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「この人……」
見覚えがある。というか、この人は……
「……イーラ、その人の胸ポケットを探ってみて」
『何かあるのか? 承知した』
イーラは不思議がりつつも承知し、気絶して横たわる人物の胸ポケットから器用にカード状のものを押し出した。咥えて取り出し、こちらに示すようにする。
(ああ、やっぱり……)
アトラは何とも言えない顔をした。何が出てくるのかと不思議そうにしていたモーリスが進み出て、イーラが咥えたものを受け取って検めた。
「竜と剣の紋様。王家を示すものだな。エゼル王子、これはどういうことだ? 暴れだした魔獣たちの魔珠を持っていたこの者は、王家の関係者のようだが?」
アトラは覚えている。この人は確かに、ラクス家にイーラを連れてきた人物だ。第一王子と関係のある人物のはずだ。だが、エゼルは……そんなことも把握していなかったらしい。自分は口先だけで指示を出したり報告を受けたりして、誰がどんなふうに関わっているか、下の者を見てこなかったのだろう。
「なっ……!」
寝耳に水、といった顔をしたエゼルが声を失った。寝耳に水ではいけないと思うのだが。
「陰謀だ! 言いがかりだ! そちらが仕込んだものではないのか!? そうでなければ、なぜ胸ポケットに王家を示すものがあると知っていたのだ!
アトラは落ち着き払って説明した。
「以前、この方がラクス伯爵家に魔獣を連れてきたのです。どちらの方なのかを伺ったときに、それを見せていただきました。所属を示すものならいつでも同じ場所に仕舞って持ち歩いているだろうと思い、胸ポケットをと申しました」
「……っ! しかし、その者はそちらの魔獣が運んできただろう! 細工する隙などいくらでもあったはずだ!」
「……畏れながら、殿下」
衆目の面前でやりあう二人に、外野から声がかかった。振り向くと、一度は聖堂の外へ逃げ出したものの戻ってきたらしい人たちの中から声が上がっている。聖堂の入口の方から通路を戻ってきていたのだ。
「私たちは外で魔獣に襲われ、そちらの金色の獅子の魔獣に助けられました。細工をする時間などなかったことは確かです。魔獣はその人を咥えてすぐに聖堂へ飛び込みましたし、私たちも同時に戻ってきたのですから」
「それに、そんなことをする道理もありません。王家の紋様の偽造は大罪だと心得ていますので。それに、その人が王家の関係者であることはすぐに調べがつくでしょう。少なくともこちら側の者でないことは確かです。ですよね、モーリス様?」
「無論だ。公爵家の関係者は当主たる私がすべて把握している。たとえ臨時雇いの者であろうと、人の目につきにくい仕事をする下働きの者であろうと。王家に同じことを求めるつもりはないが……もう少し何とかならなかったのか? 仮にも次期王位継承者、人々の上に立つべき者であろうに。足元ががたがただぞ」
「…………!」
エゼルは何も言い返せず、こぶしを震わせて黙っている。第一王子の面目は丸つぶれ、非はすべて王家の側にある……と思われたところだが、モーリスが発言をひっくり返した。
「……と言いたいところだが。その者はテネブレの関係者であるようだな。我が叔父マヌスのお抱えの調教師だ。私が直接召し抱えている者ではないし、こちら側の者とも言い難いし、指示を出す立場にもないのだが。足元ががたがたなのはこちらも同じだな」
「ええ!?」
飄々と言うモーリスに、アトラは思わず声を上げた。モーリスは言葉通りにテネブレの人員を把握しているらしい。自分に敵対的な親族の配下まで把握しているのはさすがだが、アトラが王家の関係者と思ったその者は、じつはテネブレの者でもあるという。
「私としても説明してほしいものだな。テネブレの者が、なぜ私の知らないところで王家と通じているのか。王家に許されて紋様を使用しているのか。私の知らないところで規定以上の魔獣をクラーウィス王家へ流し、テネブレを裏切るような真似をしたのか」
モーリスが鋭い目をマヌスの方へ向けた。獲物を狙う魔獣のような視線に、じりじりと後ろへ下がって逃げようとしていたマヌスがひっと息を呑む。魔獣を不正に流している件を知られているとは思っていなかったのだろう。手の者が押さえられたうえに密売のことまで衆目の面前で暴かれ、マヌスは助けを求めるように忙しなく視線を動かした。
追い打ちをかけるようにモーリスが言う。
「このイーラも、私に黙ってテネブレ領から不正に連れ出された魔獣だ。アトラ嬢ともども私が保護したが、まさか私が気づかないとでも思ったのか? 『魔獣公爵』たるこの私が?」
マヌスと第一王子とをまとめて潰しにかかっているモーリスに、いよいよ焦りが募ったらしいマヌスが叫んだ。
「王子妃殿下! お助けください!」




