
浮かれていたことが恥ずかしくなったのか、俯いて顔を赤くする双子。
そんな娘たちに苦笑したライムは、インゴットを手に別のカウンターに足を向けながら、それとなくフォローすることにした。
「そんなに気にしなくて良い。 今後は、新しい素材を手に入れたら、確認する癖を付けよう。 わたしも意識しておく」
「う、うん、わかった!」
「実際、どう言った素材かは気になります」
「確かにね! 65階層の素材って言ってたから、楽しみ!」
「不本意ながら、同意するわ。 ところで、どのようにして調べるのですか、お父様?」
「リーナさんに聞こう。 自分で調べても良いが、その方が早い」
「あの人か~……。 ちょっと苦手なんだけど……」
「昨日は助けてもらいましたし、悪い人ではないと思いますが……」
ライムとしては当然の選択であり、他意はなかったが、ルビーたちはやや表情を曇らせる。
実際、リーナにはどこか不思議な雰囲気があるので、2人の感覚はあながち外れてはいないとライムは思った。
しかし、今のところ害はないと結論付け、今回は意見を押し通す。
娘たちに向き直ったライムは、敢えて自信満々に言い放った。
「彼女なら大丈夫だ。 能力的にも問題ない」
「……そうだね。 わかったよ、パパ! 行こう!」
「妙なことを口走って、申し訳ありません。 わたくしも、彼女を信じます」
両腰に手を当ててニコリと笑ったルビーと、体の前で両手を重ねて丁寧に頭を下げたマリン。
完全に受け入れられた訳ではないようだが、2人もリーナに任せることに決めたらしい。
すると――
「では、お話をお伺いします」
『ひゃ!?』
背後に寄っていたリーナに声を掛けられて、ルビーたちが悲鳴を上げる。
一方のライムは視界に入っていた為、無反応。
娘たちに教えなかったのは、その方が面白そうだと思ったからだ。
彼はときどき、悪戯を仕掛けたくなる癖がある。
狙い通りに驚いた2人は、鼓動を鎮めるように胸を押さえて振り向き、リーナに文句を言おうとしていたが、その前にライムが口を開いた。
「リーナさん、お疲れ様です。 今日は手に入れた素材について、詳細を教えてもらいたいのですが」
「お疲れ様です、ライムさん。 かしこまりました。 どのような素材でしょうか?」
柔らかな笑みを浮かべたリーナが、ルビーたちを放置してライムに問い掛ける。
そのことに双子は、より一層腹立たしそうだったが、仇(?)は父親が討ってくれた。
「これです」
「これは……まさか、ミスリル……? どうして、ライムさんたちがこれを……?」
「魔塔の中で『頂者』、カイルさんと出会いまして。 食事をご馳走したお礼として、譲ってもらいました」
「……なるほど、そうでしたか」
流石のリーナも予想外だったようで、驚愕に目を見開いていた。
それを見たルビーとマリンは、少なからず胸がスッとしている。
結局、3人全員を驚かせた張本人とも言える、ライムだけが平然としていた。
だが、リーナは短時間で立ち直り、粛々と業務を遂行する。
「こちらの素材はミスリルと言いまして、非常に貴重な金属です。 現代の技術で生成するのは不可能とされており、様々な装備などの素材として利用されます。 その希少性に相応しく、何に使うにしろ高い性能に仕上がります。 勿論、製作者にもよりますが」
「そ、そんなに凄い素材だったんだ……」
「やはり上層は、凄まじいわね……」
「ちなみに、買い取り価格の相場は500万ジェニムです」
「500万!?」
「安い家なら買えるのではないかしら……?」
リーナの解説を聞いて、ルビーは頬に両手を当てて叫喚を上げ、マリンは口を手で覆い、戦慄している。
それに比してライムは落ち着いており、次なる問を投げ掛けた。
「それでは、どのように扱うのが最適でしょうか? ここで換金するのが手っ取り早いですが、他にも方法があるなら教えて欲しいです」
「最適な扱い方ですか。 魔塔管理局の局員としては、換金をお勧めしたいですが……」
そこで言葉を切ったリーナが、周囲の様子を窺う。
例の如く目立っているので、ライムたちを注視している者は少なくないものの、聞き耳を立ててはいない。
そのことを確認したリーナは、制服のポケットからメモ帳を取り出し、何事かを書き始めた。
ルビーとマリンが不思議そうに顔を見合わせるのに構わず、リーナはメモ帳のページを千切って、無言で待っていたライムに手渡して告げる。
「よろしければ、ここに行ってみて下さい。 あとのことは、そこにいる人と話してみると良いでしょう。 名前は、エステル=ハリスさんです。 わたしからの紹介だと言えば、会ってくれると思いますよ。 たぶん」
「最後の最後で、不安になりましたね……」
「気のせいですよ、マリンさん。 単に何事も、絶対ではないと言うだけです」
「ホントかしら……。 パパ、どうするの?」
明らかにリーナを不審に思っている、ルビーとマリン。
左右から娘たちに目を向けられたライムは、メモ帳に記された場所を見て、おとがいに手を当てながら思考を巡らせた。
西区画にあるギルド、『女神の鍛冶場』。
自分が行くのは構わないが、治安が悪いと言われる西区画に、ルビーたちを連れて行くのは躊躇われる。
とは言え、今後もトライアで暮らして行くなら、そうも言っていられない。
覚悟を固めたライムは、自身の答えを述べた。
「行ってみよう。 ただし、少しでも危険を感じたら帰るぞ」
「かしこまりました。 お父様は、わたくしが守ります」
「あたしだって! パパをイジメる奴は、許さないんだから!」
瞳の奥に、冷たい炎を灯らせるマリン。
気勢を上げて、熱い闘志を滾らせるルビー。
少々やる気が過ぎるように感じたライムは、内心で苦笑をこぼしながら、リーナに向かって頭を下げた。
「今日もお世話になりました、リーナさん。 紹介までしてくれて、有難うございます」
「お気になさらず。 エステルさんは少し変わった人ですけれど、ライムさんなら大丈夫ですよ。 ルビーさんとマリンさんは、若干不安ですが」
「ちょっと、リーナ! それ、どう言う意味よ!?」
「まったくです。 ルビーはともかく、わたくしもと言うのは聞き捨てなりません」
「マリン! あんたも喧嘩売ってるわね!?」
「落ち着け、ルビー。 マリンも、さり気なく武器を出そうとするな」
「だって、パパ~!」
「……申し訳ありません」
涙目で縋り付いて来たルビーと、腕輪から手を放したマリンの頭を、優しく撫でるライム。
そんな3人をリーナは、ニコニコ笑って眺めている。
彼女も実は悪戯癖を持っているのかと、ライムは小さく溜息をつきながら、娘たちの背を押して歩み出した。
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