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ふと気になって――余計な考えから気を逸らすためにも――アトラは尋ねた。
「こうしたことを、クラーウィスの王族たちも知っているはずですよね?」
テネブレ公爵家はいわば敗者として不本意な立場に甘んじ、だからこそというべきか、過去の出来事を語り伝えている。おそらくはどこかで、クラーウィス王家の軛から逃れて再起をはかるために。
だが、当のクラーウィス王家の方はどうなのだろう。かつて婚約者であった第一王子エゼルの顔を思い浮かべるが、ちょっと首を傾げてしまう。王城にも魔獣は何匹かいたが、ステータスを見せびらかす以上の意味合いはなさそうだったし、王子も何も知らなさそうだった。はっきり言ってしまえば、そのあたりの扱いの難しそうなことを知らせて大丈夫なのかとエゼルには思わせるところがある。思い込みが激しいし、呑み込んで対処していける度量があるのかどうか。
モーリスは曖昧に肩をすくめた。
「魔珠のありかやテネブレとの力関係など、こちらを利用していく上で必要なことは伝えられているだろう。だが、歴史に関してはどうだろうな。勝者の側が都合よく書き換えるものだし、勝者側の認識もそれにつられてしまう。自分たちで書き換えたことを忘れ、ただ戦争で勝ったとか、果ては悪者だったテネブレをやっつけたとか、そういうふうに思っていたとしても驚かん」
確かに、そうであってもおかしくなさそうだ。テネブレや魔獣に手を出して大やけどした――自国民を大量に失った――など、醜聞にもほどがある。人々の上に立つことを自らに任じた王家であるなら、そのあたりの都合の悪いことはあの手この手で消したり書き換えたりしてきたはずだ。
それを考えると、テネブレ公爵家の厄介な立ち位置がいっそう際立つ。王家にしてみれば、なくせないがなくなってほしい、そんな思いがあることだろう。
エゼル王子も、そのあたりの事情をたとえ知らなかったとしても、テネブレ公爵モーリスに一方的に強く出ることはできていなかった。王家と公爵家の間に微妙な力関係があることを感じ取っていたのだろう。
魔獣について。テネブレ公爵家について。クラーウィス王家について。それらが絡んだ現状について、モーリスはアトラに情報を共有してくれるつもりだったのだ。一気にいろいろと聞かされていっぱいいっぱいだが、知らずにいるわけにはいかない話だ。アトラはモーリスに尋ねたり、王獣の言葉を通訳してモーリスの認識とすり合わせたり、イーラから魔獣側のことを聞いたりしていった。
気づけばとっぷりと日も暮れ、軽食を食べたというのにお腹が鳴りそうだ。アトラのそんな様子に気づいたモーリスは晩餐を食べに戻ろうと提案してくれたのだが、話はまだまだ終わっていない。大丈夫だとアトラが首を振ると、モーリスは使用人に命じて食べやすいものを用意してくれた。肉や野菜のサンドイッチ、香草の効いたスープ、などだ。
イーラや王獣には焼いた塊肉が用意され、そちらも美味しそうだなどと思ってしまったことが伝わったのか、イーラから呆れと牽制の混ざった視線が返ってきた。分け前をねだるわけにもいかないし、そもそもサンドイッチやスープが美味しそうなのでよそ見をする必要もない。きちんとした食卓に用意されたコース料理ではないので、作法も最低限だ。これはこれで楽しいし新鮮に感じる。
休憩を兼ねた食事を終え、お茶を飲み終えてアトラは口を開いた。
「いろいろなことを聞いて驚いたけれど……イーラから聞いたことがいちばん驚いたかもしれないわ。魔獣が……密輸されている可能性があると?」
『そうだ。そう考えるのが自然であろうな。我は油断して魔珠を人間に奪われ、言うことを聞くよう強制されてクラーウィスへ送られた。我のような境遇の者が他にもいる一方、納得ずくでクラーウィスへ向かった者もいた。こやつらの手で調教され、正規のルートで送られた者であろうな。我はこやつのことなど知らなかったが、それがそもそもおかしいらしい』
こやつというのはモーリスのことだ。食事前にもした話ではあるが、かいつまんで通訳する。モーリスも頷いた。
「魔獣は貴重だし、それ以上に生き物だからな。約定に従ってクラーウィスに送る魔獣とは一通り対面するようにしている。だが、どうも私の知らない魔獣がクラーウィス国内に流通しているようでな、おかしいと思っていたのだ」
モーリスがラクス伯爵家の夜会に来たのも、そのあたりのことを確かめる意図があったらしい。「魔獣公爵」が魔獣のいるところに行くのはおかしなことではないが、興味云々ではなく、それ以前に必要があったのだ。テネブレへの帰路でモーリスがあちこちに立ち寄っていたのも、そのうちのいくらかは確認のためだったという。クラーウィスに納めた魔獣をすべて知っているはずが、知らない魔獣がいたりしたのだ。
「確認をしたのと、アトラのおかげでイーラから直接話を聞けたのとで、ようやく確信に至った。テネブレ公爵家のなかに、私に黙って魔獣を密輸している者がいる」




