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「イーラ……!?」

 声がする方向を向いたアトラは、破れた窓からイーラが舞い降りてくるのを見つけた。だが、他の人たちはイーラのことを知らない。もしもラクス伯爵家の夜会に参加していた人がいるとしても、この状況で冷静に思い出して同一の個体だと判断するのは難しいだろう。新手の魔獣がやってきたとだけ認識し、人々の間から悲鳴が上がる。

 もっとも、その悲鳴も無理はなかった。イーラは口に人間を咥えていたのだ。魔獣が人間を食らっているようにしか見えないだろう。アトラも思わずぎょっとしたが、『気絶しておるだけだ』というイーラの声を聞いて胸を撫で下ろした。モーリスにも伝えて共有しておく。

「ところでイーラ……その人は誰なの? どういうことなの?」

 アトラが問いかけたが、その声をかき消すように壇上から声が降ってきた。

「見ろ! あの人喰い魔獣は『魔獣公爵』たちの手飼いだぞ! 魔獣に聖堂を襲わせて式を台無しにしたのは、やはりお前たちだったのだな!」

 こちらを指し、エゼル王子が声高に糾弾する。ウィリディスは言葉の効果を高めるように怯えた様子で王子に寄り添っていた。

(やはりも何も……イーラは人を食べてもいないし、私たちは魔獣に襲われた側だし……)

 呆れながら思うが、恐怖と混乱の中、王子の言葉に納得する者は少なくないようだった。今日の主役である正装した第一王子と、特権的に独占的に魔獣を飼育する辺境の公爵。言葉に説得力があるのは前者だろう。……人柄を知らなければ。

 非難と猜疑の視線がアトラたちに集中する。だが、アトラは目を眇めただけで受け流した。深窓の令嬢なら耐え切れずに泣き出したり気絶したりするだろうが、幸か不幸かアトラはこうした否定的な視線に慣れ切っている。暴力による身体的な痛みを伴わない分、ましだとさえ思っている。

 モーリスはといえば、珍獣を観察するような視線を壇上の王子に向けていた。表情が明らかに面白がっている。何が起ころうとも自分たちはどうとでも切り抜けられると思っているのだろう。その自信があれば、他のすべては面白い見ものでしかない。

 イーラが説教壇の手前側、階段になっている部分に人を横たえた。王子たちから少し離れ、アトラたちの方に近い場所だ。人々が恐々としながらそちらを注視する。イーラの言葉が伝わっていない人たちにとって、その人が生きているのか死んでいるのか分からず、生きているなら助けに駆け寄るべきだが動けず、手をこまねいているといったところだろう。

 イーラがその人に口を近づけた。人々の間から悲鳴と怒号が上がる。生きているのを殺そうとしているのか、死体を弄ぼうとしているのか、そんなふうに見えているのだろう。もはや完全にこちらが悪者だ。

「イーラ、何を……」

 しようとしているのか、と問いかけようとした時だった。横たわったその人の腰あたり、上着に隠れていた部分に鞄のようなものが巻きつけられているのが目に入る。衆目の前でイーラはそれを噛み千切った。中身がこぼれ、光にきらめく。

「魔珠……?」

 誰かが呟いた。外にこぼれ出たそれは、血の色をした水晶の珠だった。妖しく美しい血色をした珠にアトラは目を奪われた。魔珠はイーラのものをちらりと見たことがあるくらいで、それもイーラが嫌がったのであまりまじまじと見たわけではなかった。こうして光のもとで見てみると、美しくも神秘的で、どことなく既視感があるような気がする。

 王獣がふわりとそちらへ飛び、魔珠を翼で掬い上げた。人々には聞こえない声で、魔獣たちに言う。

『お前たちの魔珠はこれより儂が守る。であるから、もう大丈夫だ。静まれ』

 その声が聞こえたのと、魔珠が安全になったことを感じたのだろう、魔獣たちが一斉に静かになった。翼をむやみにばたつかせることを止め、金切声のような鳴き声も収まって、一斉に我を取り戻した。魔獣の声が聞こえない人々にも、状況の鎮静化は肌で目で感じられただろう。

『こやつを聖堂の扉のところで見つけた。魔珠を持ってこそこそとしておったから連れてきた』

 イーラの説明に、なるほどと納得する。今回の騒動の一味を捕まえてきてくれたのだ。

「お手柄だ、イーラ。魔獣たちを狂わせていた者を捕まえたのだな。混乱の元となった魔珠も私の契約者たる魔獣が確保した。もう大丈夫だ」

 モーリスがよく通る声で述べた。その言葉に、安堵の溜め息やら本当に事態が収束したのか疑う声やらが起こる。確かににわかには信じられないだろうが、魔獣たちが大人しくなったのは事実なのだ。場の雰囲気が少し緩み、こちらへ向けられていた視線の刺々しさも和らいだ。

 だが、水を差す言葉がエゼルから放たれた。

「自作自演ではないのか? そもそも、その者は誰なのだ」

 そう言われれば、誰なのだろう。まさかモーリスの手の者とは思わないが……と、横たわった人物の顔を見たアトラは目を見開いた。

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