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 だが、そんな場違いに甘い空気を、デルウェンの声がぶち壊した。

「テネブレ公! いくら公爵といえ、他家の娘を親の許可も得ずに婚約者にしようとするなど……弁えがありませんぞ! その娘はラクス伯爵家の娘、私の保護下にあるものです!」

「……その娘を追い払うように扱ったのは卿だと記憶しているが。扱いもひどいものだったし、あの夜会に出ていた者はみな覚えていると思うのだが」

 モーリスはつとめて抑えた語調で言ったが、声には憤懣が滲み出ている。

 魔獣騒ぎがあった後とは思えない私的にすぎるやり取りだが、周囲の人々は制止することなく聞いている。混乱が尾を引いている者もいるだろうし、騒ぎの中心にいる面々がやり合っているのを無視しにくい状況もあるだろう。ともかくも、デルウェンの勝手な言い分が滔々と流れていく。

「多少行き過ぎた面があったかもしれませんな。だが、娘は娘。親の言うことに従うのが道理でしょう。……お前も、家出なんて子供っぽいことをしないで戻ってきなさい」

「…………戻る?」

「そうとも。もう充分だろう? 心配したのだぞ」

 アトラの鸚鵡返しの問いかけに、絶対に心にもないだろう言葉が返ってくる。呆れて二の句が継げないが、それを肯定と取ったのだろうか、デルウェンはさらに言葉を続けた。

「お前がいなくなってからというもの、家の中がどうも上手く回らなくっていかん。とりあえず戻ってこい。王子殿下に嫁げば王都と領地は目と鼻の先だ。いつでも戻ってこられる」

(結局、私を利用したいだけじゃないの……!)

 親らしいことをしてもらった覚えなどない。娘らしさを求められても突っぱねていいはずだ。実家に戻るのは絶対に嫌だし、王子妃になるのもお断りだ。そもそもあちらだって嫌だろう。……事態が収束した後、王子の身分が残っているかは知らないが。

「なるほど」

 モーリスが鼻で笑った。

「ラクス伯爵家の財政状況が悪くなっているのは噂にもなっているな。虐げていた娘にそのあたりのことを丸投げして、しかもその有難みに気づかずのうのうと暮らしていたからこその今だろう。自業自得、笑止千万だな」

(あ……そういうこと……?)

 アトラにはそこまではっきりと気づいていなかったが、情報を繋ぎ合わせると確かにそう見えてくる。モーリスの言葉は図星だったらしく、デルウェンが狼狽えつつも誤魔化すように語勢を強めた。

「他家のことをあれこれと……! 重ね重ね無礼ですぞ!」

 アトラとしてはこの状況をどう思えばいいか分からない。これ以上みっともない姿を晒さないでほしいと思いつつ、いっそもっとみっともなく騒いでラクス伯爵家の張りぼてっぷりを晒せばいいとも思ってしまう。一つだけ確かなのは、アトラはもう実家に戻るつもりはないということだ。

「……お忘れかもしれませんが、伯爵。私が出ていくことになったとき、どういった背景があったか……もう一度思い出させて差し上げましょうか?」

 父ではなく、あえて伯爵と呼びつつアトラは皮肉った。突かれて困るところがラクス伯爵家にはたくさんある。イーラの飼育状況やアトラへの扱いについても、遡って調べれば言い訳のできない過失は容易に立証しうるだろう。

「ぐうっ……!」

 デルウェンが唸った。そのあたりのことは自覚しているのだろう。衆目の面前でやり込められた状況で下手に騒ぎ立てると立場がさらに不利になることを理解し、デルウェンが憎々しげにアトラたちを睨みつける。その表情ひとつ取っても、先ほどの娘云々の言葉が嘘だと分かるというものだ。

 その時、王獣の声が飛んだ。

『――いかん!』

 親子喧嘩を繰り広げていたが、元よりそんな場合ではなかった。騒ぎを起こした魔獣たちの魔珠を確保し、元凶の人物は気絶した状態で横たわっている、その状況に気の緩みが生まれていた。

 元から割れていた聖堂の窓という窓の硝子が粉々になり、強風に破片が混ざって吹き付ける。いったんは収まったはずの状況が再び悪化し、しかも先ほどのものよりも大きい。モーリスが鋭い声を飛ばした。

「王獣どの!」

『やれやれ、魔獣使いの荒い……!』

 王獣は鋭く地を蹴り、飛び上がりつつ翼を大きく広げた。広げられた王獣の翼は人を五人くらい覆い隠せそうなほど大きいが、それでも聖堂の広い空間にあっては小さく頼りなく見える。

 だが、それは見かけだけだった。漆黒の翼が羽ばたくたび、暴風が巻き起こる。降り注いできた凶器のような風を押し戻し、人々を守った。

「……すごい……」

 アトラは思わず呟いた。王獣と呼ばれるだけあり、その力は桁外れだ。少し背筋が寒くなるほどだ。

(私たちを守ってくださる味方だから頼もしいけれど……もしもこの力が敵方にあったら……? クラーウィスとテネブレの戦争のとき、王獣様はこの力を振るわれて、でも、それでも魔珠を奪われている……)

 そこまで考え、なんだか嫌な予感がしたときだった。黙っていたエゼルが口を開いた。

「テネブレの王獣。こちら側につけ」

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