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「馬鹿な!」

 声を荒げたのはモーリスだった。

「約定を破るか、クラーウィスの世継ぎよ! 我らを属領に貶め、魔獣を納めさせ、誇りを踏みにじっておきながら……最後の一線までをも超えようというのか!?」

 当事者ではなくて事情をよく知らないアトラでも、エゼルがとんでもないことを言っているのは分かる。クラーウィス王家はテネブレの王獣の魔珠を保有し、それを盾に言うことを聞かせている形だ。テネブレの地域を王国の一領土にして利益を得、その代わりに王獣の魔珠には手を出さない。丁重に保管すると、そういう約定が結ばれているはずだ。

 それを、ここへ来て破るという。暗黙のうちに保たれていた均衡を崩し、大っぴらに脅すかたちだ。なけなしの信頼関係も無に帰す。テネブレ領との今後の付き合い方を考えたら絶対にできないはずだが……

「……どうせもう、私には後がない。それならいっそ、好きなように動いてやる!」

 捨て鉢な笑いとともにエゼルは言い放った。王子の乱心に、辺りは水を打ったように静まり返る。

 その沈黙を破ったのは重々しい声だった。

「ひとつ訂正しよう、テネブレの人の主よ。その者はもはや世継ぎではない。それから、愚息の愚行を詫びよう」

「国王陛下……!」

 誰かが思わずといったように声を上げる。その言葉のとおり、クラーウィスの国王が声を上げたのだ。式典では主役たる息子に譲って目立たないように見守っていたが、事ここに至っては黙っていられなくなったらしい。それも当然だろう。

「我が第一子の王位継承権の剥奪をここに宣言する。とてもそれだけでは済むまいが、沙汰は追って下す。それまでは慎んでおけ」

 第一王子――もはやこの呼び方も正しくないかもしれないが――への厳しい態度に、モーリスはいくらか憤懣を収めた。ひとくちにクラーウィス王家といっても、現王とエゼルが立場を異にすることがはっきりしたからだ。

 国王が頭を下げたということの重大さもある。人々の頂点に立つ存在は簡単に頭を下げない。人々の代表として、負って立つものが桁外れだからだ。軽々しく頭を下げることは人々を貶めることになる。

 その頭を下げさせたほど、エゼルの行いはひどいものだったが……これは国王としてだけでなく、半分ほどは親としての責任の取り方かもしれない。

 国王はさらに、アトラにも頭を下げた。

「お嬢さんにも愚息が迷惑をかけた。本人たちの意思を尊重するつもりだったのと、目が行き届かなかったところもあった。忙しさもあったが、それ以上に……我が妃が去ってしまってからは、あれの整えた縁談について考えるのもつらかったのだ」

「いえ、そんな、陛下! こちらこそ、陛下を煩わせてしまい、不徳の致すところでございます」

 アトラは亡き王妃に可愛がってもらったが、王とはさして面識があったわけではない。それも当然で、母親同士のつながりで私的に可愛がってもらっていただけだからだ。国王については公の顔しか知らないし、こうしたことに関心がないのだろうと思っていた。ウィリディスの王室入りを認めたのだからエゼルのような思考回路をしているのだろうと思っていたが、それは失礼すぎる考えだったようだ。クラーウィス国民としても、王妃を慕った者としても、国王陛下が立場に驕らない方でよかったと心から思う。

 国王が場を収め、騒動は落ち着いたと見えた。式は台無しだし、そもそも主役が舞台を降りるというありさまだが、ともかくもこれ以上ひどいことにはなるまい。みんなそう考えたらしく、辺りには弛緩した雰囲気が流れる。これからどうなるのか、王位継承権が繰り上がるのならどのように動いたらいいか、そんなことを算段している気配がする。

 だが、まだ何も終わっていなかったのだ。王はたしかに国内で一番の権力者だが、その権力は当然のことながら、人にしか及ばない。魔獣には及ばない。

「ぐ、う……」

 王獣が苦しそうに唸った。アトラにだけ聞こえる声ではなく、唸り声だ。呻き声にも聞こえる。

「王獣どの!?」

 異変を察したモーリスが案じて手を伸ばすが、その手が弾かれるように振り払われた。王獣の嘴からは唸り声が漏れ、羽毛が逆立っている。大きな翼が蠕動するように動き、まるで何かを必死に堪えているような様子だ。

『いかん! 狂いかけておる!』

 イーラの切羽詰まった声が聞こえた。どういうことなのか、一瞬アトラの理解が遅れる。

 その一瞬で事態は悪化した。王獣が轟くような叫び声を上げ、聖堂を飛び出す。直後、轟音が起きて聖堂の一部が崩れた。

「モーリス様! イーラが、王獣様が狂いかけていると……!」

 状況把握の遅れを悔やみながらアトラは早口に伝えた。モーリスは額に汗を浮かべつつ、王獣が出ていった方向から無理やり視線を引きはがし、舌打ちをした。

「転がしておいた奴がいなくなっている。いつからか意識を取り戻していたな。厳重に縛り上げておけばよかった」

 言われて見てみれば、たしかに横たわっていた人物がいなくなっている。騒動に乗じて身をくらましたらしい。

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