第9話 頂者
2階層攻略の証として、石板に触れたライムたち。
そこで一息ついた彼らは、周囲の安全を確かめてから、レジャーシートを広げた。
各階層には石板の近辺も含めて、いくつかの安全圏があるが、それもどこまで信用出来るかわからない。
何かの拍子に、魔物が侵入して来る可能性も捨て切れない為、なるべく警戒を続けるのがセオリーだ。
時刻はちょうど正午を回ったくらいで、昼食を摂るのにタイミングが良いと言う判断。
揃って腰を下ろした3人が、パメラから渡されたランチボックスを開けようとした、そのとき――
「あ~、流石に果物と野菜だけじゃキツイぜ。 肉が食いたい、肉を。 まぁ、あと少しで出口だし、我慢するか……」
1人の男性が、3階層から階段を下って来た。
年齢は30歳前後。
逆立った濃緑の髪と、血のように赤い瞳。
身長は170センツくらいで小柄だが、ライムは力が凝縮されている印象を抱いている。
使い古された灰色の短パンに、黒のカットソー。
足元は、なんと裸足。
魔塔に挑むにしてはラフ過ぎる格好に思えたが、何故だかしっくり来た。
背中には、途轍もなく大きなリュックサックを背負っており、これでもかと荷物が詰まっている。
満足の行く食事を摂れていないからか、ウンザリとした顔付きながら、欠片も衰えているようには見えない。
内心で警戒心を高めたライムは、いつでも立ち上がれるようにしながら、静かに様子を窺った。
ルビーとマリンは戸惑っており、ランチボックスを開くことも出来ず、目を丸くして硬直している。
それほど、この男性からは異様な雰囲気を感じていた。
すると、ようやくしてライムたちに気付いたように、男性が3人に目を向ける。
いや、より正しく言うなら、彼らが囲っているランチボックスに。
「おぉ!? スゲェ良い匂い!」
「わ!? ち、ちょっと、何よあんた!?」
「こ、これは、わたくしたちのお弁当ですよ……!?」
物凄い速さで階段を下りて、ランチボックスにがっつく男性。
ライムとしては、止めようと思えば止められたが、敵意はなさそうなのでスルーした。
しかし、ルビーとマリンはそうは行かず、必死にライチボックスを守っている。
だが、男性は諦め切れないようで、両手を合わせて拝むように懇願した。
「固いこと言わねぇでくれよ! ここんとこ、ろくなもん食ってねぇんだ! ちょっとだけで良いから、分けてくれって!」
「嫌よ! あたしたちだって、お腹減ってるんだから!」
「それにこれは、パメラさんがわたくしたちの為に作ってくれたのです……! どこの誰かも知らない人に、譲る訳には行きません……!」
「そこをなんとか……って、パメラ? それって、『月夜の歌声』のパメラか?」
「そうですけれど、それが何か?」
「いや、道理で美味そうな匂いだと思ってな。 『月夜の歌声』の料理は、どれも最高だからなぁ」
どこか遠くを見て、しみじみと呟く男性。
そんな彼の姿に、ルビーとマリンは顔を見合わせている。
一方のライムは、しばし考えてから答えを出した。
「ルビー、マリン、わたしの分を彼に分けてやってくれ」
「パパ!?」
「お父様……!?」
「2人と違って、わたしは戦っていないからな。 大して、お腹も空いていない。 魔塔では、他の挑塔者と協力する場面もあるだろう。 そのことを思えば、ここで彼と良い関係を築くのは、決して間違った選択じゃない」
「兄ちゃん……良く言った! そうだぜ、嬢ちゃんたち! 魔塔では、持ちつ持たれつなんだよ! 今度何かあったら俺が手を貸してやるから、今回は譲ってくれって!」
「う~、わかったわよ! 特別だからね!? でも、パパだけ食べないなんて駄目! だから、あたしのもちょっと分けてあげる!」
「ルビー、わたくしの分もよ。 3人で公平に、少しずつ分けましょう」
「いや、キミたちはしっかり食べて良いんだが……」
『駄目 (です)!』
「……仕方ないな」
娘たちの迫力に押されたライムは、溜息交じりに肩をすくめて、ランチボックスを開く。
中には、サンドイッチがギッシリと詰められていた。
タマゴサンドやベーコンレタスサンド、カツサンドにフルーツサンドまで。
様々な種類があり、ルビーとマリン、男性は目を輝かせている。
そのことに苦笑したライムは、率先して声を発した。
「食べよう。 頂きます」
『頂きます!』
男性を含めた3人の声が重なる。
またしても苦笑しつつ、ライムはタマゴサンドを手に取って、口に運んだ。
期待通りの味で、舌鼓を打っている。
ルビーとマリンも満面の笑みになっており、カツサンドを食べた男性に至っては、涙すら流していた。
その後も4人は弁当を楽しみ、さほど時間も掛けずに完食する。
非常に満足度が高く、ライムを含めた全員が幸せな気分になっていた。
すると、そのときになって我に返ったのか、男性が今更なことを言い出す。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったな。 俺はカイル、よろしくな!」
