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「魔獣本来の繁殖の仕方ではないが、置き換わっていった。自らの血を分けて別個体を作るというやり方には違いないし、魔獣の体への負担も少ない。だからだ」
「……ずいぶん詳しいのね?」
ちょっとよそでは聞けないだろう話ばかりだ。アトラが言うと男性は肩をすくめた。
「これでもテネブレの者だからな。調べはついているのだろう? ……まさか知らないとか言わないだろうな」
疑うように言いつつ、隠すつもりはないらしい。アトラも一応そのことは知っているし、モーリスはもっと詳しく知っているだろう。
『主、注意せよ。こやつは何か……おかしいぞ』
イーラが言う。男性は片眉を上げてみせた。
「ほう、私の何がおかしいと?」
「! あなた、イーラの言葉が聞こえているの……!?」
イーラも驚愕した様子だ。尾がせわしなく動いている。
でも、とアトラは思い出す。
「モーリス様は、現代では私くらいしか魔獣の言葉が分かる人がいないだろうというお話をしておられたけれど……どういうこと!? テネブレ公爵家の関係者でありつつ、魔獣と話せる力を持ちつつ……秘密にしていたということ!?」
「そういうことだな」
軽く肯定されるが、穏やかではない。その能力を明かせば本人にとっても周囲にとっても利になるだろうに、意図して隠していたというところに不穏なものを感じる。それに、そんな重要なことをなぜアトラに明かしたのか。
(……まさか、ここで私の口を封じるつもりだとか……!?)
見たところ男性は丸腰だ。しかし王獣の魔珠を――イーラの卵でもある――を持っており、イーラの行動を縛っている。もしもこれを盾にされたら、イーラもアトラに牙を剥いたりするのだろうか。
緊張を漲らせつつ相手の出方を伺うが、男性はアトラの様子など目に入らないように話し続けている。
「しかし、黙っているのはきつかったな。話してしまおうと何度思ったことか……」
「……なぜそのお話を私に聞かせるの? ……黙っていた理由は何?」
尋ねることで相手を刺激してしまうだろうかと案じたが、知らなくてもまずいことになる可能性がある。なんだか話したがっているようにも見えるし、思い切ってアトラは言葉を挟んだ。待ってました、というように男性は答える。
「それはもちろん、お前が私と同じ力を持っているからだ。それなのに私がこの力を黙っていた理由が分からないか?」
「……分からないわ」
力はテネブレで尊重され優遇されるだろうし、特殊な能力の発現にままあるように気味悪がられたりはしないだろう。黙っていた理由が分からない。ここぞという時に状況を利用するためだろうか。
分かってないな、というように男性は首を振った。
「そんなの、決まっているじゃないか。私が王獣様に選ばれなかったからだ」
「…………え?」
まるで考えてもみなかった方向から理由が飛び出してきて、アトラは瞬いた。いったい今までの話のどこに王獣が関係していたのだろうか。
「人と協調してテネブレを統べる王獣様、そのお眼鏡に私は適わなかった。この力があったのにだ。言えるわけなどないじゃないか。力があったのに認められなかったなんて……」
「…………」
どう反応していいか分からず、アトラは沈黙した。
そういえばモーリスは、アトラがもしもテネブレ公爵家に生まれていたら王獣に選ばれるだろう、というようなことを言っていた。だが、この人の話を聞く限り、そういうものでもなさそうだ。
それでも、なんとなく分かる気がする。
アトラがもしも王獣の立場だったら、一緒に土地を治める相棒として、この人よりもモーリスを選びたくなるだろう。力の有無ではなくて、器の問題と言うべきか。
(……そう思うのだけど……同時に、なんだか身につまされるものがあるわ……)
力を持っていても認めてもらえず、意固地になって黙っている。自分もやりそうかもしれない。
「……でも、その能力があればテネブレの領地運営はもっとスムーズに回ったはず。それでも言わなかったのは……」
よそ者のアトラでさえあんなに重宝されたのだ。内部の者だったらもっともっと歓迎されただろう。そんなに求められている状況なのに黙っているなんて、やはりアトラには考えられない。
そんな考えがにじみ出てしまったのか、咎められたように思ったらしい男性がかちんと来たように眉を寄せた。
「お前ならもう少し分かってくれると思ったんだが。だって、お前も同じだろう? 半分しか血のつながっていない妹に家を乗っ取られ、みじめな境遇に追いやられていたじゃないか」
「……!? あなた、モーリス様とそこまで近しかったの……!?」
言われてみれば、風貌が似ていなくもない気もする。だが雰囲気が違いすぎる。モーリスが堂々として飄々としているのなら、この人は何というか、埋没的だ。あまり印象に残らない。……そのあたりもアトラと似ているかもしれないが。




