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「始まるようだぞ」

 モーリスが囁く声にはっと我に返る。気づけばざわめきは収まって、荘重な音楽が始まっていた。後ろの方で、聖堂の扉が開いた気配がする。通路を進んでくる足音は二人分。かつかつと響く男性の歩調と、小さな歩幅で進んでくる女性の歩調。エゼル王子とウィリディスのものだ。

 その音にひきずられるように、周りの人々がそちら側を向いた。列席者たちは説教壇側、入口とは逆側を向いて並んでいるから、入口の方を見るためには振り向かないといけない。物見高く大きく振り向くのははしたないし、かといって前を向き続けるのもそれはそれで空気を読めていない、という微妙な機微がある中、人々は少し遠慮がちに、それでも内心は興味津々で花婿と花嫁の姿を目に焼き付けようとする。

 二人はゆっくりと進んでくる。その二人を目にした人々の口から溜息が漏れた。感嘆が細波のように伝播してくる。

 聖堂の奥の方、説教壇近くにいあるアトラからも見えるところまで二人が近づいてきた。そしてようやく目にした二人の姿は、それぞれの本性を知っているアトラでさえ騙されてしまいそうになるくらい、絵になっていた。エゼルは見た目だけは爽やかな好青年で完璧な王子様だし、金の飾緒やら肩章やらがあれこれと付けられた白の礼服を颯爽と着こなしている。王子だけあって、その姿にまったく無理がない。田舎出の貴族が一張羅をいそいそと着込むのとは訳が違うのだ。

 ウィリディスもウィリディスで、清楚で儚げな花嫁像を完璧に体現していた。結い上げられた金髪に繊細なティアラを乗せ、ウエディングドレスはエゼルと揃いの白だ。単なる白ではなく、光の加減によって微妙に薄桃や薄紫の光沢が出ている。特別な糸を使っているのか、それとも織り方が違うのか、さすが王子妃になる者の装いと言いたいような豪華さだ。

 目を伏せてしずしずと歩いてくるウィリディスの横顔からは何の表情も読み取れない。薄いベールが頬にかかっているせいもあるのだろうが、つとめて表情を抑えているようだ。

 人々が感嘆や羨望や憧憬の吐息をもらす中、アトラは違和感に少し眉を寄せた。

(何だかウィリディス、嬉しくなさそう……?)

 思い出すのも嫌だが、アトラはさんざんウィリディスからいびられた過去がある。そのせいで彼女の表情を読むことが必要以上に上手くなってしまった。顔色を窺って難を少しでも避けようとしてきた日々の積み重ねのせいだ。その経験が言っているのだが、ウィリディスは今、エゼルの花嫁として横を歩くことを喜んでいないし、何なら嫌がっていそうな雰囲気さえある。彼女の性格を知るアトラからすれば違和感しかない。

(私から婚約者の第一王子を奪ってやったと勝ち誇っていたウィリディスなのに? 王子妃になって他の貴族令嬢たちに優越するのを楽しみにしていたのに? 自分なら王位継承者の花嫁にふさわしいと言葉で態度であれほど誇っていたのに……?)

 そこまで考えて、アトラははっとした。もしかしてウィリディスは、エゼル王子が不正に魔獣を売り買いしていることに気づいてしまったのかもしれない。まずい状況を自分ではどうもできずに困り果てて、エゼル王子から離れたいと思っているのかもしれない。

 そう考えながら二人を見つめていたアトラと、ウィリディスの視線が不意に絡んだ。ウィリディスは下に落としていた目線をかすかに横へ向け、アトラの姿を捉えた。

「……!」

 アトラの体が条件反射でこわばる。しかしウィリディスの反応の方が劇的で大きかった。はっと目が見開かれ、その瞳にさまざまな負の感情が現れる。敵意、苛立ち、恐れ……そしてなぜか、羨望。一瞬のことだったしアトラ以外の人には読み取れなかっただろうが、確かにそれらの感情が向けられた。……どう考えても、幸せの絶頂にいるはずの花嫁の感情ではない。姉の婚約者を奪って自分のものにし、次期王位継承者の妃になってこちらを嘲笑おうとするものではない。それが意外すぎて、アトラは面食らった。

 二人のやり取りは一瞬だったし、微妙なところは分からなかっただろうが、モーリスも不穏な何かに気づいたらしい。アトラを守るように少し身動きをしてウィリディスを牽制する。アトラは思わず彼の服の裾を掴み、その手が上からそっと守られるように握られる。その様子を見たウィリディスの不快感がさらに増すのをアトラは肌で感じた。

 だが、歩みを止めることはしない。ウィリディスはアトラたちに刺すような一瞥だけを残し、説教壇の上へと上がっていった。出席者たちが説教壇の方へ向き直り、聖職者が二人と王国を祝し、神の加護を願う言葉を述べる。

 その時だった。頭上の薔薇窓、説教壇に色とりどりの光を落としていたステンドグラスの向こうに、さっと影がさした。

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