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イーラだけでなくモーリスも王獣も無事、黒幕も押さえて、暴れていた魔獣たちも鎮まった。すべて無事に片付いて、これにて一件落着、と思ったが……
「…………ウィリディス……?」
聖堂に戻ったアトラが見たのは、衛兵たちに取り押さえられたウィリディスの姿だった。髪を振り乱し、美しいドレスも汚れて破れて悲惨きわまりない有様だ。
思わず同情を誘われそうな姿だが、どこまでいってもウィリディスはウィリディスだった。アトラの姿を認めると思い切り睨みつけてきた。人目があるのに取り繕わないのは、もうそこまでのことを気にしている余裕などないということだろう。いつも自分が優位に立ってアトラを見下していた彼女が、聖堂の床に押さえつけられてこちらを睨み上げてくるさまを目の当たりにするのはなかなかに衝撃的だった。
そういえば、とアトラは今更ながらに思い出す。あの黒幕が言っていたのだが、ウィリディスはエゼルの契約獣の魔珠を使い、魔獣を狂わせたのだ。黒幕と通じていたのだ。
「その者の身柄を押さえるように命じたのは我だ。このたびの混乱を収めてくださったお嬢さんの血縁であることは承知しているが、だからと言って罪に問わずにいる理由にはならない」
「国王陛下……!」
ひれ伏そうとしたアトラを手で制し、歩み寄ってきた国王は続けた。
「功労者の身内であっても、罪は個人に帰すものだ。それだけでなく……その者の父母にも疑いがかかっている。婚姻の際に法を守らなかった疑い、とくに王子妃となる娘に関して王家へ偽証した疑い、娘を虐待した疑い、魔獣を適切に扱わなかった疑いだ」
つらつらと並べ立てられて、アトラは呆気に取られた。内容が間違っているというのではなく――むしろ全部その通りで、とくにウィリディスについては思い切り誇張して美点を針小棒大に述べ立てていたのを聞きながら辟易していた覚えがある――、それらを国がきちんと裁く気があったのか、ということに対する意外さゆえだ。
国王は悔やむような表情で眉を寄せた。
「流行病の後の混乱を収めきれず、多方面に影響が出てしまった。お嬢さんの母御は我が妻と仲良くしてくれていたが、二人とも……」
アトラの母も、王妃も、その流行病に襲われてしまった。そこがアトラの生活の転換期だったのだが、今になってこんなふうに救われるとは思ってもみなかった。テネブレ公爵モーリスに拾われる形で救われ、心身の健康を取り戻させてもらって、さらにこれだ。実家に関するあれこれはもっと時間をかけてきちんと処理し、詰めていかなければならないだろうと考えていたが、ウィリディスがここまでのことをやらかしたせいで却って一気に片付きそうになってきている。
「ぐるる……」
イーラは納得しつつも不満そうだ。もちろん国王の言葉は全部わかっており、その妥当性も、おそらく適切な処分が下されるだろうことについても理解している。そのうえで、アトラに声を伝えてきた。
『我らをさんざん虚仮にしてくれた奴らが裁きを受けるのは気分が良いが、すっきりせぬ。この牙で噛みちぎってやれればと思うのだが』
(さすがに噛みちぎるのはやめてね!? それは私刑になってしまうし、それはそれで大問題だから! それに、イーラの牙をそんなことに使ってほしくないし……)
この手で叩いてやれればと言うくらいならまだしも、牙で噛みちぎるのは洒落にならない。失血死待ったなしだ。アトラの思考が伝わったらしく、イーラは牙を噛み鳴らすだけに留めて大人しくしている。
(……でも、そうよね。イーラの言うことは一理あるもの……)
されたことの沙汰をすべて国の法に任せるのが臣民に期待されるありようなのだろうが、事態がここまでこじれるまで放っておかれたアトラたちにも言い分はある。
それに、アトラは決めたのだ。この手でやり返すと。
「……まず」
アトラは口を開いた。
「ウィリディスのことばかりではなく、私の父母は王家に対して他にも偽証をはたらいていると思っています。私は伯爵家のお金の管理もさせられていたのですが……」
「待て! 何を言い出す気だ!? 育ててやった恩も忘れて……!」
なんだか横合いから喚き声が聞こえる。父の声のようだ。アトラがそちらへ目を向けると、ウィリディスほどではないがぼろぼろの姿で取り押さえられた父と継母の姿があった。
育ててやった恩と言われても困ってしまう。アトラを育ててくれたのは母だし、父と継母にされたのは養育ではなく搾取だし、忘れるも何も忘れるような恩がそもそも無い。むしろ、今の今まで聖堂にいる彼らの存在自体を忘れていた。
(……嫌いの反対は無関心だと言うけれど、嫌いを通り越して克服しても無関心になるのね……)
妙な納得を得ながらアトラは視線を向けた。無関心、無感動、軽蔑や嫌悪ですらないそれらを向けられた父と継母がたじろぐ。




