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「……っ」

 言葉を探しあぐねてデルウェンが下を向く。

 しかし、そのまま黙って終わるわけもなかった。

「っこの、親不孝者が!」

 激高してこちらへ殴りかかってくる。取り押さえられていた腕を振り回して、衛兵を振り払ってこぶしを振り上げる。

 衛兵はとっさに対応ができなかった。第一に守るべき国王とアトラが反対方向にいたこと、国王を背後に庇ったためにデルウェンがアトラに向かうのを止められずにいる。

 誰かの悲鳴が上がる。暴力沙汰を見慣れていないのだろう。……それが当たり前ではあるが。

 殴りかかってくる父親を、アトラは真っ向から見据えた。何度となく殴打された記憶がよみがえり、足がすくむ。それでも、これは意地だ。屈してなどなるものか。

(イーラに殺されそうになったときは、もっと怖かったし……)

 そのことを思い出せばこのくらいのことは呑んでかかれる。殴られたからといって、顔が腫れるくらいだ。できれば頭への衝撃は避けたいが、そもそもデルウェンはあまり頭を殴らない。もちろんアトラの身を気遣っているわけではなく、頭を殴っても面白くないからだ。目に見えた変化があるわけでもないから、顔を殴って腫らした方がいいらしい。腫れた顔を見て笑いものにするところまでがお決まりだ。

 そういったこともついでに思い出し、さんざんやられてきた怒りを新たにする。

 モーリスが何かを察した様子でアトラを見た。庇って守ろうとしていた動きを止め、注視する体勢になる。何かあればすぐに動けるように、でも、それまでは手を出さない。そうした姿勢だ。

 それを視界の端に認めてありがたく思いつつ――アトラは、デルウェンの拳を避けた。

「!?」

 躱されたデルウェンが驚愕の面持ちでたたらを踏む。アトラは目を眇めた。

「お決まりの動きだもの、避けられるわ。何度殴られてきたと思っているの」

 大ぶりで決まりきった動きだから、そんなものは避けられる。現に、昔は避けていた。だが、避けられたことに怒りを募らせて殴打がさらに激しくなるから諦めて殴らせていただけだ。なるべく頭を守りつつ、奥歯を噛み締めて衝撃に耐え、頬が腫れるのだけは必要な犠牲だと割り切って。

 でも、もう我慢もおしまいだ。

「先に殴りかかってきたのはそちらだもの。これは正当防衛ってものだわ」

 確かめるように言い、アトラは――体勢の崩れたデルウェンの顔面に思い切りこぶしを叩き込んだ。

 驚きと痛みと衝撃に顔を歪ませ、デルウェンが床にへたり込む。呆気に取られて二人を見ていた衛兵が、そこでようやく我に返って職務を思い出したらしい。デルウェンを取り押さえ、厳重に腕を縛める。

「痛……」

 アトラも痛みに顔をしかめた。慣れていないせいで、殴ったこちらのこぶしも痛い。……慣れたくないものだ。

(でも、すっきりした!)

 こんなことは一度で十分だが、やり返してようやく収まった心が確かにある。長年の鬱憤がこの一発に籠められ切れたとは思わないが、衆目の面前で打ち据えられ、面目を丸つぶれにされたデルウェンの状況を思えば充分だろう。

『やったな、主よ』

 イーラも満足そうだ。そういえば好戦的な性格をしていた、と思い出しつつ、もしかして自分に似ているのかもしれないとも思う。愛玩動物は飼い主に似るものだそうだし、魔獣もそうかもしれない。

(ええ、イーラ。やった、わ……)

 振り返り、そこでアトラは動きを止めた。

 イーラの横にいたモーリスと視線が合う。そういえば彼は途中で後ろに下がり、アトラのすることを見守ってくれていたが……

(……どうしよう、嫌われた!?)

 今更ながらに怖くなる。やり返したことに後悔はないが、暴力的なところを見せてモーリスに嫌われたら……それは、すごく怖い。

 少し視線を交わし……モーリスがなぜか吹き出した。

「え……? あの……?」

 訳が分からずにいるアトラの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「そんな顔をするな。あいつは報いを受けて当然だし、やり返したことに喝采を送りたいくらいだ。あなたは……そんな顔をするくらい、本来は暴力沙汰が苦手なのだと分かるしな。そんなあなたを長年痛めつけてきた奴は殴り返されて当然だ」

「……貴族令嬢として……我ながら、ありえないことをしてしまったと分かっているのですが……」

「そもそもあいつが娘に対する扱いをしてこなかったことが原因だろう。貴族令嬢どころか奴隷に対する扱いだったし、そもそも奴隷に対しても人間的な扱いはしてしかるべきはずだが。まあ、気にするのも分かるが……必要だったと思うぞ。鬱屈は溜めていいことなどないから」

『そうとも』

 イーラもうなずいた。そしてさらに言う。

『だが、主よ。やり返すべき相手はもっと他にもいるのではないか?』

 魔獣の視線が、倒れ込んでいるウィリディスに向けられる。

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