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 いったいどこへ行くのだろうと思ったが、少し前に通った道を逆に辿る形でサリはアトラを案内していく。

「着きました、アトラ様。魔獣舎です」

「魔獣舎……?」

 廊下の途中で王獣と行き会ったためにここまでは来なかったが、あのまま歩いていたらここに着くことになったらしい。サリから魔獣舎と紹介されたそこは、一棟を丸々充てられた、しかし人間用のそれとは明らかに異なる建物だった。バルコニーが大きく取られているのは、翼を持つ魔獣がそこから出入りすることを想定しているのだろう。窓の様子を見るに各階がそれぞれ縦に長く、人の身長の何倍もある。魔獣に適したつくりになっているのだ。

「魔獣は群れを作りませんから、あまりこうして一ところに集めることはないのですが……親のいない幼体であったり、怪我をしていたり、様々な事情で人の頻繁な管理が必要になる魔獣たちがここに集められています」

「確かに、そういう場所も必要そうよね」

 管理の人手も限られるのだから、集めないと収拾がつかなくなりそうだ。現にたった今も、作業服――アトラが間に合わせに着ていたものとは雲泥の差があるが――を着た人が何人か、忙しげに出入りしている。

 アトラは物珍しくあたりを見回した。魔獣の心の声が聞こえるという能力がある以上、これからも自分はきっと魔獣と関わっていくことになると思う。能力を磨けば身を立てることもできそうだし、イーラのこともある。イーラと一緒にいるためには魔獣のことを色々と見知っておかなければ。

 あちこちに視線をやりながらサリについて歩いていくが、誰からも咎められることはなかった。それどころか、こちらへ会釈したり、感謝を示すように頭を下げたりする人もいる。

「閣下から、アトラ様にはどこをお見せしてもいいと許可を受けていますから。もちろん、閣下のご判断を仰いだ方がいいと思ったら相談させていただいてからになりますが、基本的には自由です」

 そう説明し、いたずらっぽく付け加えた。

「それに、魔獣に関わる調教師たちは特に、王獣様を崇敬していますから。王獣様の声を聞くことができるアトラ様もそれは尊敬されますよ」

「え……!? 尊敬って、そんな……それに、さっきの今よ!?」

 昼食から午後の早い時間にかけて通訳のようなことをしたが、そのことがもう知れ渡っているのか。まだ夕方前で、そこまで時間が経っていないのに。アトラは頬を赤くして狼狽えた。

「王獣様との意思疎通が迅速になることは、すごく大きなことですから。もちろん情報の共有も早いですよ」

(……さすがは魔獣公爵の邸宅だわ……)

 一緒にしてはいけないのだろうが、伯爵邸とは大違いだ。ろくな準備もせずに魔獣を迎え入れ、世話を素人のアトラ一人に放り投げ、魔獣の心身の健康などまるで考えずに地下牢に押し込め、そのくせステータスとしてひけらかす……「魔獣公爵」はそれを知って、どう思っただろう。

 不愉快な実家のことを事あるごとに思い出してしまうが、いずれ決着をつけに戻らなければならない。イーラも伯爵家の人々のことを許していないし、アトラも気持ちは同じだ。そのためにもここでできることをして、立場を固めなければ。

(魔獣との間の通訳になるとか、調教師の技術を学ぶとか、もちろんそういった方面で! モーリス様とどうこうとか、そっちは考えてないから!)

 心の中で自分に対して言い訳し、アトラは首を振って考えを散らした。

「どうぞ、アトラ様。このあたりに集まっているのは犬型の魔獣です。ご覧になってみてください」

 知らないうちにサリは足を止めていた。吹き抜けのように広い空間で、サリの言う通り犬型の魔獣たちが思い思いに過ごしている。駆け回っていたり、丸くなってうとうとしていたり、調教師にブラッシングを受けている魔獣もいる。

 ここの見学を勧めたサリの意図が分からないが、言われた通りにアトラは観察を始めた。翼があったりなかったり、大型だったり小型だったり、犬の部分が上半身だったり下半身だったりするが、一見して犬の部分や特徴が多い個体が集められている。魔獣は野生の生き物が複数混ざり合ったような形態をしており、個体差が大きく、厳密な分類は不可能だが、便宜上「犬型の魔獣」などと大別して扱われる。アトラにはそのくらいの知識しかないのだが、どこを見ればいいのだろう。

 狩猟犬が元になったようなマズルの長さが特徴的な個体もいれば、愛玩犬そこのけに毛並みが豊かな個体もいる。翼と前肢が融合した個体もいれば尾が何本もある個体もいる。個性というか、個体差が大きすぎる。

 そういえばサリは、アトラの黒髪への屈託を聞いたからここへ連れてきてくれたはずだ。それを思い出せば、毛色を観察すればいいのだろうか。もちろん黒い毛並みの個体もいるし、白も、クリーム色も、色合いの異なる様々な茶色も、赤や青に近い色の個体さえいる。もちろん魔獣たちの間に色の優劣の概念などないだろう。個々の我や特徴が強いという魔獣全体の性質ゆえに、特定の形質が重んじられることはないはずだ。

 サリはアトラに、これを見せたかったのだろうか。さまざまな魔獣が外見的特徴で驕り高ぶったり貶められたりしない様子を見せて、慰めてくれようとしたのだろうか。それとも単に、気分転換をさせてくれようとしたのだろうか。

 そう問うと、サリは首を横に振った。

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