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 アトラの危惧をよそに、のんきな会話が続く。

「いやしかし、ついに魔獣が我が家にも来るのか。これは箔がつくぞ。可愛いお前を輿入れさせるのは寂しいが、魔獣を見に実家へもたびたび帰ってきておくれよ」

「いやだわ、お父様。まだ婚礼の日取りも決まっていませんのに。それに、魔獣よりもお父様やお母様のお顔を見に戻ってまいりますわ」

 当然ながら、そこにはアトラの存在など欠片も入っていない。それはいい。もはやどうでもいい。それよりも看過できないことが、

(魔獣を、愛玩動物か何かのように考えているの……!?)

 二人の様子からはそのようにしか受け取れないのだが、大いなる勘違いだ。

 魔獣は本来、人に馴れない。形態も生態も独特で、野生の生き物を複数かけ合わせたような姿をしており、高山や深い森などが広がる大陸南部の一地域でしか繁殖しない。テネブレ公爵領でさえ魔獣の生息地とは一部しか重なっておらず、大部分は人の手が入らない大自然だ。

 人間とは基本的に没交渉だが、はた迷惑な人間が魔獣の領土――もちろん支配者がいるわけではなく、誰かの持ち物というわけでもないが、人間との棲み分けを表してこのように呼ばれる――に踏み込むことがあるように、魔獣の中にも時折人間を脅かすものが出ることがある。クラーウィス王国の伝説的な始祖と激闘を繰り広げたという竜や、町をいくつも滅ぼして討たれた鷲蛇などが有名だ。

 まるで異なる生き物同士であるがゆえに、当然のように、関わると穏当なことにはならないことが多い。良い関係を築けることは稀で、戦ったり打ち取ったり殺されたり、人間と魔獣とは基本的にそういった関係だ。

 その稀な例外が、テネブレ公爵領だ。どうしたわけでか、公爵家の一族は魔獣を馴らすことができるという。かの領土では魔獣が家畜に混ざって、もちろん人間に危害を加えることなく、のんびりと昼寝している光景が見られるのだとか。

 かつては独立した国であったその地域を、戦のすえにクラーウィス王国が従えた。テネブレは国ではなく王国の一地域となり、しかし支配者一族は魔獣を従えるという有用性ゆえに処刑はされず、公爵の地位を与えられた。代わりに公爵領からは魔獣が王国に納められ、とくに地位の高い貴族の間では魔獣を飼うことがステータスとなっている。

(……無理無理、どう考えても無理! この家にそんな余裕なんてあるわけない!)

 ラクス伯爵家は特に金銭的に困っているわけではないが、魔獣を継続的に飼っていけるほどの力があるとはとても思えない。領地が広いわけでもなければ商売で大成功しているわけでもない。魔獣を飼うことが一介の伯爵家にできてしまうような容易いことなら、こんなふうにステータスにはなっていない。芸術作品を一つ二つ買うのとは訳が違うのだ。

「……その、魔獣とは、どのような……」

 せめて小型で、お金のかからなさそうな魔獣であってほしい。そう願いながら声にするものの、アトラの声はかき消された。

「おっ、到着したようだぞ」

 アトラの言葉が耳に入らなかったらしく悪気なく無視した父が、期待に満ちた声を上げた。「まあ」とウィリディスも嬉しそうだ。

 玄関ホールに運び込まれた頑丈な檻、その中で不機嫌もあらわに唸り続ける魔獣を目にして、アトラは悟った。

(無理。終わった)

 運び込まれた魔獣は、大型犬よりも二回りくらい大きな獅子の魔獣だった。背中からは立派な翼が生えている。どう見ても、ラクス伯爵家程度が手を出していい魔獣ではない。国王に献上されてもおかしくないような立派で美しい魔獣だ。

 翼は光を纏ったように艶めいており、流れるような体毛が黄金に輝いている。それを見てアトラはますますげんなりした。父や妹がどうしてこの魔獣を選んだのかがよく分かってしまったからだ。

「うむ、やはりうちの玄関に映えるな。お前やオーリアの金髪と同じ色合いだ。美しい」

 オーリアとはウィリディスの母親、アトラにとっては継母、デルウェンにとっては後妻となった女性のことだ。娘に受け継がせた美しい金髪で伯爵の心を奪ったのだ。

 魔獣はひくりと耳を動かし、さらに唸り声を低くした。相当機嫌が悪いらしい。それも当然だ。狭い檻に閉じ込められ、人間たちからじろじろと見られ、好き勝手なことを言われ続けているのだから。魔獣がどの程度言葉を解するかは個体差――種族差というより、魔獣は個体どうしの差が大きい――に依るが、総じて知能が高い。自分が品定めされていることは理解しているだろう。

「ぐるるる…………」

 不穏な唸り声など耳にも入っていない様子で、父も妹も、話を聞いてやって来たらしい継母も、魔獣をうっとりと見つめている。そんな場合ではないとアトラは思うのだが、その気持ちも理解はできる。

 なにしろ魔獣は、美しい。普通の動物とはかけ離れて超越したかのような、光り輝く美しさがある。だからこそ高位貴族に求められ、羨望の的になるのだ。

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