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「それは違います、アトラ様。私はなにも、常識や観念でものを言いたいわけではありません。アトラ様は、魔獣と通常の動物たちとの違いがどこにあるか、ご存知ですか?」

「魔獣と、通常の動物たちの違い……?」

 なんとなく違うものとは知っているが、なぜ、どこが違うのか。言語化して考えたことはない。そもそもテネブレの外では、魔獣は目にすることも珍しい存在なのだ。貴族でもなく、南部に住んでいるわけでもない者にとってみれば、魔獣はおとぎ話の存在に近い。

「うーん……そもそも、普通の野生の生き物を掛け合わせたような姿をしているものが魔獣のはずだから、違いといったらそこにあるとか? 種族間で意思疎通ができたり、魔珠の存在があったり、というのも違うかも……?」

 確信なく答えると、サリは頷いた。

「種族間の意思疎通は普通の動物たちもさまざまな方法で行っていたりするので、そこは本質的ではありませんね。魔獣を魔獣たらしめている特徴は、自然界に元がある、原型がある、その上で組み合わさっているということです。仰る通りです」

「そこなのね。それにしてもサリ、詳しいのね?」

「詳しいというほどでもありませんよ。私の領分は侍女としての仕事であって、魔獣の専門家ではありませんから。でも、こちらにお仕えする中で、自然といろいろ見聞きしてきました」

 たしかに、廊下やら庭やらを魔獣が闊歩し、王獣なる存在までいるこの邸宅に住み込みで働いているのだから、いろいろと詳しくなるのだろう。それを差し引いても、テネブレの人々にとっては魔獣が身近で、知識も蓄積されていくものだろう。

 それを差し引いても、サリは意識的に知識を身に付けてきたのだろうと思う。おそらくそれがモーリスの目に留まり、アトラ付きの侍女として選ばれたのだ。アトラを魔獣やテネブレに馴染ませて、この公爵邸に長く留めるために。そのための人選だろう。そのうえサリは明るくて気が利くから、うってつけだ。

(嫌な気はしないけど……有能な侍女をつけてくださってありがたいけれど! でも、外堀が着々と埋められつつあるというか……!)

 悶々とするアトラの内心をよそに、サリは話を続けている。

「魔獣の発生は謎に包まれていますが、自然界の生き物の模倣と組み合わせではなく、まったく新しい形で発生することも可能だったのではないかと言われています。でも結局、そうはならずに、どこかで見たことのある形を継ぎ接ぎしたような形態で生まれてきました。アトラ様は、どうしてだとお考えになります?」

 もはや教師と生徒だ。アトラに家庭教師がつけられていたのは母が亡くなるまでだったし、その後は学ぶ機会などなかった。久しぶりの感覚がありがたくも懐かしい。素直に考えを巡らせ、アトラは口にした。

「そうなる理由があったということよね? 利点とか……」

 サリは大きく頷いた。

「そう、そうなんです。自然界の理を外れた生き物のように見える魔獣であっても、自然界の生き物の形態を真似ることによる生存上の利点があったのです。そのくらい、環境に淘汰された形質というものは強い。遺伝的な現れやすさという意味での強さではなく、生存上の強さです」

 犬型の魔獣たちが思い思いに過ごしている様子を手で示し、サリは続けた。

「たとえば愛玩動物や、栽培作物のようなものは少し状況が異なりますが、それもある種、環境に適応した結果の形質です。生きていくうえで、生きていくために、獲得した形質です」

 そこまで言われてようやくアトラは、サリが何を言わんとしているのか分かってきた。

「いいですか、アトラ様。アトラ様の黒髪も、あるべくしてそうなったものです。他にも例えば……クラーウィスの貴族たちに好まれない特徴で言えば、足が短いとか、顔の彫りが浅いとか、肌が白くないとか。そういった勝手な価値基準よりもずっと本質的で大切なものが、いま生きているものの全員にあるのです。それを否定することは、ご先祖様たちを否定するばかりではなく、命の理それ自体をも否定する冒涜的な行いです」

 そう語るサリの容姿は、クラーウィスの貴族階級には好まれないものだろう。赤みの強い縮れた黒髪も、浅黒い肌も、高くない背丈も。だが、クラーウィス貴族としての価値観が何だというのだろう。くだらないそれに馴染んだアトラの目から見ても、サリは生き生きとして、溌溂として、美しく見えた。

「他人を蔑むしか能のない者のことなど、憐れんであげるくらいで丁度いいのです。自分たちが何を蔑んでいるのか分かってもいない馬鹿のことなど。そんな者どもにご自身のお心を損なわせてはなりませんよ、アトラ様」

「…………。……そうね」

 アトラは思わず自分の胸に手を当てた。虐げられて体を苛まれることで、心までもが弱くなっていた。自分の心も、自分の誇りも、自分で守らなければならなかったのに。

 目の前を駆け回る犬型の魔獣たちに目を向けると、それぞれみんな可愛いし、それぞれみんな美しい。短い脚をちょこちょこ動かして駆け寄ってきた犬の魔獣を思わず抱き上げようと手を伸ばしたが、そこへ制止の声がかかった。

「あまり他の魔獣と仲良くしているとイーラが妬くぞ。その子はメスだが、オスなら私も妬いたかもしれないな」

「モーリス様!?」

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