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「妻って……妻って、私が!?」

『他に誰もおらんだろう』

 思わず声に出してしまい、王獣が声なき声で突っ込みを入れる。そのちぐはぐさがおかしかったのか、イーラが喉の奥を鳴らすようにして笑った。

(……他の人が誰もいないのは、こういう話だからなの……!? 人目がないとはいえ王獣様もイーラもいるし、そういう心配はしなくて大丈夫よね……!?)

 サリが送り出してくれたときに仄めかされたような、そんな成り行きにはならない……はずだ。

 モーリスが苦笑した。

「そこまで動揺されると良からぬ考えを起こしそうになるが、今は我慢しよう。あなたにも関わってくる問題だから、ひとまず聞いてほしい」

 こくこくと頷くアトラに面白がる視線を送り、モーリスは改めて説明を始めた。

「あなたも知っての通り、我がテネブレ領は特殊だ。人に馴れる魔獣はこの地でしか産出されず、クラーウィスの王侯貴族はステータスとして魔獣を飼う。この地を従属させたことを誇示し、優越を見せているという一面もある」

「…………それは」

 そこまであまり考えたことはなかったが、言われてみればそうとも取れる。性格の悪いことだ。魔獣を飼うことは裕福さを誇示するばかりでなく、テネブレを下したクラーウィスの支配階級の一員としての立場をも同時にひけらかしているということなのだ。アトラはそうした貴族社会の諸々の常識を知る前に弾き出されてしまったが、ラクス伯爵の他の面々はこうした認識を共有していたはず。

(……いたはず、よね。たぶん……)

 父も継母も妹も、考えが浅かったり偏っていたりしていたから、もしかしたら知らない可能性もなくはないが。

「もちろん、テネブレ側からそうしてくれと言ったわけではない。併合された時の約定に従って魔獣を納めているだけだ。ある種の税というか貢物というか、こちらの誇りを踏みにじられている形なのだが……」

 ちらりと、モーリスは王獣とイーラに視線をやった。

 アトラは内心で思う。

(テネブレの人が戦争に負けたから、魔獣を納めさせられているということよね。人々の税金が魔獣の飼育費になっているのは間違いないけれど、クラーウィスに引き渡される形になっている魔獣たちに皺寄せが来ているから、魔獣がかわいそうなのでは……)

「……実はそれも、魔獣がかつての戦争で大暴れしたからなのだ」

「ええ!?」

 モーリスの言葉でひっくり返った。仰天したアトラを見たモーリスは、やはりな、と納得した表情だ。

「クラーウィスでは知られていないだろうな。かなり昔の話だし、クラーウィス王家が筆頭になって歴史や人々の認識を書き換えていったのだろうから。魔獣と人とのいざこざは他にも山ほどあるし、そうした話に紛れさせて忘れさせればいいだけだしな」

「ええ……!? いえ、確かに……建国の竜退治のような華があって目立つ話はよく知られていますが、そうした象徴的な話くらいで……そもそも魔獣って貴族階級くらいしか見る機会もありませんし……」

 クラーウィスに住む一般の人々にとっての魔獣は、おとぎ話の存在のようなものだ。なんとなくすごそう、なんとなく危険そう、その程度の認識だ。

 そういえば疑問だったのだが、王獣の存在すらクラーウィスでは知られていない。これほど象徴的な存在なら知られていない方がおかしいのに。自分たちが下した土地の守り神のような存在なのだから、こんなすごい存在がいるのに打ち勝ったのだと喧伝するか、逆に徹底的に貶めるか、どちらかだろうと思えるのに。

「王獣様のことも、南部に縁深い私でさえ知りませんでしたし……」

『それは知らぬであろう。儂はクラーウィス王家にとって都合の悪い存在であるから。なにせ奴らは自分たちからテネブレに仕掛けておきながら、儂らに反撃されて甚大な被害を出し、多数の兵を捨て駒に儂の魔珠を奪って戦を無理やり収めたという過去があるからな』

 今度こそ、アトラは絶句した。単に戦ってテネブレを下したのではなく――そうだと喧伝されているが――クラーウィス側から仕掛け、魔獣たちに反撃され、魔獣をまとめる王獣の魔珠を奪うという卑怯な手段によって……クラーウィスは勝利を得たというのだ。

「……それは、本当ですか……?」

『少なくとも、テネブレの側には記録が残っておる。戦の記録はもちろん、人口の変動、王家の財政管理、魔獣たちの動き。王家の末裔である公爵家がすべて管理しておる。クラーウィス側に知られたら危ないから、どこにあるとは言えんがの。知りたいならモーリスに聞くがよい。少なくとも、揉み消され改竄されたであろうクラーウィスの記録よりも信憑性の高いものが見られるであろうて』

「…………」

 アトラに王獣から何が伝えられたか、モーリスはアトラの表情から大体のところを察したらしい。

「クラーウィス貴族のあなたにはつらい内容だと思うのだが……」

「いえ、いいえ……つらいですが、つらいなんて言う資格がありません。私たちがどんなにテネブレに対してひどいことをしていたか……」

 アトラはかぶりを振った。モーリスは宥めるように、慰めるように言う。

「いや、あなた個人にはもちろん恨みなどないし、責めるつもりもない。私たちの敵はクラーウィス王家だ。それを支える貴族階級も嫌いではあるが、あなたを生み出してくれたと思うと少しくらいは許してやろうという気になる」

『儂はならんぞ。魔珠さえ握られていなければ、約定さえなければ、まとめて叩き潰してやるものを』

 王獣が唸るように心の声を漏らした。

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