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(……こんなところで、見世物になっていいような存在ではないのに)

 そう思いつつ、目が離せない。目が吸い寄せられる。

 魅入られてじっと見つめていたせいか、アトラは魔獣が非常に怒っていることが伝わってきた。はっとして周囲の人々を諫めようとするものの、アトラの話を聞いてくれそうな人が一人もいない。

「あの……」

 業者らしき人が声を上げ、場の空気を破った。魔獣を運んできたのだから業者だろうとは思うのだが、服装が洗練されており、貴族の付き人のように見える。魔獣を購入する者の客層を考えるとそうした装いも納得だ。

「こちら、どこにお運びしましょう?」

 魔獣の檻を指して言う。当然の言葉だ。玄関先に魔獣を檻ごと置いていけるわけがない。屋敷の者に見せるために一度は玄関先に運ぶのはいいとして、飼育場所はどこになるのかと聞いているのだ。

「ああ、それなら、空いている部屋がいくらでもあるだろう」

 その言葉にぎょっとしたのはアトラだけではない。業者もだ。だが、父も継母も妹も、誰一人としてそのおかしさに気づいていない。

「お、部屋、と仰いましても……」

 業者は救いを求めるように周りを見回し、自分と同じ反応をしているアトラに気づいたらしい。助けを求めるような視線を受け、アトラも内心困り果てる。

(私が何を言っても聞いてくれるわけがないと思うけれど……。まあでも、外部の人がいる時にはいちおう取り繕ってくれるかな……)

 そもそもアトラのことが業者からどう見えているのか分からない。一人だけ黒髪で、一人だけ古ぼけたドレスで、裕福な伯爵家の一員と見えているかは怪しい。だが、一応はこの場にいるということで発言を期待されているようだが……期待が重い。普段なら何を言っても取り合われないだろう自信があるが、いちおうは人目があるということで、アトラが発言しても流されたり怒られたりする可能性は低そうだ。多分。

「……魔獣を飼育するために、頑丈な鉄格子と相応の広さを兼ね備えたお部屋が必要です。運動場も併設して、自由に出入りできるようにしておくことも。魔獣の購入に先立って用意しておくべきですが……」

 アトラが言うと、同意を強く示して業者が首を縦に振る。しかし三人の誰もぴんと来ていない様子だ。

「お前は口を……まあいい。それは後だ。魔獣を飼う部屋だが、普通の部屋で良いのではないかな? 招かれて魔獣を見る機会はあったが、どこも犬猫のように普通に住まわせていたぞ」

 父デルウェンが言い、継母オーリアも妹ウィリディスも頷いている。それが共通認識のようだ。アトラは眩暈を覚えた。

(嫌な予感はしたけれど……魔獣を、ちょっと高級な愛玩動物くらいに考えているなんて……!)

 アトラは思わず業者と目を見交わした。業者も唖然とした表情をしている。

 アトラは南部に縁があり、南部は魔獣の名産地であるテネブレ公爵領を含んでいる。そのため魔獣を見る機会は他の貴族令嬢より多かったと思うし、詳しい方だとは思う。だが、南部に縁があるのは父も同じだ。自身の妻の実家を訪ねたことは何度もあるだろう。それなのに、何を見てきたのか。――上っ面を撫でただけで、何も見てきてなどいなかったのだ。

「……魔獣を普通の部屋で犬猫のように侍らせられるのは、その家族が魔獣の信頼を得てからのことです。それまでは格子付きの専用の部屋で少しずつ馴らし、専門の調教師に依頼して馴染ませていかなければなりません」

 お金と時間と根気が膨大に必要だ。だからこそ魔獣を馴らしてみせられればステータスになる。箔がつく。……だが、そうしたステータスや箔の理由を三人は理解していないようだった。ただ単にすごそうだから、その程度に思っている。……頭が痛い。

 嫌な予感をひしひしと感じながら、アトラは問う。

「ところで……調教師の当てはおありですか?」

「ないが、必要なら呼べばよい。……なんだ、いろいろと面倒そうだな」

「でもお父様、高貴な魔獣ですよ? そのくらいは必要なのではないかしら」

「そうとも、お前の言う通りだ。可愛いウィリディスや」

「…………」

 アトラが同じことを言ったら怒号が降ってくるだろうが、ウィリディスが言えばこの通りだ。話が早くていいのだが、やるせない。

「…………どちらにお運びいたしましょう」

 業者がなるべく表情を崩さないようにしながら丁寧に問いかける。さすが行き届いていると呑気に思ってしまうが、そんな場合ではない。

「格子か。ああそうだ、地下があったな。地下牢なら頑丈な格子がついている。使われていないしちょうどいい」

(使われていてたまるものですか!)

 アトラは思わず声に出しそうになるのをこらえた。

 この伯爵邸は古城が元になっている。部屋数は多いし、使われていない棟も隅塔などもあるし、地下牢もある。アトラが自室として使っている屋根裏のように空いた空間はいくらでもある。魔獣はそのどこかに適当に放り込んでおけばいいと三人は思っていたようだが、格子がついた空間となると、新しく用意しない限りは地下牢くらいしかない。そしてもちろん、新しく用意する時間などない。

 アトラはふと思いついて言ってみた。

「その、どうでしょう。魔獣を迎え入れる場所を整えるまで、差し戻しては」

 あわよくばそのまま話が立ち消えになってくれるとありがたい。そんな気持ちで言ったのだが、なぜだかこれには業者の方が難色を示した。

「……その、お嬢様。差し戻すのは……受け入れかねます」

「……そうですね。失礼しました」

「なぜお前が出しゃばって話を進めるのだ。せっかく入手できた魔獣なのだ、そうやすやすと手放さんぞ。差し戻すなんて駄目だ」

「そうですわね、あなた。場所が用意できればよいのでしょう? 地下牢でよいではありませんか」

 業者にも反対され、父や継母にももちろん反対され、アトラは差し戻しを諦めるしかなかった。

(……。もう、どうにでもなったら? 魔獣が暴れても私に被害は…………来そうな気がする…………)

「……では、地下牢にお運びいたします。場所をお教えいただきたいのですが……」

 投げやりになったり恐々としたりするアトラの内心を分かち合ってくれる人などいない。業者は差し戻しをさせまいとするかのように話を進めている。

 誰とも話が通じそうにない中、アトラはふと魔獣の方を向いた。目が合う。その目が細まり、気に入らない状況だと感じているらしいことが伝わってきた。

(ひえええ…………!)

 しかも、魔獣は喉の奥で低く唸るだけで吠えてもいなければ暴れてもいない。そうやって威圧しても状況がよくならないことを理解して、自律しているのだろう。……賢すぎて、恐ろしすぎる。

 気高くて誇り高そうなこの魔獣を、地下牢に押し込める? ……その後はどうなる?

 考えまいと、アトラは少しだけ現実逃避をした。

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