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驚くべき話を次から次へと聞かされて理解が追いつかないが、ひとまず呑み込むことにする。もちろん後でこのあたりのことを調べてみたいとは思うが、クラーウィスよりもテネブレの方が信じられるのは確かだ。アトラが拠って立つべきもこちらだ。
「いくつか疑問があるのですが……」
「何だ?」
「王獣様の魔珠はきっと、クラーウィスの王城か、少なくとも王家が直接管理している場所にあるはずですよね? 魔獣は自分の魔珠からあまり離れられないと聞いたのですが……」
『そうとも。昔は大変だった。敵対する者に自分の魔珠が握られる苦しみは魔獣にしか分からぬであろうな。儂はその頃、半ば狂っておってあまり覚えておらんのだが……戦争の末期、クラーウィスに特に大きな被害が出た時期は、儂の魔珠が奪われてから約定が結ばれるまでの短い期間でのことであった。約定を結び、儂と契約関係にあるテネブレ家を公爵家として王国の中に位置づけ、臣従させることで何とか体裁を整えたのよ』
話が複雑になってきたので、アトラは王獣の言葉をかいつまんで通訳した。それを聞いてモーリスが頷く。
「魔獣は契約と約定を重んじる。これは本能的に刷り込まれているものだ。魔獣のこの性質に注目して、魔獣は人間によって意図的に生み出されたものではないかという説を提唱する学者もいるほどだ。……いえ、王獣どのを愚弄するわけでは。特異な性質があると強調したかったまでです」
本気で怒っているわけではなさそうだが、軽く威嚇してみせる王獣に弁明し、モーリスはさらに続ける。
「私の祖先は、魔獣と心を通じ、馴らすすべを持っていた。戦争で一族は離散したのだが……もしかすると、あなたの祖先もその中にいたのかもしれない。私たちは遠いところで血が繋がっているのかもしれないな。ともかくも、いまテネブレ公爵家を名乗っている者は、その中でも王獣どのと契約した者の直系だ。我々の誇りを踏みにじったクラーウィス王家を利することがないように、当時のテネブレの当主は地位を捨て、魔獣を馴らすすべごと一般の民の間に消えていくことを考えたようだが……クラーウィス王家は王獣を繋ぎ止め、魔獣を利用しようと思えば利用できる環境を保つために、私の祖先に公爵家の身分を与えたのだ』
「……そういえばモーリス様、仰っていましたね。夜会で……地位を押し付けられたようなことを……」
戦に敗れた地域の王族が、併合先の王国の貴族、それも格の高い公爵家として命脈を保っているのだから、傍から見れば上手くやったように見えるだろう。だがそれは話が逆で、王獣の魔珠を奪い、人に馴れる魔獣を納めさせ続けるために……クラーウィス王家は、テネブレ公爵家を保たせたのだ。
(……それは、気に入らないどころの話ではないわね……)
夜会で垣間見えた力関係――公爵家は王家に従属していながらもどこか反抗的で、へりくだる様子がなかった――を思い返せば、頷けるところがいくらでもある。
そんなふうに納得していたのだが、話はアトラ自身にも飛び火してきた。
『他人事ではないぞ。お嬢さんはイーラと契約関係にあるのだから。魔獣を扱う者は王家にとって要注意の危険人物だ。過去に手ひどくやられたのが代を経ても心の傷のように残っているのであろうし、魔獣に味方して儂の魔珠を取り戻そうと画策するやもと恐れているのもあるであろうな。王国内の調教師たちは王家によって把握されておるし、王家に敵対的な者は干されるようになっておる。さすがにテネブレではそうはさせておらんがな』
またもや、聞いたことがあるようなないような話だ。イーラがアトラの契約獣であると言われたことがある気もするし、夜会ではモーリスから調教師と呼ばれた。アトラが考えている以上に、魔獣を取り巻く状況は複雑なようだ。
「でも……イーラ、私と契約なんてしていないよね?」
『やはり気づいておらなんだか。名前を与える行為は古くから契約であるぞ。我を従えようとするのではなく、仲間と呼んだお主だから、契約してやってもよいという気になったのだ』
黙ってやりとりを聞いていたイーラが、ここでようやく会話に加わってきた。とはいえ、その内容がなかなかに驚きだ。
「契約すると……どうなるの?」
『心身が安定するな。我も魔珠を敵対者に握られていたが、胸がかきむしられるような焦燥感がだいぶましになった。それと……』
イーラは動いていないはずなのに。場の空気がざわりと不穏に揺れた。そう錯覚するほど、イーラの纏う気配が強く濃いものになってきている。
『我もこのままお主の子々孫々と契約を更新していけば、この王獣のように一族や地域を守る存在となるやもしれぬな。まあ、お主の子孫といえばこやつの子孫でもあるわけだが』
「アトラ、顔が赤いがどうした? イーラに何を言われたんだ?」
そう案じるモーリスに言葉を返せないどころか、目を合わせることさえできなかった。




