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「モーリス様!」

 短く悲鳴を上げ、思わずアトラはモーリスの腕を引いた。なかば無意識に、自分が前へ出て彼を庇おうとする。

「アトラ!?」

 モーリスがぎょっとした声を上げる。アトラの力では彼と体を入れ替えるまではできなかったが、彼の体勢が少し崩れる。

(!? もしかして私、余計なことをしてしまった……!?)

 焦るが、今更どうもできない。それ以上動けないまま、迫ってくる魔獣の鉤爪を凝視していたが――

『――やれやれ、世話の焼ける契約主であるな』

 王獣の声が聞こえて、一陣の風が吹いたかと思ったらすでに二人は王獣に庇われていた。ハヤブサのような翼が大きく開き、突っ込んでくる魔獣を柔らかく受け止めた、かと見れば魔獣は逆方向に吹っ飛んでいった。何が起きたか確信が持てないが、王獣の翼に跳ね返されたような感じだ。

「アトラ! 怪我はないな!?」

「ご覧の通り、ありません。余計なことをしてしまって……」

「余計なことでなどあるものか! 嬉しかったし、あなたをいっそう愛しく思うぞ。だが、あまり無茶をしてくれるな。こちらの心臓が保たない」

 まっすぐに見つめられながらそんなことを言われ、大切そうな仕草で抱きしめられて、アトラは心の中で悲鳴を上げた。

(心臓が保たないのはこちらの方です……!)

 頭がくらくらするが、ここで意識を飛ばしている場合ではない。

「王獣様、ありがとうございます。契約主たるモーリス様を守ってくださって……」

『それよりもむしろ、お嬢さんを守ったと思ってもらいたいものであるな。……しかし厄介な、暴走しておる……』

 いつものように茶目っ気たっぷりにアトラに言い、そのあとで王獣は心の声を少し険しくした。やはりこれは異常事態らしい。マヌスが絡んでいるのだろうが、それをどうやって暴くか。その前にそもそも、どうやって人々を守るのか。魔獣たちを鎮静化させるのか。どこから考え始めていいか分からない。

「アトラ、通訳を頼めるか。この状況について、王獣様と迅速に意思疎通したい」

「分かりました」

 モーリスも色々と算段をつけようとしているらしい。アトラは心配を押しやって通訳に徹した。

 暴れる魔獣たちを牽制し、王獣は人々を庇って頭上を飛び回る。獅子に似た下半身の脚が力強く宙を蹴るさまを見ていると、まるでそこに見えない足場があるようにも思えてしまう。王獣は宙を自在に駆け、突っ込んでこようとする魔獣たちを防いだ。そうして動きつつ、アトラを介してモーリスと言葉を交わしていく。

 アトラは言葉を拾うのと周囲の状況を確認するのとで手いっぱいだ。ゆっくり自分の考えをまとめている余裕などなく、ひたすら王獣とモーリスの橋渡しをする。

 状況はどうやら、少し落ち着いてきたようだった。我先にと聖堂から逃げ出そうと押し合いへし合いしていた人々は、外よりもむしろ聖堂の中の方が安全だということに気づいたらしい。魔獣は窓を割って聖堂の中へと侵入してきたが、とうぜん外では窓や屋根や梁といった隔ては無いのだ。

 外に逃げた人がどうなったか、とりあえず今は考えない。結構な人数が聖堂の中に残っており、少しでも身を守るためにと壁際に寄ったり、物陰を求めたりしている。結果として通路の上あたりが広く空いており、王獣が飛び回りやすくなっている。向かってきた魔獣を跳ね飛ばし、割れた窓から入ってこようとする魔獣を翼の一振りで追い払い、雑多な魔獣たちを相手に危なげなく立ち回っている。

『……狂いかけておらんかったら、儂に歯向かうことなど出来ようはずもないのだが……』

 合間に王獣がぼやく。テネブレの魔獣たちの主たる王獣の権威も、狂いかけた魔獣たちには通用しないらしい。

 しかし本当に、王獣がいなかったらどんな惨事になっていたか、想像するのも恐ろしい。聖堂に魔獣は入れないから、聖堂で儀礼が行われているあいだ王獣は外にいたのだ。近くにいてくれてよかった、と心から思う。

 王獣とモーリスが情報交換をするのを手伝い、同時にアトラも情報を得る。魔獣たちが狂い始めたのは式の開始と同じ頃らしく、まだそれほど時間が経っていないらしい。疲弊させるにはまだまだ時間がかかるし、王獣が追い払い続けるのも限度があるから――倒してしまえば話はもっと簡単だが、おかしくなってしまった魔獣たちはむしろ被害者なのだからなるべく傷つけたくないと王獣は言った――、早く魔珠を見つけ、原因を解くなり何なりしなければいけない、ということだった。

 王獣からの言葉が一通り終わり、アトラは息をついた。そこでようやく、何かを忘れていることに気づいた。

「そういえば、イーラは!? 聖堂の近くにいるはずなのに! まさか魔獣たちに……!?」

『……まさかとは何だ、まさかとは。そんな不覚など取らぬわ。そも、我のことを思い出すのが遅いのではないか?』

 イーラの呆れ声が近づいてきた。

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