「よろしくお願いします。 わたしは、ライム=ハワードです」
「ルビー=ハワードよ!」
「マリン=ハワードと申します」
「ん? お前ら家族なのか?」
「はい、2人は双子の娘です」
「パパよ!」
「お父様です」
「へぇ……ホムンクルスの父親に、双子の娘か。 中々、面白ぇな。 て言うか、ライムは本当にホムンクルスなのかよ?」
「えぇ、そうです」
「スゲェな。 ここまで人間らしいホムンクルスは、かなり珍しいぜ」
「ふふん! パパは特別だからね!」
「お父様は、完全に完璧でパーフェクトなのです」
「はは! なるほどな! ますます面白れぇ! 見ねぇ顔だけどよ、トライアには最近来たのか?」
「はい、今日で2日目です。 ギルド名は、『宝石姫』と言います」
「マジで来たばかりかよ! こいつは、良いタイミングで帰って来れたぜ!」
ライムの返答を聞いて、胡坐をかいたまま愉快そうに膝を叩くカイル。
対するライムは、食後の紅茶を嗜みながら、淡々と尋ね掛けた。
「ところでカイルさんは、もしかして『野良猫の隠れ家』のリーダーですか?」
『え!?』
「おー。 新参者なのに、良くわかったな。 あ、パメラから聞いてたか?」
「名前だけですが。 あとは、感じる力から察しました」
「ほほう。 俺もライムはただ者じゃねぇと思ってたが……こいつは、予想以上かもしれねぇな」
ライムの言葉にルビーとマリンが驚く中、カイルは平然と認めた。
そして、自身の強さを感じ取ったと言うライムに、強い関心を示している。
ただし、それは敵対的なものではなく、純粋な好奇心。
彼がどれほどの実力者なのか、単純に知りたいようだ。
もっとも、本人にそのつもりはない。
「『宝石姫』でメインに活動するのは、ルビーとマリンです。 わたしはサポートに過ぎませんよ」
「そうなのか? お前が主力になれば、楽が出来ると思うけどな」
「それは許容出来ません。 わたくしは、お父様を守れるくらい強くなりたいのですから」
「あたしだって! いつまでも、パパに守られてばかりじゃ嫌だもん!」
「……なるほどな。 良いと思うぜ」
ルビーとマリンに反論されたカイルは、真剣に感心した様子だった。
彼の反応を双子は訝しく思っていたが、流れを断ち切ったライムが、続いての問を投げる。
「カイルさん、随分と収穫があったようですが、どこまで行って来たんですか?」
「あー、今回は65階層だな。 期間は……忘れちまった。 1か月以上は掛かったと思うぜ」
「65階層!?」
「1か月……!?」
「落ち着け、ルビー、マリン。 カイルさんは『頂者』だ、驚くほどのことじゃない」
「おいおい、その呼び名はやめてくれよ。 俺は別に、自分が1番だとは思ってねぇし」
「ですが実際問題として、単独でそこまで行ける者は他にいないのでは?」
「それはわかんねぇぜ、ライム。 俺が知るだけでも、やらないだけで出来そうな奴は何人かいるし、何ならお前も行けるんじゃねぇか?」
「買い被りですよ」
「そうか? 俺はそう思わねぇけどな」
ニヤリとした笑みを湛えて、ライムを見つめるカイル。
それを受けても彼の鉄仮面は小動もせず、諦めたカイルは苦笑して立ち上がった。
そして、荷物の中から1つの金属――インゴットを取り出して、ライムに放る。
片手で受け取った彼は、視線でカイルに真意を聞いたが、特別な思惑などない。
「飯の礼だ。 65階層で拾った素材だから、それなりに良い金になると思うぜ」
「え!? 良いの!?」
「待ちなさい、ルビー。 カイルさん、それは流石に高価過ぎるのでは……」
「良いんだよ、マリン。 マジで美味かったし、お前らみたいな面白い奴らに会えたしな。 もし気が引けるってんなら……今後もよろしくってことでどうだ、ライム?」
「……わかりました、有難く頂いておきます。 わたしたちも北区画に住んでいるので、また会うこともあるでしょう。 改めて、よろしくお願いします」
「おう! じゃあ、俺はそろそろ行くぜ。 ガキどもが待ってるからな。 お前らも、あんまり無理せずほどほどにしろよ」
言葉を残したカイルは背を向けて、手をヒラヒラ振りながら立ち去った。
いまいち掴みどころがないものの、強いのは間違いない。
そんな人物と、少なくとも現状は友好関係を持てたのは、大きなアドバンテージだとライムは考えている。
ルビーとマリンは、何とも言い難い顔をしているが、ひとまず今は自分たちのことだ。
「さぁ、そろそろ出発しよう。 上手く行けば、3階層も突破出来るかもしれない」
「そ、そうだね! やっちゃうよ~!」
「わたくしも、意識を切り替えて頑張ります」
「それで良い。 では、行こうか」
「うん!」
「参りましょう」
ライムの呼び掛けによって、立ち直ったルビーとマリン。
後片付けを終わらせて、再び戦闘態勢を取る。
そうして彼らは3階層に足を踏み入れ、その日のうちに攻略するのだった。
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