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 消えた人物に、飛び出した王獣。いったい何がどうなっているのか。

「モーリス様、王獣様はいったい……」

「魔珠を握られての命令には逆らえないが、逆らおうとした結果だろう。力の暴発に私たちを巻き込まないように出ていかれたのだ。まだ聖堂の一部が崩れるくらいで済んでいるが、いつまで堪えられるか……下手すると一帯が消し飛ぶ」

「そんな……!」

「ははっ、そうなれば面白いじゃないか! 王獣を使役して国を出ていこうかと思ったが、もろともに滅ぶならそれもいいな!」

 エゼルが狂ったように笑う。狂ったようにというか、もうすでに狂っているとしか思えない。今日のこの日に妃を得て次期王位継承者としての立場を確立するはずだった彼は、すべてを失おうとしているのだ。とはいえ、残っているものもあるだろうに。

「ウィリディスはどうなるの! 臣民のことばかりか、自分の周りにいる人のことさえ考えないなんて!」

 アトラは叫んだ。仲の良くない妹だが、こんな非常時にこうも蔑ろにされているのは穏やかではない。無駄かもしれないとは思いつつも、エゼルの改心を促して事態を少しでも好転させるべく思いつく限りのことを試す。愛する者の存在が少しでもエゼルの乱心の歯止めにならないかと淡い期待をする。

 だが、当然のように期待は裏切られた。

「ウィリディス? この金髪女か。そういえばそういう名前だったな」

「…………は?」

 思わず零れた声はアトラのものか、それともウィリディスのものかもしれない。

「見栄えがするから妃に適していると思ったが、私が位を追われればそれも意味がないだろう? 他人のことなど考えていられるか」

「…………」

 アトラは絶句した。王子としてどころか、人としてどうかと思うような発言に、自分の耳を疑いたくなってくる。

 彼の隣に立つウィリディスは震えている。彼女の気性を考えるに、傷つけられて泣きそうだなどという繊細さとは無縁だろう。うつむいていて表情は見えないが、怒りに震えているのだろうと思われる。

「アトラ、無駄だ。そいつのことは放っておけ。逃げた男の行方を知っているなら別だが……」

「知るわけないだろう! こんな事態を想定して示し合わせたりなどしているものか!」

「……言葉通りだろうな。締め上げて白状させようにも知らないものはどうにもならん」

 モーリスが首を振る。その間も、ときおり外から轟音が響いてくる。

「いちおう聞くが、王獣どのの魔珠がどこにあるかは……」

「あの者に扱いを任せた! 今どこにあるかなど知らん!」

 大きな溜息をつき、モーリスは表情に憂いを浮かべた。

「さっき探ったとき、王獣どのの魔珠は無かった。持ち歩いていなかったのは分かったが、どこにあるのか……この混乱の中で、あの男の足取りを追えるか? 追ったところで追いつけるか? 時間が経てば経つほど王獣どのは不安定になっていく。早急に魔珠を見つけなければならないが……」

「テネブレより預かった宝を、本当に申し訳ない。少し前までは我が管理下にあったのだが……愚息に託したせいでこんなことになるとは……」

 国王が項垂れる。国王が王子を庇ったりしないのはありがたいが、魔珠のありかは結局分からない。

「衛兵たちを動員して男の行方を追わせるのは……」

「人々の避難誘導で手いっぱいだろう。戦いが専門ではあっても追跡は専門外の者たちだ、動けるかどうか……。そうした調査を専門とする者を今から探して間に合うだろうか?」

 アトラの提案に国王が首を振る。

「魔珠を探し出して王獣どのを鎮めるのが間に合わないなら、せめて人的被害を少なくすべきだ。ともかくも聖堂から離れて……だが、王獣どのが力を振るわれたらどんな規模になるか分からない。力がどちらの方向に向くかも分からない。犠牲は出てしまうだろう。アトラにはせめて逃げてほしいが……」

「モーリス様は!? それに王獣様は!?」

「無事ではいられないだろうな」

 静かな口調でモーリスは言った。いつも飄々として余裕のある彼だが、切羽詰まると焦るのではなく肝が据わってしまうらしい。それは頼もしいが、そんな犠牲は絶対に嫌だ。

(何か……何か、私にできることを……)

 アトラは必死に考える。

「イーラ、匂いで辿ったりできない!?」

『もう少し空気が落ち着けばできるかもしれんな。だが、この状況では鼻がきかん」

 イーラから否定の答えが返ってくる。それなら次の一手を……とアトラは頭を必死に回転させた。

 そこへ、するりと忍び込むように声が聞こえてくる。

『――…………』

「イーラ、何か言った?」

『言っておらんぞ?』

 魔獣の声が聞こえない者にとっては、アトラは魔獣に一方的に語りかけているように見える。こんな状況でなかったら不自然さを指摘されただろうが、今は誰もそんなことに関心を向けていられない。

 アトラは耳を澄ませた。

(イーラではない……王獣様でもない……でも、なぜか聞き覚えのあるような声……)

